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クラシック音楽オデュッセイア

2025年正月、ついに年賀状が1通も来なくなった“世捨て人”のブログ。クラシック音楽の他、日々のよしなし事をつれづれに。

ハンス・ホッターが歌う『ドッペルゲンガー』~2つの録音

2019年06月29日 | 演奏(家)を語る
2019年6月29日。前回の記事(※レーヴェの<エドワルド>~聴き比べ)に登場したバリトン歌手の一人、ハンス・ホッターが録音に遺した名唱をもう一つ。シューベルトの歌曲集<白鳥の歌>から、ハイネの詩による『ドッペルゲンガー』である。この曲の題名は長いこと「影法師」と訳されてきたが、今は「分身」とか「生き霊」とかいった和訳を当てることが多くなっているようだ。

【歌詞大意】

ひっそりと、静まりかえった夜。かつて好きだった人の家の近くまで来た。彼女はとうの昔に町を去り、今は家だけがそのまま残っている。そこに誰だかもう一人の男が立っていて、身をよじらせている。やがて月明かりに照らし出された男の顔を見たとき、俺はぎょっとした。そいつは、俺だった。よう、俺の分身。青ざめた、もう一人の俺よ。その昔、俺を幾晩も苛(さいな)んだあの愛の苦悩を、なんでまたそこで蒸し返しているんだ。

●ジェラルド・ムーアのピアノ伴奏による1954年のEMIセッション録音。

当ブログでかつてホッターの<冬の旅>を語った際に軽く言及していた、<白鳥の歌>全曲録音からの1曲。ぐっと抑えた歌い出しから劇的なエンディングに向けて盛り上げていく、その声と表情の配分が巧い。※この動画については、やや大きめの再生ボリュームがお薦め。



●ミヒャエル・ラウハイゼンのピアノ伴奏による1950年の録音

ドイツ・リートの王様D・F=ディースカウの歌唱でさえ“迫力に欠ける、きれい事”に聞こえてしまうほどの、途轍もない威力を持った名唱。上記1954年盤に比べると声のコントロールが十全ではないけれども、超人的なパワーと表現が聴く者を圧倒してやまない。なお、この音源は<白鳥の歌>全曲ではなく、ドイツ・リート名曲集みたいなレコードに収められていたものらしい。※こちらは、元の音量が大きめ。



―今回は、これにて。
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レーヴェの<エドワルド>~4人のバリトン歌手聴き比べ

2019年05月20日 | 演奏(家)を語る
先月<ピアノ協奏曲>の動画貼りをした作曲家グリーグのファースト・ネームにちなんで、今回はカール・レーヴェの名作<エドワルド>の聴き比べ。これはスコットランドの古い伝承に基づいて書かれた、作曲家レーヴェの記念すべき第1作となるもので、おおよそ下記のような内容を持つ傑作歌曲である。母親と息子の緊迫したやり取りが劇的に綴られ、最後に衝撃の事実が暴露されて終わる。

以下、母親のセリフは「」、息子エドワルドのセリフは『』で表記。なお、それぞれのセリフの中に繰り返し出てくる呼びかけ“Edward,Edward(エドワルド、エドワルド)”と“Mutter,Mutter(母さん、母さん)”、及びいつも最後に付いてくる間投詞“O(おおっ)!”は、読みやすさを優先するために省略。

【 歌詞大意 】

「お前の剣はどうして、血がしたたっているの?それに、何をそんなに悲しんでいるの」『僕の鷹を殺してしまったんだよ。それが悲しいんだ』「鷹の血は、そんなに赤くないよ。正直に言ってごらん」『僕の赤毛の馬を殺してしまったんだ。誇り高く、忠実だったのに』「あの馬はもう年を取っていたから、必要なかったんだ。お前は、別の悲しみに沈んでいる」

『僕は、父さんを殺したんだ!それが、心をとがめるんだ』

「これから、どうするつもりだい?愛しい息子よ、言っておくれ」『この地上に、安らげる場所はない。海の向こうに行く』「それでは、この家はどうなるの?こんな立派な家なのに」『放っておいて、崩れるままにしておけばいい。僕がこの家を見ることは、二度とない』「奥さんと子供は、どうするの?お前が海の向こうに行ってしまったら」『世の中は広い。物乞いでもすればいい。僕が家族と会うことは、二度とない』「それで、母さんは、母さんはどうすればいいの?愛しい息子よ、教えておくれ」。

『地獄の呪いを下してあげるよ、母さん!だって母さんが、こうするようにって勧めたんだからね』。

―ここから、YouTube動画による聴き比べ。

●D・F=ディースカウ、G・ムーアの1968年EMIステレオ録音

ドイツ・リートの王様ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウはこの後、イェルク・デムスのピアノ伴奏でレーヴェの《バラード集》をグラモフォンに録音しており、そこで改めて<エドワルド>も入れ直している。とことん練り込まれた表現の精緻さでは、そちらの再録音に軍配が上がるだろう。しかし、当EMI盤も完成度は極めて高く、何よりここには、後年の録音では聞くことのできない声の太さと力強さがある。当ブログ主の判断としては、こちらを第一に採りたい。



