館林ロストシティーランブラーズ・フォークソングシングアウト

フォークを歌って38年の坂を今登坂中。世間に一言あってこそフォーク。軟弱アコースティックミュージックにシングアウトだ!

表紙。

2020-12-20 06:54:08 | ロスト シングアウト
しばらく、このページは表紙になります。日々の更新は、次のページからです。

お知らせその1!!

毎年続く、この企画!ロストも心を込めて歌います!
お近くの方、ぜひいらっしゃいませ。






お知らせその2。CD-R完成しました!!



記録は伝えられる形で残せ!の・・・笠木さんの遺言を守ったぜ!

ヘタなフォークだが、2018までのロストのCD-Rが完成した。

1枚500円+送料140円合計640円です。
2枚は500円+送料215円合計715円
3枚以上は本体価格に510円の送料であります。

なんだか、振込手数料が相対的に高い気がしますが、振込手数料はご負担くださいまし。

振込先などの情報は、同封いたします。

そして・・入手したと思う、ありがたい方がいらっしゃいましたら、メッセージまたは以下のアドレスやら電話やら下さいまし!

アドレス・・otubuku@yahoo.co.jp
携帯・・090-2562-4258

*なお、ヤキヤキは時々再生されないトラブルもございます。届いたブツが再生されない場合、お電話くださいまし!!

このブログは、館林ロストシティ・ランブラーズの公式ブログです。



さて、ロストってどんな音楽やってるのだろう?聴いてみよう!が以下続く。

1・花の香りに

花の香りににGO!

2・あてない旅路         (僕が歌詞を書きまして・・・)

あてない旅路にGO!


なんと!笠木さん追悼コンサートのロスト!Hさんがアップしてくれました。

よかったら聴いてみようかな?かな?
コメント (13)
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2020秋の沖縄・普天間基地を歩いて1周してみる。

2020-11-23 04:55:59 | 旅は続く
今回旅の目的は・・
➀とにかく沖縄の空気が吸いたい。
②コロナ下、那覇の街は?行きつけの店は?生き延びているだろうか?を確かめる。
➂一体沖縄は、本土からの客にどのような思いでいるか、取材してみたい・・

が、テーマだった・・・

そこに、➀行っていない史跡巡り・・・②昨年来温めていたマイ企画・・「普天間基地を可能な限りフェンス沿いを歩いて1周してみる・・を、重ねた。

いよいよ(って、皆さんにはあきれられるに違いないのだが・・)普天間基地を歩くぜ!

出発時間は8時15分くらいであった。




何処にかは、酔狂で変わり者はいる。マイ企画・・ネットであさったら、同じことを考えて実践した方が居た。その旅日記をまずは参考にして、地図も揃え、いざ出発だった。
(しかし、おおむね16キロ・・歩きのこの企画に、良くもまぁ・・ミネさんが乗ったものだ・・)
参考の方に同じく、宜野湾市佐真下の「佐真下公園」を出発・・第二ゲート前からだ。



ほんの少し舗装・・



やがて、道なき道になるはずだった・・



さっそく、アメリカにやられる・・(茂みを超えたら、アメリカセンダングサにやられた)



ばかやろうな、看板はいたるところに張られている。



ヘリが墜落した「沖縄国際大学」前、通過・・・ここらから、道はなくなり、道路へ出たり、また。フェンスのある場所に入ったり、の繰り返しのはずだが・・




昨年下見に来た時、道路の工事らしいことをやっていたのは見ていたが、まさか!!!!

工事中区間が何か所もあり、まだ開通していないが道路ができ始めていて、全行程の3分の1は直線・快適な出だしとなったのは、驚きと共にありがたかった。



何と!上原公園までフェンス沿いを来れるとは・・・



隣は「佐喜眞美術館」!いよいよ、フェンスとはお別れ・・





路地から330号線に出ると、すぐに、宜野湾市役所。



国道沿いがフェンス・・・



やがて、第三ゲート。
第三ゲート前で、アメリカは帰れ~~などと、シュプレを揚げていたら、基地内から米兵の乗ったパトカーがやってきたぜ!
わしゃ、地位協定外の、おれの国に立ってるのさ。




やがて、基地の半分・折り返し地点・普天間南到着。ここまでほぼフェンス沿い直線だったので、予定時間より1時間は早い。
しかしこれから、右左と進むことが予想され、100mフェンス沿いを進むのに300mかかるような行程が予想され、ある意味覚悟する。




普天間小学校通過!





