新春のお出かけ第一弾で太閤園、淀川亭へランチ&見学してきた。
太閤園は明治43年頃、関西財閥の藤田傳三郎男爵により建てられた「網島御殿」の跡地。
第二次世界大戦で本邸、西邸が消失し、戦火を逃れた東邸が現在、料亭淀川亭として活用されている。
唐破風の立派な車寄せのある玄関から迎え入れられる。
車寄せの天井は格天井。
食事をする「紹鴎の間」へ通された。
こちらは元食堂として使用されていて、
格天井に、一刀彫の欄間がすごい迫力。
松の木と藤の花がデザインされているようで、立体的な透かし彫りが素晴らしい。
釘隠しは六枚の葉がデザインされた六葉釘隠しといわれるもので、
葉と葉の間には猪の目の隙間ができている。
他の部屋も、この釘隠しで統一されていたようだった。
引手には鳳凰と蝶がデザインされてた。
「紹鴎の間」にはこんな庭に面したテラスがついていて、
庭園パーティも可能なようだった。
舟底天井の廊下を通って、
他の部屋へも、他のお客さんが来られないうちにと案内して頂けた。
あちらこちらに見られる藤田家の家紋。
渡り廊下を通って、茶室棟へ。
こちらの廊下も風情のある舟底天井。
藤田傳三郎は優れた茶人でもあり、茶道具のコレクションは藤田美術館に展示されていて、茶室は太閤園へいくつか移築されている。
茶室「残月」は大正初年に建てられた藁葺屋根の茶室。
茶室も個室として使われている。
茶室「大炉」は裏千家十一代、精中玄室の考案とされる大炉を備えた茶室。
「大炉」は池に張り出した形で建てられている。
渡り廊下を戻ってきて、「松の間」へ。
こちらは主人の主室として使われていた書院造りの広間。
欄間は波間に漂う二匹のおしどり?
御所車が描かれた華やかな襖を開けると、立派な仏壇が収納されていた。
部屋からの眺めもよい。
松の間の並びには桐の間、竹の間、桜の間と続いていて、
桜の間は窓から桜の木が眺められる。部屋の設えも少しずつ違ってる。
2階も同じように部屋が並んでいるのだそう。
そして最も豪華な部屋「羽衣の間」へ。
当初は客間として使われていたという書院造の広間。
手前の三の間は床下に甕が仕込まれていて、能舞台として使用できるようになっているそう。
高い天井に、欄間も高さの幅があって、豪華絢爛。
松の木に藤の蔓が巻き付いているようなデザイン。
床の間。
火灯窓型の狆潜りがあったり、
床の間の天井も神社仏閣で用いられる折上げ格天井になっていて、
珍しいものだそう。
一通り見学を満喫させて頂いた後、食事タイム。
この日はお正月明けの4日だったが、平日扱いで、平日価格のランチが頂けた。
こんな手毬の形の容器が登場。
蓋を開けると二段になっていて、煮物や焼き物が入っていた。
きれいなブルーに金彩で月、いっちんで波が描かれた器も美しい。
鯛めし
デザートはリンゴのムースにいちごに栗、ドライフルーツも添えられてた。
鳳凰と藤の花があしらわれた器。
料理も堪能~
帰り際に待合になっている「藤の間」を見せて頂いた。
当初はビリヤードルームとして使われていた唯一の洋間。
大きな出窓があって、その両脇、周囲に上げ下げ窓が並んでいて、明るい。
天井のレリーフや豪華なシャンデリアも残されていた。
最後に庭園を一周した。
庭園入口両脇にある仁王像がゆるくて面白い。
庭園は8000坪の築山式回遊庭園。
石橋は桃山~江戸時代のものだそうで、小豆島産の一枚岩で出来ていて、
西日本一だとか。
石橋。
庭園をぐるりと一周。
満足の見学&ランチタイムだった。