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Wordsworth, ("The world is too much with us")

ウィリアム・ワーズワース(1770-1850)
(「俗なことにとらわれすぎだ」)

俗なことにとらわれすぎだ。ゆっくりしつつ、急ぎつつ、
手に入れつつ、使いつつ、わたしたちはもっているはずの力をダメにしている。
自然のなか、わたしたちのもの、と呼べるものはほとんどない。
わたしたちは、心を捨てて誰かにあげてしまった。なんて汚い贈りもの!
月に対して胸をあらわにしているこの海、
いつも泣き声をあげて鳴っている風、
(今は眠る花束のように静まっているが、)
これらに対して、すべてのものに対して、わたしたちの歌はあっていない。
これらに対して、わたしたちは何も感じない・・・・・・神よ! わたしは
すりきれて古くなった教えのなかで育てられた異教徒になりたい。
そうすれば、このきれいな草原からの
景色を見ても、見捨てられたような気持ちにならずにすむだろう。
昔の神話にあるように、プロテウスが海からあがるところが見えたり、
トリトンが巻貝を吹くのが聞こえたりするだろう。

* * *

William Wordsworth
("The world is too much with us")

The world is too much with us; late and soon,
Getting and spending, we lay waste our powers:
Little we see in nature that is ours;
We have given our hearts away, a sordid boon!
This Sea that bares her bosom to the moon;
The Winds that will be howling at all hours
And are up-gathered now like sleeping flowers;
For this, for every thing, we are out of tune;
It moves us not---Great God! I'd rather be
A Pagan suckled in a creed outworn;
So might I, standing on this pleasant lea,
Have glimpses that would make me less forlorn;
Have sight of Proteus coming from the sea;
Or hear old Triton blow his wreathed horn.

* * *

訳注と解釈例。

1 The world
現世的なことがら(OED 2)。
世俗的な生活や関心(OED 4a)。

はっきり書かれていないが、特に産業革命以降の
実利的、商業的なことがら、生活、関心を指すものと
思われる。

また、通常、the worldという語は、宗教的なことがら、
生活、関心の対立項として用いられる。が、
「神よ、古代ギリシャ人のような異教徒になりたい」と
いっている9行目以降でわかるように、この詩では違う。

世俗 <--> 宗教(キリスト教)ではなく、
世俗≒宗教 <--> 自然≒異教(ギリシャ/ローマ神話)。

1
まずは「The worldがあまりにもwith usだ」と
構文を理解すべきのように思うが、その裏に
「The worldはわたしたちにとってtoo muchだ」
というニュアンスもあるような気がする。

too much
耐えられない、がまんできない(OED, "too" 5b)

この場合のthe worldは、「つくられたこの世界、天と地」
(OED 9)。

つまり、「この世界は(卑小な)わたしたちにとって
大きすぎる」というような意味あいで。
(こう読むなら、1行目は3行目と同じような意味。)

2 Getting and spending
手に入れる、使う・・・・・・金を、あるいは金で買えるものを。
特に産業革命以降、急速に近代化されつつあった
生活のあり方をあらわす表現。

3
構文は、in nature we see Little that is ours.

4 give away
贈りものとして与えて手放す(OED, "give" 54a)。
通常、恋愛などにおいて、いい意味で「心をあげる」、
「心を返して」などという表現が使われるが、
ここでは、本来もっていたはずの心や力を失って、
人間が欲得ずくの生き方をするようになっている、
ということで、「汚れたプレゼント」。

5
たとえば、女性が恋人に対してするように。
海と月のあいだの親密な関係、愛しあっているような
関係を示している。8-9行目にあるように、それに
対して人間は・・・・・・というところがポイント。

5 This sea . . . the moon
「この海」--今、目の前に海が見えている(という想定)。
月--今は夜(という想定)。

つまり、これは夜の情景。おそらく、夜の海の
深い青と、夜空の同じく深い青が溶けあっている
ようすを、海が月に向かって裸で・・・・・・と表現。


(http://nightsea.blue.coocan.jp/より借用。)

6 howling
[H]owl: 悲しげな、声にならない声を出す。
嘆き声をあげる(OED 2)。強い風がピューピュー
鳴る音を、自然の泣き声、嘆き声にたとえている。
自然が泣き声をあげるのは、人間の生活が
自然から離れる方向に変化してしまったから(?)

