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シャツのほころび涙のかけら

昔よく聞いたNSPのタイトルを拝借。…趣味や日常を綴っています。基本はガンバレ自分!時々覗いてみてください。

2021年9月9日。娘が母親になった!

2021-09-12 | 家族・帰省・イベント

妊娠し易いか、し難いか、どっちかといえばし難い体質なのだろう。細いし。
持病(甲状腺)の治療に妊活。流産の経験もした。

胎児の染色体異常により流産することは、海堂尊の小説でも読んだが、それはさておき、授かる子供に100%大丈夫ということはない。いろんなリスクがあることを自分の子供ができる時に認識した。2番目の子供の時は、妻が妊娠したことを他言しなかった(できなかった)。

娘が再度妊娠し安定期に至った時には少し安堵したが、安心できるのとは違う。さらに、巷はコロナ禍が急拡大。コロナ感染した妊婦のニュース・悲劇には涙した。

予定日は9月8日(水)で、前週の検診では「まだまだ」という状態だったので、8日の早朝、陣痛(?)という連絡を受けた時には驚いた。どうなるの?と気をもんでいたが、また自宅待機となり、通常の検診(金曜日)に行くとのことだった。

それが、翌9月9日(木)の朝、痛みの間隔が短くなったということで、再び病院へ。この日は在宅勤務で、一人ノートPCの前でやきもき。15:52「生まれた」との家族LINE。この日は、これ以降何度か泣いたな~。

男の子というのは分かっていたが、体重は2,786gだった。出生時の体重別に最も多いのは約3,000gで、プラスマイナス500gの範囲が全体の約8割だという。
娘が生まれた時は2,766gだった。生まれた子供がほぼ一緒ということに何とも・・・。

コロナ禍の対応で、我々親はもちろん、娘の旦那も会えないでいる。退院は明日の予定。昨年、妻が入院した時も会えなかったが、スマホは便利な道具だと実感。

夜は祝杯。8月12日に埼玉県小川町の「松岡醸造」の酒蔵見学の際に購入した、3本の内の残りの1本。「帝松PREMIUM 赤磐雄町 純米酒」の四合瓶を開けた。旨かった。

私は爺という立場を拝命することになった。ただ、今はまだ頑張った娘を労いたい気持ちだ。本当に良かった。頑張った娘に拍手。そして感謝。

 

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2020年末、2021年始のこと

2021-01-07 | 家族・帰省・イベント

年末年始の帰省は、子供が小さかった頃は3~4泊することもあったと思うが、ここ10年くらい(?)は、年末12月31日に新潟へ帰省して年明けの1月2日に戻る2泊3日が年末年始の恒例行事だった。しかし、今年はコロナ禍で感染者が急増していることもあり帰省しないことにした。

帰省しないということは、年末年始を自宅で過ごすことになるのだが、過去に年末年始に帰省できなかったのは、結婚して以来1回しかなかったと思う(長女が生まれて間もないため)。確かその時は、妻の実家に行っていたはずなので、自宅で年末年始を過ごすのは初めてのようなものだ。結婚してからの年末年始34回目で、年末年始在宅初心者夫婦だ。

例年は、帰省の他、年末にオヤジ仲間の忘年会(今回は無し)、年明けに娘夫婦の年始がある。また、1年前の年末年始はドライブレコーダー問題、2年前は冬タイヤ問題やレンジフード問題にデジカメ問題、3年前は家の外回り補修工事、車庫の棚と開口部のDIYなどがあった。今回は、こういった対応も予定は無いし、体力的に疲れることはしたくなかった。寒いし。

ということもあって、休み中の丸一日と半日は家で仕事をしてしまった(これはこれで疲れる・・・)。
また、そうはいっても“それらしく”ということで、大晦日や正月用にと妻とスーパーに買い物に行ったりした。おかげで、食材だけでもけっこう費用がかかるものだな~と認識できた。

◆正月三が日のことを記録しておく。
元旦は、妻と妻の実家(義母宅)に行ってきた。車で片道約1時間。午前10時に出発し、帰宅したのは午後5時頃。
コロナ禍なので、来訪者は私と妻だけ。ちょっと寂しい。さらに昼食を頂いたが、お酒は飲めないので、これもちょっと寂しい。手持無沙汰は一挙放送の「孤独のグルメ」に頼った。
義母宅に行く前に、車を止めて近くの神社に初詣をしようと近くまで行ったのだが、参道で行列ができていたので諦め、遠くから手を合わせた。

