館林ロストシティーランブラーズ・フォークソングシングアウト

フォークを歌って43年の坂を今登坂中。世間に一言あってこそフォーク。軟弱アコースティックミュージックにシングアウトだ!

2017秋の沖縄・ガイドツアー初日・嵐の前の静けさ。

2017-11-02 05:51:54 | 旅は続く


やっぱりあのお方は雨男だった・・・通算4回の沖縄で、3回の雨・・・しかも今回は台風直撃だった。1年ぶりに本島上陸の台風にぴったり合わせる辺りは、言葉がない。

と、まだ、これから起こる「事態」に想像もできず、羽田でくつろぐ2人。



11:30那覇・・・映画は12:40からなので、何もなけりゃ昼飯食ってから映画が観られたが、羽田で前の飛行機がバードストライクで出発は30分遅れ。
那覇の上空では混雑で、またまた飛行機は旋回するも下りず・・・
結局映画は初めの10分は過ぎていた・・・



主人公は瀬長亀次郎・・沖縄の本土復帰前からの同地区非合法日本共産党員、同党公然組織である沖縄人民党幹部。復帰前に、那覇市長(1期)、立法院議員(3期)、沖縄人民党委員長、国政参加選挙で衆議院議員1期。本土復帰後、衆議院議員としては人民党で1期、日本共産党として連続5期。1973年以降共産党幹部会副委員長をつとめた。また、1946年 - 1949年、米軍機関紙「うるま新報」(後の琉球新報)社長を務めた男のドキュメンタリーだ。

この男が、どれだけ沖縄の人々に愛され、慕われ続けたかひしひしと伝わってきた。

そして占領下のアメリカの愚行・蛮行・・・・それに「ポチ」となって這いずり回った権力にすり寄る人々の哀れがわかる。
その哀れな「ポチ」たち・・・・・現在でも彼らの子孫に(知事になった方もおるとは・・)DNAが受け継がれ、政権にすり寄り、甘い汁を吸おうとしていることも分かった。

いや、しかし、凄い映画だった。感動的だった。こういう映画はシネコンにはかからずだから、見る機会は限られるだろう。
お近くでの上映を調べ、必ず観ることをお勧めする!!




呑んだ後の「〆にはステーキ」と言われる島・・・・・お二人は沖縄ステーキ初体験。サラダ・ご飯・スープが付いて、200gのステーキは1100円である。



初日なので、緩い日程・・市場など散策。



峯さんは、先ほど現地で購入のアロハ!俺も、S氏も買ったぜ!



大きな本屋であるとか、近場の公園とか連れまわし、夕方には2時間弱の自由時間。

そして、いよいよ、夜の那覇に突入したのだった・・・



まずは「コマネチ」・・・・お通しの冷凍でないマグロが旨い!!!




俺が1杯呑む間に、2杯飲む人たちであった・・・・



2軒目は、定番の「タンパラヤ」!


店主のセイボーなどかまいつつ・・・・



泡盛をしばし呑んだのであった。



明らかに台風が近づいている・・・・

明日は、雨だろうが日程はこなせるようである・・・

タクシーを頼んであり楽ちんなので、そこが安心。


てな・・ことは、添乗員の俺が思いめぐらしているだけで、このお二人は、何も考えていないような・・・・・・


たらふく飲んだのに、最後に「沖縄そば」を食べるミネさんは、やはり大物であった・・・・

こうして、珍道中の初日は過ぎていったのだった・・・・

続く・・・・・・・




コメント (2)
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