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因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

JACROW #14 『冬に舞う蚊(モスキート)』

2011-01-07 | 舞台

*中村暢明脚本・演出 公式サイトはこちら サンモールスタジオ 10日まで(1,2,3)
 建設会社の営業部に設計課から男性社員富島が異動になった。配属初日から職場の雰囲気は険悪で、あからさまな不正行為がある。戸惑い、異議を唱える彼はたちまち激しいパワーハラスメントを受けることになる。

 舞台奥が営業部のオフィス、上手に応接スペースがあり、下手手前に富島が妻と暮らす部屋が作られ、場所と時間が行き来するが混乱はない。JACROW所属俳優、何度も客演している常連メンバー、おそらく今回が初参加と思われる俳優もスタッフも全員が力を結集して舞台を作っている熱意が伝わる。前述のように明るくはない内容なので、みるほうにも相当の覚悟が必要だ。しかしそれだけにずっしとした見ごたえがあり、年明け早々にこの舞台をどうにか受けて立つことができたのは、新しい一年を生きていく上で力になり、希望につながるだろう。

 人間の弱さや暗さ、陰湿さを描くと、中村暢明の脚本と演じる俳優は台詞のひとつひとつが粒立ち、一瞬の表情の変化や視線の行き先、ほんの少しのしぐさなど隅々までぴりぴりと張りつめたような空気を作り出す。いじめる側といじめられる側。加害者と被害者。たしかに対立する両者があるのだが、ひとりひとりに「一分の了見」とでも言おうか、そういう言動にいたる事情や背景や理由があることが感じられる。捨て役がなく、単純な善悪の区別ができない。いじめる側、陥れる側の嫌らしさはすさまじいが、彼らはおそらく若いときに似たような経験をして今があるのではないか。絶対にこの人物は心底嫌いだ、根っからの悪人だと思えない。視点を変えれば、誰もが加害者であり、被害者になりうる。富島のパワハラ被害を立証しようとしている正義の弁護士ですら、証言を得るために相手に対して精神的拷問のような問い詰め方をするのだから。
  夫がパワハラを受けていたことを裏づける有力な証言が得られて弁護士と秘書は喜びと希望を溢れさせるが、妻はそれを共有できない。これからこの女性はもっと悲しく辛い思いをしなければならないだろう。たとえ裁判に勝っても夫は帰ってこないのだ。

 本作は「サラリーマン社会を舞台にした希望と絶望の物語」と銘打ってある。あくまで関係ないとする会社側から少しずつ真実を知る過程では「希望」であるが、結局誰も救われないという「絶望」が常についてまわる。1月7日朝日新聞夕刊に作家の重松清が「逆境で気づく希望の器」と題して、今年成人式を迎える若者へのはなむけのメッセージを寄せている。「たくさん失望しても、絶望だけはするなよ」と言いつづけること、1991年にアメリカの高校で起こった銃乱射事件で生き残った生徒が書いた『コロンバイン・ハイスクール・ダイアリー』から、「ぼくらは、世界に対して無力さを感じることに負けてはいけない」という言葉を紹介している。
 必死で就職活動をした若者がやっと入った会社が、今日の舞台のような職場であったら。舞台は多少極端な描かれ方をしているが、いいトシをした大人たちが悪口を言ったり足を引っ張ったり媚びへつらったり、それも本作のようにゼネコンの談合という、ある意味で非常にわかりやすい社会悪に関わることならまだしも、取るに足らない、好く好かないの幼稚なレベルでのもめごとや諍いは日常茶飯事だ。情けない、信じられないがそれが世間であり、会社というところなのだ。

  隙のない構成になっているが、ときおり人物に台詞として与えられる情報が多いのではと思われる箇所があったり、そもそも入社して12年めの社員がなぜ設計課から突如営業に配属になったのか。迎える側の態勢はゼロであり、初日にいきなり談合の話に同席させている。富島は前の部署で何か問題を起こし、暗に退社に追い込むための嫌がらせ人事ではないのか・・・とも想像できる。また本作は男性社員の学歴コンプレックスも描かれているが、富島が初日の挨拶がひととおり終わったあとで、とってつけたように自分の出身大学を言う。そのひとことが男性上司たちの癇に障るという流れなのだが、入社まもない社員ならまだしも富島の社歴でいまだに出身大学が重要になるのかという疑問もわく。

 まんじりともしない、とは今日のような客席の状態をいうのだろう。終演後すぐに立ち上がれなかった。消耗したからではない。力と勇気と希望を得たのだ。しかしそこには言いようのない苦さがあり、それでも人間は失望を繰り返しながら希望を見つけて生き抜いていかなければならない。この舞台についてもう少し考え、書いてみたいと思う。年明けから大きな課題を与えられた。

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