ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
この日本をどのように立て直すか、ともに考えて参りましょう。

スコットランド独立否決とその後の展望

2014-10-02 09:34:21 | 国際関係
 9月18日スコットランドの独立の是非を問う住民投票が行われた。結果は、独立反対55・3%、賛成が44・7%で、独立は否決された。投票率は84・5%だった。
 独立賛成派が勝てば連合王国は分裂し、新国家の創設に向けた「離婚協議」が始まるところだっただけに、国際社会では、ひとまず安心という反応が多いようである。だが独立運動は今後も続くだろう。また、周辺諸国への影響も予想される。
 スコットランドは、イギリス北部を占める。9世紀から王国を形成し、イングランドとの抗争の末、1603年に同君連合を結び、1707年にイングランドと合同した。それによって、連合王国が誕生した。以来、スコットランドは300年以上にわたって、連合王国の一部を構成してきた。現在人口は約520万人。わが国の北海道より、人口が少ない。
 イギリスでは、スコットランド、ウェールズ等をネイションと呼ぶ。スコットランドには、スコットランドのナショナリズムがある。スコットランドの住民には、イングランドはスコットランドを対等に扱っていないという不満があったようである。近年独立を実現しようという動きが強くなり、キャメロン首相に住民投票の実施承認を取り付け、今回の住民投票に至った。

 歴史的に見て、ある集団が独立を求める時には、言語・宗教の相違が関係するものが多い。だが、スコットランドの場合、言語はイングランドと同じイングリッシュ(イングランド英語)、宗教も主に英国国教会ゆえ、文化的な権利の獲得が中心的な目的ではない。政治的・経済的な権利の獲得が主目的である。
 しかし、客観的に見て独立後、スコットランド人が具体的にどういう国づくりをしたいのかについては、疑問の点があった。まず政治体制である。スコットランド行政府は、独立後の政治体制は立憲君主制を目指す方針を打ち出した。イギリスにはない成文憲法を採択し、「より平等で、市民の福祉と社会保障を充実させた民主的で平和的な高福祉国家の建設を実現する」と謳っていた。だが、引き続きエリザベス女王を君主と仰ぐのであれば、連合王国から独立する必要があるのかどうかが問われよう。行政府は、将来は立憲君主制か共和制かを問う住民投票を実施するとも表明していたが、それなら独立と共和制を一緒に住民投票に諮るべきだったのではないかと思われる。
 次に、独立派は、高福祉国家を建設するための財源を、北海油田に求めている。独立すれば、同油田からの収入の約9割を手にすることができるとして、原油による収入で「豊かで、繁栄した国をつくる」というわけである。しかし、北海油田は今後、産油量が減る局面に入る。資源が枯渇したらどうするかという長期的計画が見えない。
 もっと大きな問題は、通貨である。スコットランド行政府は、イギリスと通貨同盟を形成し、ポンドを使用するとしていた。ところが、イギリス政府はポンドの使用を認めないという方針である。独立国でありながら、独自の通貨を持たず、他国の通貨を利用しようというのでは、完全な独立国とは言えない。ポンドをやめて共通通貨ユーロに加盟する道はあるだろうが、加入には条件と手続きがある。すぐできる事柄ではない。すると、スコットランドは独立すると同時に、通貨問題で行き詰まることが、目に見えていた。

 イギリス及び国際社会としては、スコットランド独立の場合、第一に経済への影響が懸念された。連合王国の面積の32%、人口の8%を占めるスコットランドが独立すれば、イギリスの国力低下は避けられないところだった。独立をめぐってポンドが急落し、それが欧州経済に打撃を与えれば、ギリシャ、ポルトガル、スペイン等の債務危機がまた深刻化する。それが世界の金融資本市場に悪影響を及ぼすことが予測された。
 イギリス及び国際社会として、懸念された第二の点は、安全保障のほころびである。スコットランド行政府は、独立した場合、非核国家になることを明確にしている。2020年までに、イギリスの核戦力である潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)「トライデント」を搭載したバンガード級原子力潜水艦を、域内の母港から撤去するよう求めていた。イギリスの原潜の移転先としては同国南部プリマスの名前が挙がったが移転は予算的に困難な課題で、とても5年ではできないという。
 現在、東欧でロシアがウクライナのクリミア半島を併合し、ウクライナ東部にも関与しており、欧米・日本等がロシアへの制裁を行っている。イギリスはその国際的協力体制の一角をなす。また中東では、イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」が台頭し、米国が中心となってイラク及びシリアの拠点への空爆を行っている。イギリスは米国の第一の同盟国として行動している。こうしたなかで、イギリスの勢力が低下することは、国際社会のバランスを変えてしまう恐れがあった。
 
