●家族型的価値観の違いの影響(続き)
ここで、本章の時代範囲を超えるが、家族型的価値観と人権について、さらに補足しておきたい。
自由・平等を説く人権の思想は、フランスで大きく発達した。それは、フランスの中央部が家族型的価値観から普遍主義の考え方を持っていたことと関係がある。普遍主義の社会は、人類は皆同じという考えを持ち、家族型の違いが小さな差異であれば、これを受け入れる。ところが、自分たちの人間の観念を超えた者に出会うと、「これは人間ではない」と判断する。人権宣言の国フランスでは、フランス人とマグレブ人は異なる普遍主義によって、互いを間扱いして、激しく争った。マグレブ人とは、北アフリカ出身のアラブ系諸民族である。
トッドによると、フランスには、平等主義核家族と直系家族という二つの家族型がある。これら二つの家族型には、共通点がある。ひとつは、女性の地位が高いことである。フランスの伝統的な家族制度は、父方の親族と母方の親族の同等性の原則に立っており、双系的である。双系制では、父系制より女性の地位が高い。もう一つの共通点は、外婚制である。外婚制は、工業化以前の農村ヨーロッパのすべての家族システムの特徴でもあった。トッドはこれらの点をとらえ、双系制と外婚制が「フランス普遍主義の人類学的境界を画する最低限の共通基盤」とする。
フランス人が、移民を受け入れるのは、双系ないし女性の地位がある程度高いことと、外婚制という二つの条件を満たす場合である。この最低限の条件を満たさない集団に対しては、「人間ではない」という見方をする。マグレブ人は、この条件を満たさない。
マグレブ人の家族型は、共同体家族であり、内婚制父系共同体家族である。この家族型は、女性の地位の低さと族内婚を特徴とする。フランス人が要求する最低限の条件の正反対である。あまりに違うので、フランス人は、マグレブ人を集団としては受け入れられない。彼らは「人間ではない」として、間扱いをする。
一方のマグレブ人の方も別の種類の普遍主義者である。マグレブ人は共同体家族ゆえ、権威と平等を価値とする。フランスは、主に平等主義核家族ゆえ、自由と平等を価値とする。ともに平等を価値とするから、普遍主義である。フランス人が普遍的人間を信じるように、マグレブ人も普遍的人間の存在を信じる。ただし、正反対のタイプの人間像なのである。フランス人もマグレブ人も、それぞれの普遍主義によって、諸国民を平等とみなす。しかし、自分たちの人間の観念を超えた者に出会うと、「これは人間ではない」と判断する。双方が自分たちの普遍的人間の基準を大幅にはみ出す者を「間」とするわけである。
第2次世界大戦後、フランスの植民地アルジェリアで独立戦争が起こった。アルジェリア人は、マグレブ人である。アルジェリア独立戦争は、1954年から62年まで8年続いた。アルジェリア人の死者は100万人に達した。その悲劇は、正反対の普遍主義がぶつかり合い、互いに相手を間扱いし合ったために起こった、とトッドは指摘する。今日でもフランスでは、マグレブ移民への集団的な敵意が存在する。このようにフランスの普遍主義は、「小さな差異」の範囲外に対しては、差別的である。
わが国には、フランス革命は人間の平等をうたった理想的な市民革命だと思っている人が多い。そして、フランスは人間平等の国と思っている人がいるが、話はそう単純ではないのである。
家族型的価値観の4種類の相対性と相互関係を踏まえたうえで、人類が共有すべき価値を考えないと、相互理解は進まない。私は、新しい精神科学が出現し、人類共通に受け入れられる原理が打ち出されるまでは、人権をめぐる価値観の対立は解消しえないだろうと考える。
主権・民権・人権の歴史における各国共通の要素として、信教の自由を求める運動、課税に反発する戦い、権利・権力の移動、ユダヤ人の自由と権利の拡大、家族的価値観の違いの影響の5点について補足した。もう一つ、重要な要素に、ナショナリズムがある。この点については、次章で国民国家の形成と発展について書いた後に、述べることにする。
