『ソーシャルワークへの紹介』より ソーシャルワークの新たな展開①--エンパワメント
エンパワメントとは何か
エンパワメントの意義
エンパワメントは、ヒューマンサービスに限らず、開発援助、フェミニズム、マネジメント等さまざまな分野で注目されて久しく、日常語になった感がある。エンパワメントは、一般的に「社会的に抑圧されたり、生活を組み立てていくパワーが欠如していたり、セルフコントロールしていくパワーを剥奪された人びと、グループ、地域社会が、パワーを獲得するプロセス」と理解される。
ソーシャルワークにおいて、エンパワメントを概念化した先覚者はソロモン(Solomon, B.)である。ソロモンは黒人に対するソーシャルワークの過程を目的としてエンパワメントを概念化し、「エンパワメントは、スティグマ化されている集団の構成メンバーであることに基づいて付与された否定的評価によって引き起こされるパワーの欠如状態を減じることをめざして、クライエント、クライエント・システムに対応する一連の諸活動にワーカーが取り組んでいく過程である」と定義づけている。そして、支配的な社会とマイノリティグループとの間に作用しているパワーに着目し、マイノリティグループの中に見られるパワーの欠如状態を、個人、あるいはグループの目標を達成するために資源を獲得したり、活用できないこと、価値ある社会的役割を遂行するための情報、知識、スキル、物質を管理できないことととらえている。
ソロモンは黒人という一つの属性のみで否定的評価を受け、パワーを剥奪されていた黒人のパワーを回復、あるいは、獲得していく過程を支援することをエンパワメントとみなしている。これは、黒人に限らず、他のマイノリティグループに置き換えることもできよう。マイノリティグループのメンバーは、マジョリティによって否定的評価を受け、自己決定が制限され、価値あるアイデンティティ、社会的役割の否定をもたらす傾向にある。エンパワメントは、効果的な平等のサービスの維持と改善、そして、特定の個人とグループに対して影響力を持つ他のグループによる否定的評価を減じる取り組みの側面を持つ。
エンパワメントは、社会的に抑圧されている人びとに対する支援理論として発展し、その後、利用者主体の支援展開において重要な概念となっている。支援理論としてのエンパワメントは、「人間を社会的存在、目的志向的存在としてとらえる。そして、人とその人の環境との間の関係の質に焦点を当て、人びとがその潜在性を最大限に発揮できることをめざし、所与の環境を改善するパワー、とりわけ、人びとがQOLと資源及びサービスヘ公正なアクセスの機会を害する環境条件に抵抗し、それを変化させるパワーを発達させる。そうすることによって、自らの人生の主人公になるべく希望とパワーを自分、そして自分を取り巻く環境の中に見出し、自分たちの生活のあり方をコントロールし、自己決定できるように支援すると同時に、それを可能にする公正な社会の実現を図ろうとする理論」ととらえられよう。
コックス(Cox, E.)らは、エンパワメントを志向する実践の基盤にある重要な価値として、人間のニーズの充足、社会正義の促進、資源のより平等な分配、環境保護に対する関心、人種差別・性差別・年齢差別の排除、自己決定、自己実現を挙げている。エンパワメントの基本原理は正義、平等、参加、人びとの権利を搾取したり、否定しないことであり、社会正義、特に、周辺化され抑圧された人びとのために活動するというソーシャルワークのミッションの上に成り立っており、人と環境の視座に政治認識を加えるものである。そして、エンパワメント実践は、個人とコミュニティが抑圧に対処する時に、保有し、発達させる創造的な能力、強み、資源に焦点を当てる。これは人間を肯定的にとらえ、人間の成長、発達の可能性、人間の能動的積極的な側面を重視するものであり、人間の主体性、潜在性に絶対的信頼を向けることを意味する。つまり、人間が本来変化を生み出すパワー、生活状況の改善に向けて取り組むパワーを持っているとみなしている。
