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未唯への手紙

未唯への手紙

オルレアンの乙女(一四二九年)

2017年09月02日 | 5.その他
『フランス史Ⅴ』より オルレアンの乙女(一四二九年)

みんなが言っているように、フランス王国の滅亡が一人の女性、人の道を踏み外した一人の母親〔イザボー・ド・バヴィエール〕の仕業であるなら、その王国を救うことも一人の『娘によって可能になるはずであった。これこそケルトの預言者マーリンの予言の一つが教えていることであった。この予言は、地方によって内容が膨らんだり変質したりしていたが、ジャンヌ・ダルクの故郷では、フランス王国を救うのは国境地帯ロレーヌの乙女とされていた。このような潤色は、多分、ルネ・ダンジューとロレーヌ公領の女相続人(イザベル)との最近の結婚が影響していたのであろう。事実、この結婚はフランスにとって非常に幸運なことであった。

夏のある日の昼頃、ジャンヌは教会の脇にある父親の菜園にいたが、ふと教会のほうに目の眩むような光が現れ、「ジャンヌよ。賢明で善良であれ。教会へしばしば行きなさい」と呼びかける声を聞いた。哀れな娘はひどく怯えた。別のある日も、彼女は声を聞き光を目にした。しかし、今度は、その光のなかに何人かの高貴な人の姿があり、そのなかの背に翼のある一人が、こう話しかけてきた。

 「ジャンヌよ。行ってフランス王を救い、その王国を取り戻させなさい。」

彼女は、全身が震えるなかで答えた。

 「わたしは貧しい娘でしかありません。馬の乗り方も知りませんし、まして、武器をもつ人々をどのように指揮したらよいかも分かりません。」

すると、声はこう答えた。

 「お前はヴォークルールの守備隊長ボードリクール殿に会いに行きなさい。彼がお前を王のところへ連れていってくれるであろう。聖カテリナと聖マルガリータがお前を手助けに来てくれるだみう。」

彼女は、このときすでに自らの運命を見たかのように、びっくりして涙を流しながら、じっとしていた。

このとき現れた翼のある貴人とは、審判と戦いを担う大天使ミカエルに違いなかった。彼は、その後もやってきて彼女を励まし、フランス王国に下される恩寵を告げた。ついで、無数の光のなかに幾人もの聖人たちが現れた。頭には豪華な冠を戴き、声は優しく、心にしみ込むようで、彼女は覚えず涙を流した。しかし、ジヤンヌがとりわけ涙を流したのは、この聖人や天使たちが去っていくときであった。その理由を、彼女は、のちに「天使たちが一緒に連れていってくれることを、どんなに望んだことでしょう」と述べている。

この大きな幸せのなかで彼女が涙を流したのは、理由がないわけではなかった。そこに見たものがどんなに美しく栄誉に満ちたものであったとしても、彼女の人生を根底から変えるものであったからである。それまでの彼女が耳にした声は母親の声で、彼女はそれを繰り返すだけだったのが、今は天使たちの声を聞いたのである。しかも、この天上の存在が告げているのは、母親や慣れ親しんだ家を後に残して、男たちのなかに入って行き、男たち、兵士たちに語りかけよ、というのである。そのためには、聞こえる音といえば教会の鐘だけの静かな菜園を去らなければならないのだ。彼女の優しさは、昔の砂漠の教父たちと同じように、神の平和の安らぎのなかで、あらゆる動物や小鳥たちを惹きつける力をもっていたから、そうした小動物たちは平気で彼女の手から餌をついばんだものであった。

ジャンヌは、自らが越えなければならなかった最初の戦いについては何も述べていない。しかし、それが忍耐を要するものであったことは明らかである。なぜなら、最初の幻視から父親の家を出るまで、五年の歳月が流れているからである。

父親と天上という二つの権威が、彼女に相反することを命じた。一方は、ひっそりと慎ましく労働の生活に留まるよう望んだ。ところが、他方は、家を出て、王国を救うことを望んだ。天使は彼女に武器を執れと言い、粗野で正直な農民である父親は、娘が武士たちと行動を共にするくらいなら、むしろ自分の手で溺れ死なせると誓った。一方に従えば、他方には背かなければならなかった。これこそ、おそらく彼女にとって最大の戦いであり、それに較べると、その後、彼女がイギリス軍に対して行った戦いは、一種の《余興》でしかなかった。

