館林ロストシティーランブラーズ・フォークソングシングアウト

フォークを歌って37年の坂を今登坂中。世間に一言あってこそフォーク。軟弱アコースティックミュージックにシングアウトだ!

あかんべ山2008・当日がやってきた。(第二章)

2008-01-31 07:06:13 | あかんべ山ログ



いよいよ当日がやってきた。
会場の入り口画像だ(写真提供ZERO氏)。
赤地に白く「あかんべ山コンサート」と染められたのぼり旗が、なびいている。
初めてから、6回辺りまでは、ももの木保育園(しかも移転前の古い園舎だ)だった。その保育園を込む平地林は、地元では自殺の名所で「あかんべ山」と呼ばれていた。
僕はその名称がいたく気に入り、さらに、「フォークは世の偽り・権力の欺瞞にあかんべ~とそむいてこそフォークだ!」と合点し、コンサートのネーミングを決めたのだ。
やがて、参加者も増え、会場が狭くなって、ここ「郷谷公民館・講堂」に場所を移した。

城沼の北面に位置する。ODTのライブは反対岸の南面の、新ももの木だった。




集合は8:45分。
パンフへアンケート用紙や、ビラを折込み。受付をいつでもOK状態に整える。
街のあちらこちらに「道案内」の看板を設置する。(写真・脱力系のストーブにたむろする男達は、これから、軽トラックで看板を設置に行くのだ)
調理室では、ジャガイモが茹でられてゆく。

そして、10時20分から、本番同様の持ち時間・順番で直前の通しのリハーサルが行われるのだ。この辺りから、分刻みにおスケジュールだ。



受付は整い・ゴミ箱も完成だ。



音響は最後の仕上げに余念がない。



お客さんへのパンフ・半券代わりの恒例ペンダントも、もぎりに並んだ。
盛り上がってきましたね~~~



本番さながらのリハは、会場も真っ暗・ステージのみ照明が明るい。
これがね、大変なの、スポットって、暑くてかなわん!

初の試み。母親大会のおばさん達が、やきそばなどの食品を販売となった。
母親大会の資金稼ぎと言うことだが、焼きそば220円じゃ、それほど儲かるまい?引きこもったりの人が、作り、それを販売して、自立の援助が実態らしい・・・
旨かったらしい・・・やきそば・ポテトサラダ・煮豆・ひじきの煮物・山菜おこわ、すべて完売だったようである。

沢山人が集まる・・その場を有効に利用する。いいね~~~




リハトップはロストだ。当然写真が無い。
2番手「さのっこ」。ストリートで歌い続ける彼女達は、若く・まぶしく・音楽を抱きしめている。
リハ終了のホッとした3人がいいね。




クラカケス、そして2年連続2回目のゴスペルのSOUL JOYだ。
あかんべ山のお客さんは、初出場にはやさしい・・・
さて、2年目の鬼門をどうくぐるか?
2年目、仕事にも積極的で、上手にあかんべに付き合って、うれしかった。



進行のブースには、分刻みの進行表が張られ、チェックされる。




控え室・ステージ通路。
音響は休む暇が無い。



初出場・障害者バンド「いやし系オールスターズ」だ。
ギターを弾き・引率の指導員リーダーは若き女性Kさん1人だ。
ステージに臆して、マイクの前に立てない子・元気な子様々だ。
本番はいかに?



絵になるね~~



ワイルドフラワーズWITHチエのチエ独唱。
この子は上手くなった。生活が歌に乗ってきた。
なんやかやで、リハ終了。開場まで、15分だ。



リハ終了グループから、弁当が配られ、おのおの適当に食べる。



弁当はこれだ!こちらの定番、香月の「磯弁」なのだ。




開演を待つ間、練習に余念が無い者。ひと時の休息をする者。緊張と弛緩の様々な時間が流れるが、出演者・スタッフは同じ時間を、豊かに過ごしている、そんな雰囲気が今年も流れていた。



開場!

