あるきメデス

あちこちを歩いて、見たこと、聞いたこと、知ったこと、感じたことなどを…

日本最初のノーベル賞受賞の記事

2010-10-08 21:53:53 | Weblog
 この話題は、一昨日か昨日投稿したかったのですが、パソコン更改後のスキャ
ナドライバのインストールがうまくゆかず、遅れてしまい、少しタイミングがずれて
しまいました。

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 一昨日、10月6日(水)夕方は、久々に明るい話題のニュースで沸きました。
今年のノーベル化学賞を、根岸英一さんと鈴木章さんに贈られるということです。


 日本人のノーベル賞受賞は17,18人目になるということで、化学賞としては、
6,7人目です。

 いま、私や皆さんが見ている液晶ディスプレイにも、お二人が考え出した、有機
化合物合成の技術が使われているのかもしれません。

 ところで、日本最初のノーベル賞を受賞したのは湯川秀樹博士ということは、ご
存じと思いますが、いつごろだったか覚えておられますか。

 このときのことを知っておられるのは、後期高齢者か、それに近いお歳の方と
いうことになりそうです。

 ちょうど一昨日、私は天袋に収まっていた古いスクラップブックを、取り出して
いました。片付けて別の場所にしまおうと思っていたのです。

 ところが夕方、今年のノーベル化学賞受賞のニュースを知り、このスクラップに
昭和24年(1949)に湯川博士のノーベル賞受賞の記事があるのを思い出しま
した。

 スクラップの新聞は、すっかり色が変わっていたので、今日、コピーしてきたの
がこれです↓。新聞の日付は昭和24年(1949)11月5日(土)です。


 同じ日の別面の関連記事。

 「待ちかまえるテレビ」というのは、湯川博士のおられたアメリカのことで、日本で
テレビ放送が始まったのは、5年後の昭和29年(1954)になります。

 次は、授賞式のことを報じた12月12日付の記事です(授賞は12月10日)。


 同日の、別面と思われる写真。


 これも別面の記事。


 ところで、今回の記事と湯川博士授賞の記事とも、朝日新聞のものですが、題字を
比べてみると、このように当時の方が小さかったのです。


 そして、活字や1段の長さを比べてみると、ずいぶん違うのが分かります。


 活字のポイント数がかなり小さくて、現在の2段分に近い幅が3段になっています。
ちなみに、当時は1段15字、現在は1段13字詰めになっています。

 1949年といえば、終戦からまだ4年目で物資も乏しく、新聞はたぶん2頁か4頁
くらいだったのではないかと思います。

 その頃、アメリカの新聞は何10頁もあるのだと聞いて、日本では考えられないなと
アメリカの物資の豊富さを感じていたのですが、今朝の朝日新聞は40頁ですから、
61年の差は大きいものですね。

コメント (2)
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