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ひろい草についてと石垣島田んぼの経過報告

2021-08-13 04:43:42 | 「ちいさな田んぼのイネづくり」

 田んぼに出てきているイトミミズ。写真が下手で分からない。

 コメントでひろい草についての意見があった。確かにひろい草という言葉を使っている。深く考えもせずやっていることを言葉にしたものだ。確かに草取りでは無い。田んぼでやっているのひろい草という感覚がある。草を的にせずと言うよう無いことではない。

 田んぼの雑草は一本も無いことが良いに決まっている。雑草を取らない稲作法というものも、あるようだが、雑草が増えれば収量は減少する。もし雑草を取らないで、お米がとれるのであれば、世界中の稲作がそうなっているはずだ。誰があれほど辛い草取りをするはずもない。

 ひろい草という言葉を夏の田んぼの草取りに使うようになったのは、ソバカス抑草の結果である。ソバカスでうまく草を抑える事ができれば、夏の草取りは、拾うぐらいで済ませると言うことである。いくらか残っている草を拾い歩く。

 だから、これは雑草を敵とせず、と言うよりも雑草は一本残らず取り去るという意味を含んでいる。いずれにしても、夏の田の草取りが余りに辛い作業なので、気持ちを楽にする意味で、ひろい草という言葉にした。この言葉に気をとめてくれた人が居たことは嬉しい。



 ところが、石垣島に来て少し考えが変わった。田植え2週間で草がまるで出ない。ジャンボタニシが食べてくれている。当然イネも食べることは食べた。しかし、5葉期で植える大苗作りの田植えでは、ジャンボタニシは外になるほどの食害をしない。

 これは以前から小田原で観察した結果予想していたことだ。ジャンボタニシなど大苗イネ作りにすれば心配いらないと散々主張してきた。稚苗田植えが問題なだけだ。大苗では機械化でき無いと考える人も居るかもしれないが、稲葉式であれば、大苗田植えで20ヘクタールも有機農業で耕作している人が居る。

 しっかりした苗を作る技術がますます求められる。苗作りがますます、イネ作りの決め手になる。今回石垣島というまったく違う環境で、有機農法による苗代での苗栽培をやってみた。田んぼは一枚一枚違うと言うが、小田原での環境と、石垣島での環境の違いは、大きな違いである。

 小田原で学んできた苗作り法が、石垣島でも通用することは分かった。今回は慣行農法の一期作が終わった直後に、緊急に苗床の準備をして、促成的に苗床を作った。その田んぼで収穫されたお米を播種した。完全な有機農法とは言えない、経過段階のイネ作りである。



 ここまでの手順のあらましを改めて整理してみる。
5月16日 田んぼが借りられることが決まる。
6月19日 田んぼの参加者を決める。今回は勉強会とするので自由参加。
6月20日 周辺の整備 草刈り、水の取り入れ口の整備など。苗代を作る。苗代部分の荒起こし。畦作り。1メートル幅。長さ20メートル。
6月27日 牛糞堆肥13袋。肥料撒き田んぼ水入れ。苗代と畦作り、ぼかし肥料を3袋苗代に入れる。2キロの種籾を川に漬ける。
7月4日  苗床の種まき。1メートルに100グラム。20メートルで2キロ。蒔いたならば、防鳥ネット張り。
7月11日 水牛による田んぼの代掻き。
7月18日 水牛による田んぼの代掻き
7月25日 水牛による田んぼの均し。
7月30日 苗取り 10名参加
8月1日  田植え。 30名参加。午前中でほぼ終わる。
8月2日  以降一週間ジャンボタニシ拾い。30分を10時4時を毎日。
8月10日 10日目でやっとイネ活着、早朝朝露が宿る。
8月15日 米ぬか7袋まいて、コロガシをかける。

 こうしてみると、田んぼが借りられることが決まって、まだ3ヶ月と言うことなのだ。この3ヶ月で、ジャンボタニシ対策が見えてきたと言うだけでも、大きな成果である。

 ジャンボタニシ対策は、大苗を2本植えにする。2本とも食べられることは無い。田んぼの畦際に田んぼを一周する溝を掘る。タニシは水のある場所に集まる。畦際に集まるようにしておき拾ってしまう。これは田んぼを渇かすときにも有効である。

 石垣島の田んぼではこの間2回のの台風が通過した。比較的小さい台風で風速30メートル程度である。台風で分かったことは土が風下から風上に打ち寄せられると言うこと。苗床はしっかり囲っておかなかったために、泥で埋まってしまった。

 田植え後3,4日目に、2回目の台風が通過して、かなり倒された。随分揺すられてしまい、分ゲツが10日目でも出ない。10日目にやっと活着したぐらいである。ただし、比較的良かったのは2本植えの部分である。風の強い地域では1本植えは難しいという結果である。

 ジャンボタニシの食害が怖いと言うことで、田植え後の米ぬか蒔きが、2週間後8月15日の米ぬか撒きになった。米ぬかを撒いて、それからコロガシに入ることにした。

 生育はいいとは言えない。この暑さの中、ひとめぼれを作ると言うことが無理なのだと思う。2期作を作るとすれば、2期作目に向いている品種で無ければ、十分には出来ないと言うことも、この段階で分かってきた。これは予想していたことである。

 ひろい草から田んぼのことになったが、石垣島の田んぼではひろい草は無理だ。ジャンボタニシが完全に雑草を食べてしまう。今のところ、地表の出た、田んぼ周囲にヒエが生えてきている。これを食べるか観察のために残してある。地表に出てきたヒエは食べない。

 コロガシが終わった頃から徐々に水位を上げて行くつもりだ。これで畦際のヒエが無くなるのかどうか。楽しみである。

 田んぼの鳥追いの凧は、棹を本格的な釣り竿に換えた方が良い。風速30メートルを超えた風でも、釣り竿がうまく風をかわして、凧がちぎれ手トンで言ってしまうようなことが無かった。
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石垣島田んぼ田植え4日目の様子

2021-08-06 04:01:43 | 「ちいさな田んぼのイネづくり」

 石垣島田んぼは8月1日に田植えをした。今日で5日目になる。昨日は台風余波の強い風が続いたので、今朝田んぼに行くのが怖い。苗が元気にしていてくれるだろうか。タカの凧は3つとも下ろしてある。下ろしたら、途端に白鷺が来た。

 上の写真は田植え後3日目の補植したあと。前後5日間水が止まり、川から水をポンプアップしてしのいだ。川にも充分に水があるわけではないので、しばらく溜めてはポンプを稼働させて、しのいだ。一部枯れた苗も出てしまった。

 8月4日に補植が終わった。一部ジャンボタニシに食害にあっている。許容範囲であるが、これも気になるところである。小さい倒れた苗は倒されて食べられている。早くしっかりした株になってくれることだけだ。タニシ拾いはさして大変なことではない。

 4日目になり、台風が近づき、かなり強い風が海から吹き込んだ。多くの株が倒されつつある。黙ってみているしか無い。心配だがどうにもならない。今日風が収まったらもういちど手直しをしたい。どれだけ被害を受けるだろうか。

 草がまったく出ないのだから、タニシ取りだけですむなら、どれだけ楽かと思う。タニシ対策はやはりしっかりした大苗を作ることだ。それは石垣島の強い風邪対策にも成る。今年は慌ただしく苗を作ったので、不十分な苗である。しっかりした苗になれば、ジャンボタニシも大風も被害は小さくなる。



 来年は畦際に溝を掘るつもりだ、畦をしっかり作ろうとすれば、自然畦際には溝が出来る。その溝に田んぼの水を落とせるようにする。そしてその溝にジャンボタニシを集める罠を仕掛ける。黙っていても水のあるところにジャンボタニシは集まってくるようだ。

 罠は色々タイプがあるようだが、要するに水のある場所にエサを置けば集まる。集まって出られないようにしておけば、自然確保できる。そうしておけば、ジャンボタニシの密度が減る。密度が減れば、食害も当然減る。

 そしてイネの株が堅くなって食べなくなった頃には雑草を食べてくれるようになる。実際に田んぼで雑草という物を見ることがほとんど無い。草取りの手間を考えれば、ジャンボタニシ拾いぐらいはたいした手間では無い。これからもジャンボタニシ観察と研究は、結論が出るところまでやるつもりだ。



 水鳥対策はタカの凧3羽で何とかなっている。海側から水鳥は来るので、この谷間の入口に、3羽の鷹を飛ばせた。凧を飛ばしてから1羽の水鳥も見ていない。いつ頃成れてしまうのか。これも重要な要素になる。今後はイノシシと、孔雀の問題である。

 電気柵、ネット、準備はしておかなければならない。必ず現われるだろうから、あらかじめ用意しておく必要がある。まず山側にネットを張る必要はあるだろう。孔雀がネットぐらいで来なくなるかどうかはまだ分からない。ただ、ハブを見かけたことが無いのは孔雀の御陰と考えていいようだから、目の敵にするほどのこともないかと思っている。

 石垣島でのハブに噛まれた被害は年々減少している。一月に1件くらいのようだ。減少の原因は孔雀が増加していることにあると思われる。石垣島にいるハブはサキシマハブである。サキシマハブに噛まれる人は2019年には15件。内2件が血清を使ったとある。



 田んぼの周辺ではセマウルハコガメは見付けたが、ヘビそのものを一度も見ていない。小田原では田んぼでヘビを見ない日が無いのだから、いかに石垣島はヘビが少ないのかと思う。孔雀が増えたことが原因しているのだろうか。申し訳ないことだが田んぼの活動にはハブの心配がないことは有り難いことだ。

 田植えしてから、水が来ないこともあり、淺水を続けている。淺水を続けることが、ジャンボタニシの移動を妨げ、被害を減らすことになる。水たまりを中心に拾い歩けば良いと言うことになる。田植えがしっかり出来ないで、倒れた苗は確かにジャンボタニシに食べられる。

 少し深植えになるとしても、苗は倒れないように植えなければならない。これは来年は田植えの時の重要な指示項目になる。初めての人が田植えをするのだから、分りやすく説明をする必要がある。今年も最初の時間に来てくれた人は良かったのだが、遅れてくる人が多く説明を聞かないで始めてしまう人がかなり居た。

 苗は3日目に水が来て遅れて活着した。水が来て葉の緑色が一気に上がってきた。一部に葉先に水滴がついた苗が現われた。植え痛みもかなり目立ったのだが、補植をかなりしたので、3日目には全体ではそこそこの田んぼになった。