2日は娘夫婦が昼に来るので、ダイニングテーブル周りの私の書類や封書などを整理する。何故テーブル周りに私物があるかというと、パソコン台が近くにあり、かつ通勤用カバンを椅子に置くので放っておくと徐々に書類などが増える。今回は、11月の記念日会の時に整理した後だったので楽だった。
娘夫婦は、昼に来て、午後3時前には帰ったはずだ。

3日は北本自然観察公園へ行ってきた。Webサイトを見たら元旦から開園していたことと、三が日限定の「公園の生きもの オリジナルポストカード」プレゼント企画というのがあると知り“ならば”と今年最初の散歩へGOだ。散歩のことは、後日とりあげる。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ところで、何故そんなに帰省するのか(できるのか)と思う方がいるかもしれない。
理由はいろいろあるけど我が家の場合は、
 (1) 実家が新潟県という程よい距離。(車で片道3時間ほどは絶妙な時間。)
 (2) 実家が雪国ということ。年に1回くらいは雪景色を見たい。 
 (3) 実家が蕎麦屋だったこと(2015年5月まで)。年越し蕎麦は必須。
 (4) 子供に自分のルーツは(2)(3)だということを光景として伝えたかったこと。
 (5) 実家は薪ストーブとシステム換気のおかげで、埼玉の我が家よりも暖かい。
などなどかな。もちろん帰省本来の目的もあるけど。

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記念日会 '2020

2020-12-02 | 家族・帰省・イベント

自称「記念日会」は、11月の結婚記念日や同月の私と娘の誕生日と、10月後半の娘婿の誕生日をまとめて、家族で集まって飲食会をしようというもの。今年は11月21日に行うことになった。※昨年の備忘録

11月20日(金)、帰宅後に生ビールのテイクアウトを予約。11月1日に知り合いの家で庭飲みするときに初めて利用したのだが、なかなかイケたので娘夫婦とも一緒にと思い2回目の利用。
ただ、予約をしながら・・・ン?、返信メールがきてンン?前回は1L×2本、今回は1Lと500mlが各1本。量は少ないのに、今回の方が料金が高いのだ。何でだろうと調べても手元の情報では分からない。一応電話して聞いたところ、キャンペーンビールは前回50%OFFだったが、今回はそれが20%OFFになっているという。あっそ。

11月21日(土)午前、ダイニングテーブル周りの私の書類などの整理。たまにこういうことがあると整理整頓せざるをえなくなって良い。それから、外の落ち葉掃除、靴磨き。
午後3時頃に妻と食材の買い物に行く。
午後6時半頃に生ビールをテイクアウトし、帰りに仕事だった娘婿を家によってピックアップして戻る(娘は夕方先に家にきていた)。
午後7時過ぎに、乾杯!テイクアウトの500mlグロウラーは、今回初めて。中身はオーストリア産で、1Lの方は南ドイツ産。どちらも美味かった。(↓カーテンがだらしなかった・・・)

ちなみに、栓の開閉はこんな感じ。

 

娘婿からは、今年も日本酒をいただいた。ラベルを見てニヤリ、高知の『酔鯨』ではないかー!

酔鯨 純米酒 八反六十  
酔鯨の造りを代表する酒米の一つ八反錦を使い、素材の旨みを活かした純米酒を目指し、精米歩合を60%とした。酵母には酔鯨伝統の熊本酵母を使用し、味わいと香りのバランスの良いお酒を目指した。~公式Webサイトの説明から抜粋~

お酒を飲むのは、ほぼ私と娘婿。生ビール1.5L、ワイン1本、やはり頂いた日本酒の小瓶(300ml)と飲んで、そこそこ酔っている状態からの酔鯨だったので、酔鯨は1/3程で止めた。その後は、焼酎のお湯割りを飲み、解散したのは午後10時半頃。
コロナもあって、久しぶりに(正月以来)娘婿と飲めたのは嬉しかったし、何より家族が揃ってテーブルを囲めてヨカッタ。

 

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新潟:久し振りの帰省&夕食テイクアウト

2020-11-15 | 家族・帰省・イベント

10月24日(土)のこと。越後湯沢を出発し、途中買い物しながら、実家に着いたのは午後3時半頃だった。GWやお盆に帰省していないので、今年1月以来のことだ。

両親は要介護と要支援で、兄が面倒をみている。帰省したら我々の世話までかけることになる。そこで、一週間前頃に兄と電話で話した際、たまには隣の店から出前をとろうかと提案し、費用半々で兄も承諾。

実家は5年前まで隣で蕎麦屋を営んでいたが、諸般の事情で閉めることになった。その後、建屋を借りてくれる方があらわれ蕎麦屋をやっている。その大将は、蕎麦の他に割烹料理もやっていたようで、宴会などで腕をふるっているようだ。
兄との電話で、へぎ蕎麦の他に何か作ってもらって、一人1,500円で頼むことにした。

