山本馬骨の くるま旅くらしノオト

「くるま旅くらしという新しい旅のスタイルを」提唱します。その思いや出来事などを綴ってみることにしました。

小さな旅:滝桜を見に行く(2)

2010-04-29 02:18:48 | くるま旅くらしの話

次の日、朝目覚めて外を見てみましたら、昨夜寝る時には未だたくさん並んでいた車は殆どいなくなっていて、広大な駐車場には僅かに30台ほどが点在している状況でした。今日も快晴の青空が広がっていました。今日は午前中この辺りでゆっくり過した後、午後には矢吹町に在住のIさんご夫妻を訪ねる予定です。そして久しぶりに一杯やりながら歓談するつもりでいます。

軽い朝食のあと、もう一度今年の滝桜の見納めをしてから出発することにしました。駐車場の奥の方に車を止めてありますので、滝桜まではかなりの距離があるのですが、8時近くの時刻でも新しい観光客の車は列を作って並んでいます。たった一本の大樹の持つもの凄い集客力です。滝桜の花はまだまだ観賞に十二分に耐える状況にあり、恐らくあと数日は大丈夫ではないかと思いました。昨日までが桜まつりの期間だったようで、昨日は観桜料として300円が必要だったのですが、今日からは無料ということで、真にありがたいことです。

膨らみ出した人ごみの中を歩いて、坂道をしばらく行くと、再び滝桜の優雅な姿が現れました。昨日は暗くなり出してから後の眺めでしたが、今日は真っ青な空の下での艶姿です。少し白っぽくなっているのは、満開も峠を越したということなのかも知れません。それにしても、何度見ても、どこから見ても飽きの来ない眺めです。滝桜を取り巻く小路を一回りしたあと、上の丘に登って、もう一度周辺を見渡しました。

   

今年の見納めの滝桜。青空にまさに滝のように枝垂れる花が美しい。

いヤア、三春の春は至る所に花が咲きこぼれています。三春という名も、春の時を同じくして梅も桃も桜も一斉に開花するということに由来していると聞きましたが、真に当を得た命名だというのを実感します。この春の代表的な花のほかにも、レンギョウや菜の花の黄色、花海棠や木瓜の花なども見ることができ、今頃の三春には百花繚乱の夢天国の風情があります。丘の上からは遙か遠くに雪を冠した飯豊連峰が望まれ、少し目を左に向けるとあれは那須連山なのかやはり大きな山の連なりが望見されます。大きな景色をこともなげに見ることができる素晴らしさを持つこの地に住む人たちをちょっぴり羨ましく思いました。

   

三春の里の風景。様々な花に囲まれて、青空の下に時間がゆっくり流れて行くのを実感できる。

それにしても三春の桜の数の何と多いことか!公園などは勿論ですが、民家の庭先には当たり前のように滝桜と同じ仲間の枝垂れ桜の大木が点在していますし、野山の中にも山桜などの大木が無数といって良いほど点在しています。日本で一番桜の名木が多いのは福島県だと聞いていますが、このあたりがその中心地であり、桜の生育と生命維持には最も恵まれた環境の中にあるのかも知れません。

ところで、桜と梅と桃とは春の花の代表ですが、この中で桜だけが人間の手を借りずに自在にその子孫を増やしているように思えます。梅や桃は、野山に自在に子孫を増やすことは困難なようです。そのことに気づいたのは、数年前のことですが、桜の生存戦略だけが突出しているのは、実のつけ方にあるようです。樹は大きくても桜の実は小さくて、小鳥たちの好物になっているようで、彼女たちが野山に自在にその種を運んでくれていることが、桜の存在を際立たせていると気づきました。梅や桃は、実が大きすぎてこれを呑み込んで運ぶにはよほど大型の動物でないとできないことのようです。今頃は大型の動物が付近の野山を自在に闊歩するなどということは許されませんので、結果としては人間の身勝手な要求にしたがって子孫を増やすしか手立てが無いことになってしまったに違いありません。桜というのは賢い樹木なのかも知れません。

そのようなことを考えながら、滝桜に別れを告げ車に戻って出発したときは、10時近くなっていました。先ずは、三春ダムに塞き止められてできている、その名もさくら湖という湖の周辺をぶらりと覗き廻ることにしました。三春の里農業公園という所へ行こうとしたのですが、道が判らず(ナビなしで、地図にも表記されていない)、途中で諦めて、さくら公園というのがあるので、そこへ行ってみることにしました。これは迷わず着くことが出来ました。