エンパワメントは、パワーダイナミックスの理解に基づき、パワーの欠如がいかに利用者の存在のあり方、具体的な生活のあり方に影響を与えるかに着目し、パワーの欠如した利用者と環境との間のパワー・ベース(power base)の変革、すなわち、組織的、文化的、制度的、社会経済的環境のパワーの再配置にコミットし、人と環境の関係の構造的変化、相互変容をもたらす政治的行為である。そこには、「個人的なことは政治的なこと」という考えを前提にするフェミニズムと共通する思想がある。制度的な変化に向けた努力は倫理的であるととらえられ、構造的にパワーの欠如した人びとの側に立ち、相互変容をもたらす時、中立の位置を放棄することになる。
エンパワメントの多元性
エンパワメントは、以下のレペルからなる多元的概念である。
1)個人的エンパワメント
自分が自身の生活をコントロールしているという信念である自己効力感、自己信頼、自尊感情を持つような心理的パワーの獲得、そして、自分の生活をコントロールしていくための社会資源の活用といった現実的なパワーの獲得である。心理的エンパワメントは、内発的に動機づけを得た状態を示す概念としてとらえられる。自分の人生をうまくコントロールしていると実感できると、有意味感、影響感、自己効力感が高まる。こうして、自分は価値ある存在であり、可能性を持っているという自己信頼を持つことが心理的エンパワメントの重要な構成要素である。これが、基本的なニーズの充足と相まって、積極的な自己概念を生み、自らの生活の支配権を握り、行動に向かわせる原動力となる。
2)対人的エンパワメント
他者との安心できる積極的な関係を取り結び、自己主張し、効果的な相互影響作用を持つパワーを獲得することである。具体的には、その人の家族、友人、近隣といった、身近な人びととのコミュニケーションを円滑にし、対人関係に日常性を取り戻し、ソーシャルサポートネットワークを構築する。利用者がこれまでかかわりを持っていたシステムだけでなく、未知の地域社会の中に新たな支援者やつながりを見出し、創造していくことをめざす。さらに、同じような地位、問題状況に対処している仲間とセルフヘルプグループを形成し、情緒的具体的支援を促進する。
よく似た状況にある他者との同盟は、いまだ声にしていない感情を声にする機会である。問題を共有する人びととのコミュニケーション、相互に影響を及ぼし合う経験をすることによって、メンバーは自己非難、孤立感を減じる一方、連帯感を生み、他者を支援する役割を取得し、自分の存在を受容されること、また、自分が他のメンバーにとって意味ある存在であることを実感し、自己有価値感を作り出すことになる。自分と見解を共有する人びとによる有効化の経験がパワーの経験を支持し、セルフコントロール感を養う。
3)社会的・政治的エンパワメント
地域社会のメンバーとしての活動への参加等、制度変革的行動へ参画するパワーを獲得することである。利用者が、社会的、政治的、物理的環境の文脈的変化に影響を及ぼす道を拓く。地域の福祉力向上に向けてグループ行動をとることは、ニーズに対応した社会資源の整備、ボランティア、ナチュラルヘルパーの増加に結び付く。さらに、利用者がサービス供給システムの優先順位の決定と、デザインに参画するといった社会的意思決定の機会を獲得し、社会的発言力を付けていくことにつながる。管理的、受動的な生から創造的、主体的な生への転換である。
以上のように、エンパワメントは多元的レベルを包摂しており、各レベルが相互浸透しながら展開していく。パワーの源泉への利用者のアクセスを最大限にするべく、個人的、対人的、社会的成長と、組織、コミュニティ、社会の変化という、多元的なレベルで支援活動が展開され、支援者グループ、組織、さらにはより広範な社会の構造的変化、すなわち相互変容に至るのである。
ソーシャルワークにエンパワメントを導入する意義
支援対象者の周辺化
ソーシャルワークの対象者は社会の周辺に位置づけられ、対象者自身も、社会のそうした期待を内面化して生きることを余儀なくされ、抑圧の中にあって、スティグマ化された社会的アイデンティティが構築されてきたといえる。
生活問題の解決において、最良の効果を及ぼすために合理性と科学的知に強調点がおかれ、目的的存在としての人間観がその背後に追いやられ、利用者は操作化の対象になり、ソーシャルワーカーの手に委ねられることになった。ソ-シャルワーカーが科学的な根拠に基づき、正当化された既成の枠組みに沿って評価することは、人の生の文脈を無視し、ソーシャルワーカーは被支援者にとって手の届かないロール・モデルになる。こうした立場に立脚する限り、支援者と被支援者の役割分離にとどまり、双方の相互的関係は存在せず、一人ひとりの人間が持っている価値や独自性についての関心が薄れていくことになる。
