古稀の青春・喜寿傘寿の青春

「青春は人生のある時期でなく心の持ち方である。
信念とともに若く疑惑とともに老いる」を座右の銘に書き続けます。

日本銀行と政治

2015-01-03 | 読書
『日本銀行と政治』(上川龍之進著、中公新書2014年10月刊)の本を、大学図書館の棚で手に取り文末を見たらこうあった。
【アベノミクスについては野心的な実験と評する向きがある。筆者は、現実社会では実験的な政策はできうる限り行うべきではなく、大きな副作用をもたらす可能性のある、新しい政策の導入に際しては、検討を重ねたうえで、くれぐれも慎重に行わなければならないと考える。実験室とは異なり、現実社会で実験が失敗に終われば、甚大な被害が生じるからである。社会主義と言う実験が悲惨な結果をもたらしたのは、それほど昔のことではない。
 対米開戦をめぐり米内光政は「ジリ貧を避けんとしてドカ貧にならない」と発言したと言われる。当時の日本は、アメリカの石油禁輸による「ジリ貧」を脱しようとして。対米開戦を決定し、敗戦という「ドカ貧」に至った。それからおよそ70年後、デフレという「ジリ貧」を脱しようとして大胆な金融緩和と機動的な財政政策が決定された。これらの政策は、将来バブル崩壊や財政悪化を引き越し、日本経済を「ドカ貧」に陥らせる危険性がある。こうした不安が杞憂に終わることを願うばかりである。
「これは面白い」と良い進と、
【 リフレ論者は、世界金融危機への日本銀行の対応を見て、日銀批判を強めた。欧米の中央銀行が大規模な金融緩和を十分に行わなかったため、円高が急激に進み、日本経済は再びデフレに陥ることになったというのである。
 日本の金融緩和が不十分だった根拠としてよく挙げられるのが、日銀、FRB,ECB,イングランド銀行の総資産の伸びをしめしたグラフで、2007年1月時点の各中央銀行のバランスシートの規模を100として、それ以後の規模を年代順に見ると、他の中央銀行に比べ日銀のバランスシート拡大の規模は小さい。これを根拠に日銀の金融緩和は不十分であり、むしろデフレ政策を推進しているとさえ主張した。
 リフレ論者は、日銀を非難するだけではなく、他にやるべきことがあった。それは世界金融危機を引き起こしてしまったアメリカの金融政策を再評価し直すことである。リフレ論者は、グリーンスパンの金融政策を称賛し、それと比較して日銀の金融政策を厳しく非難していた。】

 【2000年に崩壊したITバブルの「後粗末」は成功したように見えた。アメリカ経済は回復し、急成長を遂げる。グリーンスパンは名総裁として称賛を浴びるなか、2006年1月任期満了で退任し、02年からバーナンキがFRB議長に就任した。
 FRBは住宅バブルを甘く見ていた。だが、この住宅バブルが、サブプライム住宅ローン問題、さらには世界金融危機を引き起こし、グリースパンは世界中の避難にさらされる。】
 本書は、1998年以降の経済の動きと日銀の対応を論じたものだが、「あの時どういう手を打つのが経済学的正しかったか」、実は何もわぁっていなかったのだということを再認識させられる。その意味で、アベノミクスは、前記したように、まさに実験である・
このことを2015年の年頭に確認した本でした。