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口蹄疫について

2010-06-16 04:13:33 | 自然養鶏
畜産をおこなう一人として、衝撃的事件である。直視できないような思いがあり、しばらくこのことを見ないようにした。現地の方々の気持ちを思うと、何も書けない様な気持ちになる。えびの市での移動制限が解除され、収束に向うかに見えた。突如、10日になって都城市、宮崎市、日向市と飛び火する形で、燎原の火は広がった。一日一日、祈るような気持ちで、3例で済むように祈っている。発生農場周辺では、抗体検査をするらしいので、その結果しだいで今後の様子が見えてくる。15日現在都城市では1キロ以内の11農場豚97頭が抗体調査で感染していないことが判明した。何しろこの怖ろしい病気は、豚が感染しウイルス濃度が高まると風に乗って広がる。ドーバー海峡を超えたと言うから、昔流行したと言う口蹄疫とはそもそも感染力が極端に違っている。この何故かウイルスが変異する事が、畜産のあり方に由来しているようで、問題を複雑化している。14日現在289例199,012頭の殺処分対象になっている。

イギリスでは殺処分方式で抑えることになり、60万頭以上が殺処分されたこともある。この背景には家畜は経済動物であると言う事がある。もし、人間にも感染する狂犬病のようなものであれば、優れたワクチンが開発が行なわれていた可能性はある。今のような状況はなかったのかもしれない。だから、口蹄疫のことを考える場合、経済からの視点と、科学的視点が常に混在してくる。ワクチンが開発できないことの要因が、殺処分の方が安いと言う経済から来ている。ワクチンを巨額の開発費をかけて作ったとしても、その利用が清浄国という貿易にまつわる経済問題から、利用できないと言う獣医学とは違う問題が存在する。自然感染とワクチン接種の区別ができないこと。そのため、血清調査による、口蹄疫清浄国の判定ができなくなる。牛や豚にしたら、どうでもいいことではある。

前回12年の宮崎での発生においては、感染原因は中国から麦わらとされた。北海道の同じ飼料を使っている、農家での検出。このときは幸い初期に感染を阻止することができた。発生農家を中心に半径20km以内を移動制限地域、50km以内を搬出制限地域と設定し、域内の全農家について立ち入り調査と抗体検査を実施した。3月21日の一報から6月9日の北海道の終息宣言にいたる経過は、とても参考になる。今回より最初から、厳しい対応をした。。その後原因と特定された中国麦わらに対する、ウイルスの死滅する期間の利用制限などあるのだろうか。何故、前回の経験が生かされなかったのかは、問題がある。今回は国連FAOからの協力要請も断っている。どうも10年間の間に、ウイルスは感染力を増し、日本国は対応力を低下させているようだ。

科学的にいえば、口蹄疫は人に感染するが、発病はしない。これも経済の問題だが、風評被害を考えると、人には感染しないと言い切るのも理解できる。しかし、人間が保菌者になって、感染を広げる可能性はある。特に、全国から現場の防疫体制に疎い人間が対応に集められると、感染を広げるリスクは高まる。宮崎での飛び火的感染の拡大に人間は関与していないか。十二分に調査する必要がある。私なら、発生地に行った人間は農場に入れない。家畜保健所の人間などが、各農家を調査で歩き回るようなことで広げる可能性もある。また、畜産関係者を集めて注意のための、研修会をするようなことも、リスクを高めるばかりである。宮崎ではこの点大丈夫だったのだろうか。
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種牛5頭抗体も陰性

2010-06-07 04:13:50 | 自然養鶏
口蹄疫が少しづつ終わりかかっている。今回川南町の感染農場の丸一隆氏のマスコミに向けた情報が、47NWES以外では取り上げなかった事がわかった。マスコミがこの問題で興味を持つ部分は、本質とは少しも関係のないことである事が、よく分かる事例だ。国の対応を政治的に問題化して、面白おかしく取り上げる。昔で言えば、夕刊紙やスポーツ新聞のレベルである。ワイドショウ的な事には熱心である。いかにも、現地の畜産農家に同情的な風は装うが、宮崎県の種牛の処理についても、対応を興味本位で取り上げたに過ぎない。報道機関が現地入りできない状況で、初期段階で地元メディアの現地入り取材が行なわれた問題もある。こう言う時に現地の農場から、インターネットを通して情報が出てくることは、とても重要な事になる。そうした仲間からの緊急連絡で、急いで対応を始めたと言う畜産農家の声も聞かれる。国や県の通達よりすばやく、対応が流れる。マスメディアの科学的分野の能力低下も目立った、事件であった。

大分で放牧養豚をされていて、現在千葉で養豚をされているYさんと、この一連の事で話す機会があった。行政の対応の後手後手について、深刻に言われていた。行政が口蹄疫について、予備知識や事前準備がなかったこと。ヨーロッパ、韓国と日本の対応の違いなど、教えていただけた。畜産業では家畜医療の進歩が遅い。治すより殺処分と言う発想から、医薬品会社の対応も鈍い。日本全体で鶏を専門とする獣医は6名ではないかと言われていた。全国の行政から、緊急にデスクワーク中心の獣医師が集められて対応する。現場の最新の口蹄疫の情報を持っているものは極めて少ない。まして政治問題化するから、赤松農林大臣の最初の記者会見のように、ニコニコ笑って人間には感染しませんから大丈夫です。まさか農林大臣かと言うような、場違いな事になる。最近でも東国原知事との会談で、殺処分を1週間以内に済ますように要請した。どこの誰がどうやってやると考えての発言か。

種牛49頭は既に殺処分されてしまった。しかし、きわどく5頭の種牛は免れた。これに対して全国肉牛事業協同組合と日本養豚協会と言う団体からは、「犠牲を強いられた生産者に対する裏切り行為だ。」早く処分しろとの声明が出ている。5頭が何故感染しなかったのか。このことを充分に考えるべきだ。ウイルスが濃厚な環境にいたとしても、感染しないものは感染しない。こう言う事が充分に研究されていないのが、獣医学の状況だと思っていい。たぶんすべての獣医が5頭が感染していると主張したはずだ。そして、抗体があると。Yさんもそういわれていた。そんなものではないと、最初の予想通りの結果である。感染とか、免疫とか、ウイルスとか、まだまだ未解明と考えなければならない。こうした大流行こそ、研究を深める機会である。それをせず、ただただ殺処分を急ぐことの繰り返しが、再流行を防げない原因である。いつも、感染の経路は不明確で終わる。

多くの命を無駄に殺してしまった、大事な教訓として、今回の事件を記憶にとどめる必要がある。一つは、危機管理の不十分な国であること。もう一つは、報道は科学的分野に弱いため、自今判断力が不足していること。さらに、経済優先の畜産が巨大な産地形成に繋がり、リスクを高めている事。遠からず、次の感染が起こる。口蹄疫ならまだいい。人畜共通感染症が起こることを想定しなければならない段階に来ている。人間は殺処分できないから、隔離である。その体制はまったくない。WHOではまだ豚由来のインフルエンザを6レベルと主張している。次の流行では6と言う事態を深刻には受け止めないことになる。医師は病気を見る事が出来ても、世間知らずである。今の状況では、個々人が自己防衛以外にないような状況である。一つある。覚悟を決めることである。オタオタしない。これぐらいしか方法がない。
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種牛49頭の殺処分