さくら公園は三春ダム近くにあって、湖を見下ろす小さな丘の連なりの中に散策路が造られており、その周辺には数多くの桜が植えられ、本数だけではなくその種類も多く、開花時期の現在は、それは見事な花の世界でした。滝桜のような一本桜ではないのですが、大樹でなくても桜の花の美しさは変わりません。ソメイヨシノも寒緋桜もオオヤマザクラも八重桜も皆一緒に揃って咲いているのですから、実に不思議な感じがします。このような世界は守谷では絶対に見ることができません。今頃寒緋桜やソメイヨシノを見るなんて、信じられない感慨です。感動しながらの観桜でした。

急な坂を下りて、湖近くまで行って見ると、丘の中腹にたくさんのカタクリの花が咲いていました。我が家のカタクリはたった1本しかなく、今年は花はお休みだったようですが、ここには無数の花が点在しています。そのカタクリの群落から少し離れた所に、不思議なものを発見しました。

倒木があって、それを去年蔓延(はびこ)った雑草や蔓などの枯れた一団が、まるで蜘蛛が獲物を包んだように覆い被さっていたのですが、よく見るとその木はオオヤマザクラらしい桜の木で、それが何と!その枯れた雑草たちに包まれた下で、満開の花を咲かせていたのです。いヤア、驚きました。根元がむき出しになって、湖に向かって倒れているのですが、命を失ったのではなく、どっこい生きているのです。桜のこのような姿を初めて見ました。感動しました。

一時、ど根性野菜などというものが話題になったことがありました。去年秋の山陽道行では、相生の道の駅で、ど根性大根の話を聞きました。コンクリートだったかアスファルトだったか、舗装の割れ目に芽生えた大根が、それを割り破って大きく育ったのをが評判となり、その逞しい生命力を讃えた人たちが、それをど根性大根と呼んだという話です。その相生の道の駅では、同じ名前つけた酒が売られており、それを1本買ったのを覚えています。

この桜の木には、それ以上の感動を覚えました。もしかしたらこの姿を見たのは、私たちだけだったかもしれません。普通の観光客の人たちは、皆さん楽な道を選ばれますので、湖の際(きわ)の方まで降りてくる人は少なく、まさか倒木に花が咲いているなんで、思いも寄らないのではないかと思います。家内には、急な坂の上り下りは少しきつかったかと思いますが、この桜の木から貰ったパワーはそれを補填して余りあるのではないかと思いました。この桜の生命力溢れる姿は、今年の桜見物の中では、際立って印象に残るものでした。来年も頑張って花を咲かせて欲しいなと、心から願っています。ど根性桜がんばれ!

   

ど根性桜の痛ましくも逞しい姿。上方は湖であり、吹き降ろす強風で湖の方向に向かって倒れたらしい。緑の草の生えている右のあたりが株元。満開の桜には枯れ草や蔓が蜘蛛の巣のように巻きついていて、傍に近づいて見ないと、その存在に気づかないほどである。今度来た時には、せめて雑草類を取り除いてあげたいなと思った。

さくら公園を十二分に楽しんだ後は、少し早いけどIさんの所に向かうことにしました。矢吹町は福島県の中通りの県南に位置しており、白河市に隣接しています。三春からは郡山経由で行くことにしました。郡山市内でR4に入り、あとは道なりに南下すれば矢吹町に至ります。途中で久しぶりに外食などをした後、矢吹町に入ったのは、13時少し過ぎた頃でした。Iさんのお宅をお邪魔する前に、この町の中畑という所(もとプロ野球巨人軍の中畑選手は矢吹町のこの辺の出身です)にある、陣屋の二本カヤというのを見ようと向かいました。

最近は巨樹や名木を訪ねることも旅に加えようと、そのリストなどを整理し始めているのですが、偶々矢吹町にはこの名が載っていましたので、訪ねるいい機会だったのです。カヤというのは、榧の木のことで、将棋盤や碁盤などに使われることでも有名です。この大木が昔の陣屋跡に2本残っているというので、是非見たいものだと勇んでいったのですが、ナビなしの辛さで、その場所を見つけることが出来ず、空振りとなったまま諦めてIさん宅に向かうことになったのでした。(この樹には、翌朝歩いて面会してきました)

   

朝、Iさん宅から往復10kmくらいを歩いて、陣屋の二本カヤに会ってきました。樹齢400年ほどだそうですが、滝桜に比べればまだまだ若木のような気がしました。あと千年以上生きながらえて欲しいものです。

さて、Iさんご夫妻とのそれからのことについては、これはもう私たちだけの話ですから、今日はここまでで終わりです。

コメント
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