前回まで語った歌劇<イスの王様>からの連想で、今回は、イタロ・モンテメッツィ(1875~1952)の歌劇<三王の恋>を採り上げてみたい。このオペラはヴェリズモ風のおどろおどろしい響きを基本にしつつも、そこにワグナー的な半音階や印象派的な音響をも取り込んで、非常に重厚で壮麗な音楽が鳴り渡る作品である。言わば、“イタリア・オペラの壮麗なる夕映えの姿”を示しているような傑作だ。ただし、その濃厚な音楽に比してストーリーの方はかなりシンプルなもので、全曲の演奏時間も約1時間40分ほどである。
―歌劇<三王の恋>の人物素描
北イタリアのアルトゥーラ国を征服したアルキバルドは、今や高齢となり、視力も失っている。しかし、盲目であることを補うように、他の感覚が極めて鋭敏になっている。彼が王位を譲った最愛の息子であるマンフレードは、いつ終わるとも知れぬ反徒たちとの戦いに、ほとんど休む間もなく出掛けている。
そのマンフレードの妻であるフィオーラは、アルトゥーラ国から征服王への和平の証(あかし)として差し出された女性である。(※<イスの王様>に出てきたマルガレードと、よく似た境遇。)彼女はもともと、アルトゥーラ国の王子であったアヴィートと愛し合っていたのだが、アルキバルドの征服によってその仲を引き裂かれ、心ならずもマンフレードの妻になっている。そんな事情があるので、好きでもない夫の留守中に、彼女はアヴィートとの密会をずっと続けているわけである。
老王アルキバルドにはフラミニオという護衛がいるが、この男も実はアルトゥーラ国の人間で、祖国のために働きたいと内心では思っている。だから、面と向かって老王に刃向かったりはしないものの、自分たちの王子であったアヴィートを助ける方向で陰ながら活躍する。
―歌劇<三王の恋>のあらすじ
〔 第1幕 〕 アルキバルドの城の大広間。夜。
アルキバルドと、護衛のフラミニオ。息子が今日こそは戦から帰って来るんじゃないかと、眠れない老王は城の広間に出て待っている。しかし、その気配はなさそうだと感じると、彼はまた部屋に戻ることにする。入れ替わりにフィオーラとアヴィートが登場。アルキバルドの部屋に通じるドアが閉まっていることを確かめてから、二人はお互いの想いを語り合う。
しかし突然、アルキバルドがフィオーラを呼びながら出て来る。アヴィートは、素早く姿を消す。アルキバルドはフィオーラに、「今、お前は誰と話しておったのだ」と詰問するが、彼女は、「独り言ですわ」と知らぬふりをする。しかし、盲目の老人はその鋭敏な感覚で、何かを察知している。問い詰められて冷や汗状態のフィオーラだが、そこへフラミニオが知らせを持ってやって来る。「マンフレード様が、お帰りです」。
〔 第2幕 〕
妻が一向に心を開いてくれないことに悩むマンフレード。彼は次の戦にまた、出かけて行かなくてはならない。「せめてもの慰めに、城壁からヴェールを振って見送ってくれ」とマンフレードはフィオーラに切々と訴える。心動かされた彼女は、きっとそうすると約束する。その後フィオーラが一人になると、アヴィートが再び彼女のもとに現れる。「この人とはもう、終わりにしよう」と一度は考えたフィオーラだったが、もともと愛し合っていた相手からの情熱的な愛のアタックに、彼女が抵抗しきれるはずはなかった。二人の熱い愛の歌。
しかし、そこへまた、アルキバルドがやって来る。フラミニオの無言の指示を見てアヴィートは黙って姿を消すが、その気配からはっきりと、息子の妻が不貞をはたらいていることを確信した老王は、厳しく彼女に詰め寄る。どうしても口を割ろうとしないフィオーラの態度に逆上したアルキバルドはついに、彼女の首に手をかけて締め殺してしまう。その後マンフレードがいったん城に戻ってくるが、そこで、「フィオーラは、わしが殺した。他の男と密通しておったのだ」と、老王は息子に伝える。激しい衝撃と絶望感に襲われるマンフレード。
〔 第3幕 〕
フィオーラの死を嘆く合唱が響く。遺体安置所に傷心のアヴィートがやって来て、彼女の亡骸(なきがら)に接吻する。すると突然彼は苦しみだして、その場にうずくまってしまう。そこにマンフレードが現れ、「父上がフィオーラの密通相手を突き止めるために、その遺体の唇に毒を塗っておいたのだ」と、死にゆくアヴィートに伝える。しかしマンフレードは、妻と愛し合っていたというこの男にとどめを刺すことまでは出来なかった。
