山本馬骨の くるま旅くらしノオト

「くるま旅くらしという新しい旅のスタイルを」提唱します。その思いや出来事などを綴ってみることにしました。

ミモザの春

2011-03-27 20:59:10 | その他

 11日14時46分、大地震が発生してよりこの方、日々の暮らしがすっかり狂ってしまいました。あまりにも酷い惨状を唖然としながらTVを見続ける毎日が続きました。連日被災地の厳しい状況を見続けていると、何だかこの世を見る感覚がおかしくなってきてしまうようです。加えて、原発の事故の成り行きはさっぱり見えないまま、悪化の一途をたどっており、それは同時に比較的近くに住んでいる自分たちには、新たな二次災害の悪い予感を膨らませるものとなっています。

今まで70年と少しばかり人間という奴をやらせて頂いてきて、終わり近くになって、今まで見たことも経験したことも無い地獄の有様を、一挙に目の当たりに見せられているような気がしています。地獄というものが、これほど近い所に、あっという間に現出するものだということを、今思い知らされているような気がします。

しかし、幸いなことに私自身は未だ傍観者の立場にいることができています。直接津波に飲み込まれ、九死に一生を得た人、自分は生き残れていても身近な最愛のものを一度に失ってしまった人、そして考える間もなく避難所暮らしに突入されてしまった人たち。被災された多くの皆さまの悲しみや苦悩に比べれば、傍観者があれこれ世迷言を言うのは、許されないことなのかもしれません。

 

この半月の間忘れていた庭の隅に本物の春を告げてくれる二輪草や碇草が芽吹いていました。毎年彼らを見ていると、健気さの中に力強さを感じてほっとします。いつまでも我を忘れていてはいけないということを教えてくれているようです。

もうひとつ、今年もお隣の庭に植えられているミモザの木が、これぞ春といわんばかりの花を咲かせてくれています。このミモザの木は大木というほどのものではないのですが、守谷市内をくまなくといっていいほど歩きまわっている私からは、市内で見かけるどのミモザの木よりも豊かにミモザの花を見せてくれている一本だと思っています。歩道に覆いかぶさるように花の房枝を垂れているので、それを気にされたお隣のご主人が枝を払おうとされているのを見て、あわてて制止させて頂いたのでした。

ミモザの花は、鮮やかな黄色で、この花を見ているとこの季節に猛威をふるう杉の花粉のイメージと重なってしまうのですが、これはミモザに対しては真に申し訳ないことです。震災や放射能のことはしばし忘れて、樹木たちが春を寿ぐ姿にこの世の救いを味わう時間を大事にしたいと思っています。

 

 

 

お隣のミモザの花。ミモザはマメ科の植物で、花が咲き終わるとたくさんのマメの房が垂れ下がる。3月下旬のこの時期が花の最盛期で、鮮やかな黄色が青空に映えて美しい。

 

 

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