自然科学で活用される経験的方法の採用は、組織化され、科学として自身を定義するべく、産声をあげた専門職にとって魅力的であった。合理的な介入の戦略がなされるように人びとの生活上の問題を定義することに注意が払われ、因果論的思考によって原因追求をなすという科学的信念の下、診断的カテゴリーに基づき個人の行動に焦点を当てることになった。すなわち、個人の内部に問題、責任の所在を求め、個人を変革のターゲットにし、無力化する個人還元主義に至った。中井久夫は、「治療は、どんなよい治療でもどこか患者を弱くする」という。
被支援者の声を聴くのではなく、ソーシャルワーカーの必要な情報を収集し、被支援者は矯正、治療されるべき対象とされ、「よい利用者」として、サービス供給者側の支援活動に協力する、あるいは、服従することが本人の生活問題の軽減になり、生活の安定につながると考えられた。その結果、専門職の支援に抵抗するような対象を排除し、標準モデルと技術に合致する対象を選択し、サービスに人を適合させるという現象を生んだ。被支援者になるということは、専門職への追従者としてハイアラーキーの底辺におかれ、弱い存在、保護されるべき存在としてラペリングされ、ソーシャルワーカーにコントロールされる関係に入ることを意味するのである。
問題を抱えるということは、問題がその人に属することを示し、その人についての重要な事実を表現する。問題の存在は専門的なソーシャルワーカーの存在理由を提供する。これまで名前が付いていなかったものに名前が付き、一つの問題の原因が定義されることによって、その問題はこれまでと異なる姿に変わり、治療的努力が志向されなければならない現実として措定され、解決、あるいは治療できるという幻想を作り出す。その人が経験している漠然とした不安、なす術を見出せないでいる状態から、困難の源泉が特定され、理解できるようになる。
未知のものであったものがカテゴリー化され、ラペリングされ、問題を合理的なプロセスに従属させることによって、困難を抱えている人は、それがある型を持ち、対処されうるものと見なすのである。このように、名前を付けることに伴うコントロール感は信頼感を生む。知識はそれを活用する人にとってはパワーとなり、困難を抱えている人にもう一つの壁を作る。専門職のパワーは、問題に名前を付けること、困難を克服するための戦略を立てることから生じる。こうしてみると、パワーは支援構造に論及する時、重要な概念であることがわかる。
パワーの理解
パワーに着目したのがエンパワメント理論の特徴であるが、それはソーシャルワークがパワーとパワー関係を包含しており、政治的であることを改めて示した。パワーは、個人的、対人的、社会的レベルで行使される複雑な現象である。それは、時に他者を支配したり、その人の意思に反して何かをするように強制する能力と結び付くこともある。パワーは個人の内部に保有しているものであり、その人の内発的エネルギーを意味する個人的概念であると同時に関係概念としてとらえることもできる。そこでは、依存と保護が交換され、依存される度合いが大きい側の方が、パワーを他者に対して持っていることになる。パワーのハイアラーキーは、,制度化された地位とそれらに結び付いた不平等と考えられる。
パーソナリティ、情動への焦点化は、貧困、ジェンダー、社会的不平等といった社会的、イデオロギー的問題への注意を弱める危険性がある。前述のように、現実の社会は同質化した水平な構造にあるというより、パワーのインバランス状態にある。人の技能、能力、希望等の個体要因は、環境の影響や状況の要請・期待と無関係には存在しない。したがって、その人を取り巻く環境の質と環境との相互作用の質を考慮しなければならない。
人は個人的な喪失と環境の制約の相互作用によって、無力化の知覚に至る。すなわち、自分のしていること、あるいは、自分の存在は他者に何も影響を与えないし、自分の人生はうまくいかない、自分は無意味な存在であると自己知覚することによって居場所も所属感もなく、学習された無力感、自己非難、社会的な影響力の喪失感を増し、パワーの欠如した状態に慣らされ、閉塞状況に陥るのである。エンパワメントはこのような状況から脱皮し、周辺化された人びとがメインストリームを形作るアプローチに導く。