 線引きはかなりうまく行った方だろう。田んぼでは縦横だけで無く、斜めの線もきれいに出ている。今回の新しい田んぼは、学ぶことが山ほどある。沢山学んで次に備えたい。必ず石垣島の有機のイネ作り法が見つかるはずだ。

 一番学んだことは7月の苗作りは、大変と言うことだった。苗が早く生育しすぎて、がっしりした物になりにくい。1月の苗作りであれば、こういうことは無いはずだ。石垣での良い苗作りを研究すること。苗床と本田の関係も、分けないと難しい。

 田んぼの土壌をよくして行くための、緑肥作りも必要である。ヘヤリーベッチならばうまく育つのだろうか。今から少しヘヤリーベッチを蒔いて様子を見てみたいと思う。
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石垣島田んぼ田植え終わる。

2021-08-03 04:01:59 | 「ちいさな田んぼのイネづくり」

田植えが終わって、ポンプで水をあげ、帰るときの田んぼ。

2日目の夕方の田んぼ、ポンプで川から水を入れて、すこしづつ水位を上げている。

 8月1日、シーラ原田んぼ1反4畝の田んぼの、田植えが終わった。2ヶ月前から準備をして、田植えが終わるところまできた。田植えにはおおよそ30人ぐらいの人が参加をした。朝9時から田植えを始め。午後2時くらいに田植えは終わった。

  よく短期間に30人もの人が関わる田んぼの準備が進んだと思う。石垣島には、潜在的に食糧自給に興味のある人が居たと言うことだと思う。それは日本中どこでも同じだと思う。是非こうした食糧自給活動が、日本全国で広がることを願っている。

 今朝、足が痛い、腰が痛い。そういうことは全くない。いつもと同じ身体の様子である。まだ半日程度の田植えなら、身体はついて行けるようだ。石垣島で田植えをやるとは、考えていなかったので大変なことになったという思いはある。

 雨が降るという天気予報だったのだが、ついに少しも降らなかった。水はついに少しも来ない。田植えをしているのに、お願いしても水をくれない、石垣島ではこういうこともあると考えておかなければならないのか。一体どうなっているのだろうかと思う。

 仕方がないので、川から電動ポンプで水をあげてしのいだ。それでも水は川には水が少ししかないので、田んぼ全体に広がるまでには至らなかった。田植えをして水が無いという事態はまったく初めてのことである。やはり、私たちの耕作が変則的だから、こういう結果になったのだろうかといろいろに想像している。

 もしかしたら、いや、たぶん。余り歓迎されていないと言うことかもしれない。よくあることではある。この先もこういう状態が続くのであれば、田んぼは不可能と言うことになる。それはそれで受け入れるほかないと思っている。

 苗は背丈は伸びたのだが、軟弱な感じだ。水も来ないし、この後がどうなるのか少し心配なことである。見えないところ色々摩擦があるのかもしれない。今までに無いことをやろうと言うばあい、そうすんなりとは行かないのも仕方がないのかもしれない。

田植え前の田んぼ。

 手で植える田植えは大半の人が初めてのことだったと思うが、小田原の農の会の田植えと大きくは変わらなかった。水が全くない田植えは手が泥だらけで、大変だったと思う。石垣島の田んぼは粘土質が強く、手に粘り着くような土だ。

 手についた泥を洗うことも出来ないので、苗の葉が泥だらけになってしまう。泥だらけのままでは良くない。乾いてきて苗を干からびさせようとしている。葉が重くなって田面に倒れているものもかなりある。今日も水をポンプアップしながら、手直しを進めるほか無い。

 ジャンボタニシは倒れた苗は食べてしまう。だから、苗が立ち上がるまでは食害があるはずである。ジャンボタニシ拾いを2,3日はしなくてはダメだと思う。苗が活着するまではできるだけ拾ってみる。苗床などでは苗が大きくなってからは食害は無かった。

 試しにジャンボタニシが沢山居る中に事前に植えて、様子を見た2本の株は、3日目に倒されて食べられてしまった。すぐやられたわけでもないので、最初が肝心かと思う。ここで拾って歩けば、何とかなると見ている。

 天気予報では今日も雨と言うことになっている。是非雨が降って貰わないと困る。雨乞いをしたい気分だが、どうなることだろうか。10日間天気予報では、雨が続くようだ。雨が水が来ないという危機を救ってくれるかもしれない。

 

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石垣島の田植えが迫ってきた。

2021-07-31 04:23:02 | 「ちいさな田んぼのイネづくり」
 

 苗取りが終わった。10人で朝9時から12時半までだった。取った苗はそばにある川の中に置いた。川は何故か水がほとんど流れていない。以前はかなり流れていたのに、不思議なことなのだが、水位が大きく変わるのだ。

 名蔵ダムからの水の調整で、水量が変化するらしい。その調整については正確なところが分からない。今も水は止まっている。田植えでは水が無ければ本当に困る。今日もう一度川の上流を掃除しても、水が来ないようであれば、何とかしなければ大変なことになる。

 苗の状態は大きさは40センチもある。5.5葉期なのだが、分ゲツが余り出ていない。割合堅い苗でその点は良い。分ゲツがあまりないのは、ひとめぼれのためなのか、苗作りで何かかけていたことがあるかも分からない。

  苗床の土壌作りが促成のものであり、苗が充分に育たなかった可能性がある。1ヶ月前まで、慣行栽培の圃場であった場所で、急遽苗床を作った。有機の苗作りにとって、充分に育つだけの土壌では無かったと言うことになる。これは想定していたことではあるが、もう少しやってみなければ分からない。

 四週間の育苗である。3週間目の分ゲツが出始めた頃に風速30メートルの台風が来た。随分株が揺すられた。そして、土が苗床に寄せられ、波に乗って流れてくる細かな土で2センチぐらい埋まった。そして海岸に近いと言うこともあり、潮風にも大分さらされた。苗床周囲の株は塩害で下葉がある程度枯れた。

 田植え二日前に苗取りをしたのは、たんぼのみずが引く時間がまだ分からなかったからだ。土壌の様子から、全日の苗取りでは不安だった。やってみれば案外大丈夫だったのだが、用心のために二日前にした。次は全日にしても大丈夫だろう。

 3週間目のタイミングの台風と言うことで、分ゲツが抑えられたと言うことがあるかもしれない。田植えをすればそれならば回復するはずである。根が余り伸びていない。これも株の葉の様子からすると意外なことだった。だから簡単に苗を抜き取ることが出来た。

 根が少ないことについて言えば、土壌の影響のような気がする。気温が高すぎると言うことも考えられないことも無い。根が少ないという割には、葉の状態はそれほど悪くない。この辺がまだ十分には理解できていないところである。


 写真は畦際に置いた泥のまだついたままの苗である。急に水が来なくなり、根が洗えなくなった。もうドロドロになるので、急遽この分は畦際に水を堀り、そこに泥付きのまま寄せておいた。今日乾いているようなら水やりをするつもりだ。

 この分を田植えしなければならなくなると、少し面倒なことになる。この畦際に寄せた苗の量は全体の20%ぐらいである。出来ればこれはすべて補植用ということになれば、悪くないのだがこの点は植えてみなければ、分からない点だ。

 今のところ驚いたことは、病虫害が全くないと言うことだ。5,5葉期になっても葉先が枯れることが無い。小田原の苗作りでは5葉期を越えると、葉先が茶色く枯れてくることがよくある。暑い地域であるから、もう少し病虫害の影響を受けるのではないかと考えていた。

 ジャンボタニシは確かにすごい数居る。だから田んぼに水を入れたとしても草は生えない。これは驚くべきほどのものだ。水を一ヶ月入れておいて、まるで草の無い田んぼを想像できるだろうか。これが植えた苗も食べるというのだ。大苗なら大丈夫だと昔から考えてきた。

 今のところ苗床の苗は少しも食べられていない。そして、実験的に田んぼの中に2本の苗を植えたのだが、それも今のところ、完全には食べられていない。田植えをして、すぐには水を深くは出来ないと言うことらしい。すこしづつ水を入れようと思っている。

 大苗であればジャンボタニシに食べられないことが、はっきりすれば、石垣島での伝統農法の除草はジャンボタニシにお任せして問題が無い。害虫を敵としないことが、有機農業の姿だ。ジャンボタニシを駆除することなど不可能な状態なのだから、うまく共存する方法を見付けるほか無い。

 現在の所、昔から予測していたたようにジャンボタニシは私たちの大苗栽培では、食害は無いとなりそうだ。小田原でも田んぼの観察では大苗栽培では被害が無いとみてきた。稚苗田植えの機械苗では確かに影響が出る。

 ジャンボタニシ対策で大苗栽培が復活するとすれば、それはそれで悪い事ばかりでもない。イナバ方式のセルトレー苗作りであれば、大苗田植えになる。大規模農家でも取り入れることの出来る技術が確立している。イナバ方式が広がれば、一気にイネ作りが有機農業化して行く。

 これから石垣島で、有機農業のイネ作りをやるとすれば、一期作だけが良いと思う。今回の2期作目をやらして貰えることは、ずいぶんの勉強には成るが、やはり苗作りをしていても変則的な感じが否めない。暑すぎるし、土作りをする間が無い。

 有機農業で行う場合、二期作は土作りを行う間が無いから、苗作りがよほど難しいことになる。有機農業のイネ作りは一期作だけにして、二期作目に土作りを行う方が良いのではないかと思う。1月に苗作りを行い。2月に田植え。そして6月に稲刈り。7月から12月までは土作りの期間とする。


 いよいよ、8月1日が田植えである。石垣島でやる初めての田植えである。亜熱帯の真夏の炎天下、田植えをする。イネにも人間にも過酷なことである。7月30日、苗取りを行い、5,5葉期の苗である。大きさとしては良いのだが、分ゲツ不足の弱い苗である。

 これから田植えをして、次々に新しい事象に直面することだろう。ともかく観察である。イネから学ぶほか無い。熱帯での有機農業でのイネ作り技術を確立するためには10年必要である。身体が元気で10年イネ作りを続けることが許されるのであれば、取り組んでみたいものだ。

 田んぼが借りられるかどうか。この後起こるすべてのことを受け入れるほか無い。どういうことが待っているのかは分からないが、ともかく運命に従おうと思う。


 
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田んぼを始めて散歩をしていない。

2021-07-30 04:37:13 | 「ちいさな田んぼのイネづくり」
 
 

 田んぼにはこのところカンムリワシがきている。下の田んぼが荒起こしをしたので、虫が地面に現われて居るのだろう。それを狙って、木の枝に止まっている。車を止めて絵を描いているすぐ脇なのだが、人がいる事や人の動きにも余り気にしている様子は無い。