「宴会の準備の都合で午後5時半頃に取りに来てもらって良いか?」と連絡があったようだ。エー出前じゃないの?と少し思ったけど、お隣さんだし兄がヨシとしているので、私と甥っ子の2人で受け取りにいくことにした。

ドアツードアで20mほどの距離だが、天気は雨になっていたので傘をさして出る。
店内のテーブルの上に並んでいるのを見て驚いた。料理内容もだが、蕎麦を除く一人前の小皿の料理が直径40センチほどの円いお盆にセットされている。それが6人なので6セットある。傘をさして持てて1セット。2人で3回往復することとなった。

その一人前の料理がこれ。どうなってんだ!?(値段に対して)


その後、甥っ子がへぎ蕎麦を取りに行って家のテーブルに並べ・・・・・られない。もっと大きなテーブルは続きの和室においてあるけど、炬燵はこちらなので今さらしょうがない。


これで?蕎麦+料理で?1,500円?ということには、「宴会のついでだな」とか甥っ子は言うけど、要はお隣大家さん向けサービス込みなのだろう。美味しく頂いた。ただ、蕎麦は柔らかめだったのが私にはちょっと・・・。
ビールと四合瓶の大吟醸と四合瓶の日本酒の梅酒が空いた。

翌日(10月25日)、お土産に頂いたお米を2袋(1袋は埼玉の叔父さん用)を積んで、午前10時半頃に出発。
初めて魚沼スカイラインを通って(前回の日記)、越後湯沢のラーメン屋で昼食をとることに。つけ麺の人気店らしいが、温まりたかったので越後味噌ラーメンにした。普通に旨かった。

関越道はやや混み。疲れと満腹感で眠気が。途中のSAで昼寝。市内に住んでいる従妹にお米を届けて、帰宅したのは午後4時半頃だった。

(10月23日~25日の日記は、間を空けながら今回が最後。それなりに充実した3日間だった。)

 

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帰省しよう!GOTOも!

2020-11-03 | 家族・帰省・イベント

新型コロナウィルス対応の経緯を確認すると、4月7日に7都府県に緊急事態宣言がなされ、16日には全国に拡大した。解除になったのは5月25日。しかし7月になると感染者は増大し続けた。7月29日には国内の感染者が1,000人を超えた・・・。
ウィズコロナの生活になったが、おかげさまで現時点では感染していない。

さて、今年はGWやお盆の帰省がかなわなかった。自分は大丈夫!といっても、隔離されてない勤め人なのでその時点で100%はない。帰省者からの感染や県外ナンバーへの攻撃などもニュースでとりあげられた。万一、両親のデイサービスやリハビリに影響したら最悪。というような状況だったな~。

妻の仕事との調整もあって。9月の末に10月24日(土)に実家で一泊する帰省を決めた。ついでに、10月23日(金)は休暇をとってGOTO利用で一泊することも考えた。併せて『苗場ドラゴンドラ』に乗りたいと思った。調べてみると、ちょうど見頃になる時期のようだ。初めてだし、是非混んでない平日に乗りたいと思っていた。

となると、GOTO一泊は群馬~新潟の県境付近が望ましい。いくつかの旅行サイトで探した結果、越後湯沢のホテルに決め、予約したのは10月11日(日)。

翌週になると週間天気予報が出されて、当日の天気の予想も出た!。雨だー!

ということで、10月23日(金)雨模様の中、妻と二人でGOTO+帰省することにした。
次回から日毎にとりあげようと思う。


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(取り急ぎ、反省の記録)
一昨日の11月1日(日)、知人宅で4家族集まって午後2時から軽くお酒を飲むことになった。午後2時にしたのは翌日が仕事だし、庭で飲みたかったことによる。
なのに、イイ感じで飲みすぎて、暗くなったら室内に移ってからも・・・・言い出しっぺのくせに、終えたのは午後9時半頃だったようで、「もうー飲みすぎ!と妻に怒られた。知人宅にも少なからず迷惑をかけただろう。すみませーん。

 

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妻:救急車~入院のこと(2020年6月)

2020-07-24 | 家族・帰省・イベント

先月は妻にとって&我が家にとって大変な出来事があった。妻が落ち着いてきたので、6月2日からのことを記しておく=私のための備忘録

●6月1日(月)深夜~6月2日:救急車
在宅勤務だった6月1日。夕方帰宅した妻が右耳が聞こえないといい、クリニックに連れて行った。自身の身内や周りでも、突発的に難聴になる話をよく聞く年代であるので、とうとう来たか~という感じだったと思う。