やっとフェンス沿い発見!



したすら(ひたすら)フェンスなど見えず(基地沿いは高台でお墓群になっている)、なんで俺はこんなところを歩いているんだ?と、自問自答が続く、そんな苦行が続いている。お互い、無口になる・・・行程の5分の3ほどか?大山辺りで、海が見えてきた。
歩いている道路は58号線に並行した、裏道。車の通りはあるが、お店などほとんどない。



歩いてきた道は、左へ折れる広い道とのT字路っとなる。直進せず左へ・・・
見覚えのある、高台に通じる広い道。メインゲート、第一ゲートに続く道にやってきた。
道沿いに史蹟!




史蹟・「マヤーガマ」・このような遺跡だ。「大山マヤーガマ洞穴遺跡の発掘調査では土器が出土していますが、約3000年前、約2300年前、約800年前と年代に幅のある出土物となっています。他には人骨やその副葬品と思われる貝輪がありました。また約200年前の蔵骨器(ずしがめ)もあり、古くからここが墓として使われていた事が分かる遺跡となっています。前庭部からは石斧や小穴等の生活跡もありました。墓の移り変わりが分かる貴重な場所として市指定史跡として指定されています。」

避難壕としても、使われたろう。よく基地建設で壊されなかったなぁ・・・





さて、第一ゲート!まっすぐ車が進めないように、ブロックされ、その奥に守衛所がある。

ゲート前で、シュプレヒコールは上げず、元に裏街道に戻る。




へたばっていた・・・・

これだけの行程で、水しかもたなかった準備不足を反省した。行動食はもつべきだった・・・シャリバテ!

やっとコンビニに出くわし、行動食。








考えていた道とは外れるが、看板では150mほど(これが大ウソで、150mほどの目印は撤去されていた)なので、貝塚ときいちゃ、寄り道・・
これが、実は大ウソで、500mは優にある急峻な坂道であった。かなりばてるが、これがこの後の幸運となった。
貝塚は碑のみ・・・奥に拝所(大山御嶽)だ。





貝塚からは、フェンス沿いに幅1mほどの手入れされた沿道があった。たぶんフェンスのメンテナンス用だろう・・・
これが続いて、やがて部落の道に通じたら・・・と、妄想は膨らみ・・意を決して進んだ・・・
1キロ弱か・・・・
もし、この道が途切れたら、アウトだ。戻らなければならない恐怖に包まれつつ、とにかく歩いた。





なんと!右はずっと亜熱帯の森(ハブが住んでいるに違いないジャングル)だったが、森の隙間から公園らしき場所が見えた。
ブッシュをかき分けると、「森川公園」だった!
やった!!!!!ヤッタ!

わりわりは、小躍りし、心の中で叫んだ・・

しばらくぶりに、2人に会話が戻った。ここまで3時間半。



こののちは、住宅街がしたすら続き・・出発点、佐真下公園を目指した。ネットで道など検索すると、3分・・・と出たが、これは車で3分であった。



ついに、佐真下公園到着!!




第二ゲートだぜ!

4時間強・・・3万1000歩だった。

疲れ切っていた。

2人で歩く・・・互いに自分のペースで歩いたが・・

どちらかがめげそうなとき、相手は気力が続いていたりと、ある意味2人だったから、出来たように思う。

1人だったら・・・1人だったら「ここで止めて、また後日、ここから最後までやればいいか・・」などと、タクシーを拾ったかもしれないぜ。

歩かないとわからないこともある。

沖縄第五の都市、宜野湾。19,8平方キロの町に、9万9000人が暮らしている、
宜野湾の総面積の25%の一等地に、普天間飛行場がある。
単純比でも、2万5000人が暮らすことのできる場所だ。

普天間基地・・確かに広大で、人々の暮らしの場の只中に毒を吐き・牙をむいて立ちはだかっていた。




用意した地図は、ボロボロになった。
帰ってから、通った道をなぞった・・・緑がそれ。オレンジの部分はフェンス沿いだ。ほぼ半分はフェンス沿いを歩けたか・・・


22日の2m圏内接触者。

濃厚接触・・女房・長女・孫・長男・その彼女?・・・・5人。




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東北道SAあれこれ、そして都賀西方上りのサービスエリアB級グルメその99。

2020-11-22 04:44:29 | SAグルメ
沖縄のまとめは着々と進行ながら・・・・今日は休日につき、軽いお話を・・(なんでだ?)






