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地場・旬・自給

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ユッケ食中毒

2011-05-08 04:11:10 | 自然養鶏
どうもユッケというものを食べて、4人の方が亡くなられた。お子さんも箸を付けた程度で、亡くなられたという。可哀想でならない。生肉を食べるということは、私はしない。今回の食中毒で気付かされたのは、生肉を食べる習慣が広がってきていたことだ。食習慣の変化の速さには驚くばかりである。牛鍋ですら、ためらいがちに食べた明治時代から考えても、日本人の食生活の変化は驚くほど大きく、早い。生肉が一番おいしいから食べたい。こういう気持ちの変化がすごい。肉の生食は不気味で思い切った覚悟が無いと出来ない。吸血鬼にでもなるようである。獣肉というものはとてもリスクがある。人間の遺伝子的に近ければ近いほど危険である。共通伝染病だってある。その意味でも仏教のいうところ菜食ということは、理にかなっている。

本来人間は何でも食べたに違いない。人類はいつも餓えていたはずだ。食べれる物は何でも食べて生き延びてきた。可能であるなら多分獣食のほうが、菜食より好まれていたのではないだろうか。縄文の遺物からそういう推測が出来るということを読んだことがある。獣がふんだんには食べられないので、だんだんに菜食に移行したのではないだろうか。その過程で、集団的戒律として、獣食禁止が出てきた気がする。多分宗教的戒律に成る前段階があったのではないか。人間の知恵の蓄積として、菜食というものが選択されてゆく。このことはおろそかに出来ないものではないかと思う。肉の方がおいしいから、美味しいものを食べたい。この選択はいかにも現代的である。一つの贅沢として、肉食が存在する。贅沢であった肉食を、日常にしたいというのが現代社会である。そして、肉食も牛鍋から、焼肉と変化して、ついに生食に至る。抑止するものが無ければ、当然の成り行きでこの流れは、食中毒ぐらいで収まるものではない。それが食文化というもので、ふぐの肝のようなものだ。

今回は大腸菌の食中毒ということだ。O157以来様々な大腸菌の種類が登場するが、今度はO111も同じ仲間らしい。菌の毒性が強くなっているのか、人間が弱くなっているのか、特定が出来るようになったためなのか、そのすべてなのか分からないが、ともかく保育園などでの大腸菌集団感染は珍しくなくなっている。感染経路の特定ということが、何より重要であるが、今回の場合は何故だかすでに原因はユッケであるとされている。神奈川県の同じ系列の焼き肉店でも集団食中毒があるらしいから、その菌の遺伝子を調べれば、さらに原因ははっきりするだろう。感染の経路は、何の先入観も無く、純粋に科学的にすらべる必要がある。あのカイワレ大根の時も結局は感染経路は不明である。これは、鳥インフルエンザでも口蹄疫でも同じで、何か隠して置きたいという意思が働いているかのようである。原発事故隠しも同様である。

焼き肉チェーンの若い社長が、生肉食の禁止を叫んでいた。逆切れということらしい。この人が今語るべき話ではないだろう。しかし、禁止して欲しいと思う。生肉まで食べる必要が無い。生肉に対する法律の不備が言われる。食べるにしても火を通すのは当たり前のことだと法律も思っていたのだろう。食は自己責任である。魚でもそうである。信頼の無い店では、生ものなど食べないようにしたい。生卵もそうである。割ってみて怪しいものを食べるなど、もっての外である。その判断が外食の場合しにくい。だから、外食では火を入れたものを食べればいい。これならという時にのみ、生卵は食べれる生モノである。日本人が体質的に対応力が減ってきていると考えておくべきだろう。韓国で大丈夫でも日本ではだめということがある。しつこいようだが、生モノには気おつけることだ。
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韓国口蹄疫の惨状

2011-02-21 04:18:15 | 自然養鶏
韓国での口蹄疫感染家畜の処分状況が、朝日新聞に掲載されている。水道水に血が混じっているという、身の毛もよだつような報道である。337万の家畜が埋められている。牛の5%、豚の33%である、驚くことに生き埋めも相当数あるらしい。韓国ではワクチンの接種が13日に決定され、現在2回目の接種が牛は96,7%、豚は42,5%となっている。ワクチン接種後の経過の情報を精査しなければならない。宮崎での口蹄疫の10倍以上の規模である。文化の違いからくるのか、淘汰の方法は到底理解を越えている。口蹄疫は北朝鮮でも深刻な状況らしい。しかし他人ごとではない。日本もいつかこうした大惨事が必ず来てしまうことを覚悟しなくてはならない。問題の細部は不明ではあるが、その土台に横たわる大規模畜産の問題とせざる得ない。目先の予防ばかりを強めた所で解決はない。日本でワクチンを禁止している意味を再確認すべきだ。韓国で起きていることは、次の段階では中国で起こることだ。中国の家畜飼育は急速に拡大している。その時にはもう取り返しも付かない、人間の生存にかかわるような重大事に成る可能性が高い。

温暖化の問題でも、世界の調整はつかない。危機が迫っていることは誰もが気付いている。すでにさんざん化石燃料を使い放題で来た国と、これから使って行こうという国である。調整がつかないまま問題は深刻化している。地球の人口的に言えば大多数の人が、アメリカ並みの消費に向かおうとしている。アメリカの姿勢と中国の姿勢。地球の未来を展望できずに、自国の利害に執着している。豊かな国に成ったとしても国家のエゴから脱することは難しい。領土問題を見れば良く分かる。アメリカが世界一豊かだと言っても、この国に生きる人間が幸せだとは限らない。アメリカ、中国は経済格差問題を抱えている。国の成長が止まった時、危機が深刻化する。世界の中にはGNPが低いと言っても、人間が豊かに幸せに暮らしている国はある。比較の問題である。そのひとつの事例が江戸時代260年の姿だと思っている。肉などめったに食べなくても問題はない。それで良しとすればいい。

日本はまだ淘汰する数が少なかったので電気ショックで牛や豚を殺処分したのだと思う。生き埋めより人道的なのかどうか。人間の都合でむごいことをしていることには変わりはない。今は中国の家畜数はまだ少ない。これから増大して行く。戻ることのできないような深刻な病気が登場する可能性もある。間に合う内に日本から、新しい畜産を提案すべきだ。消毒の強化などで、手に負えるはずがないことを認めなければならない。「ネズミが鶏舎に、畜舎に入らないようにして下さい。」取り締まる側は簡単にこういうことを主張する。これを主張する人の家にネズミが入らないようにできるかを想像してもらいたい。その次には、ゴキブリやハエが入らないようにしてください。こう言うに違いない。本気で防除を考えたら、無菌室の畜産以外、不可能ということになる。

まずすぐにでもとりかかるべきことは、畜産を団地化したり、産地化したりしない。分散型にする。隣の農場までは、最低でも5キロぐらいは取る。当面は1キロから始めて、徐々に分散化して行く。規模も制限する。1頭、1匹、1羽の飼育面積を広げて制限する。鶏ならば、1坪5羽がいいのだが。今より、倍の値段に成ることを食べる側が受け入れるかどうかである。畜産の国際競争力などとんでもないことだ。利潤を求めて効率化して、作り上げた大規模工場畜産が作られた。食糧を国際競争に巻き込めば、利潤を優先した所が勝ち残る。中国はさらに規模拡大して行っている。競争力のあるということは、そういう競争に成る。それが新しい病気を産み、人間の生存を脅かすに違いない。食べ物は水や空気と同じだ。競争だけではうまく行かない。

