馬医者修行日記

サラブレッド生産地の大動物獣医師の日々

小さい子宮穿孔

2020-05-24 | 急性腹症

分娩後4日目の繁殖雌馬。

分娩は安産だったそうだ。

翌日は、発熱と疝痛。

翌々日は解熱した(解熱剤投与済み)が食欲不振。

3日目は39℃で、子宮洗浄されている。

4日目に胃カテーテルで逆流が見られ、来院した。

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口粘膜は貧血傾向と不潔感。

超音波では小腸の膨満。

腹水はあるが多くない。

血液検査では、軽度のPCV増加と軽度の白血球減少(5000台)。

以上の経過と所見から、腸間膜裂による空腸壊死を疑った。

で・・・

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開腹したら汚れた腹水があった。

空腸が膨満していて内容を盲腸へ推送したがはっきりした損傷部や閉塞部はない。

小結腸も膨満していて・・・骨盤腔が最も汚れた黄褐色の腹水があった。

開腹手術創を尾側へ切り広げて子宮をチェックすると・・・

右子宮角の先端部に漿膜が裂けている部分があり、ごく小さく内膜まで穿孔していた。

原因が把握できたら、経過と症状も辻褄が合う気がする。

発熱、不調、そしてトキシンショックによる消化器症状。

小さい穿孔だったので、腹膜炎の進行も激しくはなかったのだろうし、腹水の増加もひどくはなかった。

子宮に手を入れて、子宮角に手が届いたら、かえって子宮穿孔はない、と判断したかもしれない。

分娩後、繁殖雌馬が発熱を含む不調を示したら、

腹腔を超音波検査して、腹水があったら腹腔穿刺して腹膜炎を確定診断する。

これを基本にしないと、診断を間違えたり、対応が遅れる。

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腹腔を27リットルの生理食塩液で洗浄した。

ドレインを留置して翌日からも腹腔洗浄を続ける。

手術時の腹水からは大腸菌が分離された。

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physical distancing 身体的距離 をとる生活習慣になっていくのかね~

どうして日本人は、握手も、キスも、ハグも、せずにやってきたんだろう?

 


遠隔獣医療

2020-05-23 | 急性腹症

空腸腸間膜裂で空腸空腸吻合したものの術後イレウス POI になった繁殖雌馬と、

大腸炎らしいが小腸閉塞も起こし胃逆流まであった繁殖雌馬とその当歳と、

子宮穿孔だが小腸閉塞も起こし胃逆流まであった繁殖雌馬が、入院していた夜。

輸液の不調で呼ばれ入院厩舎へ。

そのあと子宮穿孔の馬が疝痛で呼ばれ入院厩舎へ。

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そのあと電話で、当歳馬の疝痛を診て欲しい、との依頼。

夕方、下痢をしていて治療経過がある。中程度の痛み、とのこと。

「・・・・様子みるかい。」

当歳馬の腸炎だと開腹の判断は慎重にしなければならない。

ほぼ満員、当歳馬も居る入院厩舎に感染性腸炎の子馬を入れたくない。

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翌朝、子宮穿孔・腹膜炎の腹腔洗浄をしている最中、遠方から繁殖雌馬の疝痛の相談。

夜中2時から疝痛で、フルニキシンで楽になったが、朝5時にはまた痛い。

初診時は心拍は104、今は60。

「・・・・こちらの馬なら来院してもらうところだが、そちらからだともう間に合わないでしょう。」

飼い主さんに電話を替わって、

「そんなに痛くないんだよ。腸捻転ならもっとヤムっしょ。」、とのこと。

結局、高速道路を走って来院することになった。

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朝、1週間齢の子馬が膀胱破裂のようだ、とのこと。

「すぐ来て。」

声帯切除の馬も予定されているが、併行してやれるだろう。

膀胱破裂は手術室で、声帯切除は倒馬室で、同時併行した。

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そのあと、3肢の肢軸異常の手術は覚醒室で。

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昼、遠方からの疝痛の繁殖雌馬が来院したが、疝痛は治まっていて直腸検査でも超音波検査でも明確な所見はない、とのこと。