下り線。

この手があった!!!!!

ご飯・納豆・温泉卵・トン汁にしようか迷ったが、少しおなかがすいていて、ミニうどん。漬物はおまけ?



単品攻撃!しめて550円。朝は納豆だぜ!




最近設置されたのかなぁ・・・ストリートピアノだぜ!ここも、下り線。




こちらは上り「安積」。敷地内から村の社が見えるのだが、いつもいつも、なぜ?牛の置物が?と・・・
狛犬もいるが、何故か牛??



がら空きで、柵もフェンスもなく・・



歩いて30秒?「白幡神社」なるものであった・・・
由緒の石碑には、高速道路開設で、神社は土地を接収されたが、やっとこの場所が見つかり、再建されたとか、うれしいとか、八幡太郎義家とか、東北ならではの由緒が書いてあったが、牛は不明・・・
白幡神社の「奥宮」がここらしい。
菅原道真公を祀る天満宮では、菅原道真公と関係の深い「牛」が神の使いとして神聖視されているが、この牛との関係は不明だな・・・



牛!



上り線。




見事に、美味しくない・・・・

醤油系のラーメンは、結構、美味い不味いの落差があるが、味噌系は落差が少ないってのが俺の印象なのだが・・・

これは、頂けない。

不味いよ!麺がまず細麺で味噌には合わず・極薄のチャーシューは臭い!


21日の2m圏内接触者。

濃厚接触・女房・長女・孫!・・3名。
菊屋分店べーべー・・・・・・・1名。
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2020秋の沖縄・歴史・・名勝探訪の1日。

2020-11-21 04:36:42 | 旅は続く
記事・・・ながいでふ。


今回旅の目的は・・
➀とにかく沖縄の空気が吸いたい。
②コロナ下、那覇の街は?行きつけの店は?生き延びているだろうか?を確かめる。
➂一体沖縄は、本土からの客にどのような思いでいるか、取材してみたい・・

が、テーマだった・・・

そこに、➀行っていない史跡巡り・・・②昨年来温めていたマイ企画・・「普天間基地を可能な限りフェンス沿いを歩いて1周してみる・・を、重ねた。

本編は、⓵行っていない史蹟巡り(前半は、俺は何度も行っているが、ミネさんが行っていない場所)の記事だ。






史蹟・名勝は歩けば突き当たる沖縄だ。沖縄の地面に最初に降り立った場所は、旭橋駅。
埋め立てで出来た場所ながら、この海だった証の大石は、信仰の対象でもあったので、そのまま残されている。



昼飯に向かう途中。城岳・・県庁の壕が保存されてある。ここは、部隊が配置され、激戦の場所でもあった。



城岳公園の上には、学徒碑「二中健児の碑」・沖縄戦で犠牲となった沖縄県立第二中学校職員生徒(鉄血勤皇隊や通信隊に参加した学徒185名と職員9名)の慰霊碑だ。
男子学徒は14歳から19歳で、上級生が「鉄血勤皇隊」に、下級生が「通信隊」に編成された。現在の那覇高校で、碑の建つ城岳公園の北・眼下に那覇高校がある。




那覇の中心、緑が丘公園に残る壕。ここは、警察職員やら那覇の役人たちが潜み、職務を行った壕だ。
ここまでは、食事や買い物途中などで立ち寄った史蹟・戦跡だ。

今回の旅では、歴史散策で、歴史上の有名な人物①勝連城主の阿麻和利の墓をめぐる。⓶第一尚氏3代の墓をめぐる③スパイにされた少年たち「第二護郷隊の碑」をめぐるを、2日目のメイン企画に据えた。いつものタクシーのSさんが頼めたので、ミネさんが初めての施設や観光地も回ることができた。