小さくともやり方によっては可能な、理想の養鶏を実証するために養鶏業を始めた。卵を1個55円で販売することで生きて行ける。受け入れる消費者が居ればのことだが。
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家畜伝染病予防法の改正案

2011-02-20 04:26:50 | 自然養鶏
管内閣は「口蹄疫(こうていえき)や高病原性鳥インフルエンザなどへの対応を定めた家畜伝染病予防法(家伝法)の改定案を今国会に提出する。発生の通報が遅れるなどした農家に、家畜の殺処分の補償をしないなどの罰則を新設するほか、感染拡大防止策として発生農場の周囲の健康な牛豚の殺処分や、鳥インフルの原因とされる野鳥の生息地周辺の消毒を法制化する。 」この改正案の是非の前に、今起きている現実がどんなことなのかを、理解する必要がある。科学的に分析する必要がある。出水市のナベヅル生息地で鳥インフルエンザで死んだ、ナベヅルが居た。この時何も手を打たないでいたら、近くの養鶏場に感染が広がってしまった。だから、ナベヅルの生息地も消毒すべきだった。というのが法改正の一つの論拠らしい。自然界を消毒すれば、消毒が可能だと考えている。その科学的根拠が示される必要がある。ただ雰囲気としてやらないよりはやればリスクが減るというのでは、法律の根拠としては弱い。

自然の成り立ちに置いては、鳥が病気に感染して死んでゆくことによって、その病気と折り合いを付けている自然界の厳しい仕組みでである。人為的に人間がその仕組みにかかわることは、明確な解決への証明が必要である。当面の措置として行おうという、自然界の消毒という発想は、問題を深刻化させることに成る。一度はそれで済むかもしれない。2度目も良いかもしれない。しかし、いつかさらに手の打ちようのない病気に成って、帰ってくる。消毒という手段は決定的なものではない。鳥の生息域に生きている、微生物から水生動物等の餌にもにも影響するだろう。鳥たちは生息域を離れるということに成る。そしてその鳥の群れは衰退するだろう。と同時に、病原菌を保菌している鳥が居たとすれば、ウイルスの拡散に手を貸すことに成る。さしてどことも分からないところで多数が死ぬだろう。それを食べる動物から、次の拡散につながる。自然界の鳥の感染がたまに見つかるという状態は、一部を消毒すれば済むような状態ではない。

次に出て来るのは、すべての鳥を淘汰するという思想である。ホロコースト。自然界に対する人間のおごりである。それぐらいなら、畜産を止めて菜食にした方がまだましである。法改正の前の具体的な対応は、リスクの高い湖等水鳥の飛来地から、一定距離内の養鶏の禁止と、畜産業の団地化の禁止と、分散化の奨励である。大規模畜産場は5キロ圏内に1つとか決める。不可能なことではない。自然との折り合いの付け方だ。これこそ、法改正すべきことだ。人間側が考えるべきことで、罪のない野生動物を、追いやることはもう止めるべきだ。それは動物が可愛いというようなことだけでなく、人間自身がその悪循環のすえに滅びることに成るからだ。もし、わずかでも自然界を消毒できるなどという、妄想を抱く学者が居るなら、その論拠を法律を作る前に示す義務がある。その前提無く、突然野生動物の保護区に立ち入って、消毒を行い、環境を崩壊させるようなことは許される訳がない。今までの、多くの人々の善意によって、支えられてきた自然保護の活動を、無にしてしまう法律である。

トキ、アホードリ、タンチョウヅル、コウノトリの保護活動を行っている組織は、緊急に反対声明を出してほしい。良くわからないと思っている間に、日本の自然をめちゃめちゃにしてしまうような法律案が、改定されてしまう。今の政治は経済以外の観点は持たない、目も向けないから、自民党も間違い無く理解も出来ないまま賛成である。多分政治家の大半の人が、畜産農家が悪いぐらいの状況認識だろう。取り締まりを強化しない、各県の担当者も何をしているのかと怒り心頭であろう。感染があるたびに、網が不十分だった。と原因を養鶏場の管理体制を問題にする。自然養鶏で一つも発生がない現実をどう見ているのだろう。野鳥が感染して死んでいる。しかし、それで野鳥が目立って減ったようなことは聞かない。野鳥は乗り越えつつあるのだ。
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神奈川県畜産会

2011-02-07 04:07:57 | 自然養鶏
神奈川県畜産会というところから、鳥インフルエンザに関して注意書きが送られてきた。私はここに所属している訳ではないので、この社団法人が行政からの依頼を受けてやっていることなのか、あるいは独自にやっていることなのか不明である。JAグループと連携を取ってと書いてある。JAグループの災害対策本部本部長とあるから、災害として鳥インフルエンザをとらえているということらしい。消石灰20キロ3袋、踏込み消毒槽用ラック1個、が無償で配られると書いてある。「具体的な発生予防のための効果的な手法」というものが資料として付けられている。人によるウイルスの持ち込みを防ごうということである。もっとも大切な基本である。ここでは一切野鳥については触れらていない。野鳥については、適当な方法がないということに成るのか。あるいは宮崎で多発している事例を、人間が持ちこんでいるものと考えているのか。この流れでは後者と考えての事ではないかと受け止めた。

2月6日現在宮崎県では、11例目の高病原性の鳥インフルエンザが発症している。野鳥の侵入と考えるにはあまりに不自然である。呪われていると言った、養鶏業者が居たが、何かがおかしい。これだけ問題化して、躍起になって防御態勢を取っている。その宮崎県の工場的養鶏場で、連続的な発症である。相変わらず野鳥の侵入を防いでいないというようなことがあるだろうか。ない話である。とすると、2つ考えられる。「野鳥はどう防いでも侵入してくる。」「野鳥以外が感染の原因になっている。」つまり、今回の連続事例から言って、今までの思考法では防げないということである。一番疑わなければならないのは、人間が持ちこんでいないかである。家畜保健所や行政関係者が調査の為に歩き回り広げているのではないか。いくら防御服を着込んでもリスクはある。感染の順序を時系列に追っていけば、状況証拠が得られるかもしれない。養鶏業者を一か所に集めて行った、指導の集会が原因かもしれない。ともかく一番怪しいのは人間である。人間がウイルスを保菌する可能性もある。茨城の事例では、人人の感染ではないが、ウイルスの伝播があったとされている。

「野鳥以外の感染原因」の可能性としては、ネズミが一番疑わしい。鳥インフルエンザで死んだ野鳥をネズミなどが食べている。食べて保菌したネズミはおそらく、発病もしないまま鶏舎内に進入する。鶏舎内にネズミ取りをかけて、ネズミを捕えて見る必要がある。やっているのに見つからないのだろうか。保菌状態の把握というのも難しいだろう。人間の保菌の場合もこの点で茨城県と、厚生省で対立をした。もう一つは飼料の可能性。購入飼料の危険を考える必要がある。飼料会社で保存中の飼料にネズミが入る場合はないだろうか。輸入飼料が汚染されているということはないだろうか。飼料は、要注意である。すぐ使わない。できれば買わない。自然養鶏で発生が無いのは、飼料の購入移動が少ないということがあるかもしれない。私はいわゆる飼料というもので飼うのは、カキガラぐらいである。