エンパワメントとは何か
エンパワメントの意義
エンパワメントは、ヒューマンサービスに限らず、開発援助、フェミニズム、マネジメント等さまざまな分野で注目されて久しく、日常語になった感がある。エンパワメントは、一般的に「社会的に抑圧されたり、生活を組み立てていくパワーが欠如していたり、セルフコントロールしていくパワーを剥奪された人びと、グループ、地域社会が、パワーを獲得するプロセス」と理解される。
ソーシャルワークにおいて、エンパワメントを概念化した先覚者はソロモン(Solomon, B.)である。ソロモンは黒人に対するソーシャルワークの過程を目的としてエンパワメントを概念化し、「エンパワメントは、スティグマ化されている集団の構成メンバーであることに基づいて付与された否定的評価によって引き起こされるパワーの欠如状態を減じることをめざして、クライエント、クライエント・システムに対応する一連の諸活動にワーカーが取り組んでいく過程である」と定義づけている。そして、支配的な社会とマイノリティグループとの間に作用しているパワーに着目し、マイノリティグループの中に見られるパワーの欠如状態を、個人、あるいはグループの目標を達成するために資源を獲得したり、活用できないこと、価値ある社会的役割を遂行するための情報、知識、スキル、物質を管理できないことととらえている。
ソロモンは黒人という一つの属性のみで否定的評価を受け、パワーを剥奪されていた黒人のパワーを回復、あるいは、獲得していく過程を支援することをエンパワメントとみなしている。これは、黒人に限らず、他のマイノリティグループに置き換えることもできよう。マイノリティグループのメンバーは、マジョリティによって否定的評価を受け、自己決定が制限され、価値あるアイデンティティ、社会的役割の否定をもたらす傾向にある。エンパワメントは、効果的な平等のサービスの維持と改善、そして、特定の個人とグループに対して影響力を持つ他のグループによる否定的評価を減じる取り組みの側面を持つ。
エンパワメントは、社会的に抑圧されている人びとに対する支援理論として発展し、その後、利用者主体の支援展開において重要な概念となっている。支援理論としてのエンパワメントは、「人間を社会的存在、目的志向的存在としてとらえる。そして、人とその人の環境との間の関係の質に焦点を当て、人びとがその潜在性を最大限に発揮できることをめざし、所与の環境を改善するパワー、とりわけ、人びとがQOLと資源及びサービスヘ公正なアクセスの機会を害する環境条件に抵抗し、それを変化させるパワーを発達させる。そうすることによって、自らの人生の主人公になるべく希望とパワーを自分、そして自分を取り巻く環境の中に見出し、自分たちの生活のあり方をコントロールし、自己決定できるように支援すると同時に、それを可能にする公正な社会の実現を図ろうとする理論」ととらえられよう。
コックス(Cox, E.)らは、エンパワメントを志向する実践の基盤にある重要な価値として、人間のニーズの充足、社会正義の促進、資源のより平等な分配、環境保護に対する関心、人種差別・性差別・年齢差別の排除、自己決定、自己実現を挙げている。エンパワメントの基本原理は正義、平等、参加、人びとの権利を搾取したり、否定しないことであり、社会正義、特に、周辺化され抑圧された人びとのために活動するというソーシャルワークのミッションの上に成り立っており、人と環境の視座に政治認識を加えるものである。そして、エンパワメント実践は、個人とコミュニティが抑圧に対処する時に、保有し、発達させる創造的な能力、強み、資源に焦点を当てる。これは人間を肯定的にとらえ、人間の成長、発達の可能性、人間の能動的積極的な側面を重視するものであり、人間の主体性、潜在性に絶対的信頼を向けることを意味する。つまり、人間が本来変化を生み出すパワー、生活状況の改善に向けて取り組むパワーを持っているとみなしている。
エンパワメントは、パワーダイナミックスの理解に基づき、パワーの欠如がいかに利用者の存在のあり方、具体的な生活のあり方に影響を与えるかに着目し、パワーの欠如した利用者と環境との間のパワー・ベース(power base)の変革、すなわち、組織的、文化的、制度的、社会経済的環境のパワーの再配置にコミットし、人と環境の関係の構造的変化、相互変容をもたらす政治的行為である。そこには、「個人的なことは政治的なこと」という考えを前提にするフェミニズムと共通する思想がある。制度的な変化に向けた努力は倫理的であるととらえられ、構造的にパワーの欠如した人びとの側に立ち、相互変容をもたらす時、中立の位置を放棄することになる。