ところが、深夜(6月2日の午前2時過ぎ頃から)、妻はめまいがする~吐き気がする状態になり、ほどなくして嘔吐するようになった。休めば落ち着くのかと思ったが、強いめまい・強い吐き気・嘔吐は繰り返し続く。それが朝になっても変わらない。というか、より酷くなった。立てないし動けない。

原因が分からないので、クリニックが開く時間になって電話し症状を伝えると「来院してほしい」などと言う。はぁ!?動けない、動かせないと言ってますよね!何か対処はないのかと。すると、先生と相談したのか少し待たされた後、「万一のこともあるので救急車を呼んでください」と言う・・・。いきなり、そんな事を言われ唖然とした。

妻に伝え、息子にも伝え、それ以外に選択肢がないことを納得し、初めて119に電話した。
私は妻に付き添い救急車へ、在宅勤務の息子は家で待機。後日、妻が言うには、この時の救急車で運ばれる時が一番辛かったらしい。

病院に着き、妻は救急治療室へ。私は外来の方が待つ椅子(何科かは?)で待機。午前11時頃だったと思う。それからが長かった。(嫁いだ)娘に連絡すると、たまたま勤めが休みだったので、家にきてくれた。子供たちで、もし入院ということになったときの準備をすることに。

検査が終わったのは午後3時頃。諸々の検査(CTやMRI含む)の結果、脳や血管などには問題無い(大事に至らない)ということに安堵した。本当に良かった。ただ、妻は目を閉じて(開けていると辛い)車椅子に乗りぐったり。この日は帰宅して、翌日同病院の眼科に行くように言われた。帰宅して大丈夫のようには見えないけど・・・。病名なども眼科の診察の後で先生から聞いてと。

あわてて救急車に乗ったので、マスクのことなど忘れていたが、看護師が間に合わせのような手作りマスクを渡してくれた。
妻の履物も無かったけど、病院で入院時に使うスリッパを履かせてくれていた(有料)。検査時に着替えさせられたという病院の上着は、明日返してくれればよいとのこと。
帰宅するのに上着と履物を持ってきてもらおうとも思っていたが、「皆さんこのままタクシーで帰りますよ」と。確かにそうだな。

妻を待たせ精算機で会計をする。ふと明細を見たら「何これ?」と思うことがあったので、受付で説明を聞き納得。ついでに別の項目も聞く。すると、確認するからと待たされ、戻ってきたら「間違ってました」だと。平気な顔をして選定療養費5,500円を現金で戻された。ここから少しやり取りあり。呆れるやら腹が立つやら。
薬局に行き、薬を受け取るまでもけっこう長く感じた。妻は車椅子でぐったりしたまま。

薬が多少効くのかと思っていたのに、妻のめまい・吐き気は変わらない。夕食は薬を飲むために、少量でもとおかゆを用意したが、直に嘔吐する状態。水分をとる、トイレにいくにもトイレまでは介添えが必要だ。

夜、息子から、交代で看よう言われた。私と妻は同じベッドに寝ているので、夜中でも妻に何かあったら気付くはずだ。なので後は大丈夫と言うのだが、「お父さんも昨日から寝てないでしょ。明日病院に連れて行くんだから途中で何か(事故とか)あったらどうするの。」とか言う。この時は身体的にも大丈夫だと思ったし、車なら病院は近いので、大丈夫だよと言うのだが、「こんな時なんだから、自分のいうこともたまには聞いてよ!」と怒ったように言う。息子の言うことに反対だけしていた覚えはないのだが(そもそも、意見を言われたことはない・・・と思っているのは当方だけか)。

じゃぁ、午前2時に交代しよう。ということで、息子は妻のベッドの横に設けた椅子に、私はリビングのソファに午後11時頃に横になったら直ぐに寝入ったようだ。翌午前2時に起きて息子と交代する。じっくり3時間寝れたと思う。感謝。

●6月3日(水):いきなりの入院
朝9時頃、病院の駐車場に着く。病院の入口に一番近い4階建ての駐車場にいくが、とめれたのは屋上だった。病院から車椅子を借りてきて妻を乗せる。エレベーターがあるのは助かる。病院棟までの通路が一部狭いし、アップダウンがある。車椅子でも揺られることに妻は辛そうだ。

耳鼻科の受付で待つ。最初に検査のため検査室に移動。介添えが必要だが、入室は断られた。後で先生から聞くには、立っていられないので全ての検査はできなかったらしい。
その後の診察は同伴。診察といっても、頭をものすごく動かす。先生は目の動きを確認するため(?)「目をなるべく大きく開けてください」と。でも、妻は辛いので長い時間開けていられないのだろう。頭を動かすたびに何度も何度も先生に言われていた。

最後に先生から病状を聞く。末梢性めまいだが、その病名までは現時点ではっきりしない。じっと寝ていても治らない。薬とリハビリ必要。というような話だった。で、自宅+通院で可能ならそれでも良いけど、精査治療できるので今から入院した方が良い・・・と。エー!昨日は帰宅できたのに!?いきなり入院と言われても・・・しかも9泊。連日の唖然!

