真夜中のドロップアウトカウボーイズ@別館
ピンク映画は観ただけ全部感想を書く、ひたすらに虚空を撃ち続ける無為。
 



 「痴漢電車 乗つたら押して」(1991/製作・配給:大蔵映画/監督・脚本:小林悟/撮影:柳田友貴/照明:鏑矢光一/編集:フィルムクラフト/助監督:青柳一夫/スチール:大崎正浩/監督助手:毛利安孝・植田中/録音:銀座サウンド/現像:東映化工/出演:冴木直・石原まりえ・久保田未花・井上真愉見・板垣有美・朝田淳史・石神一・五十嵐徹・坂入正三)。
 まんま見た目は単なる一軒家の、下宿「みどり荘」外観で開巻。管理人(板垣)が朝食を手に店子の山田を起こしに来ると、山田ハジメ(坂入)の豪快な朝立ちに驚きアッツアツのトーストを腹の上に落とす。寝耳に水ならぬ寝腹にトースト、確かにそれは熱いと思ふ。山田は半裸のまゝバタバタ出撃、駅のホーム実景、電車に乗り込む足々にタイトル・イン。車内で『週刊哲学』を広げる山田に、痴女(石原)が急接近を通り越し密着。気が弱く何も出来ない山田は、反対側から伸びた手(主不明)に痴漢される女の痴態に目を丸くする。店内には三浦弘とハニーシックスの「よせばいいのに」が流れるお馴染み摩天楼、照明が馬鹿に暗い。据膳も喰へない万年平社員―正確には係長補佐―の山田を肴に、気弱を直すには痴漢が一番と銘々が痴漢の武勇伝を語る無体な宴席。石山(石神)が終ぞ役名不詳の冴木直に、五十嵐徹は学生時代家庭教師をしてゐた際の生徒・ユリ(久保田)に。そして、俺くらゐになると自分からは手を出さないと豪語するどれぐらゐなのかサッパリ判らない大山課長(朝田)が痴漢したのは、冒頭の石原まりえ。「痴漢のひとつも出来ない奴は出世しないぞ」と大山に無茶苦茶なハッパをかけられた山田は、補佐を卒業した係長になるべく明々後日に一念発起する。とまあ時代の転びやう如何によつては、プリントが焼却されるどころでは済まない物語ではある。
 正直この辺りを見てゐる時が一番気楽、小林悟1991年全十七作中第十作、ピンク限定だと全十二作中第八作、この年四本目の痴漢電車。全部で十七本、その中に薔薇族が五本、今作の更に後に一本続き年に痴漢電車だけで五本。何かもう、何もかもが凄まじくて軽い目眩を覚える。ところで映画の中身はといふと、らしからぬのか最終的にはらしいのか、なかなか一筋縄では行かない幻惑的な一作。さあて痴漢するぞと乗り込んだ通勤電車、例によつて『週刊哲学』を広げる山田の周囲は、全体主義社会を描いたディストピア映画感覚で『週刊エッチ』ばかり。世の中と反対だから乗り遅れると自省した山田は、今度はどうやら気があるらしき管理人にフラゲして貰つた『週刊エッチ』を持参し乗車、すると今度は周りは全員『週刊哲学』。「何と生きることの難しきことよ」、「でも他の人々は何事もなく生きてゐるではないか」とポップに苦悩してみせる山田の姿は、確かにか案外か兎も角哲学的なのかも。哲学とエッチを対極に配した大胆な対照に加へ、『週刊哲学』と『週刊エッチ』誌自体が素面の小道具として不可思議なまでのクオリティでよく出来てゐる。他方、初めて男に体を触られた冴木直は、二足三足飛びに石山に求婚。冷静に考へてみるとある意味結構な話にも思へ、また別の意味では当然邪険に当惑する石山は、一濡れ場介錯した後冴木直を無下に捨てる。その場に遠目で居合はせた山田は、同じ会社の者ですと冴木直にミーツ。すると山田に心を開いた冴木直が“田舎の空が見えた”だの挙句には“お父さん”だの呼びかけるに至るのは、そこだけ掻い摘むと木に竹すら接ぎ損なふ頓珍漢なシークエンスに思へて、実際の本篇は正体不明な本格派のエモーションを湛へる名なのか迷なのか、判別に苦しむメイ場面。それはそれでそれなりに、終に小林悟が途方もないトライ・アンド・エラー・アンド・エラー・アンド・エラー・アンド・エr(以下略)の末に培つた、知る人の方が絶対的に少ないと思しき真の実力を垣間見たのかと、正しかけた襟を引き千切るのが我等がピンクゴッド・小林悟。結局山田が遂に痴漢した、エッチが大勢を占める車内で一人『週刊哲学』で顔を隠す女―ついでに何故かウエディング・ドレス姿―が勤務先の上得意「細谷産業」の社長令嬢・花子(井上)で、見初められた山田は細谷産業専務の座に納まる。止(とど)めに電車で山田と再会した冴木直が、痴漢がてら月給五十万で専務秘書に転がり込む―因みにここでは基本エッチの車内で、二人だけ哲学―棚から卓袱台が降つて来るやうなラストは、紛ふことなき大御大仕事。小林悟が百本に一本の映画を四五本は撮つてゐる、筈といふ最も単純な確率論を未だ捨てきれずにゐるものだが、なかなかといふか、一向に出会へる気配さへない。

 量産型娯楽映画が本当に量産されてゐた息吹を伝へる瑣末、冴木直が石山を二度目は逆襲撃し連れ込んだ自宅には、「赤い光弾ジリオン」のポスターが。
 それともう一点、俳優部が登場する―電車内―カットは全てセット撮影で賄ふのは別にいいとして、散発的に挿み込まれる実車輌ショット。どう見ても網棚の上から撮つたやうにしか見えない画は、一体どんな撮り方をしたのか。


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )


« 女高生 快感/... セミドキュメ... »
 
コメント
 
コメントはありません。
コメントを投稿する
 
名前
タイトル
URL
コメント
コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。