山本馬骨の くるま旅くらしノオト

「くるま旅くらしという新しい旅のスタイルを」提唱します。その思いや出来事などを綴ってみることにしました。

‘16年 東北春短か旅 レポート <第15回>

2016-05-30 06:53:23 | くるま旅くらしの話

【今日(5/30)の予定】 

  道の駅:関川 →(R113・R7)→ その先未定

 

【昨日(5/29)のレポート】  天気:晴

<行程>

道の駅:鳥海 →(R7・R112・K47他)→ 出羽三山神社参拝 →(K47・R112・R7他)→ 道の駅:あつみ(温海)→(R7・345他)→ 瀬波温泉・湯元龍泉 →(R7・R113他)→ 道の駅:関川(泊)

<レポート>

 旅もそろそろ終わりの行程になり出している。明日辺りからは又天気が崩れ出して週末までは雨模様の日が続くという予報である。もしその通りならば、もはや探訪的なことは止めることにして、温泉にでも入りながら帰途に就くことにしようかと考えている。今日は昨日に続いての好天なので、久しぶりに出羽三山神社のある羽黒山に参拝することにしている。これは相棒からの要請でもある。参拝のあとは、日本海側をゆるりと南下して、村上市の瀬波温泉に浸った後、少し南にある道の駅:関川に泊ることにした。昨日の計画では泊りは村上市内の道の駅:神林を考えていたけど、何度も泊っている勝手知ったる関川の方が安心できると考え、変更することにした。

 遊佐町の道の駅:鳥海には今回は2泊させて頂くこととなった。実際の泊りは道の駅も森エリアではなく、海側に近い吹浦駐車場である。ここにはトイレも水汲み場もり、すぐ傍にあぽん西浜という日帰り入浴施設や無料の足湯もあって、宿泊には万事好都合なのだ。車の出入りも少なくて静かなので、自分たち以外にもくるま旅の方が何台か泊っていた。ゴミ処理は森のエリアの方にゴミ箱が設けられているので、そちらの方へ行って処理させて頂いている。給水やゴミ箱が全くない道の駅が増えている中では、くるま旅の者にはありがたい道の駅であり、我々も感謝しながら、ルールに従ってきれいに大事に使わせていただかなければならない。旅の非行や恥はかき捨てなどというのはもっての他の心得である。

 昨日苦しめられた腹痛も収まり、体調は元に戻ってもう心配はない。急性の下痢は良くあることで、自分的にはこれはお腹の大掃除を強制的にさせられたものなのだと思っている。このところ野菜類も少なく、いい加減な飲み物(コークハイのコーラの代わりに飲んだこともない強炭酸飲料を使った)などを流し込んだので、身体を管理している神様の怒りに触れたのだろう。そう思った。今日はもう何の苦もなく歩くことができる。昨日ほどではないけど、予定している羽黒山の出羽三山神社も結構な坂道の参拝路が待っている。9時少し前の出発となる。

 酒田市の郊外の田園地帯の中を走るR7の左手には、鳥海山のスケールの大きな眺めが広がっていた。しばらく走って、鶴岡市に入ると、今度は出羽三山の最高峰の月山がこれ又幾筋もの残雪の白い線を描いてその雄大な姿を見せ始めた。庄内エリアに住む人たちは、この二つの名山を眺め、その恩恵を受けながら暮らしを成り立たせて来ているのだなと思いながらの走行だった。我が故郷の筑波山とは比べものにはならないスケールの大きさだ。これから参拝する羽黒山は出羽三山の中では標高が500mにも満たない山だけど、山伏修行の本場として湯殿山、月山と肩を並べている。この三山の不思議な関係の由来が何なのかは、実のところよく解っていない。解っていなくても、東北の山岳信仰の聖地なのだと思っているだけで十分な気がしている。

 10時過ぎには神社参拝の髄神門近くの駐車場に着いたのだが、今日は山頂近くまで行ってそこに車を留め坂を下っての逆コースで国宝の五重塔まで往復しようと考え、その入り口を探したのだが、見つからない。確か有料道路のようなものがあったはずなのだが、ナビの設定が拙いのか見つからないのである。諦めて元に戻り随神門から参拝することにした。あとで駐車場近くの案内板を見たら、有料道路はずっと先の方にあり、自分の勘違いで途中から戻って来てしまっていたのだった。羽黒山参拝は今回が3回目だったかと思うけど、前回から5年以上が経っており、わが記憶は退化のスピードを相当に早めているらしく、こりゃあまずいなと思った。

   

羽黒山の参拝は下りの石段から開始される。隋神門を潜ると、杉並木の間にそれが待っていた。

 羽黒山の参拝は、石段を下ることから始まる。普通の参拝路は、上りから始まるのが多いように思うけど、ここは逆である。随神門を潜ると立派な杉並木の中に下りの石段が待っていた。50mほどの高さだろうか。ゆっくりと左右の植物などを観察しながら石段を下る。ここにはショウジョウバカマが多く自生していて、以前来た時は丁度開花期でその花を楽しんだのだが、今日はもう花は終わり、只青い茎が残っているだけだった。花といえば、先日奥入瀬渓流で見たヤグルマの大きな葉が、ここにも幾つも群生していて、その中の何本かが白い花を咲かせているくらいだった。石段を下り、朱塗りの欄干のある小さな太鼓橋を渡ると、右手に30mほどの落差の滝が白い筋を幾つも描いて流れ落ちていた。山伏の修行に用いられた滝のようである。その名を須賀滝(すがのたき)という。この参道の中では目立つ存在の一つである。少し先に行くと、数多い杉の中でも一際大きな杉の大木があり、それには根元近くに注連縄のようなものが回されていて、この杉を羽黒山の爺杉(じじすぎ)というのである。樹齢が千年を超え、幹回りも8mを超えているとか。この森の中では最長寿の杉の巨木との解説板があった。縄文杉とはその樹齢において比較にはならないけど、樹の姿を見ると、その高さは縄文杉の3倍以上もあるのではないか。やはり尊敬に値する名木の一つだなと思った。

