未唯への手紙

未唯への手紙

ギリシャ政府と経世済民

2016年09月30日 | 4.歴史
『あなたの常識を論破する経済学』より 不平等な結果を招いた統一通貨ユーロの誤算

失業とは究極的には「飢え」の問題

 先にも書いたが、政府の目的は「利益を上げること」ではない。経世済民の実現である。経世済民とは「世を経め、民を済う」という意味を持つ。すなわち、国民を豊かにする政策を実施することこそが、政府の目的なのである。

  ・政府の財政を黒字化する(財政健全化)

  ・政府の規制を緩和する

  ・公共投資を削減する

  ・増税する

 などはすべて「手段」であり、目的ではない。経世済民が達成できるのであれば、財政健全化や規制緩和、増税、公共投資削減政策は正しい。経世済民が達成できず、国民が貧しくなってしまうのでは、前記の政策はすべて間違いになる。

 ところが、現在の世界の政治家、官僚の多くは、手段と目的を混同している。経世済民という政府の本来の目的を無視し、

  「財政は黒字でなければならない」

  「効率化のために規制緩和は断行されなければならない」

 などと、手段を目的化した主張を繰り広げ、政策を推進している。結果的に、世界は次第に不安定な方向に向かっている。

 例えば営利目的の「企業」であれば、何しろ目的が「利益を上げること」であるから、「黒字でなければならない」は正しい。また、利益(黒字)を出すには効率化が必須である。時には人員を削減するリストラクチャリングを断行しても、「利益を上げる」という企業の目的に鑑みると、特に間違っているわけではない。とはいえ、政府と企業は違う。政府は利益を目的とした企業ではなく、「経世済民」が目的のNPO(非営利団体)なのだ。それにもかかわらず、政策という手段を目的化し、国民が所得を得るための雇用の場が失われていくことを放置し、経世済民と懸け離れた状況に至った国が少なくない。

 代表が、2008年以降のユーロの問題児、ギリシャである。ギリシャでは、バブル崩壊後に緊縮財政を強行するという愚行を続け、失業率が12年7月に25%を突破してしまった。サマラス政権(当時)はそれでも大々的な雇用対策を打ち出そうとせず、ついには貧困家庭の子どもたちが学校の授業中に「飢え≒が理由で気を失うという、おぞましい事態を招いてしまった。

 1929年10月のNY株式大暴落に端を発した大恐慌期、米国の失業率は24・9%に達した。当時の米国の都市部では、公共施設や電車の中などで、やはり「飢え」から失神する市民が散見された。

 筆者は失業問題について取り上げる際に、

  「失業者は所得を得られない。所得を得られないと、最終的には飢えにつながる」

 と、繰り返し書いているが、現在のギリシャや大恐慌期の米国は、まさに「失業により飢える」状況に至ってしまったのである。最悪期のギリシャの失業率は、27・4%に達し、大恐慌期の米国をも上回ってしまった。

 人間は「モノ(食料)不足」でも飢えるが、失業による所得不足でも飢えるのだ。しかし、日本や米国、そして欧州には「失業」について軽く見る学者、評論家、官僚、政治家が少なくない。失業とは「失業率」「失業者数」といった数字の問題ではなく、究極的には「飢え」の問題なのだ。

過激政党が民衆の支持を伸ばす

 ギリシャは、確かにもともと失業率がそれほど低くない国ではあった。それでも、80年以降で見れば「悪くても10%台」程度だったのだ。2008年以降のギリシャの失業率上昇は、明らかに異常事態である。何しろ、「それまでの最悪値」の3倍近くにまで高騰してしまった。

 ここまで雇用環境が悪化すると、社会全体が不安定な方向に向かわざるを得ない。ギリシャの「失業による飢えの拡大」は、経世済民の達成どころか、社会全体を壊す可能性を秘めている。誰でも飢え死にするのは嫌であるため、最後には暴動や犯罪に手を染めてでも、食料を手に入れようとする。

 具体的に「何%の失業率で社会が壊れるのか?」といったレッドラインは引くのは難しいが、例えばドイツでは32年に失業率が43・3%に達した結果、翌年、ヒトラーを首班としたナチス政権が誕生した。そして、現在、ギリシャで支持を伸ばしている政党が、「黄金の夜明け」である。

 黄金の夜明けは、これは「極右」と表現しても構わないラディカルな政党で、何しろ、「外国人を全員追い出し、国境線に地雷陣を敷け!」

 という公約を掲げ、2015年9月のギリシャ総選挙で7%の得票率で、18議席を獲得した。信じがたい話だが、現在のギリシャ国会において黄金の夜明けは「第三党」なのである。

 2015年は、ご存じの通りシリアーイラク難民を中心に、100万人を超す中東難民、が地中海を渡り、ギリシャ経由で西欧諸国(ドイツ・スウェーデンなど)に雪崩れ込んだ。難民たちはまずはエーゲ海の島々を目指し、ギリシャから北上するルートでドイツやスウェーデン、イギリスを目指した。

 結果的に、ギリシャでは排外主義的な勢力が力を増すのは分かるのだが、それにしても「黄金の夜明け」が第三党というのは、さすがに危険すぎる。現状の高失業率が続き、さらにギリシャの難民・移民問題が解決しない限り、最終的にギリシャの民主主義が壊れてしまう可能性は、決してゼロではないだろう。

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