彼女は、家族のなかに、抵抗だけでなく誘惑も見出した。人々は、彼女がもっと納得のゆく考え方をするようになるのではと期待して、結婚させようとした。ひとりの若者が、彼女が幼いとき自分の嫁さんになると約束したと主張した。そして、彼女がそれを否定すると、彼は彼女をトゥル〔訳注・直線距離でドンレミー村から約三十二キロ北東〕の教会裁判官の前に出頭するよう求めた。まわりの人々も、そうすれば諦めて結婚を受け入れるだろうと期待した。ところが、驚いたことに、彼女は、進んでトゥルに出かけ、法廷に現れて、結婚させられるくらいなら自殺すると言った。。

家族の権威から逃れるには、家族自体のなかに自分を信じてくれる誰かを見つける必要があったが、これは、最も困難なことであった。彼女は、父親の代わりに、叔父を味方に「改宗」させた。彼は、寝込んでいる妻の面倒を見てもらうという口実でジャンヌを連れて帰った。そして、ジャンヌは、この叔父を説得し、ヴォークルールの守備隊長ボードリクール殿にジャンヌを支援してくれるよう頼みに行ってもらうことに成功した。この騎士は、相手が百姓であるのを馬鹿にして「自分は何もするつもりはない。そんな娘は父親のもとに返して、しっかり懲らしめてもらうがよい」と言った。しかし、ジャンヌは挫けなかった。今度は自分で行くと言い出し、叔父は彼女について行くことになった。

彼女にとっては、これが村とも家族とも永遠の別れとなった。彼女は、友だち、とりわけ善良な人として神さまに推薦したマンジェットには、しっかり別れのキスをした。しかし、彼女が最も愛した大事な友のオメットには、むしろ、会わないで出発することを望んだ。

彼女は、農婦用の赤い粗布の服を着ていたが、叔父と一緒にヴォークルールに着くと、車大工の妻の家に行って宿を借りることにした。車大工の妻は快く迎えてくれた。それからボードリクール殿のところへ連れていってもらうと、しっかりした口調で、「自分がここへ来たのは主イエスの代理としてであり、神は、王太子が軍勢を立て直すよう望まれている」、「神は、王太子の敵どもに有利に計らうことはされない。なぜなら、四旬節の中日には王太子に救いを与えられるであろうからである」と述べ、次のように言った。

 「フランス王国は王太子のものではなく主イエスのものです。しかし、主は、王太子をフランス王にし、この王国を預けることを望んでおられます。」

彼女は、さらに付け加えて、「敵どもがどのように妨害をしても、主は王太子をフランス王にされるであろうし、自分は、そのためにランスヘお連れして聖油を塗布していただくであろう」と言った。

驚いた守備隊長は、悪魔がからかっているのではないかと疑って主任司祭に相談した。主任司祭も明らかに同じ疑問を抱いた。ジャンヌは自分が見た幻視のことは、教会関係者の誰にも話していなかった。主任司祭は、守備隊長と一緒に車大工の家にやってくると、ストラ〔訳注・聖職者が襟にかける帯〕を掲げ、悪魔祓いの呪文をとなえて、もしジャンヌが悪霊によって遣わされたのであるなら、立ち去るよう命じた。

これに対し、民衆は一向に疑いなど抱かず、もっぱら感嘆の思いに囚われた。噂を聞いて、いたるところから彼女を見ようとやってきた。ある貴族が彼女を試すつもりで「いいかね。むすめさん。王さまは追放され、われわれはイギリス人にならなければならんのだよ」と言うと、彼女は、ボードリクール殿から拒絶されたことについて不満をもらし、次のように言った。

 「わたしは、四旬節の中日になる前に王様にお会いしなければなりません。なぜなら、王さまも大公がたも、スコットランド王の娘さんも、この世界の誰も、わたし以外には、王様を援けてフランス王国を取り戻せる人はいないからです。わたしがどんなに母のそばに残って糸紡ぎをしているほうがよいと思っても、それは叶わぬ願いです。なぜなら、それはわたしのすべき仕事ではないからです。わたしは、なんとしても我が主の望まれることを実現しなければならないのです。」

 「で、あなたの主とは、誰かね?」

 「神さまです!」

この貴族は感動し、彼女に自分の手を預けて「神のお導きのままに、わたしがあなたを王さまのところへお連れしよう」と約束した。もう一人の若い貴族も感銘し、この聖なる乙女についてゆくと宣言した。

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