エンパワメントの多元性
エンパワメントは、以下のレペルからなる多元的概念である。
1)個人的エンパワメント
自分が自身の生活をコントロールしているという信念である自己効力感、自己信頼、自尊感情を持つような心理的パワーの獲得、そして、自分の生活をコントロールしていくための社会資源の活用といった現実的なパワーの獲得である。心理的エンパワメントは、内発的に動機づけを得た状態を示す概念としてとらえられる。自分の人生をうまくコントロールしていると実感できると、有意味感、影響感、自己効力感が高まる。こうして、自分は価値ある存在であり、可能性を持っているという自己信頼を持つことが心理的エンパワメントの重要な構成要素である。これが、基本的なニーズの充足と相まって、積極的な自己概念を生み、自らの生活の支配権を握り、行動に向かわせる原動力となる。
2)対人的エンパワメント
他者との安心できる積極的な関係を取り結び、自己主張し、効果的な相互影響作用を持つパワーを獲得することである。具体的には、その人の家族、友人、近隣といった、身近な人びととのコミュニケーションを円滑にし、対人関係に日常性を取り戻し、ソーシャルサポートネットワークを構築する。利用者がこれまでかかわりを持っていたシステムだけでなく、未知の地域社会の中に新たな支援者やつながりを見出し、創造していくことをめざす。さらに、同じような地位、問題状況に対処している仲間とセルフヘルプグループを形成し、情緒的具体的支援を促進する。
よく似た状況にある他者との同盟は、いまだ声にしていない感情を声にする機会である。問題を共有する人びととのコミュニケーション、相互に影響を及ぼし合う経験をすることによって、メンバーは自己非難、孤立感を減じる一方、連帯感を生み、他者を支援する役割を取得し、自分の存在を受容されること、また、自分が他のメンバーにとって意味ある存在であることを実感し、自己有価値感を作り出すことになる。自分と見解を共有する人びとによる有効化の経験がパワーの経験を支持し、セルフコントロール感を養う。
3)社会的・政治的エンパワメント
地域社会のメンバーとしての活動への参加等、制度変革的行動へ参画するパワーを獲得することである。利用者が、社会的、政治的、物理的環境の文脈的変化に影響を及ぼす道を拓く。地域の福祉力向上に向けてグループ行動をとることは、ニーズに対応した社会資源の整備、ボランティア、ナチュラルヘルパーの増加に結び付く。さらに、利用者がサービス供給システムの優先順位の決定と、デザインに参画するといった社会的意思決定の機会を獲得し、社会的発言力を付けていくことにつながる。管理的、受動的な生から創造的、主体的な生への転換である。
以上のように、エンパワメントは多元的レベルを包摂しており、各レベルが相互浸透しながら展開していく。パワーの源泉への利用者のアクセスを最大限にするべく、個人的、対人的、社会的成長と、組織、コミュニティ、社会の変化という、多元的なレベルで支援活動が展開され、支援者グループ、組織、さらにはより広範な社会の構造的変化、すなわち相互変容に至るのである。
ソーシャルワークにエンパワメントを導入する意義
支援対象者の周辺化
ソーシャルワークの対象者は社会の周辺に位置づけられ、対象者自身も、社会のそうした期待を内面化して生きることを余儀なくされ、抑圧の中にあって、スティグマ化された社会的アイデンティティが構築されてきたといえる。
生活問題の解決において、最良の効果を及ぼすために合理性と科学的知に強調点がおかれ、目的的存在としての人間観がその背後に追いやられ、利用者は操作化の対象になり、ソーシャルワーカーの手に委ねられることになった。ソ-シャルワーカーが科学的な根拠に基づき、正当化された既成の枠組みに沿って評価することは、人の生の文脈を無視し、ソーシャルワーカーは被支援者にとって手の届かないロール・モデルになる。こうした立場に立脚する限り、支援者と被支援者の役割分離にとどまり、双方の相互的関係は存在せず、一人ひとりの人間が持っている価値や独自性についての関心が薄れていくことになる。