それから先生とアレコレ話をする(当方が納得するための確認のようなものだが)。食事もままならないし薬を飲んでも嘔吐してしまう現状を考えると、栄養と薬をとることができるのは入院して点滴するしかないし、めまい~吐き気は変わらないので入院なら安心に思える。家族のためにも・・・と言われると、そうかもしれないと思う。結局、緊急入院することになった。なお、右耳の聴力は多少良くなったが、高音域は左側に比べるとまるでダメだ。

まずは、入院のための検査(採血、心電図、放射線)をするというので、待ち時間に子供達に連絡し、入院に必要なもの(とりあえずの)を準備し持ってきてもらうことに。
検査の後、待ち時間に問診票みたいな用紙に記入する。入院病棟の看護師に引き渡され話を聞いているときに子供達が到着。一緒に病棟へ移動する。

妻は4床室の窓側のベッドへ。我々は食堂談話室で事務手続きなどの話を聞き、書類を渡される。新型コロナウィルスの影響で入院中の面会はできない。病棟のナースステーションで荷物(衣類)の受け渡しは可能という。最後にしばらく会えなくなる妻の顔を見てから帰宅した。

子供達と遅い昼食の後、子供達は妻の仕事先に行き、しばらく休むことになることを伝える(そういう事ができる年代・社会人になってたんだな~とこんな時だが実感した)。
私は週一回の義母の介護に妻が行けなくなったことを義妹に連絡する。義妹も驚いていた。

夕方、近くのスーパーに行ったら、後ろから声をかけられた。マスクをしているので一瞬誰?と思ったら、ちょっと離れたところに住んでいるO奥さんだった。「久しぶり、元気にしてた~」と。子供が幼少の頃から知っている方なので、実は・・・と昨日からのことを伝え、励ましの言葉をいただいた。夜には、心配された近所のN奥さんからも電話をいただく。(前日は隣の奥さんとも話をした)。皆さんに感謝。

この日の夕食は娘が作ってくれた。一緒に住んでいる頃は、ほぼ家のことをしない娘だったので、娘が用意した夕食をいただくなんて、初めてのことかも・・・。
夜寝るときになって、9日間妻がいないということを考えた。私が出張や研修旅行で家にいないことはあっても、私が家にいて妻が何日もいないことは・・・出産の時くらいか。でも、長期間会うこともできない状態というのは初めてだ。

●6月4日(木)
朝起きると、既に息子が洗濯をし終えるところだった。息子は娘ほどではないが、やはり普段は滅多に家のことをすることがない。でも、妻の入院中の着替えや備品の準備はしてくれるし、前日から洗濯~干すor乾燥機~タンスにしまうまで、自ら進んでやってくれた。ありがと。

この日からは息子はキッチリ在宅勤務。娘はこの日も休みがとれたようで、娘と2人で入院受付のため病院に行く。受付で必要書類を提出し、それからナースステーションに荷物を届け、担当看護師から状況を聞く。トイレは何とか歩いて行けているし、前日よりは良いようで安堵する。

食事のための買出し・準備・片付けは、主に私がすることにした(息子は食にあまり興味がないし、手もアトピーで・・・)。ただ、家で料理をすることはほぼないし、食材を切ったり、単に焼いたり炒めたりは良いにしても、それ以上になるとやったことがない。
冷蔵庫内を確認すると、食材があるので、まずはあるものからやっつけようと考えた。少し日の経った大根があったので、大根の煮物を作ってみた。煮物なんて人生初だ。とはいえ、そんなことができるのもスマホ(クックパッドなど)のおかげ。

●入院中のこと
スマホといえば、病室ではスマホで電話はできないが、LINEなどが使えるので良かった。最初の数日は操作するのも辛いようでいつものようなやり取りはできないが、必要な情報交換はできたし子供達にもグループで共有できる。
ただ、こういうのは子供らの早い対応に負ける。私が返そうと文字入力しているときに、子供らはガンガン返す。困ったものだ。

夕食では、調味料を使っての中華炒めや鶏肉とジャガイモの煮物、サンマの煮付けとかも初めて作ってみた。ある材料で検索して作るのが基本。大概は缶○○○を飲みながら作るので、そんなに嫌な時間ではない。
昼は、半端に残っていた冷麦や素麺、蕎麦を何度か消費した。妻が入院する前よりも食材や冷蔵庫の中も整理しキレイになった。

