館林ロストシティーランブラーズ・フォークソングシングアウト

フォークを歌って37年の坂を今登坂中。世間に一言あってこそフォーク。軟弱アコースティックミュージックにシングアウトだ!

表紙。

2018-12-20 06:54:08 | ロスト シングアウト
しばらく、このページは表紙になります。日々の更新は、次のページからです。
お知らせその1。

「平和」など冠した集まりにあんなに人が集まるなんて、館林も捨てたもんじゃないぜ!ご来場ありがとうございました。


お知らせその2。


笠木さんの残された詞・・・・それを、雑花塾が「歌」にして、10作目のCD文庫が発売されました。

すでに僕の手元に届いています。購入ご希望の方はご一報くださいませ。

これで、CD文庫完結・・最後のCDです。

このブログは、館林ロストシティ・ランブラーズの公式ブログです。



さて、ロストってどんな音楽やってるのだろう?聴いてみよう!が以下続く。

1・花の香りに

花の香りににGO!

2・あてない旅路         (僕が歌詞を書きまして・・・)

あてない旅路にGO!


なんと!笠木さん追悼コンサートのロスト!Hさんがアップしてくれました。

よかったら聴いてみようかな?かな?
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ウッドランドリンギングWITH館林ロスト・・・第二回練習!

2018-08-15 04:53:44 | ロスト シングアウト


来る25日の茨城のコンサート。
ウッドがすべてのメンバーが揃わず、かなり微力だがロストが、その穴を埋めるべく、助っ人での練習第二回が行われたのだ。



曲も定まり、覚えるのに必死だった前回に比べ、コーラスに少し加わったり、邪魔しないようにぃ・・などと、恐る恐る弾いていた楽器も、少しは自己主張をするようになった。

ウッドの細やかさ・・・ロストの勢いだけのがさつさ・・・が、際立つのだが、なんだか、ちょいとウッドに染まったかも?




なんとかなりそうな、予感が少しだけしてきた!

それにしても、こうしたセッションは楽しいなぁ・・・

25日のコンサートのおかげで、こんな楽しみも発見!
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8月10日の百姓の記録。

2018-08-14 04:38:39 | 僕の菜園


2度目蒔きにきゅうり(少し遅かったかも?)が苗になった・・・




初代キュウリは、さすがにヘタって、もうすぐ実を付けなくなる。同じ場所を少し整理して、苗を植えた。
どうなることやら・・・



秋冬キャベツが苗になった。




あらかじめ用意してあった場所に定植した。




ナスが、近年になく順調で、伸び放題になったので、1段手を高くして、側枝や葉を刈りこみ、樹勢を整えた。







そして、百姓で一番きらいな草取りを延々と行った。やだ!!!




パッションの初収穫!
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密会!共謀罪?

2018-08-13 06:10:15 | ロスト シングアウト



カテゴリーは「旅は続く」では無いのだ。「ロストシングアウト」なのだ・・・

そうなのだ、ロストベーベーの2人と共謀したのだ・・・・

ガイドさんは、日程の調整など行い・・・・

行きたいスポット・物欲の数々など、聞き取り・メモを取っていたのだ。

最後に、簡単な費用のあらまし・こうすると便利な荷物の処理の仕方・そして島の食事のレクチャーなど行ったのだ。


PS/「Mさんは雨男なんでしょう?」などと言っていたが(実際高確率で嵐を呼ぶ男なのだが‥)一緒に行くことになった。

なんだか、珍道中になりそうだぜ・・・こんどの島は。

俺はね、島の空気が吸えれば、後は何でもOK!!!
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長崎の日に・・今年もシングアウト。

2018-08-12 05:19:41 | 時事言いたい放題



何十年も続いているというのは、それだけですごいことなのだ。



11時2分・・・動員などという行為が無い、市井の人たちが、黙とうをする。



お寺さんが用意してくれた焼香をし、鐘を撞く。

何を祈るか?

広島・長崎・福竜丸・福島・・・放射能で無くなった方々に手を合わせ、この日悲しい、悲しい知らせのあった翁長知事に僕は手を合わせた。



この集まりを始めた方のとりとめのない挨拶。



広島の世界大会に行った方の報告。



昭和63年に制定された「館林非核都市宣言」が朗読され・・・



この取り組みをずっと地元で世話をしているロストのゆっこが、沖縄慰霊の日に中学生が読んだ宣言の全文を朗読した。





最後に僕はフォークソングを歌った。

戦後20年(21年?)に出来た歌。「戦争は知らない」を選んだ。

70年に入って「戦争を知らない子どもたち」・・・この前後に60年安保闘争・70年安保闘争がある。

戦争があったからこそ「安全保障条約」という大人たちに、中学生・高校生・大学生・・若者が反戦を叫び、新しい時代を望み、行動を起こした時代があった。
そして、その行動に、大人たちは「戦争をしらないくせに」と言葉を発した。

やがて歌が生まれた。

お父さんという戦争に真正面から向き合い

♪ 戦で死んだ哀しい父さん 私はあなたの娘です ・・・・二十年後のこのふるさとで 明日お嫁に お嫁に行くの」♪

と歌い。

♪ 戦争が終わって僕らは生まれた 戦争を知らずに僕らは育った 大人になって歩き始める 平和の歌を口ずさみながら♪


と、ある意味、知らないが学んで、僕らはその戦争に向き合ってると宣言しているのだ。

今の政治はその「戦争を知らない子どもたち」である、2世3世が中心にいる。彼らは、あの戦争から何も学ぶことが無かった人たちに違いない。まさに「戦争が出来る国」が最後の目標で、数を背景にやりたい放題だ。

角栄だろうが、後藤田だろうが、野中だろうが、保守の権化のような自民党の政治家だが、彼らは「戦争は2度と起こしてはならない」とその体験から語る人たちだった。まさに、2世3世になって、保守の政治家の劣化が激しい。

語り部がもうすぐいなくなるのだ。

沖縄のひめゆりたちも数年前から講話が出来なくなって、若い世代がひく継ごうと必死になっている。

「戦争を知らない子どもたち」が、あの戦争を学び、今の沖縄を学び(いまだ、戦争が終わっていないこの国の場所だから)語り継ぐことが問われている。

そんな、長い話をして、僕は歌った。
みな、歌ってくれた。

この集まりも、語り継ぐ行為の1つだよなぁ・・・

又、ここで歌えてよかったぜ!
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