2010-06-02 04:33:04 | 自然養鶏
悲しいことに殺処分が終わったそうだ。対岸の火事ではない。鳥インフルエンザが再流行すれば、同じことが待っている。ああ出てきたか。と言うのが同業生産組合の3団体からの抗議と、殺処分要請。宮崎のJAの代表も殺処分を要求している。こういう中で種牛を作り出してきた人が、断腸の思いで殺処分を決行した事だろう。辛い事である。間違いの最初は、鳩山氏が赤松氏に農林水産大臣を任命した事だ。農業の門外漢。労働組会運動から出てきた人だ。鳩山氏は農業分野の特殊性が分かっていれば、民主党が取組む最大の懸案として、党内の農業畑の人を選ぶべきあった。人が居ないわけではないと聞いている。自民党以上に農業政策に精通している人がいると、ある方から聞いて、それなら期待できると思っていた。ところが、門外漢の赤松氏だ。先入観が無いから思い切ったことが出来る等という、意見もあったがこの結果だ。

事が起こる前の事だ。現在、鳥インフルエンザはどうなっているのか。それに対して国内はどういう体制で対応しているのか。終焉に向っている空気である。当面日本に現れる事はない。私もそう言う認識である。本当の所はどうなのだろうか。笹鶏の種卵ぐらいは、地域外に保管しておく必要があるのかもしれない。その価値があるかどうかはまた別であるが。どこかに専門家がいて、目を開いてリスク管理をしていてくれないような気がしていたが、そう言う事はない。体制がまったく無いというのが、宮崎の口蹄疫でよく分かった。事が起きてからの事も問題があるが、天災でも、人災でも、起こる前にどう予測して、目を見張るか。種牛の飼育体制がだめだった。保全のための充分の管理がされていなかった。今回の事件を反省して、種牛の保全体制の組みなおしは必ず実行して欲しい。そして、分散する事。産地化の方向を反省する事。結局、宮崎県の畜産がまずいと言う事になる。

気になるのが、生産3団体の抗議行動。もう一つは不明、全国肉牛事業協同組合と日本養豚協会と言う団体が、どうにもならない団体だと言う事が分かる。「犠牲を強いられた生産者に対する裏切り行為だ。」なぜ、こういう場面で、こういう発言が出てくるのか。宮崎ブランドが崩壊すれば、自分の所が利益がでると言うことと考えると分かりやすいか。この二つの業界団体が、きわめて政治的な団体である事は想像がつく。農水の要請があるのだろう。宮崎県への怒りはあるが、赤松大臣の罷免要求がない。責任者は農林水産大臣である。これに触れないでどうする。業界団体と政界の腐れ縁。こういう政治的動きがことの本質を見失わせる。オマケに5頭の特例の観察経過の種牛も早急に殺せと、発言している。それなら、特例を認めた赤松大臣を問題にしないでどうする。

特例の5頭は2日現在でまだ感染が見られない。感染が分かった1頭と同じトラックで運び、同じ牛舎で飼われていたのだ。口蹄疫の感染力という物の、何か不思議がここにある。これを充分に研究して欲しい。殺してしまえば何も分からなくなる。今回お金をかけても隔離管理ができる状況である。何故感染しなかったかが分かれば、貴重な情報である。5頭の保全に特例の理屈はつく。鳥インフルエンザでもあれほどバタバタ死んでゆく中で、感染しない鶏がいる。そういうものである。この感染しない鶏はとても重要な免疫を持っているかもしれない。何万羽の内から選抜されたものだ。これを淘汰してしまうのは、研究材料としてもったいない。実際そういう研究をしている製薬会社はある。殺すなど最後の手段だ。モラルハザードを起こすなど、平野官房長官の発言が空虚に響く。迷惑なものは排除する。これの方がモラルハザードだ。
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宮崎種牛の延命祈願

2010-05-23 05:09:30 | 自然養鶏
東国原宮城県知事が種牛の救済を国に申し出た。これまた異例中の異例である。ただでさえ6頭の種牛を移動した。正直移動した翌日、残された他の種牛に感染が見つかった。あまりの符合。それを疑わなくてもいいにしても、異動禁止区域からの脱出移動は異例。その結果、6頭のうち1頭が感染我判明。もし私がこう言う事をして分かってしまったら、警察の取調室だろう。普通ならこれで、宮崎の種牛のすべてが淘汰と言う事である。もちろん、淘汰などする必要は無いと考えている。考えてはいるが、ルールではすべてが無理強いの淘汰である。その中で何故県の種牛だけが異例に救済されるのか。もちろん経済性である。さしが入る高給和牛の種雄だからである。何かおかしくないか。命の軽重と言う事もあるが、それだけではない。

何故、ルールを見直そうとしないのか。ルールがおかしいのである。種牛を経過を観察すると言う事で、飼い続けてもらいたい。特別にワクチンを摂取する。ワクチンの効果を見ると言う事でいいではないか。何故、淘汰しなければ防げないのか。もしこれが人間であれば、あくまで隔離であろう。淘汰が結局一番安上がりと言うだけなのだ。家畜は経済動物と呼ばれる。すべてが経済の枠で考え済まされている。殺処分して埋めてしまえば、大変な損害だと言われているが、むしろ隔離してワクチンを使って、病気を封じ込めると言うのは莫大な経費が必要となる。要するにお金の事だけだ。前回も書いたが、感染していない牛は肉にして食べればいい。トリインフルエンザの時にも、このことを主張したが、感染を調べる、費用が無いというのだ。感染する前に早急にやるべきだ。さしの入った宮崎牛など、生涯食べる機会も無いだろうから、こんな機会に拝ませていただく。

種牛は実験材料として、特別扱いしたらいい。まずすべての種牛にワクチンを打つ。これで、清浄国に成ることは当分なくなるが、この種牛を島の種畜場に移動する。そして、経過観察の実験を行う。既に感染している種牛も、淘汰をしない。生かして病気の経過を見る。徹底した隔離も、人間なら不可能でないのだから、隔離病棟で飼育実験をする。口蹄疫では必ずしも死ぬ訳ではない。回復する牛もいるはずだ。どうなるか。徹底調査の対象にする。この病気の必要なデーターが取れる良い機会である。全殺処分してしまうから、この病気がどういう経過になるのか、細かな所がわかっていない。とてもいい機会だ。この種牛群を使って実験をする。経済動物なのだから、相当費用を掛けてもいいだけの価値がある。問題は風評被害だが、宮崎の畜産農家がその価値を認めるなら、覚悟してやってみる。