来てみたかった場所、読谷村古堅小学校の側だ。
琉球王朝成立の時代の武将「阿麻和利(あまわり)」の墓だ。
2説あるが、南山併合の1429年に尚巴志が「琉球王国」を形成する。出来たばかりの王国は、王位継承などで、内紛が続く。第5子尚泰久(しょうたいきゅう)が6代目の王位に就く。そして、地方の有力武将である、護佐丸・阿麻和利の乱がおこる。やがて、忠臣護佐丸は阿麻和利の策略で自害・阿麻和利は尚泰久に打ち取られる。
しかし、7代尚徳は徳がなく、暴君であったため、家来の内間金丸の下剋上で金丸は王位につき、尚円となのり、第二尚氏の時代となる(この王朝が明治まで続くのである)。

これが、第二尚氏時代の「正史」に書かれた物語だが、勝者の史書は勝者に都合がよく書かれている。

護佐丸も阿麻和利も「天下の野望」が有ったのだろう。まぁ・・豊臣統一前の、武田や上杉と考えれば良いと思う。







あの勝連城の城主、阿麻和利は、納めていた地域では徳政を敷いたらしく、今もこの地域では、彼は慕われ、物語は芝居として毎年公演されているという。
敗者の墓は暴かれる・・・家来たちが、山深く葬りなおした墓が、これだ。コンクリートでふさがれた墓の姿が、悲しいくもある。




わりわりは、次に読谷村の嘉手納弾薬庫・その中の「黙認耕作地」に入った。入り口には、物騒な脅しが掲げられている。
米軍の敷地に入ると、日本の法律で罰せられる可笑しさ!




農耕などで使用されている道路は、車が十分に通れる広さだ。フェンスの中にまたフェンス。



やがて、今もこんこんと湧き出す井戸。農耕の貴重な水源だ。



琉球を最初に統一する「第一尚王朝」の覇者「尚巴志」とその後3代の墓にやってきたのだ。「第一尚王朝は1406~1469まで7代続く・そこで家来の内間金丸(改名し、尚円)に下剋上で滅ぼされる」この尚円の起こす第二尚氏が明治の琉球処分まで続くのである。写真の小さな「尚巴志の墓」の目印を見つけられないと、嘉手納弾薬庫を彷徨うことになる・・・



急斜面を登る。Sさんがハブを追い払う棒でくさをかき分けて、案内してくれる。



20mほど登ると、ブロックでふさがれた墓に行き着く・・・



斜面を変えて登ると、尚巴志の墓をここに隠す(尚円たちが、墓をあばき破壊することは見えている)のに尽力した家来の墓も鎮座していた。

阿麻和利の墓もそうだが、敗れ去った者の、末路は隠れるように岩陰に葬られている、怪しげな気を今も発しているような雰囲気がった。




読谷村を北上し、恩納村、安冨祖にやってきた。車でも40分はかかったかな?国道から直角に逸れ、人気のない細い坂道に入る。やがて、徒歩で坂道を登った。
広場から東方を見ると、深い谷・・そして、恩納岳の山並みが見える。




ここでなくなった少年隊・大人たちを慰霊する「第二護郷隊の碑」が建っている。
護郷隊(ごきょうたい)は、沖縄戦当時、諜報や防諜など秘密戦を専門とする陸軍中野学校の出身将校によって作られた2つの秘密部隊であり、いずれも10代半ばの少年を防衛召集して構成した少年兵による遊撃隊(ゲリラ部隊)である。恩納岳を主戦場にしたここが、第二護郷隊の場所である。

護郷隊は、いずれも14歳から17歳の少年を防衛召集していたが、その法的根拠は、鉄血勤皇隊や通信隊とおなじく、法令ではなく、軍令としての陸軍省令第59号「陸軍召集規則」第58号「防衛召集規則」で、「前縁地帯」と規定された沖縄県と奄美諸島などに限り14歳以上17歳未満で志願の防衛召集をさせたものだが、法的な問題があっただけではなく、護郷隊では学徒動員よりもさらに強制的であり、役場から呼び出しの連絡が来て小学校に集められ、そのまま召集された。少年たちには、「護郷」、自分の故郷は自分で守れ、という護郷隊の大義が強調された。しかしその実態は、重火器に竹やりで突っ込む、そのような形容がぴったりのものであった。