どうやって防除するか。宮崎でも小さな養鶏場もあるはずなのに、そういうところでは出ていない。飼料の違いだけではないだろう。鶏の免疫力が違うと考えることが一番自然である。やはり大規模養鶏場のニワトリが免疫力が相当に低いということに考えが至る。風邪を引く人引かない人。この違いを日頃誰もが体験している。体力があるとも違う。人ごみに出る仕事の人は引きやすい。自然環境の豊かな中で暮らしていると風邪は引きにくい。不健康に暮らして、免疫力が下がると風邪をひく。鶏も同じである。もちろん引きにくいだけで、引かないという訳ではない。リスクを減らすには、免疫力を付けることが第一である。鶏舎が乾かないように水を蒔く。しっとりした中で育てる。床を良く発酵させる。日光が当たるようにする。風通しが良いようにする。緑餌を出来る限り与える。下痢などさせない。床が良く発酵していれば、免疫力が高まる。
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自然養鶏での防疫

2011-02-01 04:07:51 | 自然養鶏
鳥インフルエンザが広がっている。農水省が全国の養鶏場を総点検の指示をした。総点検が悪いとは言わないが、肝心なことが抜けている。養鶏場にネズミが入らないようにと言っても無理だと思う。鶏が入らない位は可能であるが。ゴキブリが入らないようにとなれば、もう完全にお手上げである。多分農水の指示は、何かしているというパフォーマンスにおわるであろう。現実にはインフルエンザウイルスを常在させた野鳥に対して、どんな手を打つのかが課題である。これには今のところお手上げである。野鳥の現状が把握できない。どんな鳥が危険度が高いのか。養鶏場に何という種類の鳥が、侵入したのか。宮崎の6例の間での、人為的な感染は起きていないのか。例えば、養鶏業者を集めた指導が原因していないか。処理に入っている人間が感染を広げた可能性はないのか。本気で状況の究明をする必要がある。日経新聞では社説で取り上げている。野鳥の問題に触れていないところが残念である。淘汰を徹底しても、解決できない問題になっている。畜産のあり方まで考え直す報道であってほしい。

養鶏場の点検をしたところで、法律の順守ということに成るが、ネズミが入る可能性があるところを操業停止処分にする。ここまでは現実には出来ない。結局無菌状態の養鶏場以外操業させないことになる。そんな養鶏場は世界にない。こんな方向にすすむなら養鶏を禁止するしかない。あるいは野鳥をすべて淘汰することになる。今人間がやっていることは、そういう無謀な、天に唾するような、人間の存在を危うくさせるようなことである。今次々に感染を起きている養鶏場は何万、何十万と一か所で飼う、大規模養鶏場である。何故、大規模養鶏場ばかりで起きているのか。小規模のところは運がいいということで済まされるのか。大規模養鶏場の方が、消毒や、野鳥の侵入の観点から見れば、防御は徹底しているはずだ。大規模になればなればリスクが何故高まるのか。このことに向かい合うべきだ。

例えば、全国に5千程度の養鶏場があるとする。日本の面積は38万K㎡と広い。養鶏場の立地をを分散させたらどうか。養鶏場の立地を10キロ㎡に1個にする。団地化する発想が間違っていたのではないか。今起きている、宮崎、鹿児島、愛知。どこも大規模養鶏場の集中地域である。消毒をすればするほど鶏が弱くなる。強い薬を使うほど免疫が低下して行く。こういうところで事が起きた時の被害は甚大である。水鳥が介在している。直接の感染は様々な野鳥であり、ネズミかもしれないが、数が集中し濃度が濃いのは、水鳥である。水鳥の飛来地から、一定の距離少なくとも1キロ以内は養鶏を禁止する。野鳥については科学的調査をもう少しやらなければ分からないが。野鳥に常在しているのだから、当然起こるべきことが起きている。乾燥が続いているということもある。

自然養鶏では何をすべきか。鶏を健康に飼うことにつきる。今まで自然養鶏で発症が起きていないのは、鶏が比較をすれば健康だからだ。今人間のインフルエンザも新型で大騒ぎである。新型と言いながらも、年寄りの感染は少ない。こうしたことがなぜ起こるかと言えば、様々な病気に感染してきたことで、免疫能力が高まっているからだ。昔のこどもの方が汚いものと平気で接触していた。病気に成りながら、丈夫になった。鶏も同じで、隔離的に飼えば飼うほど、わずかな感染リスクでも感染して、発症してしまう。病気を拒絶するのでなく、折り合いをつけながら、飼育する。狭いところにおしこめて飼えば弱くなる。広々と日光に当てて、飼うことである。緑餌を出来る限り食べさせる。良い卵を産んでもらう時と同じである。人を養鶏場に入れない。養鶏関係者との人的接触も極力減らす。
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宮崎・鹿児島・愛知:鳥インフルエンザ

2011-01-27 04:28:49 | 自然養鶏
宮崎で2軒目の感染が出た。来るものが来た。鹿児島でもナベ鶴に感染が見つかっていた出水市で、3例目となる養鶏場の感染が見つかった。昨日はまた豊橋である。この冬ということでは、安来市が最初で5例目ということになる。今までもそうだが、危機は転換の絶好期でもある。慌てて全淘汰では、資料がなくなる。野鳥からどういう流れで、養鶏場に入るのか。本当に隙間からは行っているのか。これを徹底して調べるべきだ。政府上げて感染の拡大の防止と言いながら、宮崎では養鶏業者が集められている。今こういうリスクを高めることはやるべきでない。何度も書いているが、いつまでたっても改まらない。行政は弁解作りから始まる。人を集めて注意を徹底したところで、状況は変わらない。状況は小手先では収まらない、深刻なところに来ている。これも何度も書くが、鶏を何十万羽も集めて飼うことがリスクを高めている。もう一つは、野鳥にすでに強毒鳥インフルエンザが常在している。野鳥は感染しても死なない。

宮崎の2番目の感染は11月に作られた、最新の工場養鶏場である。「ここまで気おつけてきてだめなのか。」経営者が嘆き悲しんでいた。このウイルスはそういうものだ。近代的な工場養鶏設備で、感染が起きたのである。消毒を徹底すれば鶏は弱くなる一方である。鶏が病気にかからない隔離的状態は、わずかなウイルスが入れば簡単に感染してしまう。野鳥が簡単に居なくならないのは、免疫力が高いからである。病気にかかり淘汰を繰り返し、生き残った者だけが自然界に存在しているからだ。人工的に飼うなら、無菌室に鶏を飼う。こういうところまでやらなければ無理だ。隔離すればリスクが減る。確かに一面的にはそうである。野鳥の侵入は防げる。しかし、ネズミはどうか。ゴキブリはどうか。さらに空気はどうか。インフルエンザは空気感染する。違うリスクは高まっている。早く、大規模養鶏場だけで発症していることに気づくべきだ。こんなことを繰り返し税金を投入していることが、すでに人災の領域でないか。