7
眠る花束のように風が束ねられ・・・・・・
視覚的に思い浮かべにくいが、今は風が止んでいる、
ということ。そしてそのようすが、夜の花のように静かで
きれいなこと(?)。

また、この行からも、今は夜ということがわかる。
夜だから花が眠っている = 風が止んでいる。

9
8 + 6 というイタリア式ソネットの構成における前半が、
この行まで食いこんでいる。(It moves us notまでが
前半。) ミルトンのソネットのマネであると同時に、
自然と人間の断絶に対する憤りが収まらないようすを
あらわす。(憤りを語る前半を八行で収めるはずが、
収まらなかった。)

10 A pagan
キリスト教から見たときの異教徒。ここでは古代ギリシャ人。

11
つまり、今、海が見える草地にいる(という想定)。

11-13
行末に注目。[S]eaとleaの脚韻は、海と草原の調和、
一体感を暗示。

5行目では海と夜空が調和していた。
ここでは海と草地が調和している。

このseaとleaのあいだにいる「わたし」(人間)は、
forlorn(見捨てられているよう)な気分。(12行目末。)

ちなみに、草地つづきの海とは、こんな感じ。
(昼の写真だが。)

Lengthy sloping grassland running to the sea (C Michael Hogan) / CC BY-SA 2.0


12-14
屈折した表現。今、「わたし」はきれいな夜の海を見て、
そして「見捨てられたような気持ち」になっている。
なぜかといえば、自然がきれいであればあるほど、ますます
自然と人間生活の断絶が思い知らされるから。
(ワーズワースの「春に書いた詩」 "Lines Written
in April" と同じパターン。)

それに対して、キリスト教以前の人であれば、きれいな
海を見れば(実在はしない)海の神が見えるような気が
したはず、そして楽しくおだやかな気持ちになれたはず。

13-14
Proteusは古代ギリシャの海の神。予言の力があり、
またいろいろなものに姿を変えることができた。
Tritonは古代ギリシャの海の神。ポセイドンの子。

これらは表面的な文字通りの言及で、特に深い象徴的な
意味や、神話への言及における一貫性はないと思われる。

たとえば、5-6行目を神話的に読むことはできない。
海の神ポセイドンは男性、月の女神アルテミスは女性、
風の神アイオロスやゼピュロスは男性で、いずれも
この詩の内容にあっていない。

ワーズワースは、いわゆる詩的言語(poetic diction――
アポロが戦車でやってくる=日が昇る、など)の使用に
否定的だったので、神々を登場させても、このような細部に
関しては、あえて無頓着にふるまっているよう。

* * *

リズムについて。





弱強五歩格14行。8行+6行のイタリア式ソネット。
特記すべき点は以下の通り。

1行目
最初の行で基調のリズムを提示する詩が多いが、
この詩は冒頭で、弱強五歩格x/x/x/x/x/ から
かなりはずれている。憤っている作品ということで、
リズムなど気にしない、というスタンスをアピール
しているかのよう。七音節後の行中休止も、
ソネットのはじまり方としては異例な印象。

4行目、8行目、
それぞれ一音節余計についている。そして、それぞれの
行においてこの余計な音節は "we" の弱音節。
(4行目冒頭のWe, および8行目途中のweを除けば
弱強五歩格。)

つまり、自然のなか、世界のなか、人間は余計で
調和しない存在、ということをリズムの点でも暗示。

(2-3行目、6-7行目の女性韻、行末の弱音節は、
余計なものとは数えない。)

* * *

英文テクストは、William Wordsworth, Poems in
Two Volumes, vol. 1 (1807) より。
http://www.gutenberg.org/cache/epub/
8774/pg8774.html

* * *

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