 スコットランド独立の否決後、日本内外のメディアや有識者がこの結果について論評した。そのうち、私の感想に最も近かったのは、中西輝政・京大名誉教授のものである。中西氏は、次のように述べた。
 「もし、独立が成っていたらと思うと背筋が凍る。英国の経済力や軍事力は著しく低下し、大国としての地位を失っただろう。そうなれば、世界経済や為替の不安定化を招くだけでなく、日本の安全保障や外交にも直結した問題となっていたはずだ。
 英国が“西側の大国”として責任ある役割を果たしているからこそ、米国はロシアや中東、中国ににらみが利く。その前提が崩れれば、世界のパワーバランスも崩れる。結果として、安倍晋三首相が掲げる「地球儀を俯瞰(ふかん)する外交」も立ち行かなくなる。中国の脅威もさらに増大しただろう。
 独立が成立していれば、そのうねりは北アイルランドやウェールズだけでなく、EU諸国や中東、アジアにまで飛び火していた可能性がある。世界情勢は混迷し、将来的には、沖縄の自治権拡大や独立論にも拍車をかけたかもしれない。
 英国は今後、スコットランドに対して自治権の拡大を認めざるを得ないだろうが、その程度の傷で済んでよかったと見るべきだ。独立が成立したときの代償とは比較にならない。実に危ういところだった」と。
 この「もし、独立が成っていたらと思うと背筋が凍る」「実に危ういところだった」という点が、私の感じたところに最も近い意見だった。

 住民投票の結果、イギリス分裂による国際社会の急激なバランスの変化は回避された。今後、イギリス国内では、中央集権と地方分権のあり方が大きく見直される。それが順調にいくかどうかが注目される。
 住民投票の結果を受けて、スコットランド行政府のサモンド首相は、スコットランドの自治権を拡大するとした英政府の約束が速やかに実行されるよう求めた。キャメロン英首相は、イギリス主要3政党の党首が合意した約束は「完全に履行される」と答えた。また、新たな徴税権限や社会保障の支出などで、スコットランド議会の権限拡大を11月までに合意し、来年1月までに法制化する方針を明らかにした。スコットランドに対する自治権拡大は、当然他のネイションに影響を与える。ウェールズ側も自治権の拡大を求める声を挙げた。北アイルランドもこれに続くかもしれない。キャメロン首相も、スコットランド以外の自治権拡大についても検討する姿勢を明らかにしている。こうした対応が不調に終われば、また独立運動が再燃するだろう。

 スコットランドでの住民投票は、スペインのカタルーニャ自治州の分離独立運動などに再び火をつけた。カタルーニャ自治州側は、11月9日の住民投票実施を目指している。こうした動きが広がれば、フランスとスペインに接するバスク地方、オランダのフランドル地方等でも、分離独立の機運が高まるだろうと予想されている。
 グローバリズム、リージョナリズムの進展の一方、ナショナリズムが興隆している。ナショナリズムには、既存の国家が国権の拡大や発展を目指すもの、国家を持たない民族が固有の政府を持とうとするものがあり、後者には独立を目指すもの、統一を目指すもの、自治の獲得・拡大を目指すもの等、種々の思想・運動がある。
 各民族には、自決の権利がある。また「第3世代の人権」と呼ばれる「発展の権利」がある。だが、あらゆる民族が所属国からの分離独立を求めるならば、各国さらに人類の社会はとめどなく分裂する恐れがある。独立して固有の政府を持つことにより、自らが発展でき国際平和にも寄与し得る場合もあれば、反対に国内が混乱し内戦に陥って周辺地域をも不安定にさせる場合もある。後者の可能性が高い場合は、政治的な自治権の拡大や文化的な権利の尊重によって、所属国の内部で調和を目指すことが望ましい。最終的には、その集団の意思によることだが、相互の理解と協調によって、共存共栄の道を粘り強く求めていくことが必要である。ただし、所属国の政府が強権的な支配をし、搾取・迫害・殺戮等を行っている場合は、その限りではない。生命を賭けて、集団の権利を回復・拡大する権利は認められねばならない。
 以下は関連する報道記事。

