不適切な表現に該当する恐れがある内容を一部非表示にしています

殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

続報・現場はいま…3

2020年09月20日 07時34分59秒 | シリーズ・現場はいま…
女性ばかりの別会社を作るアマゾネス計画を

会議で却下された藤村。

辞めると言ってふてくされたのはその日だけで、翌日はケロリ。

夫は彼が本気ではなかったことをしきりに残念がった。


夢破れて以降、藤村は社内でお山の大将を気取るようになった。

もう、それしか無いのだ。

手始めに、他の支社から自分の仲良しを会社に招くようになった。

比較的若手の中途採用者数人が、毎日1人か2人ずつ交代で訪れる。

彼らは藤村を慕って来るのではない。

藤村に呼んでもらい、順番にサボりに来るのだ。


ちょうど忙しい時期で、藤村は「」という名目を付け

大っぴらに彼らを動員する。

とは、安全基準の厳しい取引先へ納入する際に行う雑用。

会社の入り口で待ち構え

出入りするダンプのタイヤに付着した汚れをホースで洗い流す軽作業だ。


何もしない藤村がやればいいのだが、なにしろ自称トップだから

足を洗うなんてことはしない。

そこでゲス仲間を呼ぶ。

が、として呼ばれた彼らも、何もしない。

事務所にタムロして、一日中おしゃべりをしている。

忙しいからと呼ばれたことにすれば

自分の勤める会社を留守にできるのだから、普段の仕事ぶりも推して知るべし。

いなくても誰も困らない、会社のお荷物たちである。


給料泥棒のゲスどもに好き勝手をされ、夫の心中はいかばかりかと思うが

彼らは夫のことをよく知らないのだから仕方がない。

藤村の大風呂敷を信じ込み

お情けで働かせてもらっている年寄りと思い込んでいるのだ。


息子たちはその光景を見るにつけ、小舅のごとく歯がゆがったが

夫と私はそれぞれの思惑から、「辛抱せい」と言った。

夫は野生の勘だか希望的観測だかによって藤村の没落を確信しており

私の方は息子たちに、世の不条理をしっかり見せたいからだ。


一方、神田さんは入社してちょうど1ヶ月。

ここにきて、彼女にもできる初心者向けの仕事がぷっつり途切れた。

忙しい時は邪魔になるので、藤村が事務所でおもりだ。

彼女もタムロ仲間とお茶を飲んだり、おしゃべりをして過ごしている。


彼女はしばらく前から、藤村をボスと定めた様子だった。

ヤツにくっついていれば優遇され、遊ばせてくれるのだから

今はそれでいいだろうが、56才の藤村が定年エイジになったら

どうなるかわからない。

藤村と遊び呆けた彼女を、うちの息子たちは覚えている。

あまり賢い選択とはいえない。


しかも彼女は知らず知らず、夫を敵に回した。

「ヒロシさんにいじめられている」

藤村に、そう言いつけたのだ。

訴えの内容は、口をきいてくれない、私だけ商品の積込みをしてくれない…

というものである。

彼女もまた「トップはこの俺」と豪語する藤村の大風呂敷を信じているため

自分と同僚であるはずのヒロシさんが、なぜ親切でないのかを悩んでいるのだ。


夫が神田さんに冷淡なのは、意地悪ではない。

単に自分の女ではないからである。

自分のもの、あるいは先で自分のものになる可能性があれば

チヤホヤするだろうが

神田さんを大嫌いな藤村の所有物と認識する夫は

彼女と親しむ必要性を感じない。

浮気者とは、そういう生き物である。


また、神田さんにだけ商品の積込みをしないのは夫のせいではなく

神田さんが下手くそだからである。

積込みをするにはバックをして、重機オペレーターの懐へ

しっかりと入り込まなければならない。

この作業はドライバーと、オペレーターをする夫の双方に

あ・うんの呼吸が必要で、そうしなければ危険なのだが

神田さんは経験が無いため、呼吸が合わせられない。

彼女が今まで働いてきた会社とは畑違いなので、やり方が全く違うのだが

その違いにすら気づいていないのだった。


夫は彼女が入り込むまで待つ。

積込みの現場ではオペレーターが優先で

ドライバーはオペレーターが作業しやすいように合わせるのが常識。

また、そうしなければ危険なので待つ。


しかし神田さんは、夫が合わせてくれるのを待つ。

夫の方も、彼女の間違いを指摘してやればいいようなものだが

呼吸というのは口で説明してわかるものではなく

ましてや藤村のおもちゃに手取り足取り教える情熱は無いので待つ。

結果、「積込みをしてくれない」ということになる。


神田さんの訴えを聞いた藤村は、現場を知らない。

だから神田さんの前で、ふんぞり返って注意した。

夫が面白いはずがない。

この一件は居合わせた息子たちが藤村に説明し

神田さんに少しずつ教えると言って終わったが

夫は金輪際、神田さんを許しはしないだろう。



さて、年金エイジになった夫から藤村へ

人事権が移行したことはたびたびお話しした。

有頂天になった藤村は、これを機に様々な権限を欲しがるようになり

本社にかけ合っては奪っていった。

こうして彼に移った権限の一つに、配車権がある。

社内の誰をどの現場へ行かせるかを決めるのが配車の仕事だ。

また、忙しい時はチャーターといって

よその会社から1日ナンボで応援に来てもらうことがある。

どの会社から何台雇うかを決めるのも配車だ。


この配車は社内の分を夫が、チャーターの方は次男がやっていた。

信用や利益に直接影響するため、仕事を熟知していなければ難しく

配車を握る者が会社を握ると言っても過言ではないため

藤村が以前から、一番欲しがっていた権限だった。

配車を掌握していなければ、業界では一人前として扱われないからだ。


トップでございと威張って見せても

誰がどこの仕事に出ているのか、どこから何台呼んでいるのかを知らなければ

収支の計算ができない。

明日はどんな仕事があって、誰を行かせるのか、チャーターを呼ぶのか

明後日は、来週は、来月は…といった、先の予定もわからない。

それはドレスを着てワラぞうりを履いているのと同じで

威張れば威張るほど鼻で笑われてしまう。

配車を握っていないのにトップと名乗る行為は、非常にカッコ悪いのだ。


藤村は本社営業部の永井部長にねだり、配車を自分のものにしてもらった。

河野常務なら許可しなかったと思うが

入院中なので、こちらの仕事を何も知らない永井部長が代理を務めている。

藤村はその隙に、念願を叶えたのだった。


藤村に配車を取られたら、会社が滅茶苦茶になるのはわかっていた。

しかし夫はもう、あらがう気持ちを捨てていた。

「とことんまでやって、自滅したらええんじゃ」

吐き捨てるように言うのを聞きながら、私もその瞬間を見たいと思った。

《続く》
コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする