因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

文学座9月アトリエの会『アナトミー・オブ・ア・スーサイド-死と生をめぐる重奏曲-』

2023-09-25 | 舞台
*アリス・バーチ作 關 智子訳 生田みゆき(1,2,3,4,5,6,7,8)演出 公式サイトはこちら 信濃町/文学座アトリエ 9月29日終了。

 本作は2021年2月、国際演劇協会日本センター主催「ワールド・シアター・ラボ」において、『自殺の解剖学』としてリーディング公演が行われ(未見)、このたび同じ生田みゆきの演出によって本式の上演の運びとなった。しかし複数名の体調不良者発生のため初日が2度に渡って延期され、当初11日~23日の公演期間が、20日~29日と大幅な変更を余儀なくされた。それでも公演が実現したのは会場が劇団のアトリエであること、そして何より、関係者の想像を絶する労苦の賜物だ。改めて心から祝福を贈りたい。

 さて本作には「死と生を巡る重奏曲」というサブタイトルがあり、これは戯曲の構成、劇作家の意図や思想を簡潔に言い表したものと思う。1960年代のキャロル(栗田桃子)とジョン(鈴木弘秋)夫婦にアナという女児が生まれた。キャロルは常に自殺願望にとり憑かれながら、母親としての役割を果たそうとしている。成長したアナ(吉野実紗)は薬物中毒に苦しむが、映画監督のジェイミー(山森大輔)と出会い、娘ボニーを生む。ボニー(柴田美波)は成長して医者となり、さまざまな患者の死に向き合いながら、自分自身の生を受け止めかねている。舞台には3つの木枠が横に並び、3つの時代の物語があるときは次々と、またあるときは同時に、さらに交錯しながら進行するのである。一人で二役、三役を兼ねる俳優もおり、物語の登場人物は総勢25名になるという。初日以来、この特殊な構成についてSNSでさまざまな感想や意見が交わされており、開演前は「これは大変な舞台らしい。台詞を聞き逃したら大変だ」と身構えた。そして実際に開演すると、キャロルのある台詞が、となりのアナの表情や、そのとなりのボニーのからだの動きなどにも影響を及ぼしているのかもしれない、「全部聞いて見て、把握せねば」と緊張したのだが、まもなくそれは心身ともに無理であると悟った。まずは舞台に自分を委ねよう、自分に聞こえたもの、見えたもので、この物語との付き合い方、距離感を図ろうと決めるとリラックスでき、不十分には違いないが、受け止めることができたのである。

 複数の時代と場所の物語の同時にあるいは交錯する進行という形式自体は、これまでに別の作品で体験したことがある。しかし往々にして趣向的な要素が前面に出て、演出や演技の技巧や計算、手並みを披露しているように見えてしまうことが少なくなかった。

 今回の舞台の稽古はどんなものだったのか。「文学座通信」(2023.9 Vol.769)に掲載の演出の生田みゆきの寄稿「毎日が宝探し」には、この厄介な作品に臆することなく、戯曲を音楽、俳優を演奏家に例え、俳優たちと生き生きと準備を進めている様子が覗える。本作はまさに「重奏曲」なのだ。

 人の命を救う医師であるボニーだが、母や祖母の生き方(逝き方でもある)が重く、物語の終盤で重大な決意をする。その是非はともかく、現実には居ない、見えない母と祖母が、孫とともにひとつの舞台に存在することの意味を考えた。居ないが居る、見えないが見えているのである。演劇的趣向として劇場だけに世界は留まらず、わたしたちの現実の日々において、この『アナトミー・オブ・ア・スーサイド』は深い影響を及ぼすのではないだろうか。きっと後から効いてくる。そんな予感がするのである。
 
 当日の会場では本作の「創作解剖書」が物販されており、これが素晴らしい。出演俳優による手作りで、目黒未奈の美しい色彩と繊細な筆遣いの表紙の絵に始まり、山森大輔による「間取り想像図」は、確かに「妹尾河童さん風」なのだが、精緻すぎず、読む者に想像の余地を手渡しているところが嬉しい。圧巻は柴田美波による本作の時系列表である。作品の構造とポイントを把握し、それをこのように可視化するとは。さらに生田みゆきの演出ノートや戯曲用語集・翻訳のこぼれ話、翻訳の關智子が行った、ドイツ上演版ドラマトゥルクへのインタビューなど、読むほどに作品に対する興味が掻き立てられる。できれば戯曲を読みたい、舞台にもう一度出会いたい。二度目なら理解が深まり、味わいが増すだろう…と思いきや、もっとわからなくなるかもしれない。しかしそれすらも楽しみに想像できるのである。 
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