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●産経新聞 平成26年9月20日

http://sankei.jp.msn.com/world/news/140920/erp14092009000009-n1.htm
【スコットランド残留】
日本の安保・外交、影響回避 中西輝政・京大名誉教授
2014.9.20 09:00 [スコットランド独立問題]

 独立賛成派の勢力がこれほど伸長したことに驚きを禁じ得ない。英国にとって、第二次大戦以来の国家的混乱だったのではないか。キャメロン首相は、まさかこれほどの接戦にはならないと高をくくって、住民投票を認めたのだろうが、迂闊(うかつ)だったと言わざるを得ない。その責任を厳しく追及されるだろう。
 もし、独立が成っていたらと思うと背筋が凍る。英国の経済力や軍事力は著しく低下し、大国としての地位を失っただろう。そうなれば、世界経済や為替の不安定化を招くだけでなく、日本の安全保障や外交にも直結した問題となっていたはずだ。
 英国が“西側の大国”として責任ある役割を果たしているからこそ、米国はロシアや中東、中国ににらみが利く。その前提が崩れれば、世界のパワーバランスも崩れる。結果として、安倍晋三首相が掲げる「地球儀を俯瞰(ふかん)する外交」も立ち行かなくなる。中国の脅威もさらに増大しただろう。
 独立が成立していれば、そのうねりは北アイルランドやウェールズだけでなく、EU諸国や中東、アジアにまで飛び火していた可能性がある。世界情勢は混迷し、将来的には、沖縄の自治権拡大や独立論にも拍車をかけたかもしれない。
 英国は今後、スコットランドに対して自治権の拡大を認めざるを得ないだろうが、その程度の傷で済んでよかったと見るべきだ。独立が成立したときの代償とは比較にならない。実に危ういところだった。

●産経新聞 平成26年9月29日

http://sankei.jp.msn.com/world/news/140929/erp14092915000004-n1.htm
【環球異見】
〈スコットランドの独立否決〉「分離独立主義の幻想を増長」中国紙
2014.9.29 15:00
 英国からの独立を否決したスコットランドの住民投票は、民族主義の台頭や国家体制のあり方をめぐり、国際社会に波紋を広げた。ドイツ紙は欧州各国内の分離独立派を念頭に、極端な民族主義が勢いづくことへの警戒感をあらわにし、米紙は安全保障の視点から「不可欠な同盟国」の安定化を歓迎。中国紙は台湾やチベット、新疆の独立機運に神経をとがらせ、「核心的利益」の死守を声高に叫んでいる。

□南ドイツ新聞(ドイツ)

偏狭なナショナリズムに警戒感

 複雑な現代社会での国家存続には相互補完が欠かせない-。南ドイツ新聞は21日付社説で、スコットランドの独立否決を「多くの政治・経済的観点からみれば、合理的で正しかった」と評価した上、大衆迎合に傾きがちだった一部の独立賛成派の主張は「複雑な世界を矮小化(わいしょうか)している」と指摘。欧州連合(EU)内で頭をもたげる偏狭な民族主義とも重ね合わせ、その台頭に警鐘を鳴らした。
 社説は、一部の民族主義者が独立運動で採用したのは「狭苦しい英国から逃れるため、新たな境界を引く」という「古い手段」だったと指摘する。これは「小さくなれば、簡単でよりよくなる」と訴え、EU離脱を掲げる英国独立党やフランスの極右勢力の主張と通じるものであり、耳当たりの良い「大衆迎合主義者の救世の方法」にすぎないと切り捨てる。
社説は、国際化した現代の世界では、民族の独自性を前面に押し出すだけで「国家を満たすことはできない」と強調する。単一民族による国家の運営が、地域の実情に即した決定を下せるメリットもあるが、金融や市場のシステムの事例が示すように、国家の存続には結局、EUのような広範な仕組みの一つとなって、足りない部分を相互補完することが欠かせない。その「補完性」こそが、欧州統合を貫く一つの基本的な考え方でもある。
 社説は、この複雑な仕組みは「しばしば理解が難しく、人々は平易な言葉の影響を受けやすくなる」と指摘する。大衆迎合主義者は現実を「単純化」することで回答を提示しているようにみえるが、実際には物事を極端に矮小化することで、重要な現実から目を背けさせているとの見方だ。
 欧州ではスペインやベルギーで分離独立派が勢いづき、反EU勢力の拡大も懸念される。社説は現実から目を背け、ことさらに民族主義をあおる偏狭なナショナリズムの広がりに「英国のみならず、欧州全体も警戒する必要がある」と強調している。(ベルリン 宮下日出男)

