カワセミ側溝から

好きな言葉は「のこのこ」。好きなラジオ中継「相撲」。ちょっと苦手「煮た南瓜」。影響受けやすいけど、すぐ忘れます。

凄まじい残酷物語を生き抜く人々   腐葉土

2023-09-25 | 読書

腐葉土/望月諒子著(集英社文庫)

 大変な資産家である老女が、高級な老人ホーム内で殺された。老女から金をたかる孫の男がおり、老女の過去にさかのぼると、別の孫の可能性のある男がこの老人ホームで働いていたことも分かる。老女は戦後の闇市のどさくさに紛れて財を成し、金貸しなどでさらに資産を増やしていった。一人娘がいたがすでに亡くなり、その息子である孫から、金を工面するように執拗に迫られていたようだ。しかし、この老人ホームで老女と特別に親しくしていたとみられる職員がいて、葬儀の際に自分にも相続させると書いてある文面のコピーを持っていたのだった。
 老女は関東大震災での大火災の中にあっても母とともに生き抜き、戦争の東京の大空襲においても生き抜くことができた。そのような生き地獄の中から這い上がるようにして、ちょっとしたきっかけをもとにして、凄まじい闇社会の中を狡猾な知性をもって、時にはひどく悪どいことも厭わずに生きていく。その為に非業の死を遂げるものがいたとしても、冷たくあしらいながらも強い信念でやり過ごしていた。ただし、一緒になった男は自分の金で暮らしながら別宅に通い、一粒種だった娘も自分の思うような育ち方はしなかった。それでも自分を曲げることは一切せずに、いつの間にか商売も堅気のものに変化させ、コツコツと資産だけは積み上げていったということのようだった。そんな老女だったから、ひどく恨まれているようなこともあるだろうし、そのような過去を持つからこそ、強力な金の力をもって相手を屈服させる術に長けているのだった。
 物語は重層的で、容疑者として持ち上がる孫や、もうひとりの孫と言われる男や、それらの人々にまつわる者たちへと、お話は縦横に飛びながら進んでいく。そうして真相は思わぬ方向へ、二転三転していくことになっていく。
 事件を追っているのは主にジャーナリストの二人なのだが、警察が及ばないところまで、地道に取材を重ね、証言を集めて回る。そういう中で、老女の弁護士などもまた、もう一人の孫の存在をめぐって、過去に地道に調べていった痕跡を見つけることになる。果たして老女は、事の真相にまで迫ることができていたのだろうか。そういう詳細に渡る事実が積み上がっていくうちに、事件はやはり、過去の禍根とも絡み合った問題を抱えていることが明らかになっていく。そうして犯人は、実際にこの人であると特定されていくようにも思われるのだったが……。
 よくもまあこれだけの物語が積み上がった後に、その意外性が明らかにされるものだと思う。震災や戦争の悲惨な人間模様も圧巻で、あたかも人間残酷物語を読んでいるようだ。しかしながらその残酷さのさなかに生きる女の一生にあって、どういう訳かこの老女を憎むことができないような心情にもなる。そのように生きることは、この女性にとっては必然だったのではないか。そうして事件そのものも、まるで老女の一生の必然のように、くみ上がっていくのだった。
 まあ、ともかく圧巻の筆さばき。ご堪能あれ、である。
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