殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

ええ〜?!・2

2023年02月26日 10時46分29秒 | みりこんぐらし
最近、夫の社用車は軽になっていた。

今までは腐っても普通車だったのが、車検を機に軽自動車に変わった。

社用車が与えられる責任者クラスはトヨタのプリウスが主流で、軽の人はいない。

軽自動車は小回りが利いて便利な面もあるが、この業界に小回りを必要とする場所は無く

軽だと荷物が乗らないので、取引先を連れて接待ゴルフに行くことができない。

第一、事故に遭った時のダメージが大きいじゃないか。


軽が届けられた時、夫は「ええ〜?!」と衝撃を受けていたものだ。

年齢が高まるにつれて扱いが軽くなっていく現実を

車によって思い知らされたというところか。


夫に軽自動車を回したのは、本社の元経理部長ダイちゃん。

彼が勧める新興宗教に入らなかった我々への報復の一つである。

社内での宗教勧誘が問題となり、次期取締役候補から閑職に追われた彼は

社員に無償貸与する携帯電話や車なんかの管理を始めとする、いわば雑用をしている。

本社は誰がどの携帯を使い、誰がどの車に乗るなんてことには無関心で

勤続の長いダイちゃんに任せきりなので、彼の独断が可能だ。

だから彼は、会社の携帯をこっそり家族に使わせることができるし

入信を断った憎たらしいヤツの社用車をランクダウンすることもできるというわけである。


ちなみに携帯の場合、個人と法人では契約のシステムが全く違う。

法人は規模によって百台、千台単位の大口契約になるため

携帯電話会社の方から良い条件を提示して営業をかけてくる。

機種も契約料も通話料もひっくるめ、会社全体で月々ナンボという形なので

まとめて受け取った携帯の中から浮いた何台かを自分の家族に使わせても

会社に幾らの損害を与えたという数字が出てこない。

数字が出ないということは、罪にならないということだ。


車の方も似たようなもので、本社の中ではまだ新参者の夫が

何の車に乗っていようと気にする者はいないし

仮に疑問が湧いたとしても、年齢的考慮と経費節減を主張すれば立派にまかり通る。

窓際界には窓際界の特権があるのだ。


で、夫の方は与えられたからには乗らなければならない。

「軽は嫌だから自分の車を使います」では反抗とみなされる、それが組織というものだ。

ガソリン代や保険代を始めとする維持費の全てが本社持ちの車で通勤できるのだから

感謝して使わせてもらうべきなのは承知の上だが

このような言うに言えぬイケズを感じるたび、夫にはこたえるらしい。


一方の私は、その措置を仕方の無いことだと思っている。

65才という年も年だし、じきにいなくなるとわかっている者に

手厚いサービスをしてくれるわけがない。


また、私は長い間、夫の家族から、このような言うに言えぬイケズを与えられてきた。

しかし夫は妻の苦しみに無関心で、邪恋へと逃げ続けた。

当時の私は、夫に助けてもらいたいとは露ほども思わなかった。

父親を恐れる夫には無理だからである。

しかし年に1回ぐらいは、妻の地獄に目を向ける配慮が欲しいと思っていたものだ。


時は巡り今になって、夫は当時の私の立場を踏襲している。

人としてやるべきことを怠ったため、忘れた頃になって

他人から次々と似たようなことをされるのは、この世の法則みたいなものだ。

夫は私の過ごした言うに言えぬ何十年かをリピートしているのだから、簡単には終わらない。

そう思いながら、この10年余りをやり過ごしてきた。


夫にとっては全てが晴天の霹靂であり絶望案件だが

霹靂も絶望も彼より先にたっぷり経験している私には

絶海の孤島に一人で置き去りにされたような夫の気持ちがわかる。

だから逐一慰めたり励ましたり

相手の次の出方を読んで備えたりのサポートができるというわけだ。

これが共に歩むということであり、人として生まれた喜びではないのか…

私はそう考えているのだ。



ともあれ事故の知らせを聞いたダイちゃんはさっそく会社にやって来て

部外者を乗せていたことや、会社側が掛けている損害保険は

義母に適用しないことなどをネチネチと繰り返して夫を責めたそうだ。

しかしその口ぶりは、「宗教に入らなかったから不幸が起きた」

とでも言いたそうだったという。


が、これに関しては、事故の当日に夫と打ち合わせ済みである。

今度こそ、社用車を返すのだ。

社用車に乗っている限り、ダイちゃんの執拗な干渉が続くからである。

ゼニカネの問題ではなく、人としての尊厳の問題なのだ。


夫が代車のキーと燃料カードを叩き返すと、ダイちゃんは当惑した様子だったという。

「会社に置いといて、ゴルフの時は乗って行けば?」

返されるとなったら攻撃を緩めるのは、以前、ガソリン代で責められた時と同じだ。

しかし、これも打ち合わせ済み。

「今どきは自分が気をつけていても年寄りが突っ込んで来ますから

軽だと危ないので自分の車を使います」

そう言ったらダイちゃんは黙り、キーと燃料カードを置いたまま帰った。

その場で持って帰るわけにはいかないのだ。

夫に軽自動車を回すことはできても、夫からキーと燃料カードを取り上げる権限が彼には無い。

いらないという物を押し付けて、それをネタにネチネチ責めて楽しむ彼への

我々なりの嫌味である。

せいぜい悔しがればいいのだ。


以後、事故った軽自動車よりも上等な代車は、会社の駐車場に放置される運命となる。

あれから1ヶ月余り、事故った車はまだ修理が終わらない。

相手の普通車が、軽自動車の運転席ドアに思い切り衝突した事故の状況からして

これは廃車にする案件だ。

しかしケチなダイちゃんは、何が何でも修理を主張した。

直って戻って来ても、受けた衝撃の大きさを考えると、事故車に再び乗るのは怖い。

社用車を返して自分の車を使うのは、正しい判断だと思っている。


社用車の事故処理では、もう一つやるべきことがあった。

ヨシコに対する保険適用の権利を放棄する作業だ。

夫とヨシコの治療費は相手の損害保険から出されるが

本社が社用車に掛けている損害保険からも何らかの保障が出るという。

しかし、それは社員の夫だけ。

夫はダイちゃんから、部外者のヨシコの分は保険会社に連絡し、権利放棄をするよう言われた。

私は詳しくないので断言できないが、同乗者が取引先であれば権利放棄はさせないと思う。


夫が社用車に家族を乗せることは、河野常務から許可されていた。

親の面倒を見ているのだから好きに使えという、お墨付きだ。

しかし私はOL時代の経験から、社用車で事故が起きた時の面倒くささを知っていたし

年齢的に運転が危うくなりつつある夫の、しかも軽は怖くて乗らなかった。

が、ヨシコは止めても馬耳東風で、時々夫の便を借りていたので

ダイちゃんはこの事故を機に問題を大きくし、夫の特別扱いを終了させるつもりだったらしい。


ここぞとばかりに張り切るダイちゃんからさんざん責められた夫は

この権利放棄を裁判や刑罰のごとく受け止め、恐れおののいていた。

よって私が損保会社へ連絡し、ヨシコの代理人として権利放棄を口頭で伝えて難なく終了。

車を返したのとヨシコの権利放棄が済んだことで、夫は心から安堵した様子だった。

《続く》
コメント (6)
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