第一、第二護郷隊の戦死者は、約160人にものぼり、集合に遅れたというだけで制裁のために仲間うちで銃殺させたり、軍医に殺されたりした少年兵もいた。



戦跡を終え、時間があったので、ミネさんの来ていない「万座毛」へ・・
びっくりするほど施設は様変わりして、今年開館したようだ・・・俺も驚いた。しっかり検温され、立派な土産店を通って万座毛へ・・





万人が座せる、広場(毛)は、やはり良い景色だった。



那覇に戻りながら、道の駅「おんなの駅」で昼飯。
隣の博物館、ミネさんを行ってらっしゃいと送る。




庭にはこのような史蹟。




傍の「仲泊遺跡」に案内。岩陰を利用した住居跡と貝塚が残り、沖縄先史時代前期(紀元前約1500年前)頃利用されていたものとされる。沖縄県に残る同様の遺跡としては、最大級の規模で保存されている。 同じ場所に、近世に利用されていた「比屋根坂石畳道」もある。近年整備され、この石畳道は、古道「国頭方西街道」として、数キロ復元保存されている。わしゃ、2回に分けて、歩ききった・・・なんせ、アップダウンきつい山道なのだ・・・



その道・・・・行ってみる?と、彼に問うと、首を横に(大きく)振っていた。この遺跡、沖縄海洋博で、道路として破壊されるところだったが、反対運動で、道路が迂回して難を逃れたのだ。**博なんぞは、ろくなものではない!大阪万博だと?オリンピックだと?この「ご時世に」あきれるばかりだ・・・




ここは、僕も行っていないので、Sさんにリクエストしてやってきた。
真栄田岬・・・もぐりのメッカ?いや・・ダイビングのね。結構期待しなかった分、素敵だった。



タクシーにお願いした行程・時間にゆとりがあって、僕は最後に絶対来てみたかったここにやってきた。
土曜日なので、蔵は休みだが・・観たいものは、その庭にある。



「君知るや 名酒あわもり」!




1970年(昭和45年)、雑誌「世界」4月号で、坂口謹一郎(東大名誉教授 醗酵学)が発表した名文。

彼の文はこう続く・・

「黒麹菌という不思議な力を育て、泡盛という名酒を作りだした、沖縄県民の素質や伝統に対して限りない魅力を感ずるものである。」

この発表は沖縄返還の2年前なのだ。 

この碑の建つ、沖縄酒造協同組合は、沖縄のすべての蔵が加わり、古酒熟成、良質の泡盛を守り育てながら、県外・国外への泡盛の発信基地になっている。
この組合の名酒「海の邦」などは、僕の愛飲酒である。


こうして、史蹟・戦跡・名勝をめぐる1日は終わったのだった。


20日の2m圏内接触者。

濃厚接触・・女房・息子・新道・・3名。
立ち話・ユッコ・ミホ・・・・・・2名。
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2020コロナ下の秋の沖縄・那覇・浅草・俺の御用達の店は?

2020-11-20 04:25:06 | 旅は続く


島には行きたいが、正直怖さもある。いつもなら、行きは始発の東武、浅草で京急だが、この京急の混み方は(通勤客)尋常ならず・・前後ろ横と、吐息の嵐だ・・・

時間帯、連絡は悪いが、4:25発の高速バスを選択。客は羽田まで10人弱だった・・・



今回旅の目的は・・
➀とにかく沖縄の空気が吸いたい。
②コロナ下、那覇の街は?行きつけの店は?生き延びているだろうか?を確かめる。
➂一体沖縄は、本土からの客にどのような思いでいるか、取材してみたい・・

が、テーマだった・・・

そこに、➀行っていない史跡巡り・・・②昨年来温めていたマイ企画・・「普天間基地を可能な限りフェンス沿いを歩いて1周してみる・・を、重ねた。




羽田は、密とは程遠く、保安も1列になるように工夫され、検温をパスしないと入れない。
椅子なども、かなりの着席制限が行われていた。ミネさんと隣り合わせになれない・・・



な・・・感じ?



羽田も那覇も、今までなら、優先搭乗・30番から後ろの改札・やがて只今より全てのお客様・・の順だが、コロナ下では、20番刻みぐらいに細かく改札の制限が敷かれ、改札待ちの長い列ができない工夫がなされていた。



沖縄の観光施設も、列を1列・必ず検温であった。写真は「万座毛」入り口。



これが、日曜日、歩行者天国の国際通りだ・・・・・どんだけ、人がいないんだ?