パドックで様子を観ることになった。

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午後2時半、遠くから来ているので、もう一度診察して帰そうか、と診察することにする。

直腸検査で膨満した小腸を触る、とのこと。

超音波で肥厚した結腸壁が観えた。

パドックでも一度痛みを見せたらしい。

開腹したら結腸捻転だった。

「おかしいと思ったんだ」、と飼い主さん。

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臨床。床(患者さんのベッドのことだろう)に臨む。

自分で診なければ診断できないが、数多く診ていれば見当くらいはつけられる。

また、見当くらいつけられないと、獣医療崩壊する。

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やれやれ、もう帰る。

今晩は起こされずに眠れる。

stay home が辛い?

贅沢なんだよ。

 

 


分娩による腸間膜裂で空腸が壊死することがある

2020-05-19 | 急性腹症

3日前に分娩してから不調が続く繁殖雌馬。

分娩後から発熱。食欲不振。食べるようになったかと思ったら、

今朝ははっきりと疝痛。

牧場の獣医さんがしっかり経過と治療内容を書いてきてくれたので様子がよくわかった。

経過書とはこうでなくてはいけない。

電話でああだこうだ聞いてもメモ書き程度にしかならないし、だいたい整理して経過を話す獣医師が少ない。

来院して診察しながら経過を訊くと、同じことを何度も訊かれることになる。

「この馬連れて行けって言われました」と事情を知らない従業員が連れてくることさえある。

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超音波検査でひどく膨満した小腸が見えた。

右腎臓の脇で十二指腸も膨満している。

胃カテーテルを入れると、粥状の内容がダラダラと出続けて、5リットル。

分娩で小腸の腸間膜が破れて空腸が動けない部分があるのと、壊死が始まっているのだろう、と推定診断した。

当たっていなくても、開腹手術の適応なのは間違いない。

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腹腔内は腹水は多くないが、全体に黄色くてきれいではなかった。

空腸の中位に大網が癒着して閉塞している部分があった。

腸間膜が破れて血行を失った部分が通過障害を起こした。

短い部分だったのでなんとか食べられるようになった。

しかし、壊死が進み、そこを大網が覆って破裂を免れた。

今度は、癒着した大網が巻き付いて閉塞を起こした、ということだろう。

60cm切除して吻合した。

1.ドレープを下に敷く。

2.切除する部分と吻合する部位を決めて、腸間膜の血管を結紮止血する。

3.汚さず廃液できるように腸を配置する。

4.術創からできるだけ離れた所で切開(あるいは切断)する。

5.膨満部の内容を捨てる。

6.吻合部に腸鉗子をかけて切除する部位を切断して捨てる。

7.吻合する。

「腸管吻合」というと吻合が難しいように思われるかもしれないが、実際には practically 要領よくできるかどうかは1~6にかかっている。

吻合そのものは上手にできるように練習しておくのは当たり前。

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だが、それで順調に回復するとは限らない。

それが臨床の難しさ・・・・・・

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葉が出始めて、モクレンの季節も終わり。

 

 

 

 


チーム医療

2020-05-14 | How to 馬医者修行

脛骨外果骨折の関節鏡手術が予定されている午前中、橈骨骨折らしい1歳馬も来院するという。

その前に、子馬のNICU入院で居た母馬が疝痛を繰り返しているので診察と経鼻電解質液の投与。

呼吸音がおかしい当歳馬も来院したので、一人で喉頭内視鏡検査と肺の超音波スキャンをする。

跛行の1歳馬は手根間関節の細菌性関節炎だった。

X線撮影で骨折を否定し、触診で手根間関節の腫脹と圧痛に気づき、穿刺してミカンジュースのようなSynovial Fluid が採れたので、抜けるだけ抜いて抗生剤を関節内投与した。