私は在宅勤務だけでなく、入院した翌週は出社もした。するとアイロンがけという仕事が加わった。思ったよりも上手くいかない。それに、いつも、朝出社するときは妻が着るものを用意してくれていた。それを自分で考えるという時間も必要だ。改めて妻に感謝しつつ家事をこなすのであった。

●6月12日(金)退院日~
午前中、子供らと病院に行く。久しぶりに会う妻は(もちろん)入院時よりは元気そうに見えたが、入院中の病人にも見えた(当たり前か)。
担当の先生から病状の説明があった。何度かの聴力検査の推移から、まだ病名決定には至らず「メニエール病」もしくは「外リンパ瘻」が考えられるという。さらに外リンパ瘻は手術をしないとハッキリしないらしい。一口に末梢性めまいといっても、様々な病名があり、耳の病気は難しいということは理解した。治療は、翌週から耳鼻科に通院し様子をみることになった。

病棟での退院手続きにけっこう待たされた。薬の処方もやり直した。救急時の清算のミスといい、この病院の事務系はイマイチではないかと内心思った。それに、病院が病人を疲れさせてどうすんだと。

この週末、保険会社へ妻の代わりに連絡する。その後、すぐに書類が送られ、返送すると日を待たずして入金もされた。早い対応に驚く。ちょうど、特別定額給付金の申請書を送って入金待ちの時だったので・・・よけいに。

6月15日(月)耳鼻科に行く。疑いの一つ「外リンパ瘻」の対処には、座る時や寝る時はなるべく腰から頭まで斜め45度にしていた方が良いと聞く。帰宅してから実践するが、クッションなどで45度を保つのはなかなか難しい。寝るときはなおさらだ。

私は16日から出社する。息子は6月末まで完全に在宅勤務なので、引き続き洗濯などの家事やちょっとした買い物をしてくれるので助かるし安心だ。

耳鼻科には、6月19日(金)に行き、その後は毎週金曜日で26日、7月3日、10日、17日と行き、今週は休みなので、次回は31日。

妻は、フワフワ目まいとトボトボ~クラッ歩きが続いていたが、7月の第2週あたりから、調子のよい時には少し遠めの店まで歩けるようになった(といっても、普通に歩いたら片道7分ほどだけど)。でも調子が悪いと立ち続けているのは無理だし、強い耳鳴りに頭痛などもあるようだ。

妻は、仕事先と相談し、8月から仕事をするが、出勤日と勤務時間を少なくし、週2日で一日3時間にしたそうだ。とはいっても、この一週間の様子次第かな~と思う。

長文になったので、この辺にしておこう。(記録忘れがあったら、その時に加筆しよう)

25年ほど前、同じ病院に私が入院していたことがある。古い病棟だった。
それが、近年建て替えたのでキレイになっていた。あの時に比べると…入院環境はいろいろ羨ましい。

 

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実家(新潟県)から『山菜』届く!!!

2020-05-02 | 家族・帰省・イベント

数日前、実家の兄から連絡があった。毎年GWに帰省するのだが、一応その確認だった。今のコロナ状況では帰省はままならないわけで、そりゃ~そうだなと。
なので山菜を送ると言う。それはステキ!ありがたい。GWの帰省は山菜を食す楽しみがあった。日本酒にとてもあうと思っている。
ただ、今年の暖冬は山菜採りにとってプラスにはならなかったようだ。短期間でほぼ終わりで、山ウドくらいしかないとのこと。もちろん、それでも充分だ。

昨日(5月1日)午前10時前、クール宅急便が届いた。
キター!と即開封する。ん!?何やら小袋がいくつかある。それらを除くと下の方は『山ウド』がたくさん入っていた。オーーー!


小袋にはそれぞれ少量だが別の山菜だった。オーーー!

折角なので全種類ザルに並べてみた。ワラビ(灰汁抜き済)、山ウド、タラの芽、コシアブラ、木の芽、コゴミ、アサツキ、イタドリか。


その後、お礼がてら実家に電話し、ついでに名前も確認する。正解。
田舎育ちだが、若い時は山菜にそれほど興味はなかったし、田舎にしてもその当時とその後で食す山菜も変わってきたと思う。コシアブラなど知らなかった。

↓右が「コシアブラ」。左が「タラの芽」。同じウコギ科の仲間。


↓ツルはミツバアケビの新芽で実家地域での山菜名は「木の芽」。けっこう太いけど探してくれたのだろう、感謝。手前は「コゴミ」で、いずれも好物。


↓左から「山ウド」、木の芽、白いのは「アサツキ」、そして「イタドリ」。
(ウドもコシアブラなどと同じウコギ科。さらにウドとタラノキは同じタラノキ属。不思議)