 絵を描いていて、顔を上げるとカンムリワシがじっと枝に止まっている。餌を探しているような仕草も無い。ただ、たたずんでいる。カンムリワシはl考えてでもしているように、枝の一部になってしまう。自然そのものである。
 
 絵を描くと言うこともああなれればとつい思う。つまり、何も特別なことは無い感じだ。カンムリワシはカラスにも脅かされている。弱虫の鷲だ。それでも泰然自若としている。カラスのような慌ただしさが無い。本当はカラスより強いからああ出来るのだろう。

 石垣島で田んぼを始めて良かった一番は、絵を描く場所が安定したことである。車を止めていても、さらに安心である。車の中でしか絵が描けない理由がすこし分かる。人の視線が気になると絵が描けなくなる。車の中だと周りからの視線が遮れる。

 以前は絵が一段落すると途中で散歩をしたのだが、今は田んぼでの作業を何かしている。草刈りや水源の掃除や、水牛のわかばの水やり。散歩よりも目的があるからやりがいがある。何も無ければ、わかばを川に入れてやる。

 午後は暑いのでわかばを川に入れてやりたい。水もやらなければならない。必ず田んぼに行く。田んぼに結局一日中居ることになる。昼は食事に帰り、昼寝をしてもう一度田んぼに行くと言う生活である。こうなれば一日中絵を描いていると言うことになる。

 一日一枚絵を描くということが、当たり前になってきた。一日中絵を描いていれば、良いか悪いかは別にして、絵は描ける。描かないでも良いのだが、ついつい描く。絵は失敗をたくさんすることも、意味があるようだ。たしかに失敗は成功の元だ。

 絵を描きに行く場所が安定してあるという意味が大きい。これが田んぼを始めた一番のよい結果である。崎枝のいつも描かせて貰っていた場所も良かったのだが、親しくさせて貰っていた小嶺先生が牧場を止めたので、行きにくくなった。

 毎朝通る場所の途中に良い耕作放棄された田んぼがある。使えないものかいつも気になっていた。たまたま、その田んぼの隣りの田んぼを荒起こしされている方を見かけた。良い機会なので、降りていって話を伺った。なんとその方は小田原で紹介されたKさんだった。この偶然に驚いた。

 小田原で知り合いになった田嶋さんという方がいる。石垣島から、小田原に越してき人である。農業に興味があり、小田原の農業の仲間の人から、農地を借りて耕作をしていた。その方から、紹介をされた人だ。石垣島の話を色々聞かせていただいていた。

 石垣に行ったらば、ぜひとも農の会の活動を石垣島でも始めて欲しいと言うことだった。いや、絵を描きに行くのだから、石垣島では農業はやらないのだと話していた。そんなことを言わないで、石垣島には農の会のような活動が必要なのだからと、強く主張されていた。確かにあの頃は石垣島で農業をやる気持ちは無かった。

 そして紹介された方が、石垣島の農業者のKさんである。同級生の方だそうだ。この方が相談に乗ってくれるように頼んでおくから、石垣に行ったならば、是非とも会いに行くようにと言うことだった。一度電話連絡はしたのだが、体調が悪いと言うこともあり、そのうちという事に成っていた。

 その方がなんと、耕作放棄地の隣でトラックターで耕作されていた方だったのだ。それで今回、田んぼを始めたことをお伝えした。そして、今の田んぼは臨時の場所であり、今年中に次の田んぼを探さなければならないと言うことをお話し、何とか次の場所を紹介してもらえないかお願いをした。

 朝偶然お見かけし、降りて尋ねたことは、何か導かれたようなことだった。もしこの縁が実を結べば、石垣島の農業のために何か出来るかもしれない。そのことは自分の絵のためでもあるようだ。動ける間は田んぼをやる。あと10年田んぼが出来れば、石垣島の有機農業のイネ作り技術が確立できるかもしれない。

 石垣島に来て、充分に絵を描かせて貰っている。田んぼのある石垣島の景色が好きだからだ。それは石垣島に美しい田んぼのある景色が残されてきたからである。石垣島の田んぼも耕地整理はされているのだが、それでも自然の中にうまく調和している。

 その田んぼを実際に耕作する経験は、田んぼを描くことに必ず生かされてくると思っている。田んぼをやらないければ分からなかったことがいろいろある。分からないで描いていた事に驚くほどだ。田んぼを始めて見て、小田原の田んぼとの違いに気付いた。

 身体で分かって絵を描くと言うことがある。絵が絵空事にならない。きれいな景色をきれいに描いているだけなのだが、田んぼを見ている眼が少し違うものを見始めている。あわてることはない。早く成果を得ようとすると、人まねや自分まねをすることになる。

 ゆっくりと自分の世界を、見ているとおりに描くようにして行けば良い。石垣島でのイネ作り法が見つかるためには10年かかる。絵だって同じだ。自分という人間の奥深いところに、絵が到達するためにはまだまだ時間がかかるのだろう。

 無理に本物風にするのが一番行けない。借りてきた人のやり方でこじつけることになる。つまらなくても良いので、見ているものを直視することに専念したい。そのためには田んぼをやる必要があった。今日は苗取りだ。どんな苗になっているだろうか。


 
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石垣島での苗作り。

2021-07-15 04:04:09 | 「ちいさな田んぼのイネづくり」


 石垣島でイネの苗作りをしている。苗代は播種11日目というところである。何が起こるかと緊張して見てきた。ここからは苗床の土壌がうまく出来ているかどうかが鍵になる。十分な肥料が無ければ、ここで成長を止める。次なる緊張が強いられる。

 なにしろ、直前まで慣行農法の水田であった場所だ。1ヶ月前に稲刈りをして藁を巻いて耕しただけの場所である。急遽ぼかし肥料を入れて苗代を作った。ぼかし肥料はビールかすと米ぬかと混ぜたもの。20メートルの苗代に60キロ入れて、よく攪拌した。

 自分だけの田んぼであれば、ダメだったか。ダメでもいいじゃん。で済ませることも出来るが、みんなの田んぼである以上、なかなか責任は重い。失敗は出来ない。いまま確立した技術の試しどころである。小田原で確立したイネ作りの技術が、全く違う環境の石垣島でも通用する技術になっているかどうかである。

  今回蒔いているのは、このたんぼで取れたばかりの「ひとめぼれ」である。初めて作る品種である。私のやり方の有機農業では難しい、穂の小さい品種である。分ゲツを多くとらなければならない。そもそも冷害に強い品種と言うことで出来たお米である。

 以前から稲作の沖縄の平均収量が低いのは、ひとめぼれを作るからだと想像していた。暑さに強い品種で無ければ、うまく作れないのは当然ではないだろうか。たぶん収量は少なくとも、美味しい方が良いと言うことなのだろう。

 ひとめぼれは休眠が強い品種らしい。発芽させるためには十分な浸種が必要とされる。水温のかなり高い川の水に、1週間浸けておいたのだが、鳩胸には至らなかった。ついこの間収穫されたお米は確かに、発芽するためにはもう少し時間が必要だったようだ。

 適地等・ 東北中南部の平坦地、関東以南の早期栽培、および温暖地、暖地の高冷地帯に適する。 と農水省の説明である。どう考えても石垣島の熱帯気候には向いていない。しかも、酷暑の2期作でそれを作ろうというのである。

 これは与えられた試練だと思っている。偉そうなことを口にするならやって見ろと言うことだと思っている。小田原で出来たって、石垣島で出来るわけが無いだろうと言うことだと思っている。確かに難しい。様々違いすぎる。何しろ田んぼの水温が35度ぐらいまで上がる。

 1メートルに100グラムづつ、20区画にして2キロの種籾を蒔いた。これが70%発芽すれば、1反4畝の田んぼの苗になるという計算である。80数%ぐらいの発芽した。大分発芽にはばらつきが出来た。今発芽しているものもあれば、すでに2葉期を過ぎているものもある。

 イネはこの暑さでも大丈夫なようだ。すごい作物だと改めて見直した。主食になる作物はやはりすごいものだ。水が来ないで苦労したが、やっとこのところ水は来ている。ギリギリしのいだ感じだ。あと一日水が来なければ危うかった。



 次の問題はジャンボタニシである。タニシが20匹も苗床に入っていた。編み目が大きすぎたこともありそうだが、苗床で生まれたのかもしれない。編み目はもう少し小さいものにすべきだった。毎日それくらい見かけるようになってしまった。

 これはかなり危うい。今も早く見に行って、ジャンボタニシ取りをしたくなる。編み目が粗すぎたことを後悔している。細かな網にすべきだった。今日言って、相変わらずジャンボタニシが集中していたら、細かな網を購入しに行くことにする。

 中が見えないので困ると思って、あえて編み目は1センチにした。仕方がないので、この網を2重にした。これでダメなら、さらに対策をしなければならない。すべてジャンボタニシを取り去っても又集まってくる。やはり地中から現われるのか。

 苗床にはヒエが出てきている。一段大きいのでこれは良く分かる。一度よく見て取り去ろうかと思う。その他の雑草もいくらか出てきている。ところが田んぼには全く草一本で無い。これはジャンボタニシが食べてしまうのだろう。

 水を張って、3週間を越えたことになるが、草がまるで生えてこない。確かに代掻きは時々やるわけだが、それにしても全くないというのは不思議な感触である。ジャンボタニシが雑草を食べているということにはまちがいがない。確かに大苗を植えれば、草対策がいらないかもしれない。

 田んぼの全体から見ると、そのジャンボタニシも急激に減ってきたように見える。探して欲しいと頼まれた。オカヤドカリの巣にしたいと言うことだ。それ以来探しているのだが、苗床周辺ではよく見るのだが、それ以外には見つからない。土の中に居て、夜になると出てくるのだと言割れる人も居るが、果たしてそうなのだろうか。

 白鷺が五羽毎日きて餌を食べている。これが食べているのではないかと思われる。あの嫌なピンクの卵は畦草にときどきあるのだから、どこかにまだ居るはずである。ジャンボタニシは水に浮び移動するようだ。空気を溜めるのだろうか。水に流されて、草にとりつく。

 11日目の状態でばらつきはあるが、すでに2葉期と言って良いだろう。小田原より早い成長なことはたしかだ。計算上この調子だと、3週間の育苗で4,5葉期ぐらいにはなるかもしれない。ここで田植えしても良いが、これだけジャンボタニシが居るのであれば、4週の育苗で5葉期を越えた方が良いだろう。葉が堅くなればタニシが食べることが出来ないと言うことだ。