いつもの、O氏S氏が、受付に、安心印で、座っている。
彼らの存在が、コンサートの入り口の、暖かさを作っている。

もうすぐ、コンサートの1ベルが鳴り出す。
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あかんべ山2008・仕込みなのだ。(第一章)

2008-01-30 06:33:34 | あかんべ山ログ
いよいよあかんべ山2008・第27回の前日になった。
27年前の僕は、まだ独身・学校で黒板の前に立ち、そして紅顔の美少年だったような気がする。


「仕込み開始直後の講堂」

11時集合だ。
何も無い会場に、カーペットを敷き、客席と楽屋・関係者通路などを立体的に分けるつい立を立てる。破れた暗幕を補修し、受付やPAボックスも作る。
これが、前日の大きな仕事だ。

そしてその後、4時からPAとの調整に基本を置いた、「前日リハーサル」が行われて行くのだ。前日から、じっくり「音」を作ってゆく、貴重な前日である。

会場を準備しながら、僕のあかんべ山が、体の中で高まって行くのだ。



某業界の「不良品や・不動在庫」であった、カーペットなのだ。
お客さんには、座ってもらうので、2重に敷くのだ。



始めて1時間・かなり形になってきました。



アンプ・ミキサー・グラッフィックイコライザーなどなど、音響機材は、年々グレードアップ。もはや、素人では手も足も出ない!そして、口も出ない!
こちら、我が朋友の、職人である。



なんやかやで、午後1時。いよいよ「リハーサルうどん」の時間になった。
前日リハの昼はうどん、となって、もはや名物となっている。
ロストのMIHOの作る、肉団子入り煮込みうどんだ!
旨い!



これだ~
そして、自家製沢庵・金子農園の「ハウスきゅうり」もでた。



これも、名物「ゆで卵」&「煮卵」である。



皆たべてるね~~



こちらのべーべー(元か?)が、配膳してくれるのだ~



たらふく食べて・ビールで乾杯して、早速仕上げにかかったのだ。
ほぼ完成の会場・すっきりのPAボックスである。



一方、調理室では「ジャガイモ」を大量に洗っているのだ。
あかんべ山名物と言ったら、本番の休憩時間にお客様に振舞う「塩茹でじゃがいも」ではないか?
その仕込みである。



アバウトの中学生の娘も手伝っている。すんばらしい!
そして、実行委員長のフラットも、洗っているでは無いか!エライ!



なんやかや、午後3時には形になった。こまごまとした整えは、本番当日の午前の仕事だ。
僕らは、楽器の弦を張替え、リハーサルまで、イメージトレーニングそして、つかの間休息なのだ。



4時が回って、リハトップは「ワイルドフラワーズ」だ。
相変わらず、じょうず・・・・



ブルーグラスのシュガーヒルもボーカルの調整に余念が無かった。



これから、最終エントリーの「コンフントロス クラカケス」のリハ終了は8時だ。
リハの合間を縫って、6時にこれまた名物の「リハカレー」の時間だ。
これは、僕の女房の仕事なのだ。



今回のは、旨かった。
そして、あの、娘夫婦もやってきた。ご飯は一升炊いたが・・・・・・・・
大丈夫か?



こうして、皆で食べるのは、何故旨いんだろう?



さて、リハ後半が始まった。
達和会は、立ち位置などの調整に余念が無い。



参加が危ぶまれたが、みごと、フルメンバーで出演となった、クラカケスのラストのリハだ。



コンサートは2日に及ぶ長丁場だ。

明日の時間など、簡単に打ち合わせ、会場を後にした。
とっぷり日は暮れていた。
あの、猛暑の館林は、嘘のように、寒風吹く、最高気温6度の町になっているのだ。



1日中動いていた気がする。
あれや・これやと・・色んな思いが、頭を駆け巡った。

家で、酒を友に、ロストのリハーサルの録音を聴いた。
思ったより、良いよい。


疲れた。身の締まる疲れ・・・・・・・
クースー(泡盛古酒・宮古島)がしみた。
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麺三昧なしび(日々)。

2008-01-28 07:17:41 | グルメだ!
もう何度も書いてるから、知ってるよね。
月から金までは、弁当持って行っているのだ。
で、週末は外食。



本日は、I市の「こんぴらうどん(店の名)」だ。
暫くぶりだった。ここは、旨いのだ。
麺も食べたし・ご飯物も食べたい、貴方!
麺&ミニドンのセットがあります。

蕎麦屋の「カツどん」は旨い。ファンがいるはずだ!