野鳥に常在している。このことをどうするかである。まず野鳥の生態を研究すること。徐々に渡り鳥のコースが調査されている。報道では日本海側に雪が多いから、暖かい宮崎まで行ったのではないか。こういうのがあったが、間違いだ。安易な推測をすることは、誤解を広げる。徹底した科学的調査が基本。まず水鳥の飛来のコースを各地で、調査である。危険地域が分かれば、その地域の養鶏を禁止する。自分の養鶏場がどの程度のリスクがあるか。あしがら地域でいえば、オオハクチョウが酒匂川で見られた年もある。今年は見ていないが、鴨は居る。その他何が来ているのか、水鳥は100羽単位できている。「全力を挙げて拡大防止に努めていきたい。この問題、原因が野鳥という可能性もあるものですから。なかなか対応が難しいんですね。ですから、もちろん防護ネットとか、みなさん、しっかり防止のための手当ては尽くしておられますけれども。国として政府として、やれることは拡大をいかにして防いでいくかと。」これが総理大臣の感染防止の発言である。

消毒などで防げないこと。近代設備の養鶏場でも防げないことを認めるべきだ。一番大切なことは、鶏を健康に飼うことだ。大規模養鶏場以外でなぜ発生しないか、謙虚に科学的に分析すべきだ。閉じれば閉じるほど鶏の免疫力が衰退する。100年前ワクチンなどなんにもなくても、鶏は飼われていた。自然な環境の中で、健康に飼えばほどほどに、折り合いがついていたのだ。卵が少々安いとか、物価の優等生とか言って居た所で、人間の生存を脅かすのでは、どうにもならない。大規模畜産の禁止。それ以外の結論はない。と言っても中国など、さらに大規模な100万羽単位の養鶏場がある。困難はさらに大きく、広がって行くだろう。富裕層は大切なひとりっ子に何を食べさせるのだろう。大多数の貧困層は何を食べればいいのだろう。まず日本が大規模養鶏の禁止をすることだ。

昨日の自給作業:竹藪の片づけ2時間 累計時間:14時間
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相次ぐ野鳥のインフルエンザ

2011-01-22 04:07:32 | 自然養鶏
宮崎の養鶏場で鳥インフルエンザが発症した。広がらないことを祈るのみである。鶏を健康に飼育し、免疫力を高める。それが一番リスクの低減につながる。鶏舎に入る時に長靴をはきかえる。この冬は時々インフルエンザで死んだ鶏から発見される。野鳥の強毒性インフルエンザが常在している。自然界にはごく一般的にどこにでも存在しているといると考えた方が良い。日経の記事では、かもはH5N1
でも死なない場合がある。と書かれているが、野鳥は感染しても発病もしない場合が多く、発病しても回復することの方が多い、と私は考えている。農水省からの対応策は今のところない。私にしてみれば、宮崎の養鶏場で発生したことより、困った状況である。昨日も家畜保健所からファックスで、「家畜保健所たより」が送られてきた。先日も家畜保健所から電話があったので、どのように考えているのか聞いてみた。

「困りましたよね。ともかく野鳥が入らないようにしてください。」「否、そうでなくて、野鳥のことをどのように考えれば良いか。考えを聞かせてください。」「野鳥は家畜ではないですし、どうにもなりませんよね。ともかく野鳥がはいらないようにしてください。」「ネズミなどはどうですか。」「困りますよね。ともかく野鳥が入らなければ、リスクは低下しますから。」こんな調子である。

湖には近づかないようにとか、死んだ鳥を見つけたら、触らないようにとか。今までの鳥インフルエンザ対策が、見当違いであり、現状どうしたらいいかが分からないで困惑している様子がありありと分かる。何故野鳥は強毒鳥インフルエンザで死に絶えないのか。今までの農水の見解では、すべての鳥が死に絶えるはずだった。生き物は自然淘汰され、何万年生き残ってきたからここに居る。実に巧みな仕組みの上に存在している。今ここに存在している生命は、何万年という淘汰の歴史の中で、存在すべく存在している。愚かな人間が強毒の鳥インフルエンザを作り出してしまう。確かにある危機である。しかし、野鳥はこのことを今乗り越えようと生きている。感染し発病し、死に絶えるもの死に絶え。感染し生き残るものは免疫を獲得する。これを何世代も繰り返し、その種はそこに存在する。

人間の病気というものの克服の仕方が、他の動物と比較すると例外的なものだ。そこに家畜という人間に囲われた動物が登場する。経済性だけが重視されて、極めて、不健康な状態で飼育をされている。その不健康さをかろうじてしのぐことが、ワクチンであり、抗生物質であり、化学的薬剤である。20世紀から起きた、何万頭の工場飼いという異常な動物の飼育法は、次々に新しい病気を発生させている。そしてその新しい病気の対応法が、予防的な化学薬剤の使用である。あるいはワクチンによる免疫である。その場しのぎの、緊急的な対応方法である。健康な家畜の飼い方をする方向は、忘れ去られている。経済競争に勝てない。その危険な状況には目をつぶって居るうちに、そうした家畜から出来た病気は自然界へ影響し始めている。野生動物にしてみたらはなはだ迷惑なことだろう。

宮崎県の口蹄疫では、法の名のもとに、目に余る無駄な殺戮が繰り返された。もし、イノシシに感染が広がったとしたら、九州のイノシシを全滅させるということに成るのか。今鳥インフルエンザではそういうことが起きているのだ。コウノトリやトキも同じことである。野鳥の保護をするということは、野鳥が住める環境を取り戻すということだ。鳥インフルエンザを作り出すような、工場養鶏を禁止することだ。鶏肉も卵も倍に成る。それが健全なことなのだ。自然界に鳥インフルエンザが常在するという状態は、今までの家禽の飼育では想定外のことである。存在する法律も改正しなければ、また口蹄疫の無駄を繰り返す事に成る。というと、より隔離することを国は考える。すでに考え始めている。どこまで行っても、根本を変えなければ、人間が絶滅する。*
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卵がダイオキシン汚染

2011-01-07 04:06:35 | 自然養鶏
昨年の5月ドイツの有機畜産認証Bioの卵でダイオキシンの検出があった。ウクライナからの輸入飼料に混入していたことが、原因だった。ドイツの有機食品購入者はこだわりの強い人なのだから、問題は深刻化した。私がむしろ気になったのは、ダイオキシンがどの程度のものだったかである。当時もその点は良く分からないままだった。有機飼料ということだから、当然農薬も化学肥料も使っていない可能性が高い。想像では、狭山のお茶騒動と同じで周辺の焼却施設が原因している可能性が高いと考えた。しかし、周辺からの汚染まではチェックされていないのだろう。それにしても、こうしてダイオキシンの測定を食べ物の段階でしているところが素晴らしい。多分日本では、その100分の1のチェックもないだろう。ほぼ通り抜けである。さらに言えば、ドイツでは放射能汚染などはチェックされているのかどうか。ダイオキシンだけを問題にしても始まらない。全体の問題である。

