僕は目をつむるのが怖い。暗闇が怖いのと、ある意味では似ているのかもしれない。目をつぶっていても、寝ているときは怖くはない。おそらく布団に寝ているからである。毛布などをかぶっているのも身を守っている感じだし、背中に布団が当たっているのも安心させられる。背中にスペースが無いと、安心できるのではなかろうか。
動物なども、狭い隙間などに身を寄せて休んだりする習性のあるものがある。狩られる存在としての安全の確保は、狭い空間とも関係があるだろう。隠れているという感覚かもしれない。僕に狩られるものの習性の記憶がまだ残っているとしたら、そのような恐怖心が潜在的にあるという事にもなるかもしれない。
実際に目をつぶっていて怖くなることがあるのは、シャンプーで髪を洗っていて目をつぶっているときもある。床屋に行って髪を洗ってもらう時にはみじんも恐怖感はないが、一人で髪を洗っていて、背中にスペースがあるらしいことを察していると、なんだかもう髪を洗っている場合ではないような気分になったりする。
仏壇に線香をあげて目をつぶって祈っているときも、ふと恐ろしく感じたりする。背中にスペースが存在するのに、うかつに目をつぶってしまった。さらに一時は、その状態を保つべきであろうことも知っている。そのほんの少しの時間が、どうにも長く感じられる。もう目をつぶっていたくないので、習慣として線香をあげることもしなくなった。もともと信心深くもないが、そのような怖い時間をわざわざ作ることもあるまい。
結局ひどく臆病なだけなのは分かっている。しかし夜に散歩してて墓場などを歩いていても、特に怖いとは感じない。それは目を開けているからである。僕が怖いと思っているのは、あくまで場所ではなく、目をつぶっている状態で背中のスペースが開いているかどうかなのである。そういうことがこれからの将来も、できるだけ少なく生きられるように、願っているのである。