先週末の二日間、旅車関係のクラブキャンプがあって、群馬県みどり市の沢入(そうり)というところにあるキャンプ場の集まりに参加しました。久しぶりの参加で、懐かしいメンバーのお顔を拝見できるかなと楽しみにして行ったのですが、常連の皆さんの数は少しずつ少なくなって来ていて、代わりに新しい若い方たちの親子連れが増えて、この世界でも世代交代の波が確実に押し寄せているのだなあと実感しました。
1泊2日の行程では、せっかくの上州行が勿体ないと思い、クラブの集まりが済んだあとに近くの温泉場などを巡って帰ることにしました。今頃は、単に温泉に入るというよりも、上州の山々の鮮緑が目に沁みる季節であり、それを存分に味わおうという思いが強かったのです。キャンプが終った後は、赤城山麓を走る国道353号線に沿って走り、道の駅:グリーンフラワー牧場大胡などに寄り道しながら、三国街道須川宿の道の駅:たくみの里を訪れ、ここに一泊しました。
この道の駅は地元の方たちの努力が随所に現れていて、様々な地産物・工芸の工夫を凝らした体験施設などが設けられていて、私共にとっては魅力ある場所の一つです。蕎麦打ちとかこんにゃく、豆腐作りなどには一度も参加したことは無いのですが、そのような施設のある場所を見て廻るのも楽しみの一つなのです。ついでがあるときには必ず寄ることにしています。
で、今日の話はその翌日のこと。久しぶりに中之条町の四万(しま)温泉に入ろうと、昼少し前に温泉街のどん詰まりにある、日向薬師という国の重要文化財指定のお堂の傍にある「御夢想の湯」という、四万温泉発祥の地ともいわれている浴場に行った時の話です。とんでもない体験をしてしまったという、愚かな話なのです。
日向薬師は戦国時代の頃に創建された、群馬県では現存する最古の建築物だそうで、小さな薬師如来を安置した小さな茅葺の建物です。数百年の風雪に絶えたその姿には、何ともいえぬ貫禄というか、歴史の重みのようなものを感じます。今でも参詣者は絶えることなく、小さな如来像は世の善男善女を温かく見守ってくださっておられるようです。
このお堂の直ぐ下に、四万温泉発祥の湯といわれる「御夢想の湯」があるのですが、この湯の傍に10台ほどの駐車場があり、何時もそこにお世話になるのですが、この駐車場に至るまでの道が狭く、最後の40mほどは離合の困難な状況となっています。幸いなことに、今まで離合の憂き目に出会ったことはなく、今回も大丈夫だろうと、参詣と入浴を終えて出発したのですが、運悪くその細く狭い道を30mほど行った所で下から坂を登って来た車と出会ってしまいました。
このような離合の難しい場所での不幸な出会いは、旅をしている間には、何度か出くわしています。例えば四国の八十八箇所めぐりの旅では、毎日がその連続で、ヒヤヒヤのし通しでしたが、幸いなことにトラブルになるようなことは一度もありませんでした。
しかし、今回はこのたった40mほどの短い区間で、腹の底か怒りのマグマが煮えたぎるようなトラブルが発生しました。この40mの道は幅が3mほどで、私の旅車ではギリギリの状況です。途中に店の建物などもあり、そこは少し道幅が広くなってはいますが、とても離合が出来る状況ではなく、離合となれば、坂を上がって来た車が10mほどバックして横道に入るか、又は私が30mを戻って駐車場にバックで車を入れるかのどちらかしかありません。
前方の相手車は、ワンボックスのライトエースで、車の幅はさほどではなく、10mバックして貰って横に入ってもらえば大丈夫と思い、そうしてくれるのかなとしばらく待ったのですが、全くその気配はなく、離合のできないと判っている店の前の少しあるスペースに車を入れたまま動かないのです。しばらく待っていても反応がないので、家内が交渉に飛び出していったのですが、反応は全く正反対で、バックはしないと言い張るのです。それどころか、止めた車を少しずつ前進させてくるのです。これには驚くと同時に怒りがこみ上げてきました。降りて相手の前に行き、どういうことなのかと糾したのですが、全く聴く耳を持たず、バックなどとんでもないという主張のみならず、又また前進させて来るものですから、到頭癇癪を起こして怒鳴りつけてしまいました。こんな時感情を爆発させたら、相手の思う壺に嵌るというのは承知の上でも、できの悪い自分には、やっぱり我慢出来ないことでした。
このようなバカを相手にしていても埒が明かないので、やむなくバックしたのですが、私の旅車は運転席の車幅に比べて後ろの方の幅が広くなっているため、バックはものすごくやりにくいのです。カリカリしながらのバックでしたので、やはり左方後部が死角になり、出ていた石の壁にぶつけてしまいました。ガン!という衝撃に車を止めて出て見ると、後部ステップの辺りが傷になっていました。癪に障るので、一言文句を言おうと目の前に迫って車を進めている相手車の運転者に、お前さんのおかげで車をぶつけてしまったと言ったら、何とそいつが言うのは、俺には関係ないなどとうそぶくのです。イヤア、ここまで来ると怒り心頭に発すです。運転席から引きずり出して、ぶっ飛ばしてやりたいという衝動に駆られましが、もしそれを敢行したなら、たちまち明日の新聞の話題となり、傷害罪もしくはそれ以上の何とか罪で刑務所行きになってしまうに違いありません。まあ、何とかこれは我慢して、どうにか苦手のバックをして離合を終えたのですが、このような性質の悪い人間に出合ったのは、旅を初めてからは愚か、車を運転して以来初めてのことでした。
その相手車の人は、正常であれば、普通の人なのだと思います。私とほぼ同年代の人のようでしたが、自分の我を通すというのがこの人の信念のようです。人間いざという時その本性が現れるのだといわれますが、この人物の車の運転は、前進あるのみで、状況判断が全くできないようです。最近は認知症患者の運転が問題化していますが、これと似たような傾向を感じました。
斯く言う、私自身も、このようなことでカッカしているのですから、ま、同じようなレベルの者なのでありましょう。老人同士が道を譲り合えないで、我をぶつけ合って口論するなんて、考えてみればバカな話です。しかし、どうにも腹の虫が収まらないので、先ずは今日のブログはこれを一発書いて、ガス抜きというか、うっ憤晴らしをしようということになりました。
「足立501 ふ34-73」のナンバーの車に、狭い道で出合った時には、くれぐれもご注意あれ。この車の運転者は前進あるのみなので、その覚悟をしてバックを心がけられたし。
「足立ナンバーの車には要注意」とは、ひと昔前の東京では常識だったが、それはダンプの話だけかと思っていたら、今頃は紳士面した老人の運転する足立ナンバーにも要注意のようである。そう思いたくなるこの車だった。
状況判断のできない運転者の車にぶつかった時には、さて、どうすれば良いのか、これが今後のくるま旅の一つの課題となりました。やれやれ。
山本馬骨さんの大切な時間を、文書にするだけでも勿体無いかと。