晴走雨読

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建設的野党?

2009-11-01 13:08:39 | Weblog
 後に著者らが自己批判し絶版処分した幻の書、『戦後革命論争史』〔戦後日本の分析〕(上田耕一郎(弟 不破哲三との事実上共著)著 大月書店 1956年刊)を読みかけている。

 政党内での意見の違いは当然あり、ある意味それは政党の活力になる。日本共産党とて、当然あるはずのことだが、コミンテルン型=「外部対抗・内部規範」型組織なので、なかなか表に出にくいのである。

 最近、どうやら日共内で路線論争があるらしいことが表面化している。私の近傍の知人や党から公式に発せられるメッセージ、その中でもこの間の民主党に対するスタンスの動揺からそれを推測できる。

 日共は、2009.7.12東京都議会選挙までは、日共は、民主党を自民党と変わらぬ、自民党を補完する第二自民党と位置づけ、唯一正しい革新政党は日共であるとして、対民主党強行路線をとっていた。

 しかし、都議会選挙における民主党の躍進、日共の後退(絶対負けを認めないので自己評価は善戦か健闘)を受けて、路線の大転換を図っている。それは、唐突に、7.18中央委員会常任幹部会声明から使い始めた「建設的野党」なる言葉である。

 そして、8.30総選挙翌日の8.31常任幹部会声明で、民主党勝利へ大賛辞を贈ったのである。日共自身は、かろうじて現状維持、自民党の敗北という歴史的大チャンスをものにできなかったというのに、民主党の勝利に自分たちも勝ったような気分を表明したのである。「日本政治にとって大きな前向きの一歩」「新しい歴史の始まり」と。(ナンセンス!)

 推測であるが、党内で正しいのは唯一日共だけとする前衛党主義、対民主党強硬路線から、社会民主主義的な現実路線、民主党との共闘路線への転換があったのではないか。それには、戦略を廻って対立、論争があり、その結果力関係の逆転があったのであろう。不破が、志位が、市田がどの路線かはわからないが。


 さて、「建設的野党」とは、「良いことには協力、悪いことにはきっぱり反対、問題点を問いただす。」という方針だそうである。

 日本語として、何とも違和感を持つ言葉である。是々非々を「建設的」というのか。何でも反対しない事を「建設的」と称するのか。

 日共にとって「建設的」とは、来るべき社会の構築のことを言うのではないのか。本来、共産党を称するなら未来社会の姿を示し、そこに至る過程を「建設的」と言うべきである。私は、日共と社民党が合体する日も近いのではないかと予測する。

 
コメント
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