関節鏡手術が終わったところで、夜中に死んでしまったNICUの子馬を剖検する。

未熟仔で、骨もしっかりできておらず、肺も肝臓も腸管もまともに機能していたとは思えない状態だった。

未熟による多臓器不全 Multiple Organ Failure だ。

もう一頭、妊娠末期に突然死した繁殖雌馬も剖検を頼まれていた。

口粘膜チアノーゼ。腹腔内には消化管破裂はない。だとすると心臓突然死か?と思って心臓を観たら、心嚢内を血餅が埋めていた。

心タンポナーゼだ。

大動脈基始部の破裂だった。

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午後は、種子骨骨折のscrew固定手術。

私はその間、疝痛の急患に対応。

来院したら落ち着いていて、血液検査所見も悪くなく、直腸検査でも超音波でも異常はなかった。

2歳馬の腰痿のX線撮影。

新生子馬の臍ヘルニア。

その母馬も分娩前から疝痛を繰り返しているので、私一人で診て経鼻電解質液を投与。

その子馬は大きいが後肢は内反があり、前肢は球節が硬く、歩くのもやっと。

手術が終わって、前肢は球節を伸ばすためにキャストして、4人がかりで歩かせて馬運車へ運びこんだ。

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今日も数え切れないほど患馬が来た。

チーム医療っていうのは、一人でできる人が寄り集まって、一人でやるよりレベルの高い医療をやることだろう。

一人でやれることを一人でやる気概を失くしては成り立たない。

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滅菌された術衣はなくなった。

不織布の滅菌ガウンも用意してあったから大丈夫だが、今は手に入りにくいのかもしれない。

手打ちうどんやそば屋は、「麺がなくなりしだい閉店します」って書いてあるじゃない。

ラーメン屋だって「スープがなくなったら終了」でしょ。

でも手術室はそうはいかない。 

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花はおわっちゃったね

草はミドリになって、山は春紅葉だ

 

 

 

 

 

 


胸椎棘突起衝突の骨切り術

2020-05-10 | 整形外科

トレーニングセールを目指していた2歳馬が、後肢の踏み込みが悪く、「腰」が痛い、

X線撮影したら胸椎棘突起に” impingement 衝突”所見が見つかった、

局所麻酔したらそのときは症状が楽になり、翌日にはもとにもどっていた。

とのことで胸椎棘突起衝突の外科治療を相談された。

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たしかに棘突起間の4ヶ所が狭くなっていて、棘突起同士がぶつかる部分に硬化像、とその内部に吸収像がある。

この障害について、最新の文献は、棘突起間靭帯を切断し、その後リハビリをしたらかなりの馬が良くなった、という学術報告が出ている。

ただし、その症例集の対象馬は、乗馬が多く、サラブレッドは少ない。

そして、後肢の後ろにロープを回して、背中を少し丸め気味にする装具をつけてリハビリすることになっている。

サラブレッドの若馬では危険があるかもしれない。

さらには、サラブレッドの2歳馬だ。時間をかけてリハビリしている余裕はない。

考えた上で、私が今までやったことがあり好結果を得ている古典的な骨切り術をすることにした。

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手術台で寝かせてX線撮影すると、立って撮ったより棘突起間がひろがっている。

しかし、骨に硬化像(白い部分)があるのでぶつかっている部位がわかる。

手術はこんな感じ。

立って手術できる高さまで手術台を上げれば楽なのだが、麻酔が浅くなって馬が動くと手術台から馬が落ちることが絶対ないとは言えない。そのとき、危ないので手術台は高くしていない。

棘突起の形状から各棘突起の頭側を切り落とす作戦で行く。

BoneSawは借り物。

刃は新品で、とても良く切れる。

骨を切り落とした先(奥)は鋭匙で削っておく。

4カ所、骨切り術をした。

下向きの深い傷なので傷の治りに注意が必要だが、ひどいことになったことはない。

背中の痛みが取れて、立派な競走馬になってもらいたい。

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背中や両後肢の不調が続く若馬や競走馬が居たら、胸椎棘突起衝突を疑ってX線撮影してみていただきたい。

相当な数の馬がこの問題を抱えていると思う。

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山の桜も満開です。

オラはダニがいっぱいついてあちこち痒くて、とうちゃんにシャンプーされました。