館林ロストシティーランブラーズ・フォークソングシングアウト

フォークを歌って37年の坂を今登坂中。世間に一言あってこそフォーク。軟弱アコースティックミュージックにシングアウトだ!

キラパジュン・僕の育った音楽Kの仲間達その12。

2010-02-27 06:56:43 | 僕の育った音楽



キラパジュンを話すには、以下の「歌」の話からだ。

不屈の民(¡El pueblo unido, jamás será vencido!、団結した人民は決して敗れない!)とはチリのヌエバ・カンシオンの曲の中で、最も世界的に良く知られた歌だろう。セルヒオ・オルテガ作曲、キラパジュンによって作詞された。

同時代に、多感な青春をおくった僕は、あの熱く・悲しい出来事が蘇る歌だ。

この曲は第一に人民連合政府の歌として作曲され、サルバドール・アジェンデを支持する人々によって歌い継がれた。上記両氏によって作られ、演奏された直後から、多くの音楽グループによって訳され、録音されている。特に1973年のチリ・クーデターの後、僕がこのカテゴリーの「I]で紹介したインティ・イリマニによってこの歌は国際的に有名になったな。


音楽のカテゴリーで、政治の話はなんだが・・・この、キラパジュンでは、少しお付き合い願いたい・・・


1970年の大統領選挙により、人民連合のアジェンデ大統領を首班とする社会主義政権が誕生した。

アジェンデは自主外交を掲げ、キューバとの国交回復、鉱山や外国企業の国有化、農地改革による封建的大土地所有制の解体などの特筆すべき改革を行ったが、厳しいインフレなど起し、経済政策は総じて破綻気味であった。また、西半球に第二のキューバが生まれることを恐れていたアメリカ合衆国はCIAを使って右翼にスト、デモを引き起こさせるなどの工作を行い、チリ経済は大混乱に陥り、物資不足から政権への信頼が揺らぐようになった。

やがて、1973年9月11日、アメリカ合衆国の後援を受けたアウグスト・ピノチェト将軍らの軍事評議会がクーデターを起こしてモネダ宮殿を攻撃、降伏を拒否したアジェンデは死亡し、チリの民主主義体制は崩壊した。翌1974年にピノチェットは自らを首班とする軍事独裁体制を敷いた。

2010年1月17日現在、右派連合チリのための同盟のセバスティアン・ピニェラ元上院議員が初当選した。ピノチェットの独裁の恐怖の教訓から、しっかりした選挙が行なわれているようである。
実業家出身のビニェラの政策は、保守ではあるが、ピノチェットを否定し、経済政策は、市場よりのようであるが、貧困層向けの社会計画の継続を公約するなど、国民本位の政策を実施しようとしているようである。
21世紀の今、南米では、多くの国で「反米」の政権が生まれ、自国の再建に取り組んでいる。南米には、実に注目すべきだ。


武力で国民や他国おも押さえつける政府に、ろくなものは居ない。
隣国の将軍様もそうだ。

この、アジェンデの殺戮とともに、ピノチェトは、自国のフォークシンガー「ビクトル・ハラ」を殺し(彼の死体は、ギターを弾くべき指をすべて潰され、銃殺体であったと言う)、クーデターの時、外国公演を行なっていた「キラパジュン」は帰るべき祖国を失うのである(あの映画・ターミナルのような事態ね)。

76年に日本にも来て公演を行なった。そんな時代に、出されたアルバム(LP/日本で発売)がこの写真だ。ビクトル・ハラも2曲参加・・入手は困難・・貴重品だな。
保存のために、僕がCDにした。
幾つかは、フォルクローレの楽曲や、楽器を使っているが、他国のフォークや、彼らの祖国のフォークがつまったアルバムなのだ(何となく、ウィーバーズに近い)。

いや・・・必死に、世界を学んだ頃の、自らが蘇った・・・昨今の俺は・・・学びがたらんな・・・・
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2月のスクラップ。

2010-02-26 06:32:53 | 時事言いたい放題


色々あったが、まあ、意見は様々であろう・・・・

TO大学は、応援までやめたってのが、なぁっさけないのでは?