自然科学で活用される経験的方法の採用は、組織化され、科学として自身を定義するべく、産声をあげた専門職にとって魅力的であった。合理的な介入の戦略がなされるように人びとの生活上の問題を定義することに注意が払われ、因果論的思考によって原因追求をなすという科学的信念の下、診断的カテゴリーに基づき個人の行動に焦点を当てることになった。すなわち、個人の内部に問題、責任の所在を求め、個人を変革のターゲットにし、無力化する個人還元主義に至った。中井久夫は、「治療は、どんなよい治療でもどこか患者を弱くする」という。
被支援者の声を聴くのではなく、ソーシャルワーカーの必要な情報を収集し、被支援者は矯正、治療されるべき対象とされ、「よい利用者」として、サービス供給者側の支援活動に協力する、あるいは、服従することが本人の生活問題の軽減になり、生活の安定につながると考えられた。その結果、専門職の支援に抵抗するような対象を排除し、標準モデルと技術に合致する対象を選択し、サービスに人を適合させるという現象を生んだ。被支援者になるということは、専門職への追従者としてハイアラーキーの底辺におかれ、弱い存在、保護されるべき存在としてラペリングされ、ソーシャルワーカーにコントロールされる関係に入ることを意味するのである。
問題を抱えるということは、問題がその人に属することを示し、その人についての重要な事実を表現する。問題の存在は専門的なソーシャルワーカーの存在理由を提供する。これまで名前が付いていなかったものに名前が付き、一つの問題の原因が定義されることによって、その問題はこれまでと異なる姿に変わり、治療的努力が志向されなければならない現実として措定され、解決、あるいは治療できるという幻想を作り出す。その人が経験している漠然とした不安、なす術を見出せないでいる状態から、困難の源泉が特定され、理解できるようになる。
未知のものであったものがカテゴリー化され、ラペリングされ、問題を合理的なプロセスに従属させることによって、困難を抱えている人は、それがある型を持ち、対処されうるものと見なすのである。このように、名前を付けることに伴うコントロール感は信頼感を生む。知識はそれを活用する人にとってはパワーとなり、困難を抱えている人にもう一つの壁を作る。専門職のパワーは、問題に名前を付けること、困難を克服するための戦略を立てることから生じる。こうしてみると、パワーは支援構造に論及する時、重要な概念であることがわかる。
パワーの理解
パワーに着目したのがエンパワメント理論の特徴であるが、それはソーシャルワークがパワーとパワー関係を包含しており、政治的であることを改めて示した。パワーは、個人的、対人的、社会的レベルで行使される複雑な現象である。それは、時に他者を支配したり、その人の意思に反して何かをするように強制する能力と結び付くこともある。パワーは個人の内部に保有しているものであり、その人の内発的エネルギーを意味する個人的概念であると同時に関係概念としてとらえることもできる。そこでは、依存と保護が交換され、依存される度合いが大きい側の方が、パワーを他者に対して持っていることになる。パワーのハイアラーキーは、,制度化された地位とそれらに結び付いた不平等と考えられる。
パーソナリティ、情動への焦点化は、貧困、ジェンダー、社会的不平等といった社会的、イデオロギー的問題への注意を弱める危険性がある。前述のように、現実の社会は同質化した水平な構造にあるというより、パワーのインバランス状態にある。人の技能、能力、希望等の個体要因は、環境の影響や状況の要請・期待と無関係には存在しない。したがって、その人を取り巻く環境の質と環境との相互作用の質を考慮しなければならない。
人は個人的な喪失と環境の制約の相互作用によって、無力化の知覚に至る。すなわち、自分のしていること、あるいは、自分の存在は他者に何も影響を与えないし、自分の人生はうまくいかない、自分は無意味な存在であると自己知覚することによって居場所も所属感もなく、学習された無力感、自己非難、社会的な影響力の喪失感を増し、パワーの欠如した状態に慣らされ、閉塞状況に陥るのである。エンパワメントはこのような状況から脱皮し、周辺化された人びとがメインストリームを形作るアプローチに導く。
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