館林ロストシティーランブラーズ・フォークソングシングアウト

フォークを歌って43年の坂を今登坂中。世間に一言あってこそフォーク。軟弱アコースティックミュージックにシングアウトだ!

ご近所の夏ミカン。

2024-01-31 04:25:02 | グルメだ!




この時期、ご近所のOさん宅では、鉄製のフェンスに「ご自由にお持ちください」と大きな袋に入った庭の(巨木が2本)夏ミカンが吊るされる。

いつもありがたく頂く。これで作る(作るのは女房だけど)マーマレードが美味い!





何はともあれ、洗い、刻むのは時間がかかるねぇ・・・



煮沸消毒。





出来たねぇ・・・美味そうだねぇ・・・



俺はあまりジャムは好きではないのだが、マーマレードは大好き。

朝飯に、美味しく食べた!
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群馬の朝鮮人慰霊碑・・・群馬県に住む俺は恥ずかしい。

2024-01-30 04:05:42 | 時事言いたい放題




東京新聞のデジタル版の記事。

 群馬県高崎市の県立公園「群馬の森」にある朝鮮人労働者追悼碑を巡り、管理する市民団体は23日、碑を行政代執行で撤去する旨の通知を県から受け取ったと発表した。撤去時期は29日~2月11日で、県は公園を閉鎖して実施する見込み。
 命令書は19日付で、22日に市民団体側に届いた。代執行に要する概算費用は約3千万円で、団体側から徴収するとしている。撤去した碑は後日、団体側に引き取るよう求める。
 市民団体は、「記憶 反省 そして友好」の追悼碑を守る会。23日に知事あてに声明文を提出し、「県内にとどまらず、日本全体に関わる重要な問題。歴史修正主義を助長し、ヘイトスピーチを助長する行為となる」などと主張した。
 県庁で記者会見した川口正昭共同代表は「撤去してからでは遅い。踏みとどまって冷静な議論をお願いしたい」とし、代執行方針の撤回を求めた。別の会員は「歴史を学び受け継いでいく姿勢について、群馬県民の良識が問われる問題だと思う」と語った。
 追悼碑は2004年に完成。12年の式典のあいさつにあった「強制連行」との発言について、県は設置時の条件の「政治的行事を行わない」に違反したとし、14年に設置許可の更新を認めなかった。団体側が提訴し、県の不許可を認める判断が22年6月に最高裁で確定した。(羽物一隆)



あの小池都知事はずっと、東京都墨田区の横網町公園に立つ朝鮮人犠牲者追悼碑前で開かれる追悼式典に追悼文を送るのを拒んできた。
俺の県の知事も、なんだか、小池に似てるんだよな・・・権力欲と差別感・・・
あの石原だって追悼文は知事の名で送って来たんだぜ?

「強制連行」という発言が、政治的ってのも俺にはよくわからない。

こうして、歴史の事実の隠蔽ってのは、国民の知る権利の侵害だ。

福田村事件が、日の目を見た。それは、誰か・・伝えよう・記録を残そうという強い意志が存在したからだ。何だか、群馬県民の俺は恥ずかしい・・・・
コメント (2)
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冬の仕込みなど・・・拾遺物語

2024-01-29 04:18:52 | グルメだ!




冬の仕込み。酒のつまみ「貧乏松前漬け」。昆布・イカ・ニンジンのみ!見事におれの好み。まぁ・・数の子は欲しいが我慢。









賛否両論、郷土料理の「すみつかれ」・・節分明けに余った大豆が作る合図なんだが、俺は好きなので、2・3度作る。
大変なのは、鬼おろしで、大根&ニンジンを突く作業だな・・・

ググったら「「しもつかれ」は、正月の残りのサケの頭に、節分でまいた豆の残り、そして根菜などを酒粕で煮こんだ西部地域に伝わる郷土料理である。正月からの残り物を大事に使い、また、冬場の栄養摂取や保存性に優れた先人の知恵がつまった料理といえる。地域によっては「すみつかれ」とも呼ばれている。「しもつかれ」は、栃木県や埼玉県、千葉県の一部でもつくられている。鎌倉時代に書かれた「宇治拾遺物語(うじしゅういものがたり)」などの説話にも記述されているなど、歴史は非常に古いため、その名の由来については諸説ある。「下野国(しもつけのくに:現栃木県)の家例としてつくる料理」から「しもつかれ」と呼ばれたという説や、つくり方の「酢み漬け」から「すみつかれ」と呼ばれたという説などがある。」



我ながら、上手にできた。最近は、作る家は減ったらしい・・・美味い!