   

羽黒山の爺杉の偉容。カメラを横にしないとうまく姿が収められないのでそのまま横の写真を使った。戻すと小さくなってしまうので、ご覧の方は我慢してください。失礼。

 その爺杉の向こう側に国宝の五重塔が見えた。相棒の今日の羽黒山参拝の目的はこの五重塔に逢うことであり、その姿をカメラに収めることなのである。平安時代の平将門による建立とされるこの建物はその後戦国時代末期に最上義光による大修理を経て以来そのままの姿で今日に至っているというから、500年以上も経っていることになり、木造の建築物としてはわが国の中でも5本の指には入るのではないか。森の中に鎮座聳立する重厚なその姿は、国の宝に相応しい威厳に満ちている。その昔から多くの修験者や参拝者の尊崇を集めていたに違いない。それにしてもわが守谷市近くの坂東市に居を構えた平将門がこれを建立したとは、今の時代でも考えられないほどより大きな影響力を持っていたのだと、その凄さに驚かされる。相棒は塔の回りを何度も回りながら懸命に写真を撮り続けていた。森の中で光が少ないので、撮影は難しいのかもしれない。

   

羽黒山の国宝五重塔。遠くから見ても、近くに行って見上げても、その重厚さは変わらない。まさに国宝に相応しい貫録を備えている。

 さて、一段落して、もはや五重塔に逢うという目的は達成したので、上部にある神社の拝殿に行くのは省略して車に戻ることにした。昨日かなり歩いているので、あまり無理をするとこの先が心配なので、戻ることにした次第。今度は上りとなる石段をゆっくり上って随神門を出て、車に戻る。これで今日の探訪イベントは終わりである。あとは温泉に入って宿泊場所まで行ってゆっくりするだけである。今のところ今回の旅の目的の一つである「のんびり、ゆっくり」は、かなり達成出来ていると思う。

 車を出発させて、先ずは日本海に面した道の駅:あつみ(=温海)を目指す。温海町は合併して今では鶴岡市となっている。今の時代は、「市」というもののコンセプトや姿が大きく様変わりしている。自分が育った頃の市町村の区分の感覚とは雲泥の差があり、これが良いことなのかそうでないのかよく解らない。ただ一つ言えることは、古くからある親近感を覚える地名がわけのわからぬ新しい市町村名の中に埋没していっているということである。旅をしているとそのことを実感するのである。温海町などもやがては鶴岡の温泉エリアの一つくらいにしか認知されなくなるのであろう。12時半ごろに到着。

 今日も昼は外食とすることにした。駅舎内の食堂はかなり混雑していたが、他に食べる所はないので、我慢して座ることにした。嬉しいことにここのメニューには焼き魚と煮魚の両方があり、2~3種類の魚を選べるようになっていた。少し迷って鯛の頭の煮魚定食というのをオーダーした。旅の中では、魚を煮たり焼いたりして食べる機会がなかなかない。魚大好き人間の自分としては、困った状態なのだった。やがてやって来た鯛の頭の煮付けはかなりの大物で、それを見ただけで満足した。鯛の兜煮は大好物の一つである。これでビールでも飲めれば最高なのだが、そうは行かない。その後じっくりと鯛の味を味わった。鯛の本当の美味さは白身などではなく頭に集中していると思っている。いやあ、美味かった。十二分に満足した。ところで、あとで道の駅の情報ルームで知ったのだが、この町の魚は黒鯛なのだそうな。また、「渚の黒鯛釣り発祥の地」ともあった。そう言えば先ほど食べた鯛も黒っぽかったのは、やっぱり黒鯛だったのかと思った。黒鯛も鯛も味はさほど変わらない。それにして「渚の黒鯛釣り発祥の地」とはどういうことなのだろうかと思った。40年ほど前転勤で高松に住んでいた頃は、時々チヌ釣りに行ったものだ。瀬戸内海地方では黒鯛のことをチヌと呼ぶ。チヌは岩礁のようなところに棲息しているから確かに渚ではない場所のように思うけど、さてこの地では渚でチヌが釣れるのだろうか。もはや海釣りも川釣りも止めた自分には係わりのないことだけど、ちょっぴり気になった。

 その後は海岸線を走って新潟県エリアに入り、村上市の瀬波温泉にある湯元龍泉という温泉に入る。これも温泉博士誌の恩恵。野天風呂と呼ばれる屋根つきの開放感のある露天風呂が幾つもある浴場は、温泉を楽しむ最高の環境だった。1時間ほど湯を味わって、その後は今日の宿予定の関川村の道の駅:関川へ。17時半ごろ到着。この道の駅にも温泉が併設されており、駐車場はかなりの混雑ぶりだった。自分たちは裏の方にある第2駐車場の方へ車を留め、そこで一夜を過ごすことにした。

 夜中になって風が強く吹き出し、TVアンテナを揺り動かして騒々しくて目が覚めて、降ろしたりして眠りの調子を崩されて困惑したりしたが、ま、その後は静かな眠りに入ることになった。

コメント
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