東国原知事は危機管理がわかっていない。「寝ずと頑張っているんです。」その叫ぶ前にやるべきことがあった。それが知事の役割である。こんなに大切な種牛なら、韓国であれだけ騒がれている間に、分散管理に切り替えるべきだった。大切な種牛をそのままにしている県があれば、直ぐ分散隔離してもらいたい。案外手をこまねいている所もありそうだ。家畜保健所に要注意事項を徹底すべきであった。1ヶ月の放置が、こういう事態を引き起こしたのだ。トキはそのために、今石川県でも飼育されている。トリインフルエンザが発生したとき、リスクがあるのだ。出来れば、島で飼育するほうがいい。かなり安全性が高まる。青ヶ島を日本の種牛基地にする。どうだろうか。一つの島では危ない。沖縄諸島など適地がありそうだ。4島ぐらいで豚や鶏の種畜場も同時に行う。こういう体制を全日本で行う事。種の保存センターの設立。いい機会である。
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ワクチンと免疫

2010-05-20 04:22:02 | 自然養鶏
口蹄疫ではワクチンをウイルス濃度の低減の為に使うことになった。殺処分を待つ間、ウイルスを抑制する事が出来ると報道では書いたものがある。テレビで専門家らしき方もそう発言していた。ワクチンと言うと、特定のウイルスに対して、免疫を作るための感染予防的に使われるのが普通である。感染を既にしている場合、発症を防ぐためにワクチンを使用し、効果があるという考え方。本当にこう言う事が有効なのであろうか。疾病小委員会の専門委員が決めたことだから、間違えとは思いたくないが、どうも腑に落ちないところがある。免疫という物は、生き物なら大抵のものが、自然に備えている機能である。この機能を人工的に行うのがワクチンである。既に感染している牛にワクチンを打ったところで、意味がないはずである。たぶん情報が交錯している。ここで言うワクチンの効果は、殺処分を待つ家畜にまず、ワクチンを打つ。そして待機中の感染を防ぐ。こう言う意味ではないだろうか。

しかし、科学的に考えればこれもおかしい。埋めてしまうなら食糧にしてしまったらどうだろう。食べても安全だと、繰り返し述べている訳だ。無駄な事はすることはない。感染もしていない種牛を殺処分するなど、丸で意味がない。血液検査をしてそのまま飼い続けるべきだ。種牛を殺処分するのは、正に風評被害そのものだ。生き物を無意味に殺す事は行ってはならない。今回の事でも、経済の事が優先されている。宮崎ブランド全体のイメージダウンを避けたいと言う思い。清浄国である認定の後れの不安。肉の輸出が出来なくなる対策。経済的対策でワクチン使用の判断が揺れ動いている。商売でやっているのだから、当然である。と言う声が聞こえるが、家畜は物ではない。生命を粗末に扱ってはならない。

免疫機能は植物にもある。MOA大仁農場の木嶋先生は拮抗微生物の免疫作用を主張されている。植物免疫と言う考えの先駆者である。最近になって奈良先端大学の研究成果でも、同じことが確認されたと言う。しかし、江戸時代から農家は踏み込み温床を行ってきた。苗を作るときに、踏み込み温床と言う微生物が充満した環境で作る苗が丈夫であると言うことを、体験的に知っていた。私の提唱する自然養鶏でも、この考えに基づいている。雛をいわば踏み込み温床の上で育てるのである。小さい時から、菌の充満した中で育つ雛。育ちながら感染し、免疫力を高めてゆく。こうしてえた免疫力は、特定のウイルスという特別な免疫ではないが、ごく普通にある病原菌に対しては、ワクチンとは違う免疫力を確立する。その結果一切の薬剤を使わない自然養鶏が可能になっている。

宮崎での口蹄疫では殺処分対象が、県内の家畜数の4頭に1頭になった。と言う事は、宮崎県では人口に近い数の家畜が存在し、その4分の1を殺処分する。まったく怖ろしいようなことだ。牛が注目されているが、豚は58万頭と数が多い。これが鶏だと432万羽となる。正に畜産県である。今回の事でも、経済的合理性から産地形成を行うと言う考え方を見直す必要を感じる。むしろ、地域地域で分散して、適正規模で家畜は飼うべきものだ。ただでさえ地方の産業は衰退している。畜産に力を入れて、集中して行おうと言う事になるのは、わからないではないが。リスクも高まるのである。今回の反省が、予防的殺菌という所に行くだろう。そうした方向は進めば進むほど、リスクが高まる。今回のウイルスも、宮崎に登場した時には、前回より感染力がぐんと増していた。家畜を飼うと言う意味をもう一度見直さなければならない。
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口蹄疫ワクチン使用

2010-05-19 04:04:20 | 自然養鶏
これは確かに非常事態である。日本の人畜共通感染症の対策の新しい場面である。ワクチンによって病気を制圧する。これは新しい事態を招く事になる。それもやむえない段階だと、農水の家畜疾病委員会が判断したと言う事である。現段階では、予防的に使用することは決定されていない。トリインフルエンザにおいては、あれほどの流行と要望があっても許可しなかったワクチン使用である。家畜の世界では隠れて違法にワクチンを使う農場が存在するほど。常日頃ワクチン使用の希望の圧力は存在している。しかし、それをあくまで農水は禁じてきた。4つのの理由がある。(1)口蹄疫には沢山のタイプがあるため、ワクチンは流行株に適合しなければ効果がない。(2)ワクチン接種した動物でも感染することがある。(3)不活化が不十分でウイルスがワクチンの中に生き残ってしまうことがある。(4)清浄国との判断が難しくなる。それはトリインフルエンザノ場合とまったく同じことである。

専門家の判断であるから、それ以外ない事態に到ったと言う事になろうが、もう少し時間を稼ぐと収束に向かう可能性が高いとみているが、どうも政治的にもそういう事態ではなくなった。今までの農水や赤松大臣の外遊まで、批判されているが、そういう問題ではない。今緊急事態において、政治問題に摩り替えようとする、報道の姿勢は明らかにおかしい。この点では、3月31日、県家畜保健衛生所では水牛の感染の情報が入ったが、口蹄疫を疑わず、遺伝子検査をしなかった。さらに、家畜衛生所は最初の疑い事例についても、11日前の4月9日に症状を確認しながら感染を見抜けなかった。お隣の韓国では1月に感染が広がった。要注意状況である。にもかかわらず、県の家畜保険所は疑いを持たなかった。韓国中国では引き続き感染が広がっている状況なのだ。この県の検査体制と感染症に対する意識の低さを、その理由を調査し、次の感染対策に生かす必要がある。

蝿やネズミやゴキブリでも感染は広がるのである。そして人間である。人間は感染しないと言うのは、間違えである。人間は希には感染するが、大した病気ではない。と言うのが科学的な知見である。赤松大臣の人間には感染しませんと言う発言は以前も指摘したとおり、間違った発言である。風評被害防止と言う事も確かにあるので、仕方がないとも言える。但し、感染症に対して、深い知識が無い人が、緊急動員されている自衛隊員が人には感染しないものと考えて行動すると、感染の拡大を担うおそれがある。人は蝿と同じように菌を保有し運ぶ。たぶん感染を広げたのは、3月31日水牛を調べた、家畜保険所の職員の可能性が高い。犯人を批判すると言う意味ではない。その人の行動範囲を調べることで、今回の感染対策がとりやすくなる。