で、せいろとミニカツ丼のセットで行った!



こんなのだ!



この卵の加減がいいよね~~



新蕎麦・風味よし・コシばつぐん・やや甘めの汁である。
また、来るんだっと。







翌日は、仕事のお付き合いで、同伴者お勧めのラーメンで行った。

あの大勝軒で修行・出店って店なのだ。
I市・常勝軒である。
名物、富士山ラーメンである。

しかし・しかしだ!量が多い!
おじさんには、多い・・・多すぎだ!
しかも、超太麺なので、腹に溜まる・たまるったら溜まる。

味は、いいね。濃厚な肉・骨・魚介のミックス、背油多用の味だった。

しかし、食べつくすには多すぎだった。

次回はつけ麺でいってみるのだ!

お客・・・若者が多かったな、やはし。
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ペギー シーガー・今月の僕の新譜・その4(08・1)。

2008-01-26 05:50:24 | お勧めCD/LPなど
いまから、コンサートの仕込みです。
1日たっぷりかかります。
リハも頑張るのだ!

さあ!ギターを取って、弦を張れ!

何か、余分な力がはいってるぞ?だいじょうぶかぁ?








★ PEGGY SEEGER [Three Score and Ten] Appleseed Rec APR CD1100

ペギー70歳の記念コンサート・ロンドンのクイーンエリザベス ホールでのライブの記録である。

2007年の新譜である。

その筋では、極めて有名な、シーガー兄弟の妹さんである
ピート・マイクそして、こちらペギーさんである。

そのペギーさんは、イギリスでイワン マッコールと出会い、結婚。
イギリスに帰化している。イワン共々、イギリスの民俗音楽の復興に力を尽くしている。

誕生祝いのライブだが、共演者がすごい!

まあ、アイリッシュからアメリカントラッドまで、28曲だ。

肩の力が抜けた、楽しいコンサート模様・90歳にならんとする、お兄さんピートもすんばらしい。3兄弟競演も、もちある!

こちらのジャンル好きの方には、たまらない1品。

ちょっと興味がある方には、カタログとしてもいいんじゃないかな?

うれしい新譜だった。
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トミー・フラナガン・僕の育った音楽・Fの仲間達・その7。

2008-01-25 07:19:57 | 僕の育った音楽
これでやっとFが終わる。次はGだ。




ギタリストの父とピアニストの母を持つ。5歳でクラリネット、11歳でピアノを始める。

1945年、15歳でプロデビュー。後にデクスター・ゴードン、ミルト・ジャクソンのグループに参加。

1956年、ソニー・ロリンズのアルバム『サキソフォン・コロッサス』に参加。

1957年、エルビン・ジョーンズ、ウィルバー・リトルをメンバーにしたリーダー作のアルバム『オーバーシーズ』を発表。名盤として評価が高い。

1959年、ジョン・コルトレーンのアルバム『ジャイアント・ステップス』のレコーディングに参加。

1960年代初頭は、コールマン・ホーキンスのカルテットで活動。

1960年代前半から1978年までの長い間、エラ・フィッツジェラルドの伴奏で活躍。

1978年にはレジー・ワークマン、ジョー・チェンバースと「スーパー・ジャズ・トリオ」を結成した。

広範囲に活動し、度々来日。

1998年以降は体調を崩し、2001年11月16日午後6時(現地時間)、ニューヨーク市マンハッタン区のマウントサイナイ病院で死亡。死因は動脈瘤による合併症。享年71。


と、こう書いて、すごい仕事師だったね~~と、感嘆!

しかし、僕はどうも、彼については、「名脇役」「名サポーター」のイメージなんだな。写真のアルバム、すべて、自己名義のトリオなのにね。
彼が、参加した多くのセッションで、見事なプレーで、そのセッションを盛り上げているのだ。駄作は無い。

ハンク・ジョーンズそして、テディー・ウイルソンに遡る、柔らかく・ピアノらしいピアノの系譜であり、宝石のような音の出るピアニストだ。

如何か?どれでもいい、1枚聴いてみては?
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