8時に羽田に着くには、5:25分の急行の始発で館林を出発だ。
保安検査をすり抜け、面倒な事が終わり、やっと最近発見のこの店でおにぎりと、味噌汁のセットを食った。普通・・・
3時間あまりの飛行機・・・ビール飲んで少し寝ようと・・・
唯一の贅沢・・・僕は、いつも頼む、個人タクシーの方が2人いる。
最近は砂川さんが多い。
事前にコースなど打ち合わせてあって、到着ロビーで、しばらくブリの再会をして、旅が始まる。
当日の那覇のお昼。この店は違う場所にあったのだが道路拡張で立ち退き。那覇ICの側に新しい店を構えた。
ガイドブックにはまず載らない、地元御用達の店だ。メニュー充実・そして美味しいので、昼時は必ず並ぶ。客席は広く多いのに並ぶ。
「ちら小ー(ちらぐわぁー)」だ。
今回は「魚の煮付け定食」。
鰹の出汁で食べさせる、あっさりして飽きない味だ。
朝はワンコインの喫茶店のモーニング。いつもは「サウスウインズ」という店なのだが、2日目あさはやはりそこだった。
4日目の朝は、道路の向かいの喫茶店もモーニングを始めたので浮気。
コージーと言う店に入った。
和食セット・・・・これにコーヒーがついて500円。ゆったりした店でここもリーズナブルであった。
次回は、ホットケーキか、リゾットにしてみようかな・・
3日目の昼は「とんかつ」が食べたくて首里で良く行く食堂へ・・・
とんかつ定食・・沖縄の大衆食堂はまずほとんど定食を頼めばこの量で出てくる。
フライドポテトのてんこ盛りが余計・・・甘いマカロニ&ポテトサラダも多すぎ・・・
さくさくで美味しいとんかつなのだが、もうすぐ還暦の胃袋は、まず収め切れないのだった・・・600円。
なんだかねぇ・・トイレの個室にはラジカセが置かれ、ずっと音楽など流し続けているのだった・・・この、サービスもこの島のシーブン(おまけ)の文化かもな・・・
那覇も観光客で賑わう国際通りを過ぎれば、平日の日中など閑散。県庁前を過ぎ、58号線泉崎を左に曲がり海岸を目指す道は「久米大通り」だ。
琉球尚王朝を支えた、中国福建省辺りから渡って来た渡来人が多く住んだ町で、その末裔も多いだろう。
この渡来人が、政治・商業・産業技術にかかわり、琉球の反映を支えたのだ。
久米大通りを進むと、「対馬丸記念館」そして波の上宮・波の上ビーチに行き着く。瀬長亀次郎さんの記念館「不屈館」もすぐ側だ。
海沿いにいくつもの公園が続き、オジイたちが碁に興じていたりする。そこで、椅子に座って、いつもさわやかな風の吹く沖縄で、本など読む時間は至福だ。
ここには「高良食堂」という、地元民・タクシー運転手で賑わう店がある。
1度食べてみたかった「中味汁」を初体験した。
しっかり下ごしらえし、臭みやモツの油こさを抜いたモツ(中味)とこんにゃくが出汁でしっかり味付けされ、さっぱりとして旨い。
わし・・・すっかりファン!絶対次回も食べるに違いないと確信したのだった。
食堂には必ず「そば」(沖縄そば・・すば・・となまる)がある。そして、定番のように、ご自由に入れてくださいの「べにしょうが」と「ふーちばー(にがよもぎ)」が置いてある。これが沖縄流なのだ。
さて、今回のシーサー!
今年に入って2軒の泡盛の蔵が廃業した。どちらも後継者問題らしい・・・宮古の「千代泉」与那国の「舞富名」だ。
千代泉は僕の蔵に在庫が1本・・・舞富名は空瓶が1本あるだけだ。
舞富名は、ラベルに日本で一番大きな蛾「与那国蚕(よなぐにさん)」が描かれている。モスラのモデルだ。だから空瓶を捨てなかった。
どうしてももう1度飲みたいと・・しかし、どの酒屋にも無かった。
そういえば?と、入手困難ものやビンテージを扱う怪しい店に行ってみた。650円ほどの舞富名が2000円ながら4本あった。
手にとってみていると、おじいが「もう4本しかないよ~買ってください」と・・まあ、妥当な値段かなと購入。
その店に名だたる名工の焼き物もあった。
人間国宝だった、金城次郎氏の器などもある・・・・
このシーサーは風格抜群でいいねぇ・・と、思った。
写真撮っていいと聞くと、快くOKが出た。
俺「ところでこれいくらぐらいするの?」
おじい「150万さ~」「バブルの時仕入れて、もっと値が上がると思ったらバブルがおわっちゃってさ~大損!」
おじい「150万でも赤字さ~買わない?」
150万・・・20回沖縄に来れるべ・・・
島常賀・・・壷屋の名工として知られた壷屋焼きの職人だ。沖縄シーサー作りの第一人者で、国宝級の方だ。
いいもの拝んだぜ。
帰りの飛行機からの富士山・・・雪はまだ見えないのだった。