ワクチンを使うことにするとなれば、収束のさせ方も、充分に想定しなければならない。新型インフルエンザでも、パンデミックだと騒ぐだけ騒いで、ワクチンを無駄にしただけだった。その責任をWHOの関係者も、報道も無視している。ワクチンを使えば、次の流行に対して複雑な対応になる。問題が起こるだけでなく。この後数年は、緊急事態が続く覚悟がいる。トリインフルエンザに対しても、ワクチン使用の圧力が高まるだろう。豚でも同じことになる。病気が潜在化してゆく可能性が高まる。いつも、結論は同じ所になる。家畜の飼い方がおかしいのである。病気をワクチンで潜在化させる。こんなことを続けていれば、いつか人間に手に負えない、人蓄共通伝染病が登場する。肉はたまに食べればいい。人間の暮らし方の問題にぶつかる。
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宮崎の口蹄疫

2010-05-16 05:35:39 | 自然養鶏
口蹄疫の流行地域から、種牛6頭の移動が行われた。特例措置というが、どういう特例なのか良くわからない。笹村農鶏園でも、笹鶏という種鶏がいる。これは特例で移動させてもらえるだろうか。もし、この地域でトリインフルエンザが起きた時に、たぶん有無を言わせず、全淘汰となるだろう。このことをどう考えたらいいだろうか。宮崎でも同じ思いがあったに違いない。6頭の貴重な種牛だけは残したいと考えたのだろう。その気持ちは分かるが、行政自身がそう言う事をしてしまった前例は、重大である。当然、私に命令が下ったとき、宮崎の特例を主張するだろう。実は、トリインフルエンザノ兆候があれば、卵を隠そうと考えていた。山に穴でも掘って、そこに埋めて置く。ほとぼりが冷めたころ、掘り起こして孵化すれば良い。そう思っていた。それは、命に代えても種鶏を守る必要があると考えていたからだ。

今はそれほどその思いは強くない。笹鶏の作出は失敗だったと思っているからだ。段々歳を取って、反逆心が萎えたと言う事もある。そこまでやっても馬鹿馬鹿しいと言うような気持ちだ。笹鶏はもう赤系統は20年近くの交配だろう。大館の大工さんをお訪ねして、種卵をわけていただいた所から始まった。その比内鶏はとても、元品種の特徴を残しており、小さな鶏であった。今は肉用と言う事でシャモのように大きな鶏になってしまった。ただ、欠点もあって、笹毛に黒状線が出ないところであった。笹鶏の笹はこの笹毛に黒状線が出る鶏と言う事である。笹村の笹ではない。赤系統はこの鶏にロードアイランドレットをかけたものである。これは岩手の畜産試験場から戴いたものである。兄からもらったわけではない。私の所に研修に来た方が、卵を持ってきてくれた。しかし、それだけを交配したのではない。あれこれ初期にかけている。

この笹鶏赤系統から、笹鶏白系統を作るために、ヤマギシの有精卵を孵化した、サセックス系の鶏と思われるものを交配した。この分離は10数年前となる。赤系白系の2系統を維持して、系統間交配で、雑種強制を行い、実用的に利用している。今も続けてはいるのだが、少々未来が無いことに気付いて、いまは毎年というのは止めにした。つまり、3系統を別飼いにして、維持する負担が大きすぎる事である。20代も近親交配を続けているのだから、笹鶏の純系は産卵率も極めて低い。当然の事である。この産卵性の低いものを維持し続けるのが、経済としては不可能という壁にあたった。こう言う事を食べる人に押し付けていいものだろうかと言うのがある。手掘り牛蒡の論理である。生産者のいわば趣味のようなものを、消費者に押し付けていいのか。確かに押し付けるべきなのだが、自分の心がそこまで強くない。

宮崎の口蹄疫は押さえ切る事が出来ないように、広がりを見せている。しかし、ある意味心配はない。広がるだけ広がれば収束する。今人間が動き回って広げている可能性が強い。どれだけ、消毒しても人間の身体の中は消毒できない。人間がウイルスを一時保有する。このリスクを考えるべきだ。茨城のトリインフルエンザの時も、結局うやむやにされたが、厚生省の発表では明確に指摘されていた。この情報が今は無いのは、これが表ざたに成ると、保証の問題がこじれるからではないかと推測している。宮崎の牛飼いの人達の悲しみは深いだろう。種牛だけでもという気持ちは良く分かる。しかし、肉を食べるのを止せば良いだけの事だ。ついこの前まで、4つ足は食べなかった。食べなくても別段大丈夫だ。私は僧侶だから戒律的にも、食べないと言う事か。

昨日の自給作業:種蒔きなど3時間 累計時間:22時間
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口蹄疫

2010-05-07 04:24:00 | 自然養鶏
口蹄疫は牛と豚に感染する、ウイルスによる伝染病である。鶏に対する、鳥インフルエンザと良く似ている。実は人間に対しても、同じようなものである。「人間に対してまったく安全である。」という赤松農水大臣の発言は、科学的にはさしたる根拠はない。人間に感染したとする報告も無いわけではない。この点でもトリインフルエンザと良く似ている。宮崎県で4月23日に最初の感染の確認があった。現在、7日時点まででは感染は広がる一方で、新たに川南町では12箇所で見つかったようだ。殺処分数で5万頭に及んでいる。感染の広がり方からして、初期の防疫には失敗していると思われる。宮崎県では自衛隊の出動を要請し、殺処分や消毒を進めている。しかし、こうした対応が、茨城県でのトリインフルエンザの際での事例のように、感染の拡大をむしろ誘発する場合もある。検査の為に全国から動員された、家畜衛生職員がウイルス保有者となり、他の農場へ伝播してゆくこともありうる。

ウイルスの型はアジア全域に広がるタイプと同型とされている。空気伝染もありうるというのだが、どう考えても人間による感染が、一番可能性が高い。感染が一定広がってしまえば、収束まで根気良く対応する以外にない。しばらくは根絶は無理な状態と考えた方がいい。こういう時恐いのは、無知による感染の拡大である。慌てて、畜産関係者を一箇所に集めて、口蹄疫対策の復習を繰り返し行う、家畜保健所などがきっと現れる。人から人にウイルスの保有が広がり、そこから次の家畜農場での感染が起こる。絶対に、畜産関係者は意味の無い畜産関係者の集会に出かけないこと。これはどの場合も鉄則である。畜産関係者が、アジアの畜産の見学に行く。こう言う事の後は、1ヶ月は他所には行かないことである。まず、宮崎県の担当者のウイルス保有をチェックする必要がある。この保有というのは感染とは違う。

今の家畜はきわめてウイルスに弱いと考えなければならない。飼育方法が経済性だけで導き出されている。こうした感染性の高い伝染病の場合、防ぐ事が極めて難しい。難しいあまり、さらに消毒を強化してゆく。外部の環境と遮断して行く。その結果家畜はさらに免疫力の極端に低いものとなる。豚の場合は、回転が速いから、鶏のブロイラーと良く似た結果になる。牛の場合は産卵鶏と良く似た経過になる。現状では自然が吸収してくれるのを待つ以外にない。中国では、口蹄疫のワクチンを使用している。トリインフルエンザでもワクチンを使用している。日本では禁じられている方法である。中国は正に、日本では行ってはならないと言う方法で、日本以上の大規模畜産が行われ始めている。ヨーロッパが、養鶏ではケージ飼育を禁じようとしている。この危険な実験状態をどのように見るべきか。