そのドイツで、さらにセンセーショナルなニュースが飛び込んできた。
独で卵がダイオキシン汚染 警察捜査、飼料に問題
2011年1月6日 09時04分ドイツ・ミュンスターでダイオキシンに汚染された可能性のある卵を分析する研究員=4日(ロイター=共同)【ベルリン共同】ドイツで、がんなどを発症させる恐れのあるダイオキシンが家畜飼料に混入して鶏卵などが汚染されていたことが発覚し「ここ数年で最悪の食料スキャンダル」(ドイツ民放テレビ)と大騒ぎになっている。警察当局は5日、同国北部の飼料関連メーカーを家宅捜索、本格的な捜査に乗り出した。
飼料の原料にダイオキシンが含まれていたのが原因とみられるが、混入の経緯は分かっていない。事態を重視したドイツ政府は同日までに、飼料などの安全規制強化を検討することを明らかにした。
この飼料を使った養鶏場など計千カ所以上が閉鎖され、ニワトリ8千羽以上が殺処分された。卵が汚染されたのは、ドイツのある企業がダイオキシンが混入した工場用脂肪酸15万トンを家畜飼料メーカーに供給したことが原因とされる。


いったい脂肪酸を何故餌に混ぜるのだろう。配合飼料のでたらめの方が、ダイオキシンどころでないようだ。飼料を輸入しなければ出来ないような畜産を禁止する。由来の分からない飼料を使わない。ウクライナだろうが、中国だろうが、外国の環境までコントロールすることはできない。輸入飼料まで使う有機畜産では、問題をはき違えている。まさに、食のシェルターへの閉じこもりである。自分さえ安全な食べ物を食べていれば大丈夫と考える、おぞましさがここにはある。大切なことは地域全体で一歩前進することだ。地域に良いものがないなら、次善の使えるものを育てることだ。そして次善のものが、本当に良いものに成ることを共にに模索することだ。地域のものなら、工業用の油脂が混入するようなことはあり得ない。笹村農鶏園ではできる限り地域の飼料を使う。と言っても地域の農産物もあれば、地域の食品残渣もある。自分で作るものもある。できる限り地域のものを使う、しかし、カキガラは広島のものであったりして完全ではない。いずれにしても輸入飼料は使わない。

取り締まりの厳しそうなドイツでこの事態である。今回の検出でのEU基準値2倍のダイオキシンというのが良く分からないが、日本人の摂取量から言えば、いくらでもない。マグロ好きが1匹3200万円のトロを食べれば、数十倍に成るにちがいない。魚食をしている日本人の脂肪は、ダイオキシン含有量は高い。クジラでもイルカでも同じだ。脂身好きの現代日本人はリスクが相当に高い。卵の問題だけこんな風に騒ぐことが、不自然である。クジラ問題でのダイオキシン問題は封殺された。もう少し正確にデーターを調べてから、記事にしてくれると有難い。食べ物で脅かしだけやると卵の悪い風評が広がりかねない。ドイツの卵がオランダに行って、オランダのお菓子が、ヨーロッパ中に広がる。あやしいということだけのようだが、買いたくないという人は、広がって行くことだろう。

昨日の自給作業:堆肥撒き、耕運2時間 累計時間:4時間
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野鳥のインフルエンザ

2010-12-21 04:19:29 | 自然養鶏
野鳥に強毒のインフルエンザが相次いで発見されている。ハクチョウや鴨などである。鳥取県は18日、同県米子市の民家のベランダで見つかったコハクチョウから、強毒性の高病原性鳥インフルエンザウイルス(H5N1亜型)を検出したと発表した。山陰地方では11月から鳥インフルへの感染例が出ている。現場から中海を挟んで約4キロ離れた島根県安来市の養鶏農家でも今月2日、感染が確認された。富山県高岡市の動物園で高病原性鳥インフルエンザに感染したコブハクチョウが見つかった.不安が増幅されるような事態であるが、状況が変わった訳ではない。「人間には感染しない。」「以前からこうした状況であった。」この病気のことでは、誤情報が広がっている。間違えそうな情報が意図的に流されているのではないかと思われる、報道さえある。養鶏場には、外部の人間を入れない。野鳥と接触させない。こうした対応は北から水鳥が渡ってくる間は必要である。

野鳥が鶏小屋に紛れ込み鶏も感染する。この感染の経路が、ほぼ確定されてきた。但し、野鳥からの相次ぐインフルエンザウイルスの発見は、調査を行うようになったからである。野生動物は様々なウイルスを昔から保持している。ワクチンも打たないし、薬も飲まないのだから、当たり前のことだ。そうした環境で生き残って今存在しているのが、野生動物である。自然淘汰の仕組みが機能している。たまたま人間というひ弱な動物が、現われて、少々頭脳が優れていた。ついには野生動物とはまるで違う、病気への対応を始めた。この近代医学の姿は、現在途中経過状態で矛盾に満ちている。完成されたものと考えない方がいい。医学が完成されたとしても、人間はいつかは死ぬわけで、それを受け入れ難くとも受け入れるところに、哲学や宗教がある。野生動物はあがくことなく、死を受容している。種の保存の原理から言えば、一つの対応である。

「ある国の鳥インフルエンザウイルスが変異し、患者数が急増したとして、世界保健機関(WHO)が新型インフルエンザと確認した、と仮定。」新聞ではこうした無知というか、悪意のある報道。鳥インフルエンザは、人間には感染しない。人間に感染しやすいように変異するのは、豚インフルエンザが主流である。間違った情報をいつまでも流す報道も、WHOも、悪質なデマの根拠を捏造し流布している、結果になっている。昨年はWHOのパンデミック宣言で、製薬会社はぼろもうけをした。随分の期限切れの薬が捨てられたことであろうか。現代人の不安感を上手く突いたやり方である。何度も書くが鳥インフルエンザは人間を発病させない。極めて特殊な事例をいかにも一般化して不安感をあおる。多分、自己アピールして、尊重されたいとか、予算を多く欲しいとかいう、官僚的な発想なのだろう。

問題はむしろ、人間の都合で付き合わされている、「家畜」という存在である。人間と同様の発想で、医療が施される。しかし、医療というものが不完全なところに、さらに経済動物という意味が加わり、家畜は動物虐待そのものの状態にある。家畜を食べたくないとする、菜食の思想が仏教はもとより、広く世界に存在する。大規模畜産という、元を断たねば人間は滅びる。大規模畜産は、中国に置いて問題を増幅しながら展開されている。養殖魚も同じである。相当危険な実験が行われている、と見ておいた方が良い。日本の家畜保健所は、養鶏場には網を張って下さい。こういう情けない様な指導をしている。無意味である。昨年からは、人目につく範囲で野鳥の感染が確認されている。放鳥したトキもコウノトリも感染するだろう。自然を人間が管理するなどということはできないということである。養鶏場だけ消毒をしたところで、筋違いである。
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岡崎おうはんの特性

2010-12-10 04:30:06 | 自然養鶏
岡崎おうはんを飼い始めて、2年が経つ。「岡崎おうはん振興協議会」事務局というところから、アンケート依頼が来た。独立行政法人と書いてある。公的な性格があるので、資料を作る必要があるのだろう。こういうことが度重なる。基本的には、依頼の目的と結果の報告について明確でないものアンケートには回答しない事を貫いている。どうせ、自分たちの都合よくまとめて終わりと思うからだ。岡崎おうはんがどういう鶏なのかを一番知りたいのは、飼ってみている私だ。私の飼育方法がこの鶏にどうだったのかは、常に反省がある。アンケートを読んでもそういう視点が充分にあるとは思えない。この鶏にはどういう餌が良いのか。この鶏の特徴はどういうものなのか。今後の方向はどうあればいいか。もちろん作出者はそういうことを考えてはいるだろう。しかし、これからの養鶏がどうあるべきかまでは見えていないのではないか。