と、この辛酸なめこさんの記事、腑に落ちたね。

日の丸背負うと、ろくなことが無い。



この話題も、気になっていた。

お前はどうなの?そうなのよ?

と、自問自答の日々。




このお方の、考え・・が、理性的な気がした。



惜しい方が、亡くなった。

名優であったな。

「お仕置き」してほしい人たちが、ね、選挙めざして、泥仕合の様相・・・

どうも、あの1つ前まで政権党だった政党の人たちが、「金権」とか「政治と金」とか言っても、あきれて、笑いが出ちゃう・・・僕であった。
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土偶展に行ってきた・おまけ付き。

2010-02-25 06:32:10 | 旅は続く


沖縄の14日は始発の飛行機で帰った。
10時には羽田・んで、こんな場所に降り立った。



ブログ仲間の岡花見さんから教わった「土偶展」にやってきたのだ。

ここらは、大好きな時代だが、本物の土偶なんぞ、2・3点しか見たことは無い。



国宝の土偶が仰山拝めるってんで、かなり嬉しかった。



土器や土偶などの遺物から想像される「縄文人」は、装飾具・刺青・豊かな造形の土器と、その精神性の豊かさを感じるものだ。

時代が進んで、渡来する「弥生人」の簡便・合理性とは明らかに民族を異にすることが分かる。

渡来人は、やがて北進・・征服や、穏やかな混血など重ねながら、箱根越えに難儀しながらも、やがて全国に、入り混じってゆく。

この箱根越えに時間がかかるおかげで(?)、北の縄文文化は、その晩期には、驚くほどの見栄えのする、土器や土偶を残すのである。

ちなみに、わがG県や、隣のN県なども、遺跡・遺物、そして土偶の発見が多き場所なのだ。

エゾ・熊襲・沖縄・・・どうも、縄文の紐帯を残した民族のようである。
その精神性、今も、豊か。
沖縄の帰りに、土偶展とは、ピッタリであった。

写真・場内は撮影禁止。何故か中高年(俺もか?)で満員だった。



まだ、沖縄の余韻の中だった。

T市には帰りたくなかった・・・・



んだが、外は寒い・・・・凍え死ぬかと思うほどだった。
ホッピーじゃ寒い・・・焼酎のお湯割り。



肉じゃが・・・ちょっと、普通。



40分ほど、まったり過ごした。
熱燗。



おみやげ(俺に)に、トビのくさやを購入して、帰った。

T市も寒かった・・・・
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司牡丹・一ノ蔵・ある日の晩酌テースティングノートその122付き。

2010-02-24 06:56:46 | グルメだ!
長い、沖縄記録が終わったぜ!

ホッ。

で、いつもの、酒紹介の、与太記事・・・・・



スーパーの出口にある、レシピの紙とか、生協の冊子とか、良く眺める。

一応、少ないレパートリーを増やそうと、前向きな僕なのだ!が・・・


同じように、女房も、新作に挑戦した。
女房はね、作ると上手。作らないだけね・・・

とある、休日の出来事だ。

ワインとか、フンダンニ使った、ブルゴーニュ風のレシピ。

なんやかやと、作法があってのう・・頑張って作っていた。



う~~む・・・旨いには旨いが、いまいち・・・(おしなべて、子ども、製作者も同様の感想であった・・・)

これなら、いつもの、「ルー」のほうがいいみたい・・・



北海道からの「ほたて」は仰山ある。

前回はバター&レモンで旨かったが、今回は、ホウレンソウのソテーも添えた。

肉厚・そして甘く、実に旨い。

まだ、少し残っている。

もう少し温かくなったら、外で「七輪パーティ」なのだ。

そこまで、大事に残すのだ・・・



デザートな、ばあさんの畑のキュウイ。



上記メニューでは、お酒にはね・・・・

僕のお酒のつまみは、「おから」。

安い・旨い「おから」は大好き。皆さん、おから、食べる??



高知県高岡郡佐川町「司牡丹酒造株式会社」

こちらその、普通の「司牡丹」・純米である。

美味しい酒です。まあ、高知を代表するか?