 4週間の育苗なら5、5葉期に成る計算である。5日で一枚葉が出るようだ。8月1日の4週間目がやはり田植えと考えて良いのだろう。日曜にしか田植えが出来ないと言うことだから、3週目ではまだ少し早い。

 この5日で一枚という成長速度がつづくとすれば、15枚葉が出るまで75日11週ということになる。小田原よりも4週間も成長が早い。この早すぎる成長と言うことが、充分稲が実ることが出来ないと言うことになるのかもしれない。

 気になるのはイネの葉の色がさえが無いと言うことがある。くすんでいて爽やかな色にならない。何故なのだろう。気のせいなら良いのだが、成長が早い割にはなんとなくたくましさがない。これがひとめぼれの姿なのだろうか。

 ゆっくり成長させると言うことは出来ないのだろうから、早い成長に合わせた、イネ作りをしなければならない。補肥のタイミングも難しいものになりそうだ。
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石垣島田んぼ種まきを終わる。

2021-07-05 04:38:08 | 「ちいさな田んぼのイネづくり」

 100グラムの浸種のおわった種籾、これを1㎡の苗代に蒔く。

 石垣島田んぼでは種まきが終わった。20名を超えた参加者だった。小さな子供も4,5人参加していた。海水選を行い、脇を流れる小川に種籾を漬けた。水温はかなり高いので、どのくらいで芽が出るのか、心配しながらのことだった。
 
 ところが一週間の浸種期間で鳩胸状態まで進まなかった。水温の高さが発芽時間に影響していない。たぶん、つい1ヶ月前に収穫した種籾なので、発芽するにはある程度時間が掛かるのかもしれない。発芽抑制後空が強いのかもしれない。動物などにはいたづらされなかった。

 種籾は前日の夕方に川から上げて、水を切り、20等分に分けて、新聞紙に包んで貰った。半乾きぐらいの種籾の状態が一番ばらけて蒔きやすいからだ。初めての人にも、気持ちを込めて種まきをして貰う。これはイネ作りのとても大切な作業になる。この先の田んぼの作業にどれくらい本気になれるかの、始まりである。

 種まきをしないで、イネ作りをするのでは一番肝心なことが抜けてしまう。ここでゆっくりと、この先のイネ作りに思いをはせておくことが重要になる。だから、20等分、1メートル×1メートルの正方形に100グラムの種籾を、ひとりひとりが蒔くことが大切だと考えている。



 そして、苗取りも自分が蒔いた1メートルを取るのが一番良いと考えている。今回の田んぼ勉強会は、来期のイネ作りはそれぞれが独立して自分の田んぼが出来るようになることを目標にしている。石垣島に自給の田んぼが増えて行く布石である。

 案外田んぼに参加していても、自分でやろうとすると、分からないことが多いものだ。だから本気でやるつもりで関わって貰いたいと思っている。今回、石垣島で新規就農して、一ヘクタールの田んぼを始めた人が参加していくれている。

 山本さんという若いご夫婦だ。石垣島の希望の一つだと思う。与那国島では新規参入のイネ作りの農家を募集しているが、なかなか就農する人がいないらしい。石垣島で田んぼをやる人の力になりたいものだ。販売と言うことだろう。



 苗床は種籾を蒔き終わったところで、鳥よけのネットを張る。石垣島は何しろ水鳥が多い。しかも名蔵シーラ原である。鳥に荒らされないようにネットをしっかりと張る。キジもいれば、孔雀もいる。イノシシも出てくる。

 種まきが終わったところで、水牛代掻きである。水牛のわかばも大分慣れてきて、何をするのかは分かってきたようだ。水牛は優秀なものだ。草原につないでおけば、ガソリンもいらない。おとなしくよく働く、その上慣れてくると何とも親しみを感じる。

 一緒に頑張って働いていると、同志のような気持ちが湧いてくる。仕事が終わると、お互いよく頑張ったなと充実感が満ちる。そうなると、だんだん水牛の方も本気になってくれるようだ。家畜とともに頑張る農業の意味が少し分かった。伝統農業の気持ちに少し近づいた。

 仕事が終わったら川で身体を洗って上げているのだが、これが良かったようだ。心が通じるようにならないとやはり頑張って働いてはくれない。一緒に息を切って頑張って働くということを、水牛が理解してくれれば大丈夫なようだ。貴重な体験をさせて貰った。



   こんな小さな子供にも水牛の綱を引いて貰った。とても楽しかったそうだ。嬉しそうな顔をしていた。一緒に引いてくれているのが、水牛を8頭も飼って、何とか水牛の保存を続けてきた、福仲さんだ。福仲さんも愛牛が頑張ってくれて嬉しそうだった。福仲さんの与那国の話は実におもしろい。

 代掻きはなかなかイネ株が沈みこまない。仕方がないので、みんなで残っている株は引き抜いて、田んぼにめり込ませた。そして、作ってあったぼかし肥料を田んぼ全体に20袋ほど撒いた。そして水牛代掻きである。苗が三週間で4葉期を越えれば、田植えになる。

 苗作りに四週間かかれば、田植えは予定より一週間延びて、8月1日になる。ジャンボタニシが多いので、出来れば大苗で植えたいのだが、この辺も進んでみないと分からないことが多い。発芽するのだろうかという不安まで、出てきた。本当にそんなに成長が早いものだろうか。

 あまりにみんなが真剣で、楽しそうだからである。責任重大。苗が育てば、ひとまず安心なのだが、ここは経験だけが頼りだ。無事育つようにあらゆる努力をしてみるつもりだ。まだ一日では発芽しない。当たり前か。今から心配しても仕方がない。


 水牛のわかばとは大分仲良くなった。水牛はなかなか頭が良い。人を見分ける。厳しい人には逆らわない。甘い人では働かない。歩く速度で分かる。怖いと歩きが早くなる。確かに速く歩いてくれなければ仕事には成らない。

 今回の写真は全部フェースブックのみんなの写真を勝手に頂いた。是非この石垣島田んぼの会の進行状況を皆さんにも知ってもらいたいと思ってのこと。6月に始まり、1ヶ月で、皆さんの伝統農業の復活への思いが一気に集中して、水牛の二〇年ぶりの耕耘が実現した。

 石垣島の農業力の高さはなかなかのものだ。私のような者が出しゃばることでも無かったのだ。ただ、「みんなで集まってやってみよう。」という言い出しっぺには向いているようだ。なんとしても田んぼの会を成功させて、石垣のイネ作りに貢献したいものだ。
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水牛の代掻きを始める。

2021-06-29 04:24:21 | 「ちいさな田んぼのイネづくり」

  石垣島の田んぼではいよいよ水牛による代掻きが始まった。6月28日夜6時からだ。日本で水牛耕が行われるのはこの石垣島田んぼ勉強会だけだ。代掻きなどやったことが無い水牛が来て、代掻きを練習から始めるというので、出来るのか、嫌がらないのか心配で仕方がなかった。

 この水牛は竹富島で牛車を引いていた水牛だそうだ。雌の牛で推定年齢が10歳少しぐらいだそうだ。今種付けがされていて、たぶんお腹に子供が居るらしい。働いて大丈夫なものらしい。子供の生まれた牛もいるのだが、子供が居る親牛は子供が気がかりで、代掻きどころではないそうだ。

 先日は可愛い子供を連れて、来てくれた。全部で8頭の水牛を飼われている。水牛の子供はそれはそれは可愛いものだ。ほぼ子供の動物は可愛いものだ。例えばイボイノシシの子供だって可愛い。が、水牛ほど可愛らしいものは居ないのではないかと思う。水牛は特別な家畜である。




 紐で水牛に結わえてあるものが、代掻きをする道具で、コロバシャと言う道具である。水牛を引いている。干川さんが自作してくれたものだ。干川さんは40年前に石垣島に入植して、農家になった人だ。そういう人だから、何でも道具は自分で作ることが出来る。

 転馬車(ころばしゃ)は木枠の中に、六枚の鉄板が風車のようにが溶接されている。中央の軸が鉄管でそれが回転軸になる。回転軸に15センチ幅で長さ180センチの鉄板が溶接付けされている。制作の難しい道具であるが、よく出来ている。

 干川さんの家では四〇年間バイオガス自給生活である。一週に一回、泡盛の絞りかすを届けてくれるそうだ。それを加えてガスの発生を促している。よく出来ているのは、その上に水蓋があって、ガスを完全に閉じ込めているところだ。だから全く匂いがしない。



 いよいよ代掻きが始まる。この水牛は鞍をつけたり、ものを引っ張ることは牛車をしていたのでしていたので、訓練されている。ただ水の中を歩くかどうか、それから始めた。水牛はさすがに水が好きだ。何のためらいも無く水の中を歩いてくれた。

 次に棒を突けて、引っ張ってみた。これも少しも嫌がること無く引っ張った。ここまでやってくれるなら、コロバシャを付けても大丈夫そうである。頃場所を取り付けて、田んぼに入った。最初重いのでびっくりしたよういないな株に引っかかって動かない。

 それでも花紐を力を入れて引くと、思い切って歩き出した。水のあるところが好きなのか。仕事をすることが好きなのか。一生懸命に歩く。かなり多いのに、頑張ってぐんぐん引いて行く。しばらくしたら人よりも先を歩くようになった。


 一気に一気にと励ますと歩き出して、動き出せばもう大丈夫。人が精一杯歩く速度ぐらいで、ぐんぐんと進む。止まると、再度動き出すときは力が掛かるようだ。それでも嫌がらずに田んぼを一周してくれた。

 田んぼの土の方はどんな状態なるかというと、一度通っただけでは代掻きができたと言うことでは無い。何度も回ってだんだん代掻きの状態になるのでは無いだろうか。しかしこの代掻きは田んぼが充分に耕してあると言うことが条件ではないだろうか。

 鋤で耕して、稲株をひっくり返し、そこに水を入れる。石垣の田んぼの土だと、一週間ほど水は入れておかなければならない。充分水が染み込んで柔ら無くなった田んぼを、コロバシャが通り、土の塊を潰して行く。その時にまだ充分に堅い稲株を田んぼの奥に押し込んで行く。

 


 少し水量が多いのだそうだ。それでも徐々に代掻きらしくなっていった。田んぼの泥の中を水牛を引きながら、歩くのはかなり大変なようだ。今日の10時からもういちど水牛の訓練をするので、私も引っ張ってみるつもりだ。