次回に続く。
ここで、本章の時代範囲を超えるが、家族型的価値観と人権について、さらに補足しておきたい。
自由・平等を説く人権の思想は、フランスで大きく発達した。それは、フランスの中央部が家族型的価値観から普遍主義の考え方を持っていたことと関係がある。普遍主義の社会は、人類は皆同じという考えを持ち、家族型の違いが小さな差異であれば、これを受け入れる。ところが、自分たちの人間の観念を超えた者に出会うと、「これは人間ではない」と判断する。人権宣言の国フランスでは、フランス人とマグレブ人は異なる普遍主義によって、互いを間扱いして、激しく争った。マグレブ人とは、北アフリカ出身のアラブ系諸民族である。
トッドによると、フランスには、平等主義核家族と直系家族という二つの家族型がある。これら二つの家族型には、共通点がある。ひとつは、女性の地位が高いことである。フランスの伝統的な家族制度は、父方の親族と母方の親族の同等性の原則に立っており、双系的である。双系制では、父系制より女性の地位が高い。もう一つの共通点は、外婚制である。外婚制は、工業化以前の農村ヨーロッパのすべての家族システムの特徴でもあった。トッドはこれらの点をとらえ、双系制と外婚制が「フランス普遍主義の人類学的境界を画する最低限の共通基盤」とする。
フランス人が、移民を受け入れるのは、双系ないし女性の地位がある程度高いことと、外婚制という二つの条件を満たす場合である。この最低限の条件を満たさない集団に対しては、「人間ではない」という見方をする。マグレブ人は、この条件を満たさない。
マグレブ人の家族型は、共同体家族であり、内婚制父系共同体家族である。この家族型は、女性の地位の低さと族内婚を特徴とする。フランス人が要求する最低限の条件の正反対である。あまりに違うので、フランス人は、マグレブ人を集団としては受け入れられない。彼らは「人間ではない」として、間扱いをする。
一方のマグレブ人の方も別の種類の普遍主義者である。マグレブ人は共同体家族ゆえ、権威と平等を価値とする。フランスは、主に平等主義核家族ゆえ、自由と平等を価値とする。ともに平等を価値とするから、普遍主義である。フランス人が普遍的人間を信じるように、マグレブ人も普遍的人間の存在を信じる。ただし、正反対のタイプの人間像なのである。フランス人もマグレブ人も、それぞれの普遍主義によって、諸国民を平等とみなす。しかし、自分たちの人間の観念を超えた者に出会うと、「これは人間ではない」と判断する。双方が自分たちの普遍的人間の基準を大幅にはみ出す者を「間」とするわけである。
第2次世界大戦後、フランスの植民地アルジェリアで独立戦争が起こった。アルジェリア人は、マグレブ人である。アルジェリア独立戦争は、1954年から62年まで8年続いた。アルジェリア人の死者は100万人に達した。その悲劇は、正反対の普遍主義がぶつかり合い、互いに相手を間扱いし合ったために起こった、とトッドは指摘する。今日でもフランスでは、マグレブ移民への集団的な敵意が存在する。このようにフランスの普遍主義は、「小さな差異」の範囲外に対しては、差別的である。
わが国には、フランス革命は人間の平等をうたった理想的な市民革命だと思っている人が多い。そして、フランスは人間平等の国と思っている人がいるが、話はそう単純ではないのである。
家族型的価値観の4種類の相対性と相互関係を踏まえたうえで、人類が共有すべき価値を考えないと、相互理解は進まない。私は、新しい精神科学が出現し、人類共通に受け入れられる原理が打ち出されるまでは、人権をめぐる価値観の対立は解消しえないだろうと考える。
主権・民権・人権の歴史における各国共通の要素として、信教の自由を求める運動、課税に反発する戦い、権利・権力の移動、ユダヤ人の自由と権利の拡大、家族的価値観の違いの影響の5点について補足した。もう一つ、重要な要素に、ナショナリズムがある。この点については、次章で国民国家の形成と発展について書いた後に、述べることにする。
次回に続く。