ほどよい甘さ・コクを備えて、これに吟醸香など加われば申し分ないのだが・・・




宮城県大崎市松山千石・株式会社 一ノ蔵

「一ノ蔵・特別純米ひやおろし」

何度も登場の一ノ蔵だが、今回は「ひやおろし」。
ここを読んでる、酒好きは、ご存知だろうが、およそ新酒は春にできる。
んで、火入れを行い、加熱殺菌され、貯蔵。
まあ、熟成が進んだ夏に、普通もう1度火入れを行い、味を固定して出荷だ。
んだが、熟成の旨味を残すため、最後の火入れを行なわず出荷が、「ひやおろし」だ。

問屋・酒屋・購入した俺が、適度な温度管理を要求されるが、その分、味は鮮烈・飲み口さわやかである。

これもいいね~~~

おすすめ。

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悦っちゃん、泉崎など・F本観光で行く沖縄2010春拾遺物語。

2010-02-23 06:53:56 | 旅は続く


いよいよ2010春の旅日記も、最終章だ。

写真は、11日の11時、空港について、すぐ「反省」をした図。



最終章は「F本観光」にスポットを当てつつ、てーげーな記事を織り交ぜて、終わりたい。

写真・11日、宿に荷物を放り投げ、呑みに向かうとこ。

F本観光はこの日のために「携帯ナビゲーター」を購入。まあね、翌日は自転車で、糸満方面に向かい、そのまま泊まって、ウミンチュを目指したので、自転車でナビだったらしい・・

やがて、幾つかの店にアクセスし、予約をしているのだ。エライ!




お目当ての沖縄おでんの店「悦っちゃん」だ。
昨年11月は、満席で入れなかったのだ。



かけつけ1ッパイの泡盛が沁みた!



ここのおでんは絶品。そして沖縄のおでんは「テビチー(豚足)」なのだ。
そして、時期によって品は変わるが、青菜をさっとだし汁にくぐらせた物が、これまた特徴。

ここのテビチーは、臭みが全く無く、コラーゲンたっぷりの、実に旨い味だ。



大根・厚揚げ・ウインナなど、これまた旨い。



餃子を頼むと、近所の店に出前を頼む。そして代金は、出前氏に直接払う。店は、サービスのみの、有り難いシステムだ。

この餃子、中にニンニクが粒のまま入っている。うまいったら旨いのだ。



この後、F本観光が終わるわけが無い!

もうね、1時だね。

僕は、宿に帰った。途中コンビニで、ぐしけんパン・さんぴん茶・液キャベなど購入。

寝つけなかったが、2時頃までの記憶しかなかった。



さて、これは、13日夜の記録である。

F本観光が物色した「泉崎」という店である。今からの記録でいかにF本観光が「鉄の胃袋」であるかが、分かるのだ。

特記が無いつまみは、一緒につまんだか、3:7でF本観光に胃袋に入ったのだ。



13日は、僕は3時過ぎは部屋でまったり・それまでの旅の記録やパンフレットなど整理したり、ベットでごろごろ本など読んでいた。
F本観光から3時過ぎに携帯が入って、彼も自転車を返し、宿に戻る途中とのこと。

7時に繰り出そう!と、打ち合わせたのだ。

そして、今回は「ろばた焼き」!泡盛は旨いのだ。



隣の人が食べていて、旨そうだったので注文。
「ほうれんそうのバター炒め」・・・・・・・・・・塩梅が良く旨い。



オニギリ(僕の注文・1つ食べ、残りは宿に持ち帰った)・・・・コメを食べないと、酔いが早い。何より、お腹が落ち着く。
厚揚げ焼き・・・普通・・・・



焼き鳥

から揚げ・・・1つも食べなかった。



刺身はネタが新鮮で、実に旨かった。



ちょっと濃い方たちが、黙々と客の注文をこなしていた。
観光客・地元では、地元客の割合が少し多い店だ。



もうね、お腹も納まり、僕のペースで泡盛・つまみを一口・・と続いた。
泡盛のお代わりも、良いペース。

んだが、F本観光は、金メダルのペースで、呑み且つつまみを胃袋に放り込んでいた。

写真・しゅうまい・鯖の焼き物・・・・すべて、F本観光の胃袋に消えた。



最後に注文の「ばい貝」は薄味ながら、美味しかった。

この後、僕は宿、F本観光がネオン目指して、消えていったのは、もう、定番の沖縄であった。

このパワーを、仕事に生かせば・・ね・・・・

こうして、F本観光と二人の、沖縄の夜は終わったのだ。



さて、与太記事を終える。
街で出会った、素敵なお店。この色合い、何となく沖縄だよな~



んで、そばな!方言のままが、すんばらしい!



