ふるさと加東の歴史再発見

少し気をつけて周囲を見回してみると、身近なところにふるさとの歴史を伝えるものがある。

やしろ歴民研研修会-伊能忠敬の足跡~加東編~ 高塚洋氏(ふるさとひょうご創生マイスター)

2023年05月28日 04時56分55秒 | Weblog
 

 

 27日(土)、やしろ歴史民俗研究会の本年度第1回目の研修会が行われました。今回は、江戸時代に全国を測量し、日本地図を作ったことで知られている伊能忠敬の播磨地域での足跡を辿りながら、伊能忠敬の人物像についても考究しているグループの代表の高塚洋氏(ふるさとひょうご創生マイスター)を講師にお招きし、講演をしていただきました。
 伊能忠敬の測量隊は、4次にわたって播磨を調査していますが、文化8年(1811)に姫路から加西、加東を測量しています。高塚さんらのグループは、その止宿(とめやど)を確かめ、現在の姿を追い続けており、加東では、社、上鴨川で宿泊しています。測量日誌には、行程とともに道中の名所なども記入されており、上鴨川では、天体測量をしたことも記されています。また、測量隊の支援として、各村では、絵図を用意したり、道具を運んだりして多くの村人が測量を手伝ったということも紹介されました。止宿には、風呂や食事の内容、菓子の接待など細かな指示もあったようです。
 「一身にして二生を経る」の副題の如く、伊能忠敬は55歳で家業を隠居し、天文学、暦学などを修め、幕府の命により地図作りの任務に就きます。74歳で没するまで測量で歩いた距離は約4万キロ。地球一周というのには驚きました。現在にあてはめると、70歳代から90歳代で第二の人生を歩んだということになる、と高塚さんは語り、伊能忠敬から学ぶところが多いことを示されました。
 高塚さんらのグループの調査研究をまとめた『伊能忠敬の夢を繋いだ播磨の止宿八十宿・個人旅行「関西旅行記抜粋」同時掲載』が発刊され、できあがったばかりの冊子も紹介されました。160頁余の冊子には、伊能忠敬の足跡を示す地図、全ての止宿の現在のようす、測量記録や道具などの豊富な写真と史料が掲載されています。
 高塚さんの講演を聴きながら、中学校の社会科教師として勤めていた頃、千葉県の佐原を訪れ、伊能忠敬の家や資料館を見学したことを思い出しました。歴史の授業で伊能忠敬を扱うのでその調査だったと思います。
 それにしても伊能忠敬がふるさと加東の道を歩いて測量し、地図を作ったということをこのように史料にもとづき、実地踏査しながら明らかにされた高塚さんらのグープの熱意と貴重な調査研究の成果に感銘を受けました。まさに「一身にして二生を経る」を実践しておられることに勇気づけられました。
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 秋津の百石踊-桐山宗吉著『... | トップ | 青野原駐屯地創設47周年記... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

Weblog」カテゴリの最新記事