ほどなくして、そこへアルキバルドがやって来る。成果あり、と老王は、「ついにつかまえたぞ!この盗人め」と瀕死の男を引っつかむが、そこで彼が耳にしたのは最愛の息子の臨終のうめき声だった。「ち・・違います、父上」。深い絶望の底にあったマンフレードは、アヴィートの死後、自ら進んでフィオーラの唇に接吻していたのである。全曲を締めくくるのは、愕然とする老人の悲痛な叫び。「マンフレード!マンフレード!ではお前までが、わしとともに救いもなく闇の中におるというのか」。
―歌劇<三王の恋>の全曲録音
イタリア・オペラの壮麗なる残照とでも言うべきこの名作には、ネット通販のカタログ上で現在数種類の全曲盤が見つかる。私が持っているのは、ネッロ・サンティの指揮による1976年のRCA・スタジオ録音盤。これが一般的には、お勧めの名盤ではないかと思う。
サンティ盤に出演している歌手達の中ではまず、老王アルキバルドを歌うチェーザレ・シエピ(B)が見事だ。声の点で言えば盛りをとっくに過ぎていて、第1幕のアリアなどではさすがに高音が細くなる。しかし、第2幕後半、フィオーラを締め殺して息子にそれを伝えるあたりの展開はもう、迫力と貫禄の名唱である。それともう一人、アヴィート役のプラシド・ドミンゴ(T)も素晴らしい。この当時がまさに、声の全盛期。ヴェリズモの轟然たる響きを引き継いだこのオペラのサウンドに、その暑苦しい(?)声がとてもよく似合う(笑)。指揮者のサンティも、見事な棒を披露。普段はオペラと疎遠なイギリスのコンサート・オーケストラから、実に豊麗なイタリア・オペラの音を引き出している。ちなみに、ここでのオーケストラはロンドン交響楽団である。録音も優秀。ただ、マンフレード役のパブロ・エルヴィーラ(Bar)とフィオーラ役のアンナ・モッフォ(S)の二人については、残念ながら、不満が感じられた。
―歌劇<三王の恋>という邦題について
最後に、このオペラの日本語タイトルに対するちょっとした引っ掛かりについて、一点だけ。1913年に初演されたというモンテメッツィの代表的歌劇 L’Amore dei Tre Re が、いつ頃日本に紹介され、そして<三王の恋>という邦題が付けられたのかは詳(つまび)らかでないのだが、当作品のタイトルはむしろ<三王の愛>と訳した方が、今の日本語の語感としてはもっと相応しいんじゃないかという気がしている。昔ならともかく、現代の日本語でいう「恋」というのは、ちょっとニュアンスが違ってきているように思えるからである。
―歌劇<三王の恋>の人物素描
北イタリアのアルトゥーラ国を征服したアルキバルドは、今や高齢となり、視力も失っている。しかし、盲目であることを補うように、他の感覚が極めて鋭敏になっている。彼が王位を譲った最愛の息子であるマンフレードは、いつ終わるとも知れぬ反徒たちとの戦いに、ほとんど休む間もなく出掛けている。
そのマンフレードの妻であるフィオーラは、アルトゥーラ国から征服王への和平の証(あかし)として差し出された女性である。(※<イスの王様>に出てきたマルガレードと、よく似た境遇。)彼女はもともと、アルトゥーラ国の王子であったアヴィートと愛し合っていたのだが、アルキバルドの征服によってその仲を引き裂かれ、心ならずもマンフレードの妻になっている。そんな事情があるので、好きでもない夫の留守中に、彼女はアヴィートとの密会をずっと続けているわけである。
老王アルキバルドにはフラミニオという護衛がいるが、この男も実はアルトゥーラ国の人間で、祖国のために働きたいと内心では思っている。だから、面と向かって老王に刃向かったりはしないものの、自分たちの王子であったアヴィートを助ける方向で陰ながら活躍する。
―歌劇<三王の恋>のあらすじ
〔 第1幕 〕 アルキバルドの城の大広間。夜。
アルキバルドと、護衛のフラミニオ。息子が今日こそは戦から帰って来るんじゃないかと、眠れない老王は城の広間に出て待っている。しかし、その気配はなさそうだと感じると、彼はまた部屋に戻ることにする。入れ替わりにフィオーラとアヴィートが登場。アルキバルドの部屋に通じるドアが閉まっていることを確かめてから、二人はお互いの想いを語り合う。
しかし突然、アルキバルドがフィオーラを呼びながら出て来る。アヴィートは、素早く姿を消す。アルキバルドはフィオーラに、「今、お前は誰と話しておったのだ」と詰問するが、彼女は、「独り言ですわ」と知らぬふりをする。しかし、盲目の老人はその鋭敏な感覚で、何かを察知している。問い詰められて冷や汗状態のフィオーラだが、そこへフラミニオが知らせを持ってやって来る。「マンフレード様が、お帰りです」。