辺野古から今帰仁に向かう道中で、運転手のU間さんが案内してくれた、「琉球松」の巨木。

およそ、こうした古木は、沖縄本島の南には無い。
沖縄戦で、山が形を変え、木々は戦火でみな焼けたからね。
那覇から、沖縄の大動脈、国道58号(本島西海岸沿いを空港から、まっすぐ北へ伸びる)を北上すると、頂上のある山・大きな森・巨木と、明らかに景色を変える。

そして、高速道路(こちらは中央から西海岸沿いを北に伸びる)を北上すると、今度は、北に行くほど、木々が生えてない「山肌」(実射でボコボコだんべ)を目にするのだ。
そこは、キャンプハンセン!高速は、名護市、恩納村、宜野座村、金武町にまたがる、県内最大規模の実弾射撃演習場の中を通っているのだ。




辺野古から今帰仁までの、県道や国道沿いには、日本最大のシダ「ヒカゲヘゴ」がいくつも生えていた。あの、西表で見たヒカゲヘゴは、さすが、「やんばるの森」のお隣の地域では、普通に見られるってことか?

俺はこの、新芽を食べてみたいのだ!!(ちなみに新芽・・大根の大きさです)



沖縄で、唯一紅葉する木「ナンキンハゼ」にやっとめぐり合った。
んだが、葉が落ちて、紅葉は見れない。



側に落ちていた葉を拾ってきたが、どうも、違うような気がするのだ・・・
いつか、見たいのだ。



写真左・こちらも、落葉の折には、紅葉して落ちるらしいが、1年中、余命を終えた葉は、紅葉して果てるという「ホルトノキ」。

写真右・僕の大好きな「ライチ」・・・・実は生っていなかった。



満開の寒緋桜・・AT与儀公園。



沖縄で、あちこちに店舗を構える「ラッソ」というビジネスホテル。
毎回お世話になる。まあ、広い部屋とは行かないが、ベッドはセミダブルで広い。
その他、設備もサービスも不自由は全く感じない。

驚くのは値段だ。

今回は3日連泊・すべて朝飯がついて、3日で10500円という値段なのだ。
(沖縄では、これで、珍しいわけではない)




その朝飯な。



沖縄の土壌は、興味深々なのだ。

国頭マージ(沖縄本島北部から南へかなり広い範囲・酸性・保水性があるがその酸性ゆえ、パイナップルやかんきつ類向き)・島尻マージ(沖縄本島中南部及び宮古島・弱アルカリ性・保水性が無く根菜類向き)・ジャーガル(沖縄本島南部・アルカリ性・保水性はあり葉物野菜向き)・・後は露出した石灰岩(コーラル)だ。

客土などして、改良しつつ栽培をしているようだが、難儀な地質だと思われるのだ。

写真・国頭(クニガミ)マージだ。辺野古で撮影。赤・黄土色・白と、見事に3つの土壌は、見て解る。この土と、長く伸びるコーラルの白い道は、沖縄だな~と、思うのだ。



みてくれは悪いが、絶対旨い「タンカン」!沖縄のブツは一際旨い。
出会ったら、食うべし!



さて、今回のシーサー・・・・万国津梁館。なんか、よそよそしいのだ。



普通に「憲法9条」が、なんでもない公園にあったりする。これも、沖縄だね。



しこうきに、持って入れる荷物は、規制が厳しくなったのだ。
んが、確かに、乗り降りがスムーズになったように思う。



最後は、帰りたくなかったシコーキからの1枚だ。

今度は11月だんべか?

F本観光様、頼んだよ~~
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