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Marvell, "Horatian Ode" (1)

アンドリュー・マーヴェル (1621-78)
「ホラティウス風のオード
--クロムウェルがアイルランド遠征から戻った折に--」より (1)

安逸を嫌うクロムウェルは、立ち止まってはいられない。
平和時の仕事など、栄誉をもたらさないのだから。
彼は、危険な戦争のなか、
みずからを導く星を、みずから駆りたてる。
そして、三つ又にわかれた稲妻が、
みずからを育てた雲から飛び出るように、
クロムウェルも、おのれの味方の側から、
炎をあげつつ飛び出した。
気高く勇敢な者にとって、
はりあう味方は敵とかわらない。
そのような者を閉じこめることは、
敵対するより悪いのだ。
彼は、燃えあがりつつ空を駆け、
宮殿と神殿を粉砕した。
そして最後に、カエサルの頭を、
月桂冠ごと枯らせた。
狂気の沙汰だ、怒れる神の炎に対して
抵抗したり、それを非難するなんて。
さらに、真実をいえば、
この男は、確かに多くをなしとげてきたのだ。
(9-28)

正義が運命に不平を訴え、
いにしえからの権利を主張するが、無駄なこと。
そんな権利は、認められたり、踏みにじられたりする。
強い人には与えられ、弱い人には与えられない。
(37-40)

* * *

Andrew Marvell
From "An Horation Ode upon
Cromwel's Return from Ireland"

So restless Cromwel could not cease
In the inglorious Arts of Peace,
But through adventrous War
Urged his active Star.
And, like the three-fork'd Lightning, first
Breaking the Clouds where it was nurst,
Did through his own Side
His fiery way divide.
For 'tis all one to Courage high
The Emulous or Enemy;
And with such to inclose
Is more then to oppose.
Then burning through the Air he went,
And Pallaces and Temples rent:
And Caesars head at last
Did through his Laurels blast.
'Tis Madness to resist or blame
The force of angry Heavens flame:
And, if we would speak true,
Much to the Man is due.
(9-28)

Though Justice against Fate complain,
And plead the antient Rights in vain:
But those do hold or break
As Men are strong or weak.
(37-40)

* * *

内乱期(1642-48)および共和国期(1649-60)の
イギリスにおける政治を扱った詩の代表作。

もともと国王派的な視点をもっていたと思われる
マーヴェルが、国王チャールズ支持者、クロムウェル支持者、
両者の視点から、内乱、国王処刑、共和国樹立について
語り、歌っている。(その結果、いろいろ矛盾が含まれる。)

英語の詩には、個人の気持ちを歌う抒情詩以外のものも
多くあることを確認していただければ。たとえば、
日本における『枕草子』や『徒然草』のようなタイプの作品も、
イギリスでは詩で書かれてきた。

* * *

タイトル
1649-50年に、クロムウェルは、国王派軍討伐のため、
アイルランドに遠征をし、大勝利をおさめて帰還した。
それを記念する(という建前の)詩。

大勝利、というのは勝者の視点で、ドロエダにおける
大量虐殺など、この勝利はいろいろ問題含みのものであった。

(確か、この虐殺は、指示に背いた、あるいは指示が伝わって
いなかった兵士たちの暴走によるものであり、その事実を
知らされたクロムウェルは、狂ったかのように高らかに笑った、
とのこと。涙もろい人だったので、たぶん泣きながら?)

10 Arts
知識や理論、あるいはその実践(OED 8)。
技術や技能が必要な(生産業的な)仕事(OED 9a)。
策略(OED 14)。

12
占星術においては、星が人の運命を定め、導く。
が、人並みはずれた決断力と行動力をもつクロムウェルは、
みずからが自分の星を駆りたて、自分の運命を切りひらく、
ということ。

15
(からだの)脇。味方。

15-16
国王チャールズ一世の軍と議会軍が戦った内乱期
(1642-48)のイギリスにおいて、クロムウェルは議会軍の
中将であった。チャールズへの処遇や軍の待遇をめぐって
しだいに議会と軍が対立するようになり、1648年12月、
最終的に軍(の一部の者)が議会からチャールズ擁護派を
粛清(武力により議会から追放)。この粛清後の議会が
チャールズを裁き、そして処刑する(1649年1月)。

つまり、ここの比喩では、
雲 = 議会
稲妻 = クロムウェル(軍)