 水を多めで初めて、徐々に水位を落として行く。最初はでこぼこが多くて水牛も引けないほどなので、徐々に均されてきたら、田んぼ水位を下げて、平になるように歩かせるのだそうだ。慣れてきたら、今度は後ろに人が居て、コロバシャを脚で押さえながら、高いところは脚で押さえて低くするそうだ。

 しかし一人では難しいので、二人でやるといいと言われた。脚が巻き込まれたら大変なので、今回はそれはしないことにした。歩くのに精一杯でとうてい、他の作業どこでは無い。そういうときには回転式で代掻きをやるそうだ。

 回転式とは水牛の口輪から長い紐を取り、声をかけて円形に回らせる。自分は動かない。そうして回転を徐々に移動していき、全体の代掻きをするそうだ。そうすれば、人は歩かないで代掻きができると言うことになる。それはよほど水牛が代掻きになれてからのことだろう。

 

 こういう風に鋤起こしで残っている稲株はなかなか埋め込むことが出来ないようだ。繰返し水牛で歩いて貰い、代掻きを頑張ろう。手植えの田んぼであれば、それなりに代掻きが出来ていれば、大丈夫だ。

 なかなかおもしろい田んぼになりそうだ。水牛耕は石垣島の伝統農業だ。台湾の人から教えて貰った田んぼのやり方だ。石垣島田んぼの会で、水牛耕が再現できるだけでも意義があるのではないだろうか。

 田んぼを始めて見て、やっと石垣島の人間になったような気がする。全く景色が違って見えてくる。見ているのとやってみるのでは大違いである。批評家と実践家の違い。絵を描く以上はやってみなければどうしようも無いことだと分かる。
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フェースブックを始めました。

2021-06-28 04:01:14 | 「ちいさな田んぼのイネづくり」


 石垣島田んぼ勉強会のフェースブックを始めた。と言っても何だかまだよく分かっていない。そもそもフェースブック自体は随分昔一度登録してすぐ止めた。農の会のフェースブックを読んだり、写真を載せたりするためにその後もういちど再開した。自分でフェースブックのページを持つと言うことはしたことが無い。

 しかし、登録しただけでなぜか、友達の申請のようなものが来る。それが不可思議で一度は止めた。友達と言われてもなアーという感じである。別段友達じゃなないし、と言う人もよく居る。その人だけ友達で無いと言うことを明確にするのも何だから、友達だよなと思う人でも友達登録はしたことが無かった。

 フェースブックという枠内で友達として付き合うというのもどういうものだかそれはないだろうと思う。ネット上の友達というのだろうか。年寄には友達は多いに越したことは無いが、ネット友達が欲しいとは思わない。

  石垣島田んぼの会を始めて、その連絡方法としてフェースブックが良いと言うことで、ネットの専門家の高梨さんがわざわざ家に来てくれて、フェースブックを設定してくれた。そうしなければ出来ないことだった。

 ブログを始めたときも、TAKEさんが家のパソコンで設定してくれた。今回もよく分からないまま、ともかく石垣島田んぼの会の連絡がうまく行くようにお願いした。

 石垣島田んぼ勉強会(自給のための有機農法の田んぼ作り) | Facebook というグループである。皆さんが登録申請をしてくれれば、メール連絡をしないでも連絡が付くと言うことらしいのだが、まだ全員が登録してくれたのかは確認できないし、全員がフェスブックを見て連絡を確認してくれるのかが頼りない。今のところ不安なのでメール連絡もしている。

  プライベートグループと言うことでグループ以外の人が見られるのか見られないのかもまだ分からない。登録してくれた人が見ることが出来るのは確かである。フェースブックを見るためにはフェースブックに登録していないとならないことは分かっている。

 この石垣島フェースブックというのは閉じたグループの仕組みのようだ。つまり、登録していない人には見ることが出来ないようだ。それが良いことなのかどうかは少し迷う。誰でもが申請して私が許可すれば、見れると言うことになるのだろうか。この辺がよく分からない。

 このグーブログであれば、誰でもが見ることが出来る。フェースブックというものはそうではないらしい。フェースブックにはさらにプライベートグループというものがあるようだ。何故か全く知らない人から、登録申請がある。これはどういうことなのだろう。登録しないでも見ることが出来るのだろうか。内容を見ないで知らない人が登録を申請すると言うことはどういうことなのだろう。

 フェースブックというものの仕組みや実体は全く分からない出来た。どう対応したら良いのかも分からないので困った。知っては居る人だが、友達というわけでも無い。たぶんここでの友達は翻訳がおかしいのだろう。知人ぐらいの方が近いのでは無かろうか。

 そういうことはともかく、始めて見ると写真の投稿がしやすい。田んぼの情報を上げて行くには、実に具合が良い。石垣島田んぼの会はフェースブックで逐一様子を上げて行きたい。どうやって、新しい田んぼが始まるのか分かってもらえるだろう。

 昨日も海水選と川での浸種をやった。その動画まで誰かが掲載してくれている。みんなに写真を載せてくれるように頼んでいる。私は写真を撮る余裕が無くいつも取り逃してしまうので、様子が分かり有り難いことだ。

 これならその日休んでもどんなだったのか様子が分かり良いだろうと思う。石垣島田んぼ勉強会はフェースブックの御陰でうまく進むのかもしれない。連絡もメールよりもフェースブックに載せれるようにと言われているのだが、本当にフェースブックで連絡が付くのかが不安である。

 メールを見る人と、フェースブックで確認する人と、どっちが確実なのかと言うことがあるような気がする。一人でもフェースブックに登録しない人が居ればそもそも成立しない。フェースブックに関わりたくないという人を無視していいものだろうか。

 田植えは7月25日が予定である。場合によっては8月1日になる。このあたりで、話し合いを持つ必要があるかもしれない。ネット利用の仕方で、うまく参加が出来ないと言う人がひとりでもいて欲しくないと思うわけだ。

 田んぼの会の仕組みは全国どこでも出来ると思っている。市民がイネ作りを始めなければ、日本の伝統的イネ作りは失われると考えている。そんなものはなくなった方が良いというのが、日本政府の考え方なのだ。菅氏は国会答弁でそのように受け取らざる得ない発言をしている。

 農家が稲作を出来なくなる可能性は高い。小さな農業経営では経営できないのであるから、中山間地では稲作農家は成立しない時代が来る。その時に日本の稲作を支えるのは、農の会のような自給農業者ではないかと考える。

 世界の流れを見ると、国際競争力を目指す人達と、自分個人の暮らしを大切にする人達とで、社会は二分して行くのだろう。相容れない価値観が対立すら無いまま、互いを軽視、侮蔑し、それぞれの道に分かれて進むのだろう。

 悲しい社会ではあるが、社会の階層化は進む。それを止めることが出来ない以上、自分の生き方を社会の流れを無視して見つける。自分らしい一生を送る手段を作る以外にない。食糧の自給はその一歩だと思う。繰返し書いているが、一日一時間食料のために働けば食の自給は可能だ。

 石垣島にはまだ越してきて3年。そんな新規移住者でも新しい場所で田んぼを始めることが出来るという事例にしたい。難しい場所もあれば、歓迎されているような場所もある。石垣島での実際の姿をフェースブックに記録出来れば参考になるだろう。

 始めるためには難しいことはどこにもあるのだろう。始めたいという人が居たら、出かけていって協力したいぐらいだ。しかし、それも出来ないので、フェースブックでできるだけ情報を出して行きたいと思う。余計なお世話だと思う人も居るかもしれないが、参考に成る人も居るだろう。

 と書きながらも、このフェースブックはどうも誰でも見られるというものではないらしい。この辺をどうして行くかである。誰か興味のある人が登録をしてみて貰えないだろうか。そうして私が許可をすれば参加できるようになるのかがわるのでは無いか。
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石垣島田んぼの会1回目の作業

2021-06-21 04:12:10 | 「ちいさな田んぼのイネづくり」

 一日目の作業で作った苗床。

 石垣島田んぼの会が始まった。1回目の作業は16名の参加で4名がすぐに抜けなければならなかったので、12名での作業になった。まず15分ほど打ち合わせを行い。そのあと作業に入った。水を入れたぬかるんだ田んぼでの作業で、けっこう大変だったと思う。

 参加者の皆さんが本気で作業をしたので、気持ちの良い作業になった。これならば大丈夫だと確信できる一回目の作業になった。このほか参加希望者でこの日はだめだった人が居るので、20数名くらいの参加の田んぼと言うことになりそうだ。

  始めることにはためらいもあった。石垣島では農業はやらないと決めていたからだ。こうして始めてみると、同じ思いを持つ人達との出会いである。人間の匂いの感触が共通である。一緒に頑張ろうという気持ちが湧いてきた。

 一回目は苗代作りと。田んぼ全体への堆肥撒きの作業であった。鋤が入れられている田んぼに水を入れて、土を軟らかくしてあった。一日ですっかり軟らかくなっていた。このまま1ヶ月水を入れておけば、自然に軟らかくなるかもしれない。

 水を入れなければ、土がカチカチで作業できないそうだ。石垣の土は水に濡れると急に軟らかくなる。乾けば日干しレンガのように堅くなる。砂がかなり多いとも感じるのだが同時に粘土のような粘りもある。私には初めての田んぼの土だ。手強そうである。

 1メートル幅で20メートルの長さの苗代を作った。ビールかすと米ぬかを混ぜて2週間ほど攪拌しておいたぼかし肥料を、三袋苗床になる当たりに播いた。熱が出て発酵を続けていている良い匂いがしている。これが苗床の命になる。

 ぼかし肥料を撒いた後、脚で踏んだり、シャベルで起したりしながら、代掻きをした状態にしていった。周囲よりもいくらか高くした。その方が水管理が楽だからだ。1時間半ぐらい掛かった。ぬかるみでけっこう大変な作業だった。

 そのあと30分ぐらいかけて、田んぼ全体に堆肥を撒いた。石垣島堆肥センターで作る堆肥を15キロ入りを一五袋撒いた。これだけでは足りないと思うが、今回はここまでである。やり過ぎるよりは安全運転で行くほうがいい。

 周辺の草刈りは電動刈払機二台で行った。これは2時間ぐらいの作業であった。周囲がきれいになり、田んぼの見通しが実に良くなった。18Vの蓄電池のものが、エンジンの刈払機に劣らないと言うことがよく分かった。



 電動の草刈り機を買った。石垣島で田んぼをやることになり、どうしても刈払機が必要になった。ただ、ガソリンやオイルは家に置いておけない。そういう場所もないし、暑いから危険でもある。そこで、色々考えた末に電動の刈払機を買うことにした。

