Black box/伊藤詩織著(文春文庫)
就職の口利きをしてくれるような誘いを受けた後、おそらく薬によって眠らされレイプされたジャーナリスト志望の女性が、その事実を赤裸々に告発しながら、セカンドレイプとも捉えられる警察のずさんな捜査の中で、否応なく傷つけられながらも、必死で戦いながら事の経緯を綴った本である。僕は民放は見ないのでほとんど知らなかったが、この事件のもみ消しにかかわる不可解さもあって、当時は政治的な絡みで激しくバッシングを受ける当事者であったようだ。眠らされてレイプされたにもかかわらず、その記憶のあいまいな時間帯があるために、密室の事実を明らかにすることが非常に困難だったことが分かる。また、相手は事件後海外に赴任していたことと、性行為を同意のものという筋書きで執拗に否定してくるために、真っ向から対立しレイプを認めることが無いし謝罪もしない。むしろ逆上して名誉棄損で訴えてまでくる始末だ。さらにその裁判ではいったん負けるのである。これほどの人生の苦難が、果たして現代社会にあっていいものなのだろうか。
密室でのレイプの捏造の可能性についても、まったく否定できないのではないではないか、という考えもあるかもしれないが、そういう考えよりも、むしろこのような手記が書かれた事実を否定できることの方が不可解だ。事実でないのであれば、これが書かれる理由が見当たらないのである。もちろんこれが書かれた強い意志のようなものを持ち合わせている女性は、ほとんどいないだろう。だからこそ彼女以外の多くの人々は、時に自ら死を選ぶなどして、告発できずに苦しみぬいているはずなのだ。彼女はそのことも含めて悩みぬいたうえで、あえて自分の姿を世間にさらし、激しいバッシングに耐え抜きながら生き抜こうとしているのである。
読んだだけの人間であっても、レイプという卑劣で厳しい現実に、激しいショックを受けてしまった。ましてや本人の精神状態や、また家族などの周辺の人々への影響など、とても簡単に想像できるものではない。レイプが酷いことだというのは、すでに知っていることだとばかり思っていたのだが、読んでいて打ちのめされてしまった。まさかこれほどまでに人間性を破壊するものだとは……。まさに考えられないほどに、激しく悲しく恐ろしい。そうして事実として、犯人は理由が分からないまま告訴が取り下げられたのである。このことは、日本という国家すら揺らぎかねない大事件では無いのだろうか。そうではないと考える人間は、既に人間性が疑わしいのではないか。
それでも著者は、その苦しい道の中をあえて選んで生きていこうとしている。いや、レイプは選べないのだから、その苦難から必死で這い上がろうとしている。それもできるだけ自分らしく、被害者ぶる姿勢さえ見せないで、世間に媚びることも無い。それは今後も彼女は誤解され続けるだろうことも示唆されていて、なかにはその為に大切な関係さえ壊れていくようなことにもなるのかもしれない。ただただ、本当に頑張って欲しいと願うばかりだ。