人間と家畜の関係はとても危険な状態にある。今のままの家畜飼育では、人間への新しい感染症が防げない事になる。口蹄疫やトリインフルエンザはまだ序の口である。手に負えない、共通伝染病の登場はこのままでは登場する。もし、100万人の人間が垂れ流しで、1箇所で暮らしていたらどうなる。外部と遮断すればするほど、消毒をすればするほど、その中で起こることは新しいウイルスの登場を促しているようなものだ。いつか、必ず、怖ろしい事が起こってしまう。その前に世界全体で、家畜の飼育の制御をしなければならない。人間は肉はめったに食べない方がいい。たまに食べる範囲にしておく必要がある。世界の多くの宗教が、肉食を禁じているのは、それなりの理由があると考えた方がいい。まだ間に合う。打つ手はある。江戸時代の日本の文化の価値を見直すことだ。

昨日の自給作業:稲播種3時間 累計時間:12時間
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トキが卵を捨てる

2010-04-27 04:47:13 | 自然養鶏
自然に戻す実験が続いている。今年初めて、自然の中でペアーが出来た。雛誕生を楽しみにしていた。しかし、3個産んだ卵の内2つを巣から外に捨ててしまったという。最初は雌が捨てたらしい。次に雄が抱いていて、その雄が捨てたらしい。原因はいくつか想像できる。一つは鳥が未熟なため中の雛を取り出す行動が、タイミングよく機能しないでまだ孵化に到らない、卵を割って外に放り出した可能性が考えられる。人工飼育中のトキに孵化した雛を捨てたものも居るそうなので、何かそういう異常行動が、既に少ない系統のため起きている可能性は捨てがたい。しかし、センターの観察では、トキという鳥はそういう学習をしてだんだん上手に成ると言う事も考えているらしい。次に考えられることは、無精卵を判別して捨てている可能性がある。子供の頃飼っていた黒チャボで、とても子育ての上手な雌鶏が居た。

上手というのは、孵化率が高いと言う結果になる。孵化がとても難しい卵は、その鶏に任せていた。1度に15個ぐらい孵してしまう。抱えている卵が平均して温まるように、足で外のものと中のものを入れ替える。最初のうちは、餌も日に何度か食べて、卵を冷ましたりする。2週目にはいる頃から、一切立たなくなる。そして、無精卵を外に転がしだす。これが、トキの行動のヒントになる。無精卵を外に出す行動については、何度も確認した確かな事であり、その雌鶏以外でもあったことである。抱いていて、無精卵は腐ってしまう。一方2週を過ぎる頃には、卵の雛の鼓動が強くなる。有能な親には、この判別がつくはずだ。腐った無声卵を孵化していることは、その周辺の卵にガスが悪影響をする。その卵を巣から外に出して捨てるのは、当然の行為の可能性がある。

新潟大の永田尚志准教授は「孵化(ふか)が近くなり、ひなが卵の殻を破ろうとした音で経験不足の若い雌が異物と認識して、捨てたのではないか」と分析している。これは間違っている。雛が嘴打ちを始めるとすれば、三つの卵はほぼ同時期になる。嘴打ちした雛を捨てたとすれば、卵を捨てた所を見れば分かるだろう。また、この場合、捨ててから幾日立っても、残る卵が孵化しないという事はない。二つが雄雌によって、4日の日を置いて巣から外に出された事は、無精卵を捨てる行為の可能性が高い。3つのうち2つが無精卵だった可能性が高いとすると、残る1つも、残念ながら、無精卵であると思われる。しかし、まだ二つのペアーが抱卵しているらしいので、今年度の雛誕生も希望はまだある。

トキが自然界で生息できる環境があるか。といえば、とても難しい。佐渡で田んぼの保全を続けて居一部の人達の努力が、トキの餌を供給している。雛が生れるためには、良い餌が大量に必要である。その環境が日本から失われたために、コウノトリやトキや丹頂鶴は絶滅していった。。野生の大型鳥類が絶滅が早いのは、大量の餌が必要だからである。ドジョウ等ウジャウジャ居るというような環境で、生息している生き物である。それが失われたと言うことが実は深刻な問題。この背景にあるのは自然界の汚染が原因の主である。あくまでトキの保全は象徴。そっくり生息地全体の回復が図られなければ、人間の生息を脅かす。今は、中国状態から抜け出て、自然は回復傾向にあるとの想像がふくらんでいるが、これは間違った認識である。水生昆虫の調査を続けられている学者によると「回復どころか、あちこちで絶滅は進行している。」こう言われている。
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見学希望者に

2010-03-24 04:27:41 | 自然養鶏
笹村農鶏園には時々研修の方が見えます。以下の条件で受け入れています。

1、毎週火曜日の午後研修のための見学を受け入れています。
2、一緒に作業をしてもらいます。
3、養鶏、あるいは自給的農業をやりたいと考える人限定です。
4、笹村農鶏園の生産物を購入している人の見学は、いつでも自由です。
5、無料です。

〇見学を行う事は、社会的義務だと考えています。多くの人から教わり、見せていただき、今の技術を培ったのです。不充分な技術ではありますが。次にやろうと考える人に全てを公開して、参考にしてもらう、必要があると考えています。遠慮する必要はまったくありません。ただし、時間を限定しているのは、それ以外の日に受け入れることは、なかなか難しい事情があるからです。「いついつ行きたいのですが。」と言ってくる人がいますが、こういう態度では学べません。学ぶと言う事は、学ばせていただくと言う事です。こちらの都合に配慮できないようでは、研修に来た所でいい結果になりません。

〇作業をやる気で来てもらいます。ただ見ていたのでは、身につかないからです。手伝ってもらった方が、こちらも助かるからと言う事もあります。農作業は見ているのとやってみるのでは随分違います。水分量60%などとあっても、少しも分かりません。水を入れ、手で触って、この程度というのは、季節によってもかなり違うものです。少しでも作業をしながら、そういうところを覚えてもらいます。一緒に飼料集めに、工場等に行きます。そういうかかわりの感触が大切だと思っています。周囲と良いかかわりが持てない人には、自然養鶏は無理だと考えています。

〇研修のための見学とは、養鶏法を私から学ぶための人の見学です。学ぶと言う事は難しいもので、自然養鶏は総合的なものです。いいとこだけ都合よくとは行かないものです。時に私を指導に来たのかと思える人がいますが、あくまで、私から学ぼうと言う事です。その上下関係が嫌な人はお断りします。例えば、私の家に来る地図を要求する人がいます。住所で自分で工夫して来る。これも自然養鶏の条件だと考えています。自然養鶏は、毎日が新しい困難な事の解決です。私が伝えられるのは、工夫する基になる考え方です。後はその場に応じて、各自が創意工夫することです。