●H・ホッター、G・ムーアの1957年EMI録音

重く暗い声で、劇的に歌われた名唱。当ブログ主が<エドワルド>に初めて触れたきっかけは他でもない、このハンス・ホッターが歌ったドイツ・リート集のCDだった。「父さんを殺したんだ」と告白するところなど、《指輪》のヴォータンさながらの凄い迫力。ピアノ伴奏は上のF=ディースカウ盤と同じ、名手ジェラルド・ムーア。



●B・ラクソン、D・ウィリソンの1978年ライヴ録音

イギリスのバリトン歌手ベンジャミン・ラクソンには、当ブログでかつてモンテヴェルディの歌劇<ウリッセの帰郷>を語った際に、一度登場してもらったことがある。レイモンド・レッパードの映像盤で、タイトル役のウリッセを演じていた人だ。声質はリリックで、イギリス民謡やクリスマス・キャロル、あるいはミュージカルの有名ナンバーなどを得意とする、(その気があれば)ポップス系のカントリー歌手になっていてもおかしくないような個性の持ち主である。そんな彼が、<エドワルド>では恐ろしい声と歌唱を聴かせる。ピアノ伴奏は、デイヴィッド・ウィリソンという人。激烈なエンディングは、一聴の価値あり。



●L・ティベット、S・ウィルの1932年モノラル録音

YouTubeサーフィン中に、ひょっこり発見した音源。日本語版Wikipediaによると、ローレンス・ティベットという歌手は、“第二次大戦前の時代に、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場を中心に活躍していた、カリフォルニア出身のアメリカ人バリトン”ということらしい。

この動画は歌唱自体にも聴き応えがあると同時に、オリジナルのスコットランド語が使われているというのが大きなポイント。スコットランド語はドイツ語とも英語とも異なる言語だが、歌詞が違和感なくレーヴェの音楽に馴染んでいる。また、歌に合わせて字幕が画面に出てくるので、話の流れをフォローしやすくなっているのも有り難い。そして、よく注意して聴いていると、所々で歌手が(原意を損ねない範囲で)微妙に言い回しを変えて歌っているのがわかる。1932年という太古の録音ではあるが、音質的な抵抗感はほとんどなく、往年の名歌手が遺した歴史的名唱をほぼ不満なく味わうことができる。ピアノ伴奏は、スチュワート・ウィルという人。



―今回は、これにて。
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アンドレ・プレヴィン追悼(3)~グリーグの<ピアノ協奏曲>、モーツァルトの<ピアノ協奏曲第24番>

2019年04月01日 | 演奏(家)を語る
2019年4月1日。プレヴィン追悼シリーズの最終回。協奏曲部門。実は今回、一番悩んだ。と言うのも、(当ブログ主の思うところ)多芸多才のプレヴィンが指揮者及びピアニストとして持ち合わせていたおそらく最高の天分が、「合わせ物の達人」という側面にあり、実際その分野での名演がおびただしい数存在するからである。

とりあえず、最初に思い浮かんだ有力候補は、シャンカールの<シタール協奏曲第1番>だった。こういう異色の作品にも柔軟且つ自然に対応でき、立派な名演に仕上げられるのがプレヴィンの偉さであると思うから。しかし、この曲については、当ブログを立ち上げた初期(2005年6月8日)に1つの独立した記事を既に書いていて、そこでいろいろ語ってしまっていることと、現状として全4楽章を聴けるYouTube動画が見当たらないことから、これを今回出すのは見送ることにした。

で、あれこれ思案しつつも結局、前回と同じような(つまり、いささかありきたりな)結論に落ち着くことになった。グリーグの<ピアノ協奏曲>である。若きラドゥ・ルプーがピアノを弾き、合わせの達人プレヴィンが伴奏指揮を受け持ったこの名演はひょっとしたら、同曲の“永遠のスタンダード”と言える物かもしれない。LPレコードの時代、当ブログ主はこれを何度も繰り返して聴いたものである。今改めて聴き直してみても、やはり素晴らしい演奏だと思う。

●グリーグ <ピアノ協奏曲>

全3楽章をまとめて1つにしている動画もあるのだが、どういう理由からか、楽章ごとに分けられたこちら↓の方が断然高音質。

第1楽章



第2楽章



第3楽章



●モーツァルト <ピアノ協奏曲第24番>K.491

追悼シリーズ最後の1つは、これ。円熟期のプレヴィンがピアノを弾きながら指揮をした、いわゆる“弾き振り”のモーツァルトである。1991年のライヴによる、<ピアノ協奏曲第24番>K.491。現在YouTubeで見られる物の中で、マエストロの在りし日を偲ぶ映像音源として、これが最も相応しいような気がする。第2楽章は[15:35]から、第3楽章は[23:18]からスタート。