やっとゆっくりなら、この大好きなバターピーが食えるようになった・・入れ歯!
この八街のバターピーは、他の追随を許さない旨さなのだ!!
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庭師鮮やか!

2024-01-28 04:31:03 | 僕の菜園


庭師に入ってもらった。もう何十年もこの造園屋さん。





使用前使用後。





しかし・・・躊躇なく・・・・





線が美しい!





椿やサザンカは、チャドクガ・・この最強の毛虫がたかる。
秋に葉の裏にワタの塊のような卵を産み、春に孵化する。しっかり剪定すると、卵のついた葉も切ってもらえ、発生が極めて少なくなる。





月桂樹。しかし、しかし、躊躇なくというか、バッサリだわな・・・・



なんだかさ、頼んでない柿の木も枝をおろしたみたい・・・
今年の秋に、実があまりならないかも???

この柿を消費している皆さん・・・今年はやばいかも?

あまり切ると、実がならないんだよな・・・・

庭師・・・木を見ると、切ってしまう属性があるのかもしれないな・・・・
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「御酒」・蘇った戦前の黒麹・・ある日の晩酌テースティングノートその494付き。

2024-01-27 03:41:46 | グルメだ!


鍋のきせつだねぇ・・・きりたんぽ鍋。ごぼう・ネギ・そして三つ葉が仰山が良い。



イカがメインの天ぷら。



大根の煮たのも、旨い季節。小エビと一緒が好き。



いよいよカキナ(まだ、芯止め部分だけど)が食卓に上り始める。



戦前、完膚なきまでに痛めつけられた沖縄と泡盛。すべての蔵は消失し、泡盛の甕は破壊された。
戦前の泡盛は現在識名酒造(時雨という美味しい泡盛を世に送り出している)の社長の家の仏壇の下にある2個の甕だけである。
(工場長も見せてもらったことはあるが、もちろん飲んだことはないらしい・・・・社長も恐れ多くて飲んでいないらしい・・・工場で俺が工場長から聞いた話)
麹は命だ・・・戦前の黒麹・・・焼け野原の沖縄本島では、すべて焼失したと思われていた。そこで奇跡が起こる。地上戦が起こる前、東大の醸造学の大家「坂口謹一郎博士」がサンプリングしたあちこちの黒麹菌が研究室にあることが分かったのであった。そのサンプルのなかに2つ、首里でサンプリングされ咲元酒造の株と瑞泉酒造からの2株が含まれていることが判明したのだった。奇跡的に生きて残っていた僅かな「黒麹菌」から、酒造会社と国税事務所・・官民一体の「戦前の泡盛」の復活のドラマが展開されたのだった。

坂口博士は、泡盛の優れた魅力を書き表しているが、その名文は今も沖縄酒造組合の玄関の前に大きな石に掘られて、誇らしげに訪ねる人を出迎えている。

「君知るや名酒泡盛」・・・がそれである。

現在、沖縄黒麹の製造を一手に引き受けているのは北谷にある「石川種麹店」で酒造メーカー47社中38社はここを使っている。この石川種麹も戦後、破壊を免れた与那国など離島の黒麹を培養し復活させたものである。

さて、この「御酒(うさき)」は上記ドラマから復活させた首里の戦前からの黒麹で復活した、見事な酒である。戦前の味?に近代的技術が合体して、雑味のない甘いフルーティな味わいであった。ちと・・高いけど。





泡盛・・・まさに、名酒である。
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