 

イタドリは「すっかんぼ」と呼んでいた。3本だけ入っていた。でも、何で入れてくれたのだろう。わざわざこれを山菜で食すことはほぼない。電話した際に聞くと、「新鮮だし珍しいだろうからそのまま食べてみたらよかろう」という。確かに、子供の頃は、山で自分なりに選別して採って、そのまま皮をむいて口にしたものだ。決して旨いものではなかったけど。

ならばと、早速皮をむき(こんなキレイな緑色だったか~)、一口かじる。水分多いけど、バリっと良い音。そして顔がゆがむ。酸っぱ~苦~。そうそうこの味だ。二口めからは慣れてくる。初めてだという妻にも勧める。嫌々小さくかじって・・・酸っぱ~と。

この日の夕飯は、料理好きでない妻に頑張ってもらって、我が家的「山菜祭り」開催。天ぷらを少し手伝う。
今シーズン初の“たくさん菜”どれもこれも美味かった。お供の川場村、永井酒造の「源水仕込み 谷川岳」も旨い。併せて両者はさらに旨い。

GW帰省はできないけど、実家の山の恵みを見て嗅いで味わうことができた。ありがたい。
(ということで、備忘録としてしっかり記録しておこう。)

 

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妻誕生日に娘から多肉/スーパームーン

2020-04-26 | 家族・帰省・イベント

4月は妻の誕生月で、誕生日のちょっと前の日曜日(4月12日)に娘が家に来た。
妻へのメインのプレゼントは、エイジングケアのクリームと手袋だったが、オマケがあって多肉植物だった。

平面サイズは5センチ×8センチほど。そこに数種類の小さな多肉植物が植わっている。娘が植えたようだ。


我が家にも隣近所のお宅から数年前に頂いた多肉植物があるけど、あまり多肉植物のことは分からない。でも、何となく可愛らしい植物だと思う。

娘は昨年から(?)所謂『多肉女子』になったようだ。(「多肉女子」は多肉植物を愛してやまない女子のことを指す・・・らしい)
その後、LINEで娘の家の多肉植物をみたのだが、ポットで40は超えていると思う。何てこった。何で多肉好きになったのかは分からないけど、ちょっと嬉しい。今度、娘の家に行く機会には記録しておこう。

(追記)妻の誕生日は、娘夫婦と一緒に・・・とはいかないし、外食も避けたいので、初めて『出前館』を利用した。初回500円割引あり。


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4月7日から8日にかけての満月は、今年見える満月のうちで最も大きな『スーパームーン』だった。
スーパームーン(supermoon)は、満月または新月と、楕円軌道における月の地球への最接近が重なることにより、地球から見た月の円盤が最大に見えること。
今年は、8日の未明3時過ぎに最も接近したらしいが、そんな時間に記録する意欲はなく、8日の午後8時前にベランダからカメラを向けた。で、ブレた。残念。

スーパームーンを和名ではなんというのか?調べようとしたら、そもそもスーパームーンという用語は、天文学の正式な用語ではなく、明確な定義が存在しないらしい。
国立天文台では「スーパームーン」という言葉を使わず「年間最大の満月」と表現しているようだ。この場合は距離や時刻に関わらず、毎年必ず1回だけ起こることになる。
アメリカでは、定義が異なり、一年間で複数の満月がスーパームーンに該当することがあるという。
地球も月も果てしない宇宙の欠片。杓子定規は届かないということだな。

 

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2019年末~2020年始の出来事(備忘録)

2020-01-06 | 家族・帰省・イベント

12月29日(日)、午前中に車のウォッシャー液を凍らない冬用に(8割ほど)変えた。その後、2019年最後の床屋に行く。それから、2019年最後の北本自然観察公園散歩に行ってきた(この時の様子は後日とりあげる)。
夕方、地元のオヤジ仲間から急遽忘年会の連絡があり、都合の付く4人で翌日開催となった。


12月30日
(月)、午後6時からオヤジ仲間の忘年会
皆と初めて飲み会をした頃に比べると、歳も重ねたし落ち着いたものだな~としみじみ。


12月31日
(火)、帰省のため午前10頃出発。月夜野過ぎてから(?)から小雨になった。でも陽もさす。すると、前方に虹が見えた!珍しいので妻にスマホでの撮影を依頼する。(上手く撮れてないけど一応記録)


左後方に太陽があるので、小雨の中でも車の反対側で虹が見えたようだ。走行しながら虹も移動していく。前方の山が近づくにつれて虹も近づき、すぐそこにある感じに。谷川PAに近づくところでは、しばらく虹と並走する不思議な感じだった。

