あのこと/オードレイ・ディヴァン監督
ノーベル賞作家アニー・エルノーの、若き日のことを描いた短編を映画化しているという。1960年代のフランスでは、まだ堕胎が法律で認められていなかった。大学でも成績優秀だったアンヌだが、進級の試験前に生理が来ないことに不安を覚える。中絶をすると本人も幇助した医者も重罪に処され、刑務所行きという時代なのだ。自分なりに様々な本を読み漁り、やはり産婦人科で検査してもらうが、あえなく妊娠という診断を受ける。女子寮に身を置き、大学生という身分で子供を持つことは、すなわち学業の断念と、子育ての道へ進まざるを得ない地獄の選択に他ならなかった。実際には産む以外に選択肢が残されていない状況なので、地獄なのだ。そう簡単に誰かに相談することもできないし、勉強などとても手につかない。人間関係はガサツになり、摩擦が起こる。お腹だけは非常に減るようで、ひとのものまで盗んで食べたりしている。裏の方法を知ってそうな人間を探すことにするが、限られた人間関係にあって、誰を信用してよいかもわからなくなっていくのだった。
スリラー映画と言ってよく、ものすごく恐ろしかった。こんなに怖くて残酷な映画と知ってたら、観てなかったかもしれない。そこまで直接的ではないものの、ホラー場面もちゃんとあって、観ていて苦しかった。妊娠がこれほど恐ろしい出来事になり得るとは、夢にも考えたことが無かった。確かに若い頃の結婚前の妊娠話というのは、結構やべえなあ、というホラーの要素はあった訳だが、日本は堕胎が法律違反であるわけではなかったし、どのみち表に出たらそうせざるを得ないという選択の方が自然である。それでも生んで育てようというのは、ちょっとした複雑な不幸な道のりを感じさせられて、それはそれであんまりハッピーではない選択だった。それなのに堕胎も許されず、社会的にも断罪されて子育てを強要されるフランス社会という重圧の中で生きざるを得ない一人の女というのは、何処までいっても恐ろしい立場なのである。だから将来法律は変わるのだろうけれど……。
これを観ていると、望まない妊娠をしないという先ず第一の条件が無ければ、女が自由に生きていける社会は生まれない、という警告のある物語である。男女同権の前に、女が子供を産まないことを暗に条件に入れない限り、それは成り立ちにくいことなのだ。そこに社会的な警鐘と、人間の尊厳がある。それがまた強力に恐ろしさを含んでいるわけで、皆こころして観よ、ということになる。うまく言えないが、人間関係も面白いし、怖いけれどいい映画である。苦しかったけど勉強になりました。