〔 第2幕 〕
妻が一向に心を開いてくれないことに悩むマンフレード。彼は次の戦にまた、出かけて行かなくてはならない。「せめてもの慰めに、城壁からヴェールを振って見送ってくれ」とマンフレードはフィオーラに切々と訴える。心動かされた彼女は、きっとそうすると約束する。その後フィオーラが一人になると、アヴィートが再び彼女のもとに現れる。「この人とはもう、終わりにしよう」と一度は考えたフィオーラだったが、もともと愛し合っていた相手からの情熱的な愛のアタックに、彼女が抵抗しきれるはずはなかった。二人の熱い愛の歌。
しかし、そこへまた、アルキバルドがやって来る。フラミニオの無言の指示を見てアヴィートは黙って姿を消すが、その気配からはっきりと、息子の妻が不貞をはたらいていることを確信した老王は、厳しく彼女に詰め寄る。どうしても口を割ろうとしないフィオーラの態度に逆上したアルキバルドはついに、彼女の首に手をかけて締め殺してしまう。その後マンフレードがいったん城に戻ってくるが、そこで、「フィオーラは、わしが殺した。他の男と密通しておったのだ」と、老王は息子に伝える。激しい衝撃と絶望感に襲われるマンフレード。
〔 第3幕 〕
フィオーラの死を嘆く合唱が響く。遺体安置所に傷心のアヴィートがやって来て、彼女の亡骸(なきがら)に接吻する。すると突然彼は苦しみだして、その場にうずくまってしまう。そこにマンフレードが現れ、「父上がフィオーラの密通相手を突き止めるために、その遺体の唇に毒を塗っておいたのだ」と、死にゆくアヴィートに伝える。しかしマンフレードは、妻と愛し合っていたというこの男にとどめを刺すことまでは出来なかった。
ほどなくして、そこへアルキバルドがやって来る。成果あり、と老王は、「ついにつかまえたぞ!この盗人め」と瀕死の男を引っつかむが、そこで彼が耳にしたのは最愛の息子の臨終のうめき声だった。「ち・・違います、父上」。深い絶望の底にあったマンフレードは、アヴィートの死後、自ら進んでフィオーラの唇に接吻していたのである。全曲を締めくくるのは、愕然とする老人の悲痛な叫び。「マンフレード!マンフレード!ではお前までが、わしとともに救いもなく闇の中におるというのか」。
―歌劇<三王の恋>の全曲録音
イタリア・オペラの壮麗なる残照とでも言うべきこの名作には、ネット通販のカタログ上で現在数種類の全曲盤が見つかる。私が持っているのは、ネッロ・サンティの指揮による1976年のRCA・スタジオ録音盤。これが一般的には、お勧めの名盤ではないかと思う。
サンティ盤に出演している歌手達の中ではまず、老王アルキバルドを歌うチェーザレ・シエピ(B)が見事だ。声の点で言えば盛りをとっくに過ぎていて、第1幕のアリアなどではさすがに高音が細くなる。しかし、第2幕後半、フィオーラを締め殺して息子にそれを伝えるあたりの展開はもう、迫力と貫禄の名唱である。それともう一人、アヴィート役のプラシド・ドミンゴ(T)も素晴らしい。この当時がまさに、声の全盛期。ヴェリズモの轟然たる響きを引き継いだこのオペラのサウンドに、その暑苦しい(?)声がとてもよく似合う(笑)。指揮者のサンティも、見事な棒を披露。普段はオペラと疎遠なイギリスのコンサート・オーケストラから、実に豊麗なイタリア・オペラの音を引き出している。ちなみに、ここでのオーケストラはロンドン交響楽団である。録音も優秀。ただ、マンフレード役のパブロ・エルヴィーラ(Bar)とフィオーラ役のアンナ・モッフォ(S)の二人については、残念ながら、不満が感じられた。
―歌劇<三王の恋>という邦題について
最後に、このオペラの日本語タイトルに対するちょっとした引っ掛かりについて、一点だけ。1913年に初演されたというモンテメッツィの代表的歌劇 L’Amore dei Tre Re が、いつ頃日本に紹介され、そして<三王の恋>という邦題が付けられたのかは詳(つまび)らかでないのだが、当作品のタイトルはむしろ<三王の愛>と訳した方が、今の日本語の語感としてはもっと相応しいんじゃないかという気がしている。昔ならともかく、現代の日本語でいう「恋」というのは、ちょっとニュアンスが違ってきているように思えるからである。