関越トンネルを抜け、六日町ICでおりてから、前年同日と同様に十日町市のまつだい芝峠温泉『雲海』に向かう。途中から雪に変わった。雲海に着くころは吹雪に。
昨年より雪は少ないものの、露天風呂からの眺望は真っ白。でも、壁のおかげで直接風はあたらないし、雪がチラチラ舞い降りる露天風呂でハァ~と。


雲海を出発する時には、道路にそこそこ雪が積もっており、峠からの下り道は何度か滑って焦った。下るにつれて、雪は少なくなる。
実家に着いて、しばらく休憩し午後6時前から年越しの宴会に。紅白は最後まで観た。

 

2020年1月1日(元旦)、この日の朝のことは前々回記した通り。(↓朝の国道)


その後、近くの2つの社へ初詣に行く。午後は実家で静かに過ごす。

畑には取り残された野菜に雪が積もっていた。

 

1月2日(木)、湿った雪が10センチほど積もり、朝食後に玄関前と車周りの雪かき。(午後の渋滞を避けるため)午前9時半過ぎに出発する。
途中で(何年ぶりかで)立ち寄った赤城高原SA〔上り〕は、改修工事があったのかキレイになっていて驚いた。ショッピングコーナーはお土産が盛り沢山で4つのレジに行列ができていた。
関越は目立った渋滞もなくスムーズだった。

家の近くまできて、ガソリンスタンドに立ち寄り洗車機へ。雪国帰りは車が白くなるので、奮発して泡使用にし下回りも落とす1,500円のコースにした。

家に帰り、洗車後の拭き取りと、汚れの落ちていないホイールの掃除をしていたら、息子が見慣れぬ自転車(?)で帰って来た。頼んでいた自転車が届いたので、とりあえずのワイヤーロックを買ってきたそうだ。

クラウドファンディングの折りたたみ式電動アシスト自転車を頼んだようなことは聞いていたと思うけど、けっこう大きいのね。


1月3日
(金)、午後1時に娘夫婦が年始の挨拶にくる。昼食を兼ねての宴会(?)。
ビールの後は、娘婿から誕生日に頂いた松岡醸造(株)の『帝松【霜里】(みかどまつ しもざと)』を開ける・・・美味しかった。それが空いた後は、割水をした焼酎を黒ぢょかで温めて飲む。何だかんだで午後6時ころ終了したようだ。最後の方はあまり覚えてない。午後9時にソファの上で目覚める。


1月4日
(土)、懸案だったドライブレコーダーを購入することに決めた。種類やスペックにより様々あるので悩んだが、いろいろ検討した結果、前方向タイプで良いことにした。カー用品店で購入し工事は来週の日曜に予約した。


1月5日
(日)、この日は義母宅で新年会の予定だったが、義母の咳が数日止まらず、義母の姉が入院したこともあって(昨日)取り止めになった。とはいえ、義母の様子も心配なので妻と行くことにした。
午前10時半すぎに義母宅に到着。義弟も来ていた。昼食後、入院している病院に見舞いに行き、そこで解散。帰路、川口市の「埼玉県 花と緑の振興センター」に寄ったら、まだ休園期間だったので、近くの「興禅院」の境内を散歩してから帰った。

 

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2020年元旦:実家の朝、スズメ

2020-01-01 | 家族・帰省・イベント

謹賀新年

昨日から、新潟の実家にきている。ノートPCを持参したので珍しく元旦からの更新だ。
「元旦」は、一般的には「元日の朝」で、「旦」の字は、水平線や地平線から日が昇る様子に由来するらしい。
元旦なので、そんな光景を載せたい気持ちはあるものの、当地は中山間地の豪雪地で、そうはいかない。

朝起きると、前日の夕方から降り始めた雪で、モノトーンの景色になっていた。
午前9時頃、雲の薄い所からボヤっと太陽が照らしたので外に出る。

いつもの渋海川と吊り橋(道の駅あたり)。


落葉した枝に積もる新雪がまだ良い感じだ。時間が経つにつれてべちゃ~となる。

 

 

 

家の近くの樹の上にスズメの群れ。二十数羽はいるようだ。群れの姿を捉えるのは珍しいことだ。

 

目いっぱいズーム。羽毛がフワフワ。


徐々に近づいていくと、やはり飛びたって別の所へ。


それから、道路脇の低木へ。雪だし果実などの餌もこんなところには無いだろうけど、頑張っているな~健気なものだ・・・と思った。

 

昼食時、ふと「スズメに餌をやらないと・・・」と兄が窓の外を見ながら言う。窓の外にはスズメの群れと餌台があった・・・。

 

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