―Rest in peace , Maestro Previn.
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アンドレ・プレヴィン追悼(2)~<真夏の夜の夢><動物の謝肉祭>

2019年03月16日 | 演奏(家)を語る
2019年3月16日。前回に続いての、アンドレ・プレヴィン追悼シリーズ。今回は、管弦楽曲部門。いろいろ考えてはみたが結局、初心者にも馴染みやすいポピュラーな作品を2つ選ぶこととなった。

●メンデルスゾーン 劇音楽<真夏の夜の夢>全曲

プレヴィンがロンドン交響楽団、他を指揮したEMI盤は、この名作の全曲録音として随一の魅力を持っている。彼自身がウィーン・フィル、他と行なった再録音をはじめ、他の指揮者による名演・名盤もいくつか存在する<真夏の夜の夢>だが、当ブログ主にとっては、プレヴィンのEMI盤こそが最高の逸品と言える物になっている。壮麗さと細やかさを兼ね備えた若き才人の名タクトもさることながら、声楽パートの素晴らしさが、それに錦上花を添えているのだ。今回の動画貼りは、その歌声が聴ける2曲。

―合唱曲『まだら模様のお蛇さん』

2人の女性歌手も好演だが、そこに児童合唱が加わるというのが最高。他の録音では聴くことのできない、特別な世界が広がる。



―『終曲』

美しい歌声とプレヴィンの雰囲気豊かな指揮によって、何ともメルヘンティッシュな幕切れが演出されている。



●サン=サーンス 組曲<動物の謝肉祭>

管弦楽曲部門に於けるプレヴィンの名演奏と言えば、ピッツバーク交響楽団を指揮した<動物の謝肉祭>も忘れられない。個性的な名演が居並ぶ<動物の謝肉祭>だが、プレヴィン盤は(おそらく、誰もが)安心して聴いていられる最も標準的、あるいは普遍的な名盤だろう。そして、このような通俗曲を親しみやすく、わかりやすく聴かせながらも、決して俗耳(ぞくじ)に阿(おもね)たりはしないのが、指揮者プレヴィンの立派なところ。今回は組曲の中から、特に人気の高い2曲を。なお、こちらの動画は音が小さいので、ボリュームを大きめにしての再生がお薦め。

―『水族館』



―『白鳥』



―次回は、アンドレ・プレヴィン追悼シリーズの最終回。協奏曲部門から、2曲。
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アンドレ・プレヴィン追悼(1)~<南極交響曲><鎮魂交響曲>

2019年03月02日 | 演奏(家)を語る
2019年3月2日(土)。一昨日(2月28日)、アンドレ・プレヴィンが亡くなったらしい。享年89との由。また一人、20世紀のクラシック界を彩った名士が世を去ってしまった。寂しいものである。

―ということで、緊急追悼特番。これから何回かに分けて、才人プレヴィンが数多く遺してくれた名演・名盤のうち、(当ブログ主の独断と偏見に基づいてw )特に注目すべきと思われる逸品を、YouTubeサイトから厳選してみることにしたい。今回はまず、交響曲部門。

●ヴォーン=ウィリアムズ <南極交響曲>

若い頃、映画音楽分野でも活躍していたプレヴィンにとって、V=ウィリアムズの交響曲第7番<南極交響曲>はおそらく、自家薬籠中の物であったに違いない。実際、ここで聴かれる演奏も若いながら堂に入ったもので、自信に満ちた説得力豊かな名演が披露されている。44分に及ぶ全曲を聴くのがしんどい方は、第1楽章(約11分)だけでもお聴きいただけたらと思う。[4:30]付近から女声のヴォカリーズやら、ウィンド・マシーンやらが出てきて、何とも映画的な、分かりやすい音楽が流れ始める。次いで、[35:07]から始まる終楽章(約9分)が、第1楽章のテーマを呼び返す形になっていて取っつきやすいかもしれない。荒涼たるエンディングの風景は、一聴の価値あり。



【2020年2月24日 追記】

いつの間にか上記の動画は削除されてしまったようなので、同じ音源から終楽章「エピローグ」のみの物を。



●ブリテン <鎮魂交響曲(=シンフォニア・ダ・レクイエム)>

指揮者プレヴィンが作った音楽というのは、時に壮麗な音を響かせつつも、基本的には中庸を得た妥当な解釈と、柔らかく温厚な(悪く言えば、生ぬるい)表現に特長があったように思える。仮に激しい曲を演奏しても、彼の音楽が聴き手をびっくりさせたり、怖がらせたりするようなことはまずなかった。その中にあって、当ブログ主が(もう、何年前になるか)初めてこの演奏を聴いたときは、結構な驚きを感じたものである。ここでのプレヴィンはちょっと、いつもと違うなと。現在YouTubeでは全曲の通し聴きはできず、楽章ごとに違う動画へ乗り換えて再生しなければならないが、場合によっては、第1楽章「ラクリモーサ」だけでも十分だろう。思いがけないほど迫力のある名演を聴くことが出来る。



―次回も、プレヴィン追悼シリーズ。
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