俺御用達の古酒家は、数か月前から休業していて、19日からやっと再開だ。
丁度、準備しているところで、馴染みの店員が居て、事情を聴いた。
「休業中、賃金はどうした?」などと聞いたら「小さく手を振っていた」・・・頑張れ!

ほか、あちらこちらでシャッター。中国人相手にあれだけあったドラッグもまったく姿さえなかった・・・

だが、空き店舗のあちらこちらでは、新しく入るテナントの改装工事も始まっていて・・たくましい那覇でもあった。




国際通りから南へ市場本通り・むつみ橋商店街・平和通り・・・そのまた奥に、太平通り・新天地市場・・・
奥のまちぐわーは、ほとんど観光客相手では無かったので、活気と商品があふれていた。




行きつけのドライフルーツ屋が閉店していてあせった・・・
が・・なんと、店舗を大きくして移転していた。ドライフルーツだけ扱う店は、那覇ではここしかないので、かえってつぶれないか?




沖縄県の公式アンテナショップ「わしたショップ」などは、観光客が来なくても開店中!
古酒家が閉まってるので、酒を購入。決めていた銘柄・・尚!
*泡盛の価値を再認識し、外部の有識者を加え、泡盛メーカーの技術者で幾度なく集まり研鑽し、「世界に類をみないスピリッツ(蒸留酒)」として新しい泡盛の製法と風味を誕生させる。「この新しい製法は、一部の酒造所のメンバーで共有するのではなく、泡盛の未来の為に全酒造所に共有したい!」とのプロジェクト。
これに賛同した、やんばる酒造、ヘリオス酒造、金武酒造、崎山酒造廠、神村酒造、瑞穂酒造、瑞泉酒造、石川酒造場、まさひろ酒造、米島酒造、請福酒造、八重泉酒造の12社で新しい風味の泡盛を共同プロジェクトしました。という泡盛が「尚」だ。

入手し、瑞泉のやつを飲んだらことのほか美味しく・・今回飲んでいない6の蔵のを購入。次回は、残り5の蔵を購入予定だ。




玉那覇の「タンナファクル」直売店。昔ながらの駄菓子は美味しい。





最終日は必ずこの「呉屋てんぷら」を購入し、帰る。




図書館ではありません!この書店は必ず立ち寄ります。昨年から、沖縄の古書店とコラボして、古本コーナーもできた。




この通りの奥に・・・・ミネさん・せいごうさん・ミッキー御用達の「おばぁスナック」があるのだが・・
酔っぱらった2日目の夜、ミネさんは出かけたのだが・・「店がなく、更地になっていた・・!!」とのたもう・・
俺は、あのビルが更地になるとは思えず、3日目の昼にミネさんを連れて、現場検証・・・やっぱり、健在。
相向かいの昔から更地を勘違いしたらしい・・・今回もミネさんは「酔っ払いの仕業」を随所に見せ、話題を提供してくれた。
せいごうちゃん・みっきー!「ゆうすげ」は健在です!おばぁも生きてます。



どんどん新しいホテルは建っている。2月に工事中のホテルは、立派に開業し「GOTO」であった。
GOTOは高級なホテルばかりに人が集まる。



帰りは、2時台3時台は京急も混まないので、浅草まで直行!




これが、浅草の平日だ・・・・密ってどこ?



御用達の煎餅や「杵屋」の支店は閉店・・・・コロナで客が来ないらしい・・・

仕方なく、本店へ・・・

「やっと10月にちらほらと客足が戻ったが・・またコロナが増えているので心配だ」と売り子のにいにいが言っていた。

島の店や街の様子のレポ終了。食事編は後日。

あちこち、見たり・買ったり・対話したりして、ぼくが知りたかった「➂一体沖縄は、本土からの客にどのような思いでいるか」は、最後の番外編で書きます。

まったく、駄文長し!!!!

それでも、興味があって読んだ方には、わしゃ、頬刷りしたい!

19日の2m圏内接触者。

濃厚接触・・女房・・・・・・・・・・・・・1名。
会社(立ち話)・吉・高・小・永・狩・新道・6名。
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