殿は今夜もご乱心

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ラスボス・3

2023年02月08日 13時37分01秒 | 前向き論
今年行われる某市の市議選に出馬するというS君に、私はたずねた。

「選挙戦の型は、イメージされてますか?

型というのは主に、ウグイスとドライバーを雇って選挙カーを使うオーソドックスタイプか

自転車にメガホンの草の根タイプの二つです」


いきなりの現実的な質問に、S君は一瞬驚いた様子。

向こうが語りたいのは出馬の動機や抱負だろうけど

そんなの聞いたって面白くないし、時間の無駄じゃん。

これは彼の本気度を計測するにあたり、一番効率の良い二択の質問だ。

その答えによって、こっちの対応を決める。


彼は少し考えてから、言った。

「…資金が豊富なわけではないので、自転車とメガホンになりますかね。

あと、SNSを併用して若い層を取り込むことも考えています」

はい、予想通り。

軽い対応、決定。


「落選しますよ?」

私は事務的に言う。

資金を使わずに選挙戦を戦い、当選した人を見たことが無いからだ。

昔はいたかもしれないが、近代の有権者はリスクを負わない候補者を信用しない。

しかも単身移住者、つまりよそ者で、身内も友だちも知名度も無いアウェー。

もちろん特定政党の公認でもなく、無所属での出馬。

さらに告示日は近づいていて、完全に出遅れている。

この状況で自転車にメガホンは、甘過ぎる。


「やっぱり、そうですよね…でも、やってみたいんです。

供託金(立候補する際、選挙管理委員会に預ける保証金みたいなもの…市議は30万円)

は捨てるつもりでやって、落ちたらまた4年後に出ます。

続けていたら、いつか当選するんじゃないかと思うんです」

「同じ考えで何回も落選を繰り返している若い人が、うちの市にもいますよ。

今回の市議選は親が供託金を出さなかったので、立ちませんでしたが。

選挙カーとSNSを併用した人もいましたけど、落選しました。

SNSを見てくれる人が、投票に行ってくれるとは限らないのでね」

「SNSは、ダメなんですか…」

「いずれデジタル選挙の時代が来るとは思いますけど

地方の田舎ではまだ浸透してないので、あてにしない方がいいと思います。

立候補するのなら、せっかく入った今のお勤めは退職しないといけないし

今回は見送って4年間しっかり準備をして

4年後に万全の態勢で出馬する方がいいんじゃないでしょうか?」


そう言いながら、ふと昔の自分が懐かしくなった。

こういう話を聞いたら最後、万に一つのミラクルを求めて燃えただろう。

「よっしゃ!私に任せて!」

なんて胸を叩き、手弁当でウグイスをやっていたかもしれない。

自転車でメガホン持ってさ。

彼の住む町から通っていた高校の同級生も何人かいるので

その子たちの家を訪ね歩いてお願いしていたかもよ。

が、そんな情熱や体力はすでに無く、彼の当落にも興味は無い。


そんな冷たい私に、彼は熱い夢を語るのだった。

「一匹オオカミで、しがらみの無い政治をやりたいんです」

しかし当選したら、会派(議員の派閥)のしがらみで

がんじ絡めになるのは議員の宿命だ。

最初は一匹オオカミのつもりでも、やがて一人では何もできないことを知る。

良い政策があったとしても、どこかの会派に入って人数を増やし

多数決で勝たなければ、やりたいことはできない。


「困っているお年寄りがいれば駆けつけて、泣く子供がいれば駆けつけるような

フットワークの軽い議員になりたいんです」

宮沢賢治のようなことを言う彼。

私はだんだん心配になってきた。

「議員の仕事は駆けっこじゃなくて、予算を取って来ることなのよ?」

「はい、それはわかっています」

そう言ってるけど、ありゃあわかってないね。


話しているうちに気がついたのだが

この子、落ち着きのある大人っぽいたたずまいでありながら

話す内容にどこか幼い部分が見え隠れする。

「勤務先へ手続きに来た市民が、上司の話すことを理解できなくて

喧嘩みたいになったので、僕がすぐに行って謝って丁寧に説明したら納得してくれて…」

特に、そういったクダリだ。

子供が母親に話す、“ボクのお手柄話”みたいな感じで、自己肯定感が高過ぎるような気がした。


落ち着いた雰囲気とのアンバランスが気になった私は、ここで初めて彼にたずねる。

「あの、今さらですが、年齢をお聞きしてもいいですか?」

関わりたくなかったので、年齢すら聞いてなかったのである。

「35才です…年男なんです」

年齢は申し分ない。

今回落ちても、次の立候補ではまだギリギリ30代だ。


「それから失礼ですが、学歴は…」

選挙に出ようと言うぐらいだし、非常勤とはいえ公的機関に勤めているからには

出身地である関東の申し分ない大学を出ていると思い込んでいた。

知らない土地で立候補を口にするからには、プロフィールの方は万全なんだろうと。

その上で決意したのだろうと。

けれどもこの感触は、何だか違うような…ひょっとして何も知らなかったりして…

そんなことを考えて、何だか心配になったんじゃ。


「高卒です」

えっ…耳を疑うワタクシ。

なんでも中学の時に病気になり、出席日数が足りなくて高校はユルい所しか行けず

身体のこともあって大学進学は考えなかったそうだ。

卒業後は店員を経てアルバイト生活に入り、今住んでいる町の移住者募集に応募して

こちらにやって来たという。

今の仕事である公的機関の非常勤は、移住者枠で入った期限付きのものだそう。

なるほど、定職が無かったら気軽に移住できますわな。


ともあれ立候補する権利は誰にもあるので、学歴をどうこう言うつもりは無い。

うちらの市の高齢議員の中にも、高卒や中卒がいる。

が、これから議員になろうという若者に、高卒の学歴は厳しい。

S君は気にしないと言うが、彼個人の気持ちの問題ではない。

生き馬の目を抜く選挙ワールドに、明白な突っ込みどころを引っさげて立ち向かうのは無謀だ。

親族が交通死亡事故を起こした過去ですらも

ライバルにとっては格好のネタになる世界なのである。

そして猫も杓子も大学へ行く時代なんだから、自分や自分の子供よりも低学歴の候補者を

本気で支持する人数は、彼が思っているよりずっと少ないと見ていい。


とはいえ、うちらの市には、そのウィークポイントを逆手に取った市議が実在する。

ヤンキー高校卒でヤンキー上がりの中堅市議が

やはり同じような人々のカリスマとして常勝しているのだ。

更生したヤンキーというのは情に厚く細やかなところがあるもので

その辺が求心力を高めていると察するが

地元を離れず群れたがるヤンキーの習性をも、彼は大いに活用していると言えよう。

しかしS君は地元の生まれでもヤンキーでもないので、その手は使えない。


「じゃ、頑張ってくださいね」

私はニッコリして立ち上がった。

彼はまだ語りたそうだったし、レイ子さんも選挙戦に向けて、さらに詰めた話をさせたい様子だったが

こんな見てくれだけ立派で中身がスカスカの子の夢を聞いてやったあげく

仲間にされたんじゃあ目も当てられない。


パワフルでいい人が連れて来る人物って、こんなのばっかりだ。

もちっとマシなのを連れて来いや、と言いたいところだが

そんなことを口走ると、善人はまたどんなのを連れて来るかわからないので我慢した。

《続く》
コメント (2)
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