〇養鶏や自給農業を、やると言う気持ちがある人だけです。もちろんやっている人も歓迎です。一羽だけ飼ってみたい人、ベランダで自給したい人でも、大歓迎です。やれるかどうかは私には分かりませんので、相談にはならないと思います。また、やる気の無い興味本位の人と付き合って、教えている時間がないからです。この範囲は難しいのですが、遠慮は要りません。

〇無料です。お互い様だからです。全ては誰かから学んだ事です。伝えてゆくのは社会的義務です。手土産等の、配慮の必要はまったくありません。出来れば、見学代だと思って「発酵利用の自然養鶏」は読んでから来て下さい。それの方が話が分かりやすいです。図書館にもある場合もあります。ない場合は購入する価値はあると思っています。残念ながら小田原の図書館にはありません。

〇笹村農鶏園の生産物の購入者はいつでも自由です。自分の農場だからです。たまたま、私が変わりに担当して生産しているが、農場は食べている人のものだからです。

^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
何故、改めて見学の事を書いたかといえば、以上のような条件は、普通の事で、特別ではないと考えていた。しかし、理解できない人もいると言う事が分かった。社会の状況が変ってきていて、様々な人が現れてくる。書いておかないほうが悪いと言う事になる。
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ひよこが来る

2010-02-13 04:18:20 | 自然養鶏
予定通り、ゴトウのヒヨコが来た。「ゴトウモミジ」75羽とオマケ3羽である。岐阜市からである。遠くから西濃運輸が運んでくれた。現在ヒヨコの輸送をしてくれるのは、西濃運輸だけのようだ。ヤマト運輸などでは衛生上の問題があるから、ヒヨコはだめと言われた。今や西濃運輸が小さな養鶏場の命綱である。後藤孵卵場から雛をとり寄せるのは始めての事だ。あちこちの孵卵場から取り寄せた事があるが、対応が微妙に異なる。ゴトウにはホームページから、E-メールで送ったが反応が無かった。案外、E-メールが実際には機能していない会社と言うのはあるものだ。ホームページ制作会社にお願いしてその後のホローがない。やめてほかに頼もうかと思ったが、色々迷った挙句、あまり好きではない電話をすることにした。電話には出てくれた。出てくれたのだが、細かい所は担当から連絡すると言う事になった。4,5日して、8日に担当から電話があり、12日に送れると言う事だ。よく聞くと、11日発送と言う事になる。

何となく急な話で、ヒヨコの育すう箱の準備がぎりぎりになる。次と成るといつになるかと聞くと、分からないと言われる。生き物相手のシステムだからと納得して、思い切ってここで踏み切ることにして、お願いした。8日に電話を切り次第、育雛舎の床の整備にはいる。半年以上そのままにしてあった、育雛舎である。1月中に一度は床の発酵を入れてあるから、再度水を加えて、切り替えしをする。時間が短いので、布をかぶせて保温をしっかりしておく。11日にいよいよ、育雛の状態を作る。幸い床はいい具合に暖かい。湿り気もしっとりでちょうど良い。これで、半分は成功したようなもの。ヒヨコは最初の1週間は湿度が要る。その後は乾いた方がいい。小高い山を作り、その上から、炬燵のような90×60の箱をかぶせる。裏と表に、のれんのような布を垂らす。そこからヒヨコが出入りをする。いわば母鶏の羽根のようなものである。温度計を入れて、12日早朝確認すると、31度。臭いも悪くない。

西濃運輸の小田原支店に着止め。雪で心配だったが、大垣から厚木に無事到着。厚木を7時に出たから、8時過ぎに着くと言う事だった。8時30分に受け取る。以前、3時頃到着して、野外に置きっぱなしと言う事があった。必ず前夜時間を確認し早めに行く。一羽ずつ掴んで確認しながら、育雛箱に入れる。このとき雛の硬さを確認。いい雛は硬いゴムまりのように弾力がある。骨格がしっかりしていると言う事。今回は、孵化時間に差があるようだ。3日前に孵化したものと、初生とが混ざっている。色もリス毛が何羽かいる。水も飲みたい、餌も食べたいという10羽ほどが、飛び回って箱の中でじっとはしていない。急いで、くず米を与える。20羽ほどが一生懸命食べていた。この間にゆで卵を作り、黄味だけをステンざるで細かくして与える。箱の中に電球をつけてある。明るいと、外で寝ない。それでも、夕方、夜と3回はこの外で寝てしまったものが居ないか、確認する。今回はそういう物は一羽も居ない。

私の育て方だと、購入した雛は弱い場合があって、一割ぐらい死んでしまう事がある。1羽も死なないように過保護に育てる事もできるのだが、それだと、良い鶏にならない。エサは黄味とくず米を加えた、親鶏と一緒のものを与える。育てながら、免疫力を高めるようにしてゆく。草も与える。地面の上で一貫して育てる。温度は出来る限り低めにして、早めにきる。今回は雪の中到着した。冷たいみぞれが舞い散る、厳しい天候だ。案外ヒヨコは丈夫なもので、乗り切ってくれるものだ。最初の1週間の温度は30度は欲しい。床は必ず熱が出ていること。温度計より、ヒヨコが地面にベターとして散らばって寝ているようなら良い。ピヨピヨ鳴いて、押しくら饅頭ばかりしているようでは寒い。しばらく暖まると外に飛び出てきて遊んで、又体が冷えると中にもぐずりこむ。外に取り残されると、ピーピー甲高くなく。

昨日の自給作業:ひよこの世話あれこれ1時間 累計時間:7時間
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鳥と新型インフルエンザ

2010-01-05 04:39:38 | 自然養鶏
強毒の鳥インフルエンザの世界的流行は、ほぼ自然界に吸収されてきている。農水省のデーターが正確だとすると、ネパール、中国南西部での昨年5月の発生が最後である。この冬どこかであるだろうかと思っていたが、今の所発生の報告がない。日本では豊橋の弱毒のうずら感染が昨年最後の発生となっている。養鶏をするものとして、実に安堵している。人感染についても昨年世界での年間死者数が、中国4人、ベトナム5名、エジプト4名。13名で以前の100名を超えたような状況から見ると、収束してきていると見られる。累計数で一番の115名の死亡といわれているインドネシアでも、昨年は一人の死者もでていない。インドネシアでは日本で行われているような、鶏を自然界から遮断して防ぐようなことはしていない。それでも納まり方は、防疫を騒ぐ日本と変わらない形で、収まってきている。

一方、豚由来の新型インフルエンザが大騒ぎになったが、こちらもほぼ収束をしてきた。昨年の12月に厚労省から、とても貴重な資料の公表があった。これを良くよく読むと、インフルエンザというものがどういう病気なのか、おぼろげながら見えてくる。とても用心深く書かれていて、コメント部分は暮らしのレベルでは意味がないのだが、データーは深い。インフルエンザの流行について、これほど易学的にデーターが揃った事はないと思われる。どんな形で感染が始まり、感染を広げ、そして収まって行くのかが見えている。結果的に見ると、今回のインフルエンザは毎年起こる風邪の流行と大きくは変わりがない。フランスなどではワクチンを接種する人はきわめて少数派であったそうだ。冷静な判断である。5月に感染の起きた大阪の高校での、8月時点での血清疫学調査の詳細な研究は、興味深い結果がでている。