とつべこべ言いながら、その旨をメールで送った。早速返信があった。相変わらず肝心な、こちら側のことは少しも見えていない。そのメールをここに載せるのも良いのだが、さすがに失礼なので要点を書けば、自分たちの目的が詳しく書かれている。国産鶏作出の意義など書かれている。しかし、そのこととアンケートに答える側への配慮とは問題が違う。回答する側へのフィードバックには相変わらず触れていない。国産の鶏を作出することは、重要なことだ。笹村農鶏園でもやっているのだから、良く分かっている。家畜改良センターでの努力を高く評価している。この鶏を知ったのは現代農業の記事であった。定期購読している甲斐がある。記事には満点の鶏だという、コマーシャル鶏の営業のような説明だった。そんな訳は無いと思いながらも。卵肉兼用の国産鶏開発という意図は評価できるので、取り寄せて飼ってみた。確かに特徴のある鶏であった。

まず美しい鶏である。横班が特徴的だ。ばらつきも少なく見事なものだ。おとなしくて飼いやすい鶏である。大きさについてはかなりばらつきがある。飼育の方法にもよるかもしれない。少し大人しすぎて、笹鶏に追いやられてしまう傾向があった。他の鶏を追い回したり、つつくようなことは皆無である。自然養鶏的には少し、弱い鶏という印象もある。運動量が少なく、余り床をひっかきまわすようなことがない。じっとしている場面が多い。餌を与えても、猛烈に取りあうという感じではない。就巣性はほぼない。この点は一般的には評価が出来るだろうが、私の育種の方向ではない。何でも食べるようだ。食べる量も際立って多い訳ではないが、少し多い。産卵はそこそこある。しかし、私の飼い方では年300を超えるというようなことは無い。初期の段階では卵のサイズが小さかった。いつまでも小さいので心配があった。その意味で2年たっても卵が大きすぎるということがない。

300日位で肉として出荷できるというが、それでは卵を一番産むときに出荷で、鶏を生かしているとは言えない。鶏種によって、肉の味や、卵の味が変わるという人がいるが、そのようなことは無い。味は餌次第である。岡崎おうはんも卵の味は変わらない。笹村農鶏園では、自家作出の「笹鶏」と「岡崎おうはん」と「ごとうもみじ」を一緒に飼っている。比較をすれば、もみじが一番人懐こい。卵も良く産む。丈夫でもある。しかし、見た目は良くない。美しいのは何と言っても笹鶏である。一番活発なのも笹鶏である。しかし、産卵は少ない。就巣性もある。そして極めて丈夫である。来年こそ笹鶏を孵化しよう。1月になったら準備に入ろう。

昨日の自給作業:ミカンもぎ1時間、その他の作業1時間 累計時間:6時間
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鳥インフルエンザ発生

2010-12-01 04:22:06 | 自然養鶏
鳥インフルエンザが養鶏場では久しぶりに起きた。前回は愛知県のウズラだった。その時も広がらず収束した。今回もそうあってほしい。運悪く、鳥インフルエンザを発症させてしまった養鶏農家の方が、ご近所に謝って歩いていると聞いた。つらいことだろう。他人ごとには思えないつらさがある。人間には絶対に発病しないので、心配しないようにしてほしい。今回の発生は渡り鳥からの感染の可能性が高い。今までも大半のものがそうだったと言える。これも何度も書いてきたが、政府の認めたがらないところである。10月26日北海道稚内市で採取した野生のカモの糞からH5N1 亜型の高病原性鳥インフルエンザウイルス(強毒タイプ)が分離されたと発表されている。このことは、日本国内に野鳥により高病原性鳥インフルエンザウイルスが侵入していることを意味する。これは最近始まったことではない。常にあったことである。野鳥とはそういうものと考えておいた方がいい。環境省が野鳥のウイルス調査をするようになって、確認が出来たことである。

今までの日本政府の対応を一貫するのであれば、10月26日に野鳥の感染を確認した時点で、日本を感染国として宣言し、国内の野鳥すべてを殺処分しなければならない。何故野鳥なら許されるのだろう。政府としてはやりたいが出来ない。不可能だからである。不可能なことは、現状を認めて、あきらめるしかない。養鶏場の鶏と野鳥は何が違うのだろう。今も日本に居る野鳥の中には無数にウイルスは存在する。それは太古からそういうものだった。それに気づかずやってきただけだ。問題など何もないことだ。カモ猟も盛んだから、結構食べてもいただろう。感染はしても普通の人間は発病をしない。そういう病気である。必要以上に怖がることはない。偏った近代医学の浅薄な知識で、怯えによって判断を間違ってはならない。

普通の農家養鶏で23,000羽である。ちょっと大きすぎないか。これが10万羽とか普通に1か所に飼っている。こういうことが問題なのだ。今までの発生はすべてこうした巨大養鶏場である。1000羽以下の養鶏場で起きたことはない。それを先日家畜保健所の人に話した。オオムがえしで、過去趣味で飼育していた家での発生があったと言われた。その通りである。もう一歩踏み込んで学んでほしい。この時もクマタカからのウイルスが発見されている。肥後チャボという弱い鶏である。飼育が健全な状態だったか分からない。いずれ、野鳥が来る池で遊んでいたというチャボである。どういうところで起きるかである。茨城の時もそうだった。次々に大規模養鶏場は感染を広げたのに、小さな養鶏場では一軒の発生も無かった。飼育状態が相当に影響することは確かである。もう少し野鳥はウイルスを持っているという現実を認めて、対応策を練るべきである。

相変わらずの政府のトンチンカンぶりで、口蹄疫の二の舞をしないようにと、ウイルスの確認も待たずに前殺処分である。今回は2週間の間での感染の可能性が高いようだ。感染の経路を良く良く調べてほしい。良く調べもせずに殺処分では鶏もかわいそうだ。鶏の場合それが一番手軽だということだ。鶏は本当に哀れなものだ。野鳥が原因だと喜田委員長が述べているのだ。養鶏場だけ殺しても何にもならない。明確で単純な事実である。この矛盾に早く気づくべきだ。不忍池に何千羽もいるカモだって、ウイルスを持っている可能性は高い。可能性があるなら殺処分しなければならない訳ではない。そんなことは昔から変わらない、現実なのだ。そこで折り合いをつけて生きてきたののが人間の暮らしだ。絶対の安全などない。人間はいずれ死ぬ。死ぬことを忘れて生きている愚かさ。自然に従い、受け入れることだ。巨大養鶏場があまりに不自然なのだ。

昨日の自給作業:大麦の播種2時間 11月の累計時間:24時間
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新型インフルエンザ