 石垣のメークマンに置いてあったので、それを購入した。ネットで取り寄せる時間的な余裕も無かったので、決断した。そこにある一番強力なものにした。18Vというものである。これなら、二サイクルエンジンの刈払機と変わらない能力があると言うことだった。

 旧日立のもので39800円であった。いままで買った刈払機の中で一番高いかもしれない。歳もとったことだし、ガソリンより扱いやすいと言うこともあり、止む得ない出費だと悩んで悩んで三日目に決意して購入した。

 昨日は田んぼの周りの草刈りを試してみた。これが意外に能力が高く、ガソリンと確かに遜色ない刈りごこちだ。しかも、スタートが楽だし、止めるのも心配ない。再度スタートするのも何の滞りも無い。案外に良い買い物だったようだ。

 20分ぐらい動かして、電池切れになった。当然で買ってきて、そのまま使ったから充電が満タンでは無かった。そこでいつも車に積んである携帯バッテリーから充電をしたら、40分で満タンになった。これならば休憩中に充電できる。けっこう実用的だ。それからあれこれ草刈りを続けることが出来た。

 私には十分な刈払機であった。昨日は高梨さんがあちこちを草刈りを続けてくれた。うまく作業が出来たようだった。誰にとっても、初めての人でも使い勝手が良い。しかもガソリンを家に置いておく必要が無いから、安心だ。

 今回の作業は確かに石垣島の炎天下の農作業はきついと言うことを体感した。体は同じ時間で小田原の二倍疲れた。家に帰って風呂に入ったので、体重を計ったら、53、7キロと言う最近では無いほど体重が減っていた。すごい汗をかいたのだろう。

 午前中作業で、小田原で丸一日働いたのと同じぐらいである。これからの作業もそのつもりで考えておきたいと思う。次回の作業は27日に種籾の海水選である。必要なもの二,二キロの種籾。ネットの袋二枚。虎ロープ。

 海水選の意味。種籾が海の水と出会い、目覚めることになる。稲作始めの儀式のつもりで稲の命への尊敬の思いを込めて、海水選を行っている。ご飯を頂くと言うことは命をつなぐ、要のお米を食べていることなのだ。種籾は二重のネットに入れて、1週間川に沈めておく。1週間するとイネの種籾は発芽を始めているはずだ。

 そして、7月4日がいよいよ苗床への播種である。その頃になれば、苗床に入れたぼかし肥料も落ち着いてきているだろう。種を蒔いても肥料あたりをしない状態になる。種籾は1メートルに100グラムを蒔く。種籾を蒔き終わったならば、鳥よけネットでトンネルを作る。

 苗床は五葉期を目指すが、正直どのくらいで五葉期になるかがまだ分からない。一応、7月25日を田植え予定日にしているが、8月1日になる可能性もかなりある。小田原で会えば、稲の生長は必ず一枚1週間である。種を蒔いて5週間で五葉期になる。3週間で五葉期なるかもしれないという想定である。

 色々書いたのは、頭の中に作業の流れを反芻しながら、イメージトレーニングしている。これを繰り返していると、だんだん整理されてきて、必要なものが見えてきたり、手順を変えるべきところが分かったりする。現状では水牛である。水牛の作業がどうなるか、これは水牛に聞いてみなければ分からない。大丈夫だろうか。

 作業が終わってから、早速高梨さんがフェースブックに石垣島田んぼの会のページを作ってくれた。やり方も指導してくれた。写真の投稿もしてみた。ページaddressは 石垣島田んぼ勉強会(自給のための有機農法の田んぼ作り) です。是非ご意見など寄せて下さい。と言ってもフェースブックをやるのは初めてなので、上手くゆくだろうか。

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石垣島で田んぼが見つかりました。

2021-06-17 04:39:35 | 「ちいさな田んぼのイネづくり」


 5月16日田んぼを貸してくれることが決まりました。2期作目1回だけ貸してくれると言うことです。私たちが探すことで苦労していることを見るに見かねて、貸してくれることになりました。有り難いことです。

 4月18日田んぼの地主さんから、田んぼを貸せないことになったという連絡があった。こういうことは時にあることだ。貸すことに一度しても、家族内や親戚筋から異論などが出ると言うことは珍しくない。田んぼという物はただの農地ではないのだから、仕方のないことである。

 他を借りるために、午後歩き回った。農業委員会にも出かけてみた。田んぼを貸すと言う話が無いわけではないようだ。今度は少し時間をかけて行うことにしたい。石垣の田んぼに関する貸借の感覚がまだつかめていない。確かに耕作放棄地があるが、不在地主であるとか、石垣島特有の事情もあるらしい。

 田んぼの基盤整備がほぼ完ぺきに進んでいる。これは小田原周辺とは大違いである。農業関連の整備費が神奈川県よりもかなり潤沢なのだろう。どこの田んぼも弁を開ければ水が出るという状態である。その分水の費用は反当り1万円ぐらい必要と聞いた。

 ダメになってから、ここはどうかという話もいくつかあったのだが、今は信頼できる方から、次の2期作の間だけは使ったらどうかという話になった。あまりに探してはダメになるので、見るに見かねてともかく2期作の期間作らせてやるという、親切な申し出を頂いた。

 人が32名以上参加したいと言っているのに、やらない訳にもいかないだろうという状況を察してのことである。その後もぽつぽつ申し込みがあるので、ともかく一度顔併せての打ち合わせをして、参加者の最終確認をしなければならない。

 小田原に居て少し歯がゆかったのだが、石垣島の田んぼのことを頭の中で構想した。かなり不確定な予定表であるが、次の田んぼでも使えることでもあるし、新しく田んぼを始める人に、田んぼを始めるのは田んぼ探しでもあると言うことで、参考になると思うので、考えていることを公表して行こうかと思う。

1,6月19日か20日、田んぼ参加者の決定と方針のとりまとめ。
現状では自給には人数が多すぎる。田んぼを広げるか。今回の2期作目は自給までは行かない試行の田んぼとして、有機農業の田んぼ勉強会としたいと思う。

2,お米は反収4俵(石垣島の二期作目の平均的収量)が目標として、1反であれば、240キロ。30人であれば、8キロとなる。二期作目なので、先ずは田んぼの様子を知るための耕作になるのではないか。

3,来年春からの1期作の耕作が本格的な取り組みになると考える。

   毎年かかる消耗品費用として
地代、年15000円2分の1でいいのか。 作業委託した場合、荒起こし・代掻き、稲刈り。4万円。種籾4キロ2000円、米ぬか10袋 3000円、ビールかす2000円?、ガソリン5000円
 75000÷30人=2500円・・・勉強会参加費としたらどうだろうか。

 備品費用、購入品は10年で分割して負担予算20万?(笹村立て替え)これは本格的な田んぼを借りて、活動が始まってからのことにする。

田んぼ整備費10万円。田んぼグループとしての 必要な備品・・・コロガシ除草機18500円×二台、鳥追いカイト3600円×二個、ダンポール25本2500円。鳥よけネット50メートル8226円。水牛による耕耘の器具50000円くらいか。ブルーシート1500円×2枚。コンバイン袋50枚10000円。トンボ2台5000円。物置をどうするか、材料費は。土壌調査費2000円?
1年2万円×10年償還と計算する。半期1万円。

 個人の持ち物・・・田んぼ靴あるいは靴下2枚重ね(長靴不可)、作業手袋、帽子、日射病予防、水筒、タオル、長袖服、長ズボン、いずれも汚れても良いもの、マスク、サングラス、日によってはお弁当,お菓子。

現在想定している作業の日程
 最初土曜日を設定しましたが、日曜日で無ければ参加できないという方がおられたので、日曜日に変更しました。

①6月15日石垣に戻る。可能な人がいれば15日から田んぼ準備始める。すでにぼかし肥料を作り始めている。水牛の代掻きの道具と鞍の制作をしている。

②6月20日(日) 9時から 一回目の作業日にする。周辺の整備 草刈り、水の取り入れ口の整備など。苗代を作る。苗代部分の荒起こし。畦作り。1メートル幅。長さ20メートル。シャベル、あるいは鍬など。草刈り機。ある道具を持参で参加して貰う。

③6月27日(日)肥料撒き田んぼ水入れ。苗代畦作り、水を入れて苗床の代掻き。川の水に,ネットに入れた2キロの種籾を漬ける。

④7月4日(日)苗床の種まき。1メートルに100グラム。20メートルで2キロ。蒔いたならば、防鳥ネット張り。ネットとダンポール

⑤7月25日(日)田植え予定。23日(金)に苗取りと田んぼ代掻き。24日田んぼ線引き。水牛を使うので、やってみないと分からない部分がある。苗の生長によっては8月1日に成る可能性もある。鷹の凧を飛ばす。

⑥8月1日(日)からコロガシ。8センチ以上の深水管理。
⑦草取りコロガシを継続する。
⑧9月5日種まき9週目の生育診断。
⑨9月12日前後補肥の予定。

田んぼ参加者の皆さんへ
 改めて干川さんが新しい田んぼを見つけてくれました。場所はシーラ原の条件の良い田んぼです。今回、半期だけ特別な好意でお貸し下さいました。

田んぼ勉強会の参加者の条件
 今回は自給の田んぼとはしません。1反5畝に30人を超えた人数では自給には成りません。又半期だけと言うこともあるので、田んぼ勉強会とします。参加者は出欠表を付けて貰います。それによって出来たお米は配分をします。

1,真剣に田んぼに取り組むことが参加条件です。出来る出来ないではありません。農家の方の真剣な生産の場である田んぼです。農家の方に認めてもらえるような本気の気持ちのある方のみで行います。子供の参加もかまいませんが、親が自分が本気で働く姿を子供に見て貰うということです。子供に体験させたいので、自分は見ているという人は参加をお断りします。

2,作業予定日は土曜日を基本としますが、天候によっては日曜日に移動を行います。土日、無理な方も平日参加出来きるように、平日の作業日も設けます。また、天候と作業内容によっては,とつぜんやらざるえない場合も出てきます。

3,笹村は石垣にいるときには毎日必ず田んぼに行きます。勉強をしたい人はその時間に併せて田んぼに来て下さい。参加メンバーには田んぼの様子は随時メールで写真を送ります。

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大麦からイネへの二毛作

2021-06-05 04:06:22 | 「ちいさな田んぼのイネづくり」


 今年の小田原の東田んぼでは、イネから麦の2毛作の2巡目に入っている。だんだん良くなっている。その昔私も2毛作を試みたのだが、出来なかった。余りの煩雑さに、頭の整理がつかなかった。イネを重視していたので、ついに麦は止めることになった。

