『パンとペン 社会主義者・堺利彦と「売文社」の闘い』(黒岩比佐子著 講談社 2010年刊)
年末の新聞各紙の書評欄で多くの評者が本書を絶賛していた。1958年生まれの筆者がこの本の出版とほぼ同時にガンで他界したことも選ばれた理由のひとつだろうが、読んでみて純粋にエンターテイメントとして成立しており楽しい読み物であった。(推薦!)
その理由は、著者が、堺利彦という初期の社会主義者の中でどちらかというと裏方に徹した人物に注目したこと。堺の活動が、運動の弾圧の時代にあって「売文社」という会社を立ち上げ、自分の生計のみならず、多くの社会主義者たちを食わせた功績に光をあてたことなどである。
歴史上のある人物に着目、資料に丹念にあたり物語化していく手法は珍しいものではないが、著者の筆の力が無いと凡庸な伝記になってしまうが、著者が命を削って遺した本書は名著といってもいいのではないか。
さて、本書を読んでいて私の頭に浮かんだのは宮本顕治だ。今日の株式会社日本共産党と揶揄される、機関紙(赤旗)を売って専従職を雇うという党を支える財政システムを作ったのが宮本だからだ。しかし、宮本と堺の決定的な違いは人間的な度量の差ではないか。一方は意見を異にする者たちを除名などで徹底的に排除したが、堺は社会主義者、アナーキスト、文学者、浪人・・誰でもその才能を見抜き、仕事を与え、面倒をみたのだ。
もうひとつは、冬の時代といわれた当時の弾圧のレベルだ。堺の盟友だった幸徳秋水らは大逆事件のフレームアップで死刑に処せられた。権力に命を取られる様な弾圧の時代である。現在の弾圧で一番厳しいのは、「過激派」「テロリスト」というレッテルを貼られ地域や職場からパージされる位であろうか。