2010-09-14 04:01:22 | 自然養鶏
やっと普通に鳥インフルエンザについて、書ける状況になった。またことが起これば、口蹄疫同様異常事態になる。そうなる前に押さえておきたい。人に感染すると6割近い致死率を示す高病原性鳥インフルエンザ(H5N1)が、インドネシアで豚に感染し、一部が人ののどや鼻の細胞に感染しやすいウイルスに変異したことがわかった。とても重要な情報である。重要であるが、昔は普通に言われていた、インフルエンザウイルスの変異のステージ的変化である。多分意図的に、鶏から人間に感染するように言われだした。メキシコの養豚場から発生した、新型インフルエンザが世界全体を何年かに渡ってWHO のいうれべる5パンでミック状態にした。日本ではというか、世界でも一般のインルフルエンザと同様のレベルの被害で終わった。大騒ぎして儲けた人がいて、ワクチンも廃棄されて終わった。WHOという組織のレベルはこの程度である。反省した様子も無いのだから、このことは次はそのつもりでいる必要がある。

鳥インフルエンザの高病原性へのウイルスの変異は繰り返し起こる。それは人類が現れる前から繰り返えされてきたことに違いない。ただ、最近その変異が頻発してきている恐れはある。それは、100年前には考えられなかった畜産の変化が背景にある。100万とかいう規模の、人工的悪環境で鶏や豚を飼うようになった。正確なデーターは無いが、疫学的に推測すると、ウイルス変化の頻発は、大規模畜産登場のため、そう考えるしかない状況である。その状況を踏まえて、今回インドネシアでの観察の結果は、重要なデーターである。まず、高病原性の鳥インフルエンザが、10年も放置されたように広がっていた。その状態が続くと、豚への感染拡大がどのように起こるかをしらべることは、人への感染の前段階として、極めて重要である。推測通りの結果であったが、豚は感染していた。豚は高病原性のインフルエンザでも発病は無い。発病が無いから、気付かない間に感染を広げる。そうしているうちに豚の中で、ブタに感染しやすいウイルスに変異する。それは、人への感染も可能になってきたということである。

鶏から人へ感染があたかも明日にでも起こるように、WHOは宣伝したが。世界での死者は極めて少なかった。感染も限られた範囲だった。WHOは医師が中心の組織の為、視野が狭いし、安全率を高く取る感じがする。豚への感染を監視することの方が、必要なことだった。豚の中のウイルスを調査することで、その年の流行が予測される。これは、何十年も前から分かっていたことだ。高病原性であるということで、今度のインドネシア発のウイルスが、爆発したら、大変なことである。私が鶏を飼っているから言うのではないが。鶏ではない、あくまで豚からである。インドネシアでは、鳥インフルエンザを社会的にコントロールできない状態である。そうい中では、どこにでも高病原性の鶏はいる。その鶏を蚊が刺す。そして、豚も刺す。こうして感染は広がる。そしてその確率は、大規模養豚が存在すれば、人間に感染しやすいウイルスの変異が起こる可能性が格段に高くなる。

人類は、大規模畜産の筆頭のような存在だ。狭いところにひしめいているうえに薬づけ。抗生物質も頻繁に使う。病院では耐性菌が手に負えなくなる。多剤耐性アシネトバクター」(MRAB)の感染で大騒ぎである。厚生労働省研究班が今春実施した全国主要病院へのアンケートで、92施設で検出例があることが分かった。あまり不安をあおる書き方良くない。元気な健康な人なら、こんな菌にやられることは無い。病気の弱っている人に、抗生物質で対抗する他の細菌を排除している。そこに抗生物質の効かない細菌だけが生き残り増殖する。だから、大勢が死んだ。ある意味合併症だ。病気とは折り合いをつけろ、という意味ではないか。戦ってはならない。予防的に大量に抗生薬を使う医療へ警告である。同時に畜産での、あるいは水産業での抗生物質の使用禁止。これは徹底しなければならない。
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夏の鶏たち

2010-08-08 05:58:38 | 自然養鶏
笹村農鶏園も養鶏部門は規模を縮小し、170羽ほどになっている。この暑さで鶏を心配してくれるが、案外鶏は元気にしている。鶏は暑さで弱るようなことはない。卵も良く産んでくれている。健気で有難いことである。6か月のゴトウモミジの若い鶏が75羽。1年6カ月の「岡崎おうはん」プリマスロックとロードアイランドレッドの交配種が45羽。そして2年半以上の笹鶏の赤系30羽白系20羽。これが現在の総数である。雄は、笹鶏の赤系が3羽、白系が1羽。これが全体の規模である。ずいぶん減らした。方針としては、100羽ぐらいまで減らす予定だが、まだそこまでは行かない。100羽を切れば、もう養鶏とは呼ばないらしい。家畜保健所も現況報告など対象外とするようだ。来年は、笹鶏の孵化をやる年である。そしてその鶏が育つころには、年寄りの笹鶏がいなくなり、最年長が岡崎おうはん40羽。ゴトウモミジ60羽、笹鶏50羽になる。150羽となる予定である。

こうして、毎年少しづつ縮小して行く方針である。最大時から比べると、半分以下になっているので、作業もだいぶ楽になった。楽になった分、少しでも親切に飼いたいと思っている。床もいい状態で飼いたいし、餌もよりよいものを食べさせたいと思っている。良い餌ということでは、緑餌だなと思っていた矢先、農文協の松下さんから、緑餌のことのアンケートが来た。その解答と思って、まとめて見た。

早春は、菜の花。5月まで花が咲き続き、実がなってもそのまま与える。
6月から、7月は草が減ってきて少し問題となる。こういう時に活躍するのが、カラムシ、ソバ。
夏場に入れば、雑草のいろいろが大繁茂。アマランサス、ヒユナ。クズ。イラクサ。スカンポ、オオバコなど。充分あるので心配はないが、上手く食べさせるのが鶏の育て方。
秋になり、9月10月が案外困る時期。カラムシ、ソバ、かぼちゃの葉っぱ。野菜くず。を計画的に育てる。
11月から、早まきのカラシナが使える。カラシなが出てくればもう安心。なにしろ半年は使える。カラシなと言っても、様々な十字架植物が交雑して、繰り返して自生しているもの。早く欲しければ、早いものを探して使えばいい。河原などに12月からぽつぽつ花のあるものが現れる。

冬場の小田原にはカラシナの類が十分にある。肥料分のある、日当たりのいい場所である。そういう緑餌の自生する場所を確保すること。笹村農鶏園では、果樹の下一面に広がるように管理している。夏場はアマランサス。

緑餌の量は1羽100グラムが目標だが、50グラムというところ。

緑餌は栽培するのでは、手間暇が合わない。自然に出て来るようにしなくてはならない。その循環の作り方が大切。覆った草を何時かるかで、次の草の芽生えをコントロールする。

適期に種まきが出来なかった場合でも、何でも蒔いてみると利用できる土地にあったものが見つかる。

緑餌はあえて小屋に入れるもので、その他遊び場に草があるようにしておく。遊び場は4か所に区分けして、順繰りに放す。そうすればいつも草のあるところに鶏を出せる。と言いながら、現在の遊び場は事情で2か所である。

夏の鶏は水は大切である。現在自動的に水をやれるようにしている。植木鉢の自動冠水機を利用してみた。楽にはなったが、もう一工夫が必要なようだ。上手く改良出来たら報告をしたい。

昨日の自給作業:畔草刈り1時間 累計時間:12時間
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植物性乳酸菌