 そこを東さんは見事に乗り切っている。今回、麦から田んぼへに変わる所を一緒にかかわらせてもらったのだが、2日間で麦畑が、田んぼに変わっている。麦刈りを始めたのが、31日の午後である。そのままアラオコシ、畔づくり、水入れと、夕方までには終わらせた。

 水を入れ始めて、翌朝には田んぼの均しを行った。トンボ均しだけで田植えをする予定である。そして、午前中は機械小屋下の大麦の刈り取りを行い、午後2時30分からもう一度トンボ均し、そして3時ごろから田植えを始めた。暗くなる前に田植えは終わった。



 ほかでも田植えをしたり、大麦刈をしたりしながらの、作業だったから、それなりに大変だったはずなのだが、流れるように進んでいった。3人で進めたのだが、3人の息が合っていたという事が、手順よく進んだ原因だろう。

 作業は午後の短時間の2日間である。1畝少しの狭い田んぼであるが、自給農の体験には理想的なものである。東さんは他にも広い田んぼや畑をやっているのだが、ここでは実験的な麦からイネの二毛作を試みている。

 麦は6条大麦で収量は30キロあると思われるので、反収300キロである。これは周辺の農家の収量よりも多収しているという事である。有機農業でやれば、多収できるという一つのモデルになる。今度は田んぼに変わって山田錦を田植えした。さて何キロ採れるだろうか。

 イネは一本うえで30㎝角で植えていったが、最後苗が不足しそうになったので、最後4畝は45cm間隔にした。分げつが変わるものかどうか。たぶん感覚が広ければそれだけ分げつ数で補ってくれると思うがどうだろうか。

 ここで出来る山田錦は将来酒米を作る時の種籾の維持でもある。やはり良くできた株から種籾を残したいものだ。山田錦は多収できるお米である。倒さず畝取りした経験がある。粒張りが良いから、収量も多くなるのだろう。

 自給の為の田んぼであれば、このイネから麦の2毛作が一番だと思う。一番というより当然こうでなければならなかったのだろう。小麦を作り、イネを作り、畔で大豆を作る。これで生活の基本が賄えることになる。これが自給農家の基本ではないだろうか。

 今回苗作りは欠ノ上田んぼの苗床でやらせてもらった。そのことも成功した一つの要因である。別の所で苗作りが心配なく進んでいれば、麦刈りの手順や田んぼの準備が安心して出来る。子供の頃を思い出すと、苗床は庭にあった。水路が庭の中に曲がって入り、洗い場があり、苗床に続いていた。

 庭先で観察をしながら苗は作り、麦が終わるのを待って、一気に田んぼに変えて、田植えをしたのではないだろうか。昔の2毛作の伝統農業はもう消えてしまっている。この形を研究することは大きな意味があると思う。


 田植えの終わった田んぼである。ここは紐を張っての田植えだった。代掻きをしていないうえに、水が引いていないので、線をひくという事が出来ない土の状態であった。小さな1畝ぐらいの田んぼだが、3人で植えて1時間30分ぐらいだったと思う。苗は5葉期半、2分げつという理想的な生育状態である。

 苗床1メートルに山田錦を播いたのだが、100グラム以下の種だったのだろう。最後行って苗が不足したので、45㎝間隔で植えた。植えてしまうともう度も同じに見える。この田んぼは水が相当に冷たい。冷たい水をなんとか回して入れている。

 水を入れる量も極力減らして、水が冷えない様にしている。水は排水口から田植え後しばらくは排水しない。水位を保つだけ入水する。暑くなってから排水するように変える。一昨日迄あの見事に実った6条大麦の畑がもう思い出せないほどである。

 イネは苗床で準備している。同時に麦も苗床で作って移植するという方法がある。これをやれば、栽培期間の調整は付けやすい。何かで読んだのだが、千葉の方で、麦の移植栽培で1トン取りの世界最高記録になる多収した人の話を読んだことがある。

 今回この大麦で麦茶を作らせてもらいたいと思う。麦茶があれば石垣島の暑い夏を気持ちよく過ごせるのではないだろうか。暑いときは農の会の麦茶が一番である。この大麦を分けてもらいたいものだ。
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2021年田植えが終わった。

2021-05-31 03:58:39 | 「ちいさな田んぼのイネづくり」


  田植えの終わった柿の下田んぼである。ここまで見事に順調に来た。半年前までは耕作放棄されていた場所が、これほどの美しさによみがえった。江戸時代と同じ景色が戻ってきた。こうして田んぼに戻せたことは、役割を果たせたような安ど感がある。

 今回の復田は渡部さんと東さんの努力の結果である。そこに加わらしてもらえたことは大きな喜びである。ここから収穫までの無事を祈願したい思いになる。自然という物はどのように働くのかわからない。どれほど努力したとしてもどうにもならない力に支配されているのが、農業である。

 この欠ノ上の河岸は数年おきに崩壊している。その都度田んぼの一部が流されている。田植えの前後に、吹き飛ばされるほどの風が吹いた。強風に翻弄されながらの田植えだったのだが、富田さんの田んぼは葉先の枯れる被害になってしまった。


 こちらが欠ノ上田んぼである。こうして無事すべての田んぼの田植えが終わった。水面に漂って見えるのはそば殻である。近所に久津間製粉という大きなそば粉を精粉する会社がある。そこでそば殻の壊れたものを売ってもらえる。

 そば殻は昔は枕の中に入れてものだ。正四面体をしている。そのような見事な形のものは製品として販売されるようだ。その破片のようなものを安く買う事が出来る。これを田植えが終わった後に蒔くと、水面を漂っている。その内田面まで水没する。

 これが抑草すると考えている。少しづつ根気良く撒いて、2週間ほど覆っていれば、イネは7葉期になり、それなりに田んぼを覆い始め、今度は稲自体が日陰を作り抑草するようになる。これで草がかなり抑えられることになる。その頃には沈んだそば殻が分解をはじめ、その時出る成分で草の発芽抑制が期待できる。それがイネの肥料にもなる。

 ここで考えている抑草の仕組みはどこでも通用する、科学的抑草効果とまでは言えないが、それなりには効果を上げているし、稲の生育にも悪くない経験をもう10年以上体験している。有機農業で畝取りするための一つの技術になると考えている。

 今年は1反近くの田植えをやった。延べ時間で21時間ぐらいである。1時間で0.5畝植えることが出来たという事のようだ。やっていて昔よりずいぶん遅くなったとは思うが、根気が良くなって、楽しんで田植えをすることが出来るようになった。

 まだ頼まれれば他所のグループ田んぼにも田植えに行く元気がある。老人力は飽きないことだわかる。同じことを繰り返す粘り強さは、若い頃よりも強くなっている。単純労働の中にある楽しみのようなものを馬鹿馬鹿しいことと感じなくなっている。

 今日の午前中は捕植をする。風が強かったせいで抜けて浮き上がった株がかなりある。今日株のない場所やまだ植えられる場所を探してきれいに植え直す。2本植えればご飯1杯である。それが終わったところで、そば殻を播く。

 そば殻は風上から流すように静かに播く。できるだけ全面を覆うようにする。出来れば少しづつ何回も撒いた方が効果が高くなるようだ。1回目のコロガシを田植え1週間後に行うが、コロガシの後にまた撒いた方がいい。

 今回の田んぼは復田した初めての年だから、まず草は出ないはずだ。どれほど雑草の種が強いものであれ、60年間眠っていてまた発芽するとは思えない。今年は雑草取りでは楽を出来るのではないかと思っている。

 田んぼのトンボ均し、苗取り、田植えと5日間の連続農作業であったが、別段疲れたという感じは全くない。明るくなったらすぐにでも田んぼに行きたいぐらいの高揚した気分だ。この年齢になって、これほど充実した農作業に加えてもらい、いくらかでも役に立てたと思えることのありがたさをしみじみ思う。

 主食作物を作るという事の重さは、決して経済的な意味だけではない。お米など安いものだから、買うのが一番だと思う人は生きるという事の大切な部分が見えていないかもしれない。労働というものは決して経済だけのことではない。

 一人で一日田植えをしているときに、動禅田植えになっている時間があった。ただ田植えしている機械化していた。行為の意味を問わないでただその行為になり切る。その時間の大切さは自らが自分の生きるを探して選択していることなのだと思う。やらされている感が全くない。

 自分が食べるものをつくるという、根本的な生きるに向き合う時間になる。生きるという事の意味は「人はどこから来て、どこに行くのか」という日々なのではないだろうか。日常に紛れてしまわない時間がわずかでも必要なのだと思う。

 今年の田植えもいろいろの人に出会えた。なかには数年ぶりの人もいた。それぞれの今を聞かせてもらえた。コロナの中でも、それぞれの人生を生きている。結婚した人。子供が生まれた人。離婚をした人。新しい道を歩み始めた人。

 子供が10人ぐらいは来ていた。田んぼの作業には子供は邪魔なように見えるが、子供がみんなで遊んでいる中での田植えは良いものだ。今の時代子供が野外で走り回っているような光景はまずはない。子供には一番必要な時間のはずだ。

 走り回っている子供を誰かが見守りながら、大人たちはひたすら田植えを続ける。両者が精一杯働いている。子供たちに伝わるものもあるはずだ。こういう光景の中で子供が育つことこそ大切なものだと思う。老人にも目が覚める大切な時間だった。

 田んぼをやる時は絵を描くように、絵を描くときは田んぼをやるように、そう思ってやっている。柿の下田んぼはまさに絵を描くような田んぼである。過去にない美しい田んぼである。その美しさが土木的な合理性と地形にある必然の上に成り立っている。

 まさに絵を描くというのはこの人為と自然の織り成す美しさを自分の目が確認するという事だと思う。そう思うようになれたことは絵を描いてきたおかげである。そして田んぼをやってきたおかげであると、改めて思った今年の田植えであった。

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2021年の田植え

2021-05-29 03:54:25 | 「ちいさな田んぼのイネづくり」


 柿の下田んぼの全景である。田んぼは久野川に降りる斜面に作られている。田んぼから久野川までは5mほどである。写真は田んぼの上にあるバス通りからとっている。観音堂前というバス停なのですぐに場所がわかる。

 ここ一帯を1haほど使わせてもらっている。すべて耕作放棄地だった場所を復田したところである。一部柿畑と栗畑の所だけはそのまま残されている。この場所は車では行けない畑だったところを道を作り降りて行けるようにした。

