昔、あの安倍が秋葉原で、安倍に反対の声を上げた聴衆に「あんな人たちに負けるわけには・・」とのたまい、支持をずいぶん失った。
やがて、国政・・・末は総理大臣・・と、あの小池百合子が、希望の党を立ち上げたとき有名な「排除します」と笑顔で記者会見し、国民に見透かされ、求心力を失って行く。
そして、今どき、維新が見事に本性を現し、共産党について、「共産党はなくなったらいい政党」と語り物議をかもした。(しかも、まったく本性をむき出しに「第二自民党でよい」とのおまけ付きでだ)。
日本維新の会ってやつの、本質があからさまになったのは、ある意味喜ばしいと思う。まぁ・・最近選挙で勝ってるし・・おごり慢心ってとこさね。
皆、排除の理論だ。この排除の理論は、国民は見ていると思うのだ。
「長過ぎるのは問題だ」という批判は、党そのものに対する攻撃と捉え、打ち破る・・・・」とは、論理が飛躍していまいか、長過ぎるという志位さんへの批判だ。
それが「党そのものへ」とは、飛躍しすぎだろう・・・
批判されたら、攻撃とは・・・・「排除の理論」ではあるまいか?
もすこし、太っ腹が大事かも?