□ウォールストリート・ジャーナル(米国)

同盟国も「安堵のため息」

 米紙ウォールストリート・ジャーナルの20、21日付社説は、独立が招きかねなかった経済面の危険性を理解するスコットランド人や英議会だけでなく、安全保障への影響を不安視していた米国などの同盟国も独立否決で「安堵(あんど)のため息をついた」と指摘した。長年、自由と安定の砦(とりで)となってきた英国が、スコットランド分離で縮小を余儀なくされることへの危機感は強く、これを払拭した否決を「スコットランド人の英知」と歓迎した。
 社説は、英国を「大西洋世界の柱で、米国にとり、欠くことのできない同盟国」と位置付ける。その上で、中東ではイスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」などの極端なイスラム主義が勃興し、ロシアがウクライナへの威嚇を続けている国際情勢を挙げ、「統一が保たれ、繁栄し、安定した英国は、西側諸国に恩恵をもたらす」と強調した。
 また、社説は、世界の多くの地域で民族が独自の国家を形成しようとする「エスノナショナリズム」が広がっているとも指摘する。そうした集団の感情をプーチン露大統領のような非民主的な指導者らがかき立て、自らの目的達成に利用していると批判し、今回の独立否決は「歓迎されるべきエスノナショナリズムの拒絶だ」とした。
 一方、米紙ニューヨーク・タイムズは20日付の社説で、独立が可決されていれば、英国の核戦力である潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の「トライデント」を搭載した原子力潜水艦がスコットランドを離れ、他の母港を探さなければならなかったと指摘。経済面でも、スコットランドが英ポンドを引き続き通貨とする道筋を探らねばならなかったはずで、「混乱と騒動に発展する可能性があった」と指摘した。
 こうしたことから、「注意深い多数派にとって、統一(の維持)がもたらす実利を自治の魅力が押さえ込むことにはならなかった」とスコットランドの選択を分析した。(ワシントン 加納宏幸)

□環球時報(中国)

分離独立主義の幻想を増長

 スコットランドの住民投票について、中国政府は「英国の内政問題」との立場で表向きには一貫している。だが、内心では欧州各地で高まる独立機運の波及に神経をとがらせており、独立否決という結果に安堵(あんど)したことは、25日付の中国共産党機関紙、人民日報傘下の国際情報紙、環球時報(英語版)からも読み取れる。
 環球時報は1面からの記事で、「台湾のいくつかの政治団体は、今回の投票を台湾が独立を要求する前例に挙げようとしている」と指摘した。中国国務院台湾事務弁公室の馬暁光報道官が記者会見で、「われわれは“1つの中国”を順守しており、一貫して台湾の独立に反対している」と述べ、台湾とスコットランドは「全く違う」と述べたことも改めて強調した。
 だが、すでに“波紋”は台湾以外にも広がっている。チベット亡命政府があるインド北部ダラムサラの活動家らが運営するニュースサイトは「いつか必ずチベットの人々も同じことを行う」と宣言。亡命ウイグル人組織「世界ウイグル会議」のカーディル議長も「ウイグル族は同じ民主プロセスを用いることを願っている」と発言した。
 もちろん、欧州の独立機運が「核心的利益」に波及することを中国政府は看過できない。政府系シンクタンク、中国社会科学院の専門家は環球時報に「スコットランドの住民投票は分離独立主義者の幻想を増長している」と述べ、この潮流を絶えず警戒するよう当局に促した。
 また、ある評論家は「スコットランドの問題は主に資源の分配や経済発展の利権だ。そこには外国の干渉はないし、イデオロギーの衝突もない。しかし、中国はすべての問題に対処しなければならない」と憂えた。「中国は台湾やチベット自治区、新疆ウイグル自治区、香港で英国よりも複雑な問題に直面している」との分析は、習近平指導部の抑圧的な政策で「核心的利益」を取りまく状況が悪化していることを物語っている。(北京 川越一)
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