真夜中のドロップアウトカウボーイズ@別館
ピンク映画は観ただけ全部感想を書く、ひたすらに虚空を撃ち続ける無為。
 



 「人妻陰悶責め」(2002/製作:フリーク・アウト/提供:オーピー映画/監督・脚本:国沢卍実/撮影:岩崎智也/照明:奥村誠/助監督:小川隆史/撮影助手:伊藤潔/監督助手:田中拓馬/出演:橘瑠璃・里見瑤子・酒井あずさ・久保隆・城春樹)。
 ビルの屋上、の手摺を越えて立つ女、飛び降りるつもりか。何故だか女の夫が、その場所に現れる。
 三崎久美子(橘)は愛されても愛されても決して満たされることはなく、夫にメールで飛び降り場所を送信しては、自殺未遂を繰り返す。対して夫の四郎(久保)は愛しても愛しても奇行の已まぬ妻に、終に疲れ果て殆ど為す術もなくしてゐた。一方、木戸裕作(城)は死別した妻の面影を義妹である久美子に見出し、弟分の四郎にハッパをかける。木戸は久美子に複雑な感情を抱くが、最終的にはそれはあくまで亡妻・サチコに捧げられたものに過ぎず、四郎に匙を投げられた久美子に愛することを求められたとて、木戸は拒絶してしまふ。以前は現役の選手でもあつた木戸は、現在は格闘技道場を開いてゐた。厳しいシゴキに他の練習生が皆逃げ出した後も、川村真琴(里見)は独り道場に残り木戸の特訓を受ける。真琴は真琴で、木戸に自分が九つの時に亡くなつた父親の記憶を投影し、明確に一線を跨いだファザコンを注ぐ。真琴は木戸の心を奪つた久美子に、度外れた憎悪を燃やす。
 愛して欲しい愛して欲しい愛して欲しい。俺にはもうどうすることも出来ない。家族は作らないと決めた、俺が抱いたのはお前ぢやない。全部私が悪い全部私が悪い全部私が悪い。私は、此処に居ちやいけないんだ・・・・!目の前に居る対象に向けられた割には、独白にしか聞こえない台詞ばかりに綴られた、寂しがり屋のハリネズミ達がガラス壁に遮られた行き止まりでガリガリと藻掻くばかりの“不”しあはせさがし。幸か不幸か重たくならないところは国沢実といふ映画監督の資質によるものだが、暗鬱、としか形容のしやうもない一作。健全娯楽路線を旨とする筈の大蔵(オーピー)で、ここまでの惨状を遣らかしておきながら何故に国沢実のキャリアが跡絶えさせられてしまはないのか、不思議にすら思へて来る。
 隠々滅々とした上に、おまけに支離滅裂。内省を伴はぬ自閉と沈降とに右往左往する登場人物は、シークエンスの流れの理解を阻む予測不能な行動に終始する。ミニスカにニーソがもう、どうしたらいいのか判らない―俺は何を言つてゐるのだ―久美子に言ひ寄られた木戸は、サチコの遺影に目をやると一旦は久美子を追ひ返し、たかと思ふと部屋を飛び出し連れ戻した久美子を暴力的に抱き、抱いた上で、あまつさへ事後には抱いたのは久美子ではなくサチコだなどと、挙句に言ひ出す始末。久美子を苛烈に敵視し追ひ狙ふ真琴はホラー映画ばりの過剰演技を見せ、劇中三度目の屋上で繰り広げられる、一応のクライマックスでの破天荒な錯乱は、最短距離で精神が回復不能に壊れた者のそれにしか見えない。文脈はズタズタに破断され、映画は一山越えて一応無理からに然るべきなのか落とし処に落ち着かされるのだが、凡そ満足な、一本の商業劇映画の体を為してゐるとは到底思へない。

 酒井あずさは、四郎の行きつけのスナックのママ・宮村雪。相手役は不足だが超絶に芳醇な色香を発散させ、一時的にではあれピンク映画を補修する。歴史的にも濡れ場要員としての、最も贅沢な部類に相当するであらう。Vシネの助演を一本挿んでの国沢組初主演の橘瑠璃、そして里見瑤子と、実は女優陣は実も蓋もないが今作には勿体ない程に潤沢なのだが。軽く魅力に乏しい久保隆と、徒に重たい台詞を空回せるばかりの城春樹は、共に映画を背負はせるにはどうにも弱い。初めから形も為してゐないものを、背負ふも背負はないもない、といつてしまへば更に実も蓋もないが。もう一名ノン・クレジットで、久保隆よりも男前な四郎後輩が見切れる。

 ビルの屋上から、久美子は迎へに来て呉れたのか四郎の姿を発見する。表情を緩めかけた久美子は、途方に暮れた四郎が向けた背中を見ると、途端に綻びかけた頬を強張らせる。飛び降りてしまつた久美子を、上手い具合に居合はせた木戸は何も出来ない四郎を突き飛ばし、身を挺して助ける。久美子は無事だつたが、木戸は左腕を骨折する重傷を負ふ。左腕はギブスで吊つたまま、道場で真琴を特訓する木戸。ジャブを撃ちながら木戸の周囲を左回りに旋回する真琴が、画面右手前の木戸の後姿を右から左に跨いだところで、真琴と木戸との間に生まれた隙間には、四郎には拒絶され道場を訪れた久美子が。映画的によく出来たショットは、先に触れた酒井あずさ登場シーンも含め、幾つか散見されぬ訳ではない。


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