2010-07-27 03:59:24 | 自然養鶏
植物性乳酸菌というものが言われだして、数年が立つ。2006,2にカゴメのだした「植物性乳酸菌ラブレ」が先駆的商品のようだ。京都のすぐき漬けの菌から取り出したらしい。動物より、植物の方が健康的であるという、信仰的な思いに便乗しているものだと思う。何でも過大な期待は良くない。笹村農鶏園でも、オカラの乳酸発酵を20年以上やっているので、ほんの一部分だが、実際の所で分かる所もある。乳酸菌といえば、牛乳を発酵させるヨーグルトというのが普通だ。ラクトバシラス属の菌の印象が強い。乳酸を作り出す菌が、乳酸菌。すっぱいものを作り出す微生物。漬物やヨーグルト。食品加工に古くから、利用されてきた微生物で、一般に健康に良いと言う事になっている。私はオカラを乳酸発酵させて、鶏の餌に使ってきた。私のように化学合成の薬を使わないものには、必需品のようなものである。確かに効果がある。鶏がこの暑さのなか、下痢をしていないのだから、効能は高いと言える。

自分も食べて見ている。犬にも与えている。乳酸菌のおかげかどうかはわからないが、長生きしてくれている。雄犬の雷田は神経質なのか下痢をしやすい。少しでも下痢をしたらおからを与える。すぐに効果が出る。あまりに効果が明確なので、かえって不安になるないくらいだ。ではこれはどんな菌か。これは全く不明である。乳酸菌の一種ではあるが、植物系だか、動物系だか、こう言う事もわからない。ヤクルトミルミルを昔は使っていた。それを止めても生き残っているかもしれないし。ラブレというのも使ってみたから、どれがどうという結果になっているかもわからない。想像では、その辺に一番いる乳酸菌が、元気に繁殖しているのだと思う。家の糠漬けと同じ菌ではないだろうか。特別に選抜した乳酸菌だから、そのあたりに居る乳酸菌とは決定的に違うというようなことはない。

「人には人の乳酸菌。」これは衝撃的な広告であった。美しい女優さんであっても、排泄物、から取り出した乳酸菌であるのは、間違いがない。もちろん蒼井優さんの乳酸菌というわけでもなかろう。それでも宣伝はそういうイメージを作っている。そう思って飲んでいる人もいるのだろうか、何か怖い。乳酸菌はヒト由来であろうが、動物でも、植物でも、さしたる変わりはない。昔のビオフェルミンと、今のものは違うのだろうか。薬品なのだから、それだけの臨床実験はされているのだろう。そういえば、ビオフェルミンをおからに混ぜたこともあった。ヒト由来であっても、鶏に効果がないわけではない。これも特別な効果を期待すべきでない。そこそこの範囲で考えた方がいい。乳酸菌でがんが治る。間違いなくこういう能書もあるだろう。かかわってはいけない。治るものは治るし、治らないものは治らない。乳酸菌も悪くない。というぐらいのことだ。

植物性乳酸菌はカゴメの造語である。そんなものが学問的にはあるわけがない。健康志向の人は、牛乳を目の敵にしている。牛乳と乳酸菌を切り離せば、大成功だろう。大塚食品の「スゴイダイズヨーグルト」これもいい線をせめている。すぐ買って食べた。大豆のタンパクと、植物性乳酸菌のダブルアタック。何かの味を消そうとしてか、変った味付けである。よほどの期待が無ければ、美味しいとは思わないのではないか。美味しいなど、主観の問題ではあるから通用はする。乳酸菌は偉いが、発酵食品はむしろ保存だ。冷蔵庫の無い時代。どう保存するかを考えただけだ。健康のためなどとすぐ結びつけるのは、今の病んだ時代の発想である。効果はあるが、それなりの範囲と考えておきたい。
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薦田さんの種牛

2010-07-17 04:09:10 | 自然養鶏
宮崎県高鍋町の種牛農家薦田さんが東国原知事の直接の願いを受けて、6頭の種牛の殺処分を受け入れた。何の罪もない、健康な種牛が法律の壁で殺処分される。哀れな話である。こういう命を粗末にする理不尽を、子供たちには聞かせられない。学校教育では国の正当性と命の大切さをどう天秤にかけるのか。国の主張の根拠は唯一口蹄疫対策特別措置法という法律である。どう考えても法律がおかしいだろう。法律を整備し直す必要がある。これが人間の命だったら、どう考えるか。大多数の人が許されないと考えるだろう。それが、家畜ということでこの理不尽な殺戮が行われる。健康で、問題のない、種牛がなぜ殺されなければならないか。根拠があるとすれば、清浄国の枠である。経済の問題だ。お金に命を変えることを、当然とする国。こんなものは勝手に日本が決めたものだ。汚染国を理由に輸入障壁を作ってきた。食料は貿易の対象にすべきでない。

東国原知事は態度を豹変させた。理由は、県の口蹄疫隠しが獣医の告発で、見えてきたことにある。宮崎県新富町の農家で6月25日に、口内に異常がある牛1頭が見つかった際、県が検査を実施しないまま殺処分していたことが、15日わかった。農水省が、現場にいた獣医師らに事情を聴いたところ、「口内にびらんのような症状があり、口蹄疫の可能性はあると感じた」と証言。一方、県は「赤い斑点など軽微な症状の牛が1頭だけで、口蹄疫ではないと判断した」と説明したという。写真撮影や検体の採取は行われず、農水省にも報告されなかった。 これこそ県の重大な過失。法律違反である。移動制限の解除に向けて、検査もせずに殺処分を急いだ。それ以外考えられない。この犯罪行為をなかったことに収める事をちらつかせ、種牛の殺処分受け入れを急いだと、こう考えるとつじつまが合う。

宮崎県も、国も何のために戦っているのだろう。お金のためだけなのか。家畜の命の尊さは、少しも省みていない。本当にこの病気と闘うなら、疑いのある牛の血液検査をしないなど、考えられない。どうせ殺すのだから、わかりはしないと、他にも調査せず、殺処分に回された牛がいたかもしれない。大切なことは、ウイルスの変異の遺伝子レベルの調査である。そのことから、ウイルスの拡散の地図が描ける可能性がある。材料は多いほどいい。その地図から、この病気の伝播の実態が見えてくるはずだ。そうすれば、次の流行を防ぐ道筋が見えてくる。ただただ殺処分を急いでも、次の流行には役立たない。必ずまた流行を繰り返す。口蹄疫ウイルスはさらに強力になって、牛と牛飼いを苦しめるにちがいない。経済動物として、殺処分を一番の安上がりと対処したところで、畜産の未来はより不安が募ることになるだけである。今の飼い方そのものに無理がある可能性が高い。

薦田さんは6頭の種牛を県に無償で提供し、今後の宮崎牛の育種に生かしてほしいと、申し出ている。経済でいわれているのではない。牛にかけてきたすべてが、理不尽に断ち切られることが耐え難いのだろう。72歳というから、生涯を宮崎牛の育成にかけてきたに違いない。大切な種牛である思い。かわいいという思い。たぶん、何人もの種牛の育成をしてきた方が、こうした悲しい思いをして殺処分を受け入れたのだろう。健康でも、殺さなければならないような方法以外ないとすれば、畜産は禁止したほうがいい。6頭を残すことでは、お上の面子が立たない。示しがつかない。命を粗末にすることは、お金のためなら許されると、国が法律で決めているのだ。こんな倫理の崩れたことがあるだろうか。そして、世の中の大勢は、仕方がないという空気である。
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