goo blog サービス終了のお知らせ 

因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

文学座公演 『何かいけないことをしましたでしょうか?と、いう私たちのハナシ。』

2016-06-03 | 舞台

*中島淳彦作 鵜山仁演出 公式サイトはこちら 紀伊國屋サザンシアター 12日まで 6月22日、23日は尼崎市のピッコロシアターでも上演
 本作には、30年以上前の「イエスの方舟事件」(Wikipedia)に着想を得て、中島淳彦が書き下ろし、2004年に初演された『プカプカ漂流記』という先行作がある(筆者未見)。今回は、東京オリンピックを間近に控え、高度成長期のただなかにありながら、世間の喧騒から切り離されたかのような小さな漁村が舞台である。「イエスの方舟」とは時代の設定が大きく異なり、登場する女性たちも戦災孤児であったり、戦争中は厳しい軍国夫人であった母親が、戦後はまったく「同じ顔をして」平和を訴えていることに耐えられなかったり、小学校教師の仕事に挫折したりなど、戦争体験をリアルに背負っている。

 家族やそれまでの生活を捨てて「おっちゃん先生」のもとに走り、集団生活を送る彼女たちへの世間の目は好奇に満ち、マスコミは「ハーレム教団」と糾弾し、家族たちは警察に訴えて娘を取り戻そうと躍起になっている。彼女たちは病気で入院したおっちゃん先生を東京に残し、つてを頼ってこの港町にやってきた。おっちゃん先生の妻・春子(塩田朋子)をリーダーに7人の信者たち、かつてともに聖書を読み、いまはこの町の保育園の園長をしている島崎(名越志保)が世話役をし、手伝いにと見込まれた地元の漁師の女房・小玉(目黒未奈)など合計9人が登場する。おっちゃん先生は入院中で登場しない。

 適材適所の好配役で、若手がのびのびと動く舞台を中堅が導き、ベテランが安定感で支えている。劇中いくつも歌を歌う場面があるが、ユニゾンでもコーラスでも自然な歌いぶりは好ましい。そうとうに練習したのでは?

 タイトルの「何かいけないことをしましたでしょうか?」というのは、家族の混乱やマスコミのバッシングに対しての彼女たちの率直な疑問である。たしかにいささか怪しげな集団ではあるが、オウムのように猛毒サリンを製造するわけでもなく、教祖が選挙に出たり、取り戻そうとした家族が拉致されたりなどしていない。そしてこの文言は、戦争でおびただしい人々を死に追いやり、家庭の温かさを知らず、豹変する大人に翻弄される子どもたちを生んだことに対して何の謝罪も、言及すらしないまま、けろりとして「何かいけないことをしましたでしょうか?」と言わんばかりに東京オリンピック開催に浮かれている世間の声でもある。

 本作のキーワードは「東京オリンピック」である。1964年の世相を言いあらわすものでもあり、2度めの東京オリンピックを数年後に控えている日本の現状を否応なく観客に想起させる。東日本大震災から5年後、いまだ仮設住宅で暮らす方々がおり、原発事故は解決の糸口が見えないままである。東京都知事は多額の政治資金を私的に流用した疑いで、政治生命は風前の灯。なのに東京オリンピック?
 かといって舞台の時代と似たような空気がいままさに日本に漂っていると危機感を喚起したり、今日性をあぶりだしたりするほどの強い主張は持たない。このあたりは「なぜ舞台の設定が東京オリンピック開催前なのか」、「なぜイエスの方舟事件なのか」という視点で考えた場合、ものたりない印象になる可能性はある。

 物語の圧巻は、女性たちが派手なドレスに着替え、島の民謡をゴスペルのように力強く自由に歌い、踊る場面である。なぜそのような場面になるかは、ネタばれになるのでご容赦を。劇中まったく気の緩むことなくほどよい緊張感をもって舞台に見入りながら、「しかしいったいこのハナシをどう終わるのか」が心配であったが、なるほどこう閉じるのだな。 

 あくまで想像だが、舞台稽古やゲネプロなど、客席が無人、つまり無反応状態で演じる場合、俳優さんは非常に演じにくく、本番を迎えるまで「果してちゃんと客席に伝わるだろうか」と不安なのではないかと思う。初日の今夜は客席の反応もよく、それを受けて舞台の女性たちも生き生きと演じていた。カーテンコールもダブルで盛り上がり、よい初日だったのではないか。しかし当然のことながら、客席の空気は毎回異なる。ゆうべ受けたところが無反応だったり、予想外のところで部分的な笑いが起こったり、リズムやテンポに破調をきたすこともあるだろう。

 だが負けるな、箱舟の女たち。千秋楽まで泳ぎ切れ!と爽快な気分で帰路に着いた。しかし平成の女性たち、つまり自分は、いささかやぶれかぶれでも、このように力いっぱい歌えるのかと寒々とした心持に。リラックスして楽しめるけれども、なかなかに深く恐ろしいものを秘めた、複雑なハナシなのである。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« オフィスコットーネプロデュ... | トップ | くちびるの会第4弾 『ケムリ... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

舞台」カテゴリの最新記事