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因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

劇団民藝公演 KEIKOBA 『破戒』

2022-08-09 | 舞台
*島崎藤村原作 村山知義脚色 岡本健一演出 麻生区区制40周年記念 公式サイトはこちら 川崎市麻生区黒川/劇団民藝稽古場 8月1日~10日 
 1948年民衆芸術劇場(第1次民藝)第1回公演で上演した記念碑的作品であり、今年は水平社宣言100周年とも重なるなど、時を得た上演となった。コロナ禍により月末の公演が中止を余儀なくされたが、8月1日を新たな初日として追加公演も行う盛況だ。稽古場のロビーには第1回公演のチラシや舞台写真、パンフレットのコピー、今回の公演の上演台本や舞台美術の模型などが展示されており、これから観る舞台が劇団の新しい一歩となる予感が。

 物語は主人公の小学校教員瀬川丑松が下宿する寺の客間のみで進行する。家具調度はほとんど置かず、数本の細い柱が立つだけの極めてシンプルな美術である(勝野英雄装置)。冒頭、左右の出入り口、客席中央の通路から頭も着ているものも汚れ切った人々が疲れ切った足取りで登場する。ある者は泣き、ある者は狂ったように笑う。配役表の「男たち」「女たち」であり、冷酷な差別に苦しめられた身分の人々であろう。やがてそこに丑松(齊藤尊史)はじめ主要な人物も加わって、しばし舞台上、その周辺をゆっくりと歩き、すれ違い、佇む。

 この幕開けの演出に、2003年に観劇した蜷川幸雄演出の『ペリクリーズ』を想起した。時間として何分くらいだっただろうか。感覚としてはかなり長かった印象だ。さらに「男たち」の一人が客席を振り向いて開演を告げる流れには違和感をもった。静かではあるが劇的空気がじわじわと高まる場であり、観客も舞台の様相を見ながら心身を劇世界に委ねようとしているので、ここで素に戻されると困惑してしまう。

 しかしこの冒頭の違和感は決定的なものにはならず、休憩を挟んで2時間20分のあいだ心身の集中が途切れることはなかった。リアルに作り込まない無機質なほどシンプルな装置、無国籍風の衣裳ともに、明治時代後期の長野県を舞台にしながらも、場所や時代を特定しない普遍性を示す意図が感じられる。

 導入部もそうであったように、岡本演出は物語を進めることを急がない。こちらがやや困惑するほど時間をかける。それによって観客は物語が動くこと、人物が逡巡し、思い悩み、決意して行動するまでを「待つ」心持を整えられていく。

 原作や先月鑑賞した前田和男監督による映画『破戒』の大きな違いは、学校の生徒として登場するのが、お志保(加來梨夏子)の妹(原作では弟の省吾)の省子(井上晶/矢島瞳)のみで、学校の場面が無いところである。となると丑松が最後の授業において、子どもたちに出自を告白する場面はどうなるのか。

 丑松が中央に進み出ると客席の照明が明るくされ、観客も子どもたちとともに彼の話を聞く態勢となった。そうか、こういう方法があったのか!観客の顔がはっきり見える状態での一人語りは、俳優として相当に難しいと想像する。実は客席側としても微妙な居心地の悪さがあったのだが、ここは丑松の決意、演じる齊藤尊史を受け止めねばと背筋を伸ばした。

 島崎藤村が7年の歳月をかけて完成させ、自費出版した小説『破戒』は、そのぶ厚さに一瞬怯むがいったん読み始めるや、ぐいぐいと心を掴んで離さない力がある。この原作を映画に、舞台にしようとした方々はこの力に惹かれて困難な仕事に取り組んだのではないだろうか。どうにかして映像にし、舞台に作り上げ、より多くの人に味わい、共有してほしい。内容は重苦しく、いまだに残る差別の問題は一筋縄ではゆかないが、創造者に志を立て、執念を燃え立たせる力が『破戒』にはある。

 いわゆる敵役ポジションの俳優の中に多少大仰な演技もあったが、削ぎ落したような装置は役柄の濃度を変容させる効果があるのか、人物と俳優との距離感に転じ、受け止めることができた。また省子として大勢の子どもたち役を一身に担うことになった矢島瞳は、この子を見れば、クラス中の子らが「瀬川先生」を大好きであることがちゃんとわかる造形であった。

 カーテンコールで丑松の親友・土屋銀之助役の塩田泰久が「わたしたちはこれからもこの稽古場で芝居を作り続けます」と挨拶し、劇団民藝にとって大切な作品が、稽古場公演として実現したことの異議、もたらした実りの豊かなることを実感した。行きはまだ強い残暑の日差しに晒され、終演後は雲にけぶる月と草むらの虫の声に送られ、舞台の余韻を味わい、噛みしめながら帰路についた。


 
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