実際のところ、クロムウェルは、ふだんは穏健派であり、
チャールズ擁護派が過半数を占めた議会と、
チャールズの処刑を求める下士官や兵士たちの
あいだの橋渡し役となるべく、ギリギリまで努力した。
(議会の粛清にも関わっていない。少なくとも表面上は。
また、クロムウェルは下院議員でもあった。)

が、決断したときの彼の行動の早さや実行力は
めざましく、また、そうでなくてもなぜか異常なまでに
存在感があったようで、総大将トマス・フェアファックスに
したがう中将であったころから、国王派による批判や
風刺の的となっていた。

---
あわせて、チャールズ処刑後の共和国の変遷を少し確認。

165304
粛清後の議会(the Rump Parliament; 残部議会)を
クロムウェルが武力で強制的に解散(というより、
議場から追放、というほうが正確)。その理由には
いろいろな説があるが、残部議会は、王政打倒後に
期待された改革を残部議会がおこなわなかったことで
頻繁に批判されていた。いずれにせよ、議会派(1649年の
粛清以降の)と軍部が対立が、この議会の追放により
決定的になる。

165307
クロムウェルが指名議会(ベアボーン議会)を招集して
統治を委任。(議会を招集できるのは、本来国王のみ。)

165312
指名議会が、その内部の穏健派(かつての国王派に近い
立場の者)と急進派(165304の議会追放を支持した軍の幹部など)
の対立により頓挫、そして穏健派の画策により自主的に解散。
これにより、クロムウェルは自軍のなかの支持基盤を
一部失う。

165312
護国卿(Lord Protector)クロムウェルを頂点とする
統治体制を樹立。クロムウェルが、というより、
その支持者たち(指名議会の穏健派など)が、クロムウェルに
統治してください、と頼むかたちで。
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22
内乱において、クロムウェルら議会派、議会軍の
勝利の結果、王政が倒れ、また国王を首長とする
国教会が倒れた、ということ。

23 Caesar
ここではチャールズ一世のこと。

24
チャールズの斬首刑を比喩的に。

25-26
特にその支持者たちにより、クロムウェルは
「神の右腕」などとたとえられていた。
(連戦連勝であったから。また、彼が信心深く、
指揮下の兵士たちにも厳しい規律にしたがうことを
要求したこともあって。)

25-28
この四行に記されているのは、マーヴェルのような
国王派的な立場の者が、神に味方されているかのような
クロムウェルら議会軍の勝利、および王政の崩壊を
受けいれる際の、ある種諦観的な考え方。敵対する者も、
クロムウェルのある種の偉大さは認めざるをえなかった。

クラレンドン伯爵曰く、彼は、「偉大な悪人」"brave bad man."

37
JusticeやFateは、それぞれ正義、運命という
概念を擬人化したもの(アレゴリー)。

正しい道理が通るべき、という「正義」が、結局強い者が
支配する、という「運命」(現実)に対して、それはおかしい、
と不平をいう、ということ。

具体的にいえば、国民は王にしたがうべき、という
正義が通らず、実際に力のある者(クロムウェル、および
彼の率いる軍)が、王チャールズを倒し、処刑して
しまった、ということ。

38 plead
法廷で主張する(OED 5)。

38 ancient Rights
内乱期、特に一般の人々の自由と権利を強く主張した
レヴェラーズのキャッチフレーズのひとつ。(詳細については、
いろいろ確認しないとなんともいえないが) 「いにしえから」というのは、
王権が強くなったノルマン朝以前に人々がもっていた、ということ。

王権を制限した13世紀のマグナ・カルタは、この「いにしえからの
権利」を体現したものとして、国王チャールズに対する抵抗を
正当化する根拠として、この頃頻繁にとりあげられた。

この行のポイントは、このように人々の自由と権利をあらわす
「いにしえからの権利」ということばが、ここでは国王の支配権を
あらわすように用いられていること。国王が支配すべき、という
「正義」が、「いにしえからの支配権」を法廷で主張するが、
そんな正しい主張も武力の前では無力。

* * *

英文テクストは、"Miscellaneous poems
by Andrew Marvell" (1681) より。

なお、1681年当時、クロムウェルは、国家を戦闘の
海に変え、国王を処刑した極悪人として見られていたので、
上の詩集の出版後、この詩はすぐに削除された。

* * *

また追記します。

* * *

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