殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

キッパリ女将(おかみ)

2017年10月10日 21時47分33秒 | みりこん胃袋物語
その店は、義母ヨシコの知人である牧野夫人から勧められた。

「友達夫婦がやってるんだけど、すごくおいしいの。

ぜひ行ってあげて!」

が、隣の市にあるし、周りには何もない田舎だし

行くきっかけがつかめないまま、日は経った。

ヨシコは、たまに牧野夫人と会うたび

「もう行った?」とたずねられ

「まだ」と答えては落胆される繰り返し。


定年退職したご主人と、ドライブがてらどこへでも出かける

60代の牧野夫人と

誰かが足にならなければ、どこへも行けない80代のヨシコでは

お出かけの頻度も条件も違う。

しかし牧野夫人は顔を合わせるたびに行け、行けとうるさく言い続け

ついに一昨日は、店の場所や電話番号が書いてある名刺を

夫婦でわざわざ届けに来た。

あまりの熱心さに半ば恐れをなしたヨシコは

昨日、娘のカンジワ・ルイーゼに頼み

話題の店「和食どころ・やまがみ(仮名)」へ

行くことにしたのだった。


ちょうど我が夫は、バドミントンの大会で終日留守。

子供たちもそれぞれ釣りに出かけ、やはり終日留守。

つまり昼ごはんの用意をしなくていいという幸運に恵まれた私も

同行することになった。


先に義父アツシの墓参りをしてから向かったので、午後1時に到着。

古民家を装った作りの「和食どころ・やまがみ」は

テーブル席が二つ、座敷が一つの小さな店だ。

60代らしき夫婦と、30代の息子でやっているらしい。

女将さんはショートヘアにメガネをかけた、仏頂面の人である。


祭日の午後というのに、お客は年配の女性が2人だけ。

和食どころとうたいながら

壁にはなぜかイ・ビョンホンのポスターと切り抜きが

ベタベタと貼ってある。

女将さんの趣味であろう。

あまり期待してはいけない‥そう気を引き締める私だった。


注文を聞きにきた女将さんは愛想もクソもなく

マイナーな公的機関の窓口みたい。

「牧野さんに紹介されて来たんですよ」

にこやかに言ってみるヨシコだが

女将さんの応答は、いっそ清々しいほど素っ気ない。

「お客さんはいちいち名乗りませんから、名前までわかりませんっ!」

牧野夫人の友情は、報われていないらしい。

それとも窓口みたいな女将さんだから、個人情報に配慮したのだろうか。


注文を迷ってグズグズするヨシコに、女将さんはキッパリと助言する。

「マツタケ料理がお勧めですっ!」

なるほど、マツタケづくしの昼コースが、ここは4千円とかなり安い。

マツタケ山でも持っているのかもしれない。


が、我々はマツタケを食べるわけにはいかなかった。

好物ではないし、この日はルイーゼのおごりと決まっていたからだ。

姑の葬式で何かと世