 湾曲した畔の形が古い棚田の形を残している。この湾曲が水圧土圧を和らげている。もうこういう田んぼは小田原では少ないともう。復田してみて、良い田んぼを復田させてもらったと、感激したところである。人間の技が美しい景色を作っている。



 柿畑の下には上野さんの家庭菜園がある。荒れ放題のこともあったのだが、柿畑の下の家庭菜園でとても美しい。草花も植えられていて、美しい庭の畑の典型ではないだろうか。ちょっとした心遣いが積み重なり、絵になる景色が生まれる。



 右側にはみんなが憩えるひだまりガーデンがある。その奥には渡部さんがミツバチなどを飼っている渡部ワールドと呼ばれるこれまたすごい場所がある。その間をトラックターが降りれる道を作った。いつもはこの場所に車が3台止められる。

 この一番奥の場所に久野川がある。久野川は箱根明星岳を水源とし、久野を通り、小田原市内を抜けて山王川となり、相模湾にそそぐ。小田原市内だけを流れる2級河川である。箱根山ろくに豪雨があると、すぐ滝のようになり、田んぼの脇の擁壁は10年の間に3回も崩されている。

 その擁壁をイノシシがよじ登る。2メートルもあるほぼ垂直の壁を掻き上るのだから驚く。仕方がないので網で登れないようにしてある。このところ上った形跡がないので、しばらくは大丈夫そうだ。


 田んぼの線引きである。ここは3畝の田んぼで線引きは1時間はかからないで出来た。線を明確にひくためには水の引き具合が重要であるこのくらいがいい状態である。24時間前に水を抜き始めた。土の状態で良い状態を作るのは案外に難しい。

 慣れた人ならば見えないところあっても田植えは出来るのだが、初めての子供でも田植えが出来るというためには、この状態のように分かりやすくしなければならない。しかもここに水を入れたらばまた見えない。だからみんなでやる田んぼは水のない田植えである。

 この線の十字の場所が植える場所である。線をひくときにできれば十字の所を避けたい。と言ってもそれはなかなか難しい。今回は短いトンボに葉をつけた新しい線引きを使った。山北田んぼがくれたものである。幅は短いことと、田んぼの凸凹に応じ切れないところが欠点だが、田んぼが整っていれば、問題なく線が引ける。


 このように植える速度に合わせて、わずかに水を入れたながら、植えてゆく。一本植である。頼りないように見えるが、これが24時間で活着して、停滞無く成長を再開する。苗が落ち着くまでは浅水にして置くつもりだ。

 この田んぼは3畝ほどである。小さな田んぼのイネ作りに丁度良いサイズである。これで180キロ採れれば、普通の家族ならば十分ではないだろうか。個の周りに大豆を植えるつもりである。苗を現在作っている。田植えが終われば植えるつもりだ。

 3畝の田んぼの田植えが一日がかりであった。江戸時代の田植えの記録では1反植えたというから、その3分の一人前というところ。以前試した時は4畝が一日の田植えだった。3畝まで体力が落ちたという事になる。しかし、若い頃より良くなったこともある。


 田植えが終わったところの写真である。3時30分ぐらいである。そう、歳をとって良くなったのは根気である。飽きなくなった。粘り強くなった。若い頃は気力を振るって我慢してやっていたが、今は楽しんでやれる。気分の良いものだ。

 今朝は少し腰が痛いが、今日も田植えである。明日も田植えである。そういう身体を使った繰り返し事が何でもなくなった。自分でも不思議な気がするが、年齢で変わるものもあるようだ。これが老人力なのかもしれない。

 幸い今日も明日も田植え日和である。田植えを楽しみたいと思う。心底田植えになり切りたい。昨日は一人で黙々と田植え機になったつもりで植えていた。機械を使う人には理解できない喜びだろうが、人間は案外こうしたところで生きている。
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小田原の田植えが近づいている。

2021-05-22 03:54:35 | 「ちいさな田んぼのイネづくり」


  小田原から送られてきた写真である。欠ノ上の苗床。播種三週目に成る前ぐらいだろうか。18日撮影。4月25日蒔種。つまり3葉期である。苗床の幅は1メートル。23メートルの長さに4キロから5キロの種籾が蒔かれている。一番左が新長塚田んぼ、右側二つが欠ノ上田んぼ。

 左から2本目が今年参加させて貰う柿の下田んぼの苗床である。一番手前の1メートルが、酒米の山田錦。その次の3メートルがサトジマンで、あと20メートルぐらいが神奈川県の奨励品種であるハルミである。特Aを取った品種である。ハルミは初めて作る。生育を充分把握しなければならない。JAの作出した新品種。

 小田原の新しい田んぼ一反3畝の田植えが近づいている。緊張してきた。5月26日に田んぼの準備。27日28日が苗取り、29日30日が田植えになる。東さんが農家を体験する田んぼだと思っている。いままで学んできた、イネ作りをできる限り伝えたいと思っている。有機農法のイネ作りはやはり、経験者がその時に応じて,細かく見方を伝えることが一番良い。

 観察力を持つことが出来るかどうかが重要になる。イネの葉は多くの場合、品種によって違うが14枚から15枚出る。普通のことである。ほとんどの方が書物で稲のことを学んだわけではない。私の場合は絵を描くことから、みると言うことは専門のつもりだ。

 苗の時から、三つの株に葉にマジックで1番2番と印を付けて、サトジマンでは15枚出ると言うことを確認した。平均的な話ではあるが、3年やってみたが、変わらず15枚であった。そういうことをするのが好きなのである。



 ここは直まき実験田である。想定していたように、少しこちらの方が良いかもしれない。品種はハルミ。30センチ幅のスジ蒔きである。同じく3週目が近づくぐらいかと思われる。5週目になったところで30センチの間の苗は苗取りをして、補植などに回す。つまり、30センチ角一本上の直まき田になる。

 このやり方は100坪くらいまでであれば、田んぼの中央に30センチおきに、3本の畝のスジ蒔きをして、左右に苗取りをしながら、田植えをして行けば、苗床と本田を同時に進めることが出来る。究極の省力化田んぼになると思うのだが。

 昔このやり方で自分の小さな田んぼをやっていたのだが、草負けしてしまいなかなか大変だった。何故か今年はうまく草が抑えられている。初めての田んぼは草が出ない。代掻きも成功したのだろう。手作業で荒起こしをして、耕運機で代掻きをした。もちろん手の代掻きでも良いに違いない。昔は代掻きをしなかったことが草に巻けてしまうの原因だったようだ。

 15枚出るなどと言う事はどうでも良いことのようだが、生育の流れを葉の数で見て行くと分りやすいのだ。イネの葉は1枚は小田原では1週間ごとに出る。種を蒔いて1週目に張りのような一葉が出なければだめだ。2週目には稲らしい2葉が、この生育に気がついたときには嬉しかった。

 3葉期で一気に大きな葉を出す。この時から自分の根の力で動き出したのだ。苗床の土壌の状態が分かる。肥料が足りなければ苗の色が黄ばんでくる。黄色の苗が良いという人も居るが、黄色い苗では多収は出来ない。こうして、種まき9週目の稲はおおよそ9葉期の稲と考えて良い。

 9葉期には分ゲツが20本以上採れていることが目標である。20本分のゲツが採れるためにはすべてがそろわなければ出来ないことである。水の駆け引き、発酵型の土壌による、稲の力の引き出し方。9週目に稲の観察を必ず行い、分ゲツを数え、定点の写真を毎年撮る。人間の記憶より、写真の方が正確である。

 10週目の10葉期の頃イネは幼穂を株元に育て始める。この頃が補肥のタイミングとなる。補肥を与えるタイミングは難しいが、葉の色の緑の濃さや株ものとの膨らみ具合など判断しながら、補肥を与える。と言う具合に葉の数を数えながら、生育のあわせた管理が出来る。

 何故田植えのが5,5葉期になるかと言えば、この時期に両側に分ゲツが出始めるからだ。このタイミングで田植えをすると一番分ゲツが採れることになる。有機農法では分ゲツを確保することが、一番難しいことになる。土壌が充分に出来ていなければ分ゲツはしない。

 こうした色々のことは、何かに書いてあったわけでは無く、観察の結果そう思えたに過ぎない。だから、小田原の農の会なら参考になるが、他ではまた違うのかもしれない。この5,5葉期の苗は田植えをした翌日には生育を始める。翌朝には葉の先に露が宿る。

 この露を根付いた証だと判断してきた。つゆの付く時期が遅れるようならば、活着が遅れる何か原因があるわけだ。多くの場合土壌の状態が腐敗方向になっていることが多い。苗取りが雑で根を傷めていると活着が遅れることもある。

 苗取りでは株の根元が重要になる。根元から根も分ゲツが出てくるから、苗取りの時にこの根元を揺すって痛めたりすると、大切な分ゲツが充分に出ないと言うことになる。根に付いた泥は洗わない。そのまま植えた法が活着が良い。根はちぎれていても同じだという人も居るが、私には全く違うように見える。

 イネ作りで収量を上げるためには三つの重要なことがある。1,5葉期二分ゲツの苗を「5週間」で作る。2,10葉期前後に的確に補肥を与える。3,深水管理と間断灌水を最後の最後まで行うこと。結果として60センチの長さで、2センチの幅のある15枚目の止葉を作る。

 田んぼのあれこれでここに書いたことは思い出したことである。それを本にまとめたのだが、こういうことが山ほどあって本に書けなかったことの方が多い。すべては田んぼを見ることである。それは絵を描くことから得たものである。緑色の違いには自信がある。観察の仕方さえ確かであれば、その時々に何が大事で、何をやるべきなのかが分かるようになる。

 それが有機農法の面白さで、田んぼの観察は尽きることがない。そうした私が知った、畝取りまでの道のりを他の人に少しでも残したいと思っている。小田原で東さんに伝えることが出来るのも今年が最後だと思っている。東さんも真剣なので楽しみなことだ。

 私の稲作も上手くゆくばかりでなかった。失敗を重ね、改善を重ねてきたものだ。今度石垣島で田んぼを始めて見ても同じことだろう。失敗から始まるに違いない。失敗を材料にして3年先には石垣島向きの技術として確立したいと思う。その頃まで何とか田んぼが出来るだろう。

 失敗を重ねながら、学んでだんだん収量を上げられると思っている。何故収量にこだわるかと言えば、稲の元気の力を最高に引き出すことがイネ作りだと思うからだ。元気な稲であれば必ず良い穂を付けることになる。有機農業による多収は、嘘偽りのない元気の証明だからだ。

 
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