一定の抗体があるものが半数、160倍価以上で感染し抗体を得ていた者が15、8%。抗体があると確認された人の45%が発症した。抗体がある者でもその後再感染したものが、3名(2,8%)いた。抗体価を160倍以上としているため、抗体価の低い感染者もかなりいると見られる。考えてみれば、自然感染であれ、ワクチンでの抗体でも同じことで、人それぞれである。既に日本人の半数は感染したと思われる。その中で122名の死者数。死ぬ人は特別な身体の条件の人と考えられる。普通の体質の人の場合は感染して発症すらしない人が大半と考えられる。今回はワクチンの摂取が発生時に出来なかった。その結果普通の人の場合ワクチンが無くても問題はおきないという事も確認できた。ワクチンも病気によりけりで、今の所、インフルエンザにワクチンで対応と言う事は、大きな意味がないことがわかる。

感染を防ぐ、これを厚生省も広報している。しかし、いつかは必ず感染する。病気というのは避けられるものではない。そのようにリスクを背負いながら生きていかざる得ないのが、全ての生き物の自然の姿である。マスクをするより、免疫力を高める事である。今回の鳥インフルエンザの方は最悪のシナリオにはならず、徐々に自然の力に溶けこんで来ている。とは言え、今回が幸運であって、必ず、新たな形で人類を脅かす新しい感染症は登場する。多くの場合、畜産由来であると見ておいていいだろう。自然の奥に隠れていた、ウイルスを引っ張り出す事もありうる。ワクチンの開発より、そうした新しい流行を生み出す、原因の方を断つ努力をすべきだ。少なくとも、感染の連鎖を起こすリスクの高い、大規模畜産の禁止は必要である。合成化学物質の畜産での使用も出来る限り避けるべきだ。
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卵とコレステロール

2009-12-03 04:42:28 | 自然養鶏
最近気になるテレビコマーシャルがある。コレステロールは気になる。でも、生活習慣はなかなか変えられない。『見ないふり、それが一番心配です』をキーフレーズにコ〇〇トンを飲めばいい。『コレステロールは薬で下げられます。」というものだ。日本での薬の意味がよく現されている。コレステロールは気になる人が多いいだろう。しかし、コレステロールって何と聞かれると、善玉がいたり、悪玉がいたりで、もう一つ納得が行かない。「卵がいけないのだろう。」こう決め付ける人も結構いる。「油ものがいけないのだろう。」「欧米食の影響が問題。」様々な感覚がある。いずれ明確には分からないが、自分の食生活が、どことなくコレステロールというやつを溜めているのではないかという、不明瞭な自覚がある中年が多いいのではないか。コレステロールは「若い女性の甘いもの」と同じような訳のわからない、ぬれ衣を着せられている気がする。

そこを上手く付いたのが、このコマーシャルである。暮れで酒を飲む機会もある。ついこの売薬を買ってしまう人が多いいに違いない。中年になれば誰だって、どことなく自分の食生活に不安がある。本来なら、生活習慣を変えるべきだ。誰だってそんなことはわかっている。分かっているけど、止められない。この現実である。せめて卵だけははずしてほしい。毎日2個の卵を20年食べ続けている。うちの犬も毎日2個食べている。それでも、犬も私も生きている。何でもない。しかし、卵がいけないのだろう。こう言う感触が多くの人に宿っている。食べ物は毎日の人体実験である。自分の身体と相談して行く必要がある。何が良くて、何が悪いかだ。ところが悪いのは分かっているが、それをそのままにしておいても、この薬さえ飲めば大丈夫。確かに人間そうなのだけど、そんなものだとは思うが、それを正面から認めてしまっていいのだろうか。

中年は生活習慣病と言うやつに、脅迫されているような感触がある。悪いのではないか。悪いのは分かっているが。まさに、生きているのはこの後悔と不安の日々なのだ。この脅迫をどれだけ払拭するか頑張っているようなものだ。食生活と日常生活がいっしょくたんになって、迫り来る。たかが、卵1っこで大げさなことをと思われるが、神経が繋がっていて、薬で1発解決できるなら、スッキリしたいという所があるのだろう。この辺を突いているから、このコマーシャルに怒りがこみ上げるのだ。食生活が気になるなら、食生活の改善に少しでもいいから向うべきだ。それを薬があるから大丈夫。これでは拙くないか。この分かっちゃいるけど、に迫ってくる感覚は悪質ではないか。食生活を変えないで、この薬を飲んでいて本当に大丈夫だと保証があるはずもない。問題が深刻化してゆくに違いない。問題の先送りが、一番いけない。

対症療法。薬を使ってしのぐ。見ない振りをしているより、コレステロールに直面すべきと、このコマーシャルはまず言っている。本来直面するとは食生活の改善であろう。「コレステロールの増加する生活習慣を変えましょう」なら、AC広告機構のものになる。生活を変えられないと言う事を前提に、大丈夫コレステロールなら、薬で下げられえるので、こういう流れを主張していいのだろうか。卵のぬれ衣であった。卵は少しも悪くない。卵は最高の健康食品である。素晴しい食材である。鶏は自給生活には不可欠なものだ。卵を食べればコレステロールも下げられる。嘘だと思うのだろうが、卵に含まれる、レシチンは卵黄から来ていることばで悪玉コレステロールを駆逐する作用がある。必須うアミノ酸8種を含むバランス栄養食品。などと書かれているものがある。そういうのは調べた訳ではないが、私の毎日の食実験では2個食べると具合がいいと出ている。
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宮内庁で鳥インフルエンザ発症

2009-10-21 04:43:50 | 自然養鶏
10月16日、宮内庁埼玉鴨場(越谷市大林)の飼育施設内のアイガモやアヒルに鳥インフルエンザ陽性反応があった。「H3亜型鳥インフルエンザの発生が確認されたことから、飼養者に対し、発生家きんの隔離等の防疫措置を実施し、念のため、病原性を確認するため、当該ウイルスの家きん等への接種試験を実施。」農水省の対応はこのように書かれている。「20日、大阪府の養豚農場の豚のインフルエンザ検査において新型インフルエンザの疑いがあるウイルスが確認されました。」これも農水省の発表である。


足柄上の家畜保健所は廃止された、平塚の方からの管轄に統合された。畜産農家も急速に減っている。そのうち、管轄の役所も県内1つで充分と言う事になるだろう。先日、担当者が新しくこの地域の担当になったので、挨拶に伺いたいと連絡があった。挨拶だけなのかと聞くとそうだと言う。挨拶は電話で充分なので、来て頂くのはお断りした。所が事前連絡がないまま、来てくれた。私は居なかったのであえなかった。電話で、ネットをどのように張るのか伺い、事例があるなら教えてもらいたい。と言う事を話したので、わざわざ写真を撮って持ってきてくれたのだ。中井の養鶏場で、ネットを張って放し飼いしている事例らしい。良く出来ている。しかし、この対策が有効であるとはどうしても思えない。スズメが入らないとは到底思えない。ネズミが入れない。ゴキブリも入れない。そこまでやっても感染する時は感染している。リスクが下がると言う事を言うのだが、根拠はあるのだろうか。

宮内庁の鴨場で鳥インフルエンザが発症した。何故、宮内庁では放し飼いが許されているのだろうか。網を張らなければ放してはいけないと、家畜保健所から指導されないのだろうか。放し飼い養鶏場に網を張れと言う様な指導は、科学的根拠がない。このままでは、「全ての野鳥を殺そう。」こう言う事になる。鳥だけではないだろう。人間以外の一切の生物を淘汰しなければ、完結できない考え方だ。人間が暮してゆくと言う事は、害のあるものとも、妥協点を見出し、共存してゆくと言う事だ。日本人の衛生観念が、おかしくなっている。テレビコマーシャルで流れる除菌スプレーとか、ウイルスを除去する空気清浄機とか。まさに排除の思想である。どこまでも排除して、無菌室のような所でしか、人間が生きて行けないようなイメージが作られる。もう多勢に無勢で、「ワクチンなど絶対に打たない。」と言う人間を異端視する空気が感じられる。

豚のインフルエンザ感染が起きた。以前から早急な対策主張していたが、やはり日本でも起きている事が確認された。鶏の方はさしたる心配はない。問題は豚の方だ。鳥と人間は病原菌から見れば、体質が相当に違う。同じ病気にかかるなど、稀有な例だ。その予測どおりの結果が、鳥インフルエンザの10年の経過でいよいよ明らかになってきた。豚はそうはいかない。クローン豚からの臓器移植が研究されているくらいだ。豚の中で強毒化して、人間への感染拡大が起こる可能性は充分にある。ウイルスの変異と言う事が、どういう経緯で起こるかはまだ未知なところが多く、安易な推測は出来ないが、タミフル耐性ウイルスに簡単に変異することが判っている。豚が感染した時、豚がどんな薬を使われているのかも問題だろう。また、100万とか言う数の豚が、狭い所にひしめいているのだ。アメリカ資本のメキシコの養豚場で何が起きたのかは、全く封殺された。

鳥という生物は多くが群れで暮す。特に水鳥は何万羽集まり生きてゆけるように、自然淘汰を潜り抜け、生き抜いてきた。豚は違う。豚は、イノシシはせいぜい30頭ぐらいで生活している。これを何万と言う所まで集めて飼うと言う事に無理がある。もちろん、鶏だって、1000羽以上飼えば、リスクが高まる。数を一箇所に集める事は、人間の社会だってリスクが高まる。経済効率だけが優先され、国際競争を勝ち抜くことが、目的化されてきた。中国の巨大畜産はこれからどんな結果を世界にもたらすか。自動車生産台数、紙の生産量、世界1になるらしい。同じような感覚で、畜産も一気に巨大化している。もう日本が、放し飼いは網を張るように、どころではない。巨大な養鶏場と、養豚場。そして、いたるところの放し飼い。日本が率先して畜産の方向を変えない限り、中国の畜産リスクに対して、発言は出来ない。
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鶏の遊び場

2009-09-29 03:53:04 | 自然養鶏
鶏を小屋の中に閉じ込めておくのでは、良い鶏を育てる事はできない。平飼い養鶏の問題点である。鶏は本来、草原や茂みの中で、一日中地面を掘り返して餌を探している。掘った地面にもぐりこむように、土浴びをしている。自然の土壌というものがどれほど鶏の生活に不可欠なものであるか。ところが、放し飼いと平飼いでは、その手間暇が大きく違う。鶏の視点で見ていない人のなかには、外に出しても同じことだと主張する人も多いい。それは、外に出すと言ってもただ出せばいいと考える人である。茂みや草原に出さなければ、外に出す効果は半減する。そこで考えたいのが、遊び場のローテーションである。遊び場が草一本ないような状態になったら、遊び場を休ませ、自然回復を待つ。そして、草や茂みが回復したら、又鶏を遊ばせる。これを上手く回してゆけば、本当の放し飼いが出来る。

遊び場の大きさは、当然広いほどいいが、最低どのくらい必要か。せめて鶏小屋より広い必要がある。鶏小屋は寝に帰る場所だから、10坪100羽でもいい。しかし遊び場は、20坪が3箇所が必要である。そして出来れば遊び場は全体がネットで覆われる必要がある。上から鷹が狙うからである。中国では広いお茶畑に鶏が放されていた所があった。お茶のような低木の隠れ場があれば、上部からの外敵を防げる可能性はある。遊び場全てがネットで覆われていないでも、春に出す場所は必ず、全てをネットで被う必要ある。ネットはいわゆるゴルフネット程度である。しかし、とても高価なものだ。それで、魚網を貰いに行く。大抵の漁港では、魚網は産廃になっている。お願いしておけば、廃棄が出たときに分けてもらえる。魚網がいくら丈夫なものであると言っても、ネズミなどに必ず食い破られる。だから、金属の網と2重にしなければならない。

この金属の網も結構高価なのだが、コンクリートの中に埋め込む、鉄の網が案外に安い。これを外側にぐるりと回して、さらに内側に魚網で囲う。屋根トタンの廃棄品が手に入るなら、下部だけトタンで回すのもいい。もしそこが人家から離れた場所であるなら、その外には電気柵がさらに必要になる。電気柵をつけると、草が触れないように管理しなければならないから、管理に手間取ることになる。年5回の草刈が必要。これはあくまで環境によるが、生活をかけて本格的にやるなら、増えている獣の害を考えて、設置した方が安心である。現在、新しい鶏小屋に、二つ目の遊び場を増築している。鶏が少し増えたので、遊び場を増やさなければならなくなった。昨日は3人で片づけから、一気に支柱の設置にまで進めた。一番の課題だった、その遊び場への人が歩ける道も作った。この竹やぶの中の道が、なかなか美しいもになった。そうなると竹薮ももう少し綺麗にしたくなる。

作っている遊び場の上には、少し平らな土地がある。何となく雰囲気のある場所なので、いい利用法がありそうだ。そこから遊んでいる鶏を眺めているだけでもなかなか良さそうだ。そう、お茶お飲む場所。ともかく鶏を飼うには長くそこに居ることが一番だ。ゆっくり鶏と一緒に居れば、鶏の事が分かる。鶏からもらえるものも出てくる。今回の鶏の遊び場は周りが、竹林だ。鶏小屋の中にも、すぐ竹が生えてくる。この環境が素晴しくいい。竹林の中と言うのは、実に静寂なものだ。竹の持つ独特の力がある。他の土地とは全く違う、竹には独占してゆく力がある。この清浄力とでもいう生物の力を上手く取り入れたいものだ。病気を起こすウイルスなど、竹やぶの中では到底存在できないだろう。こうした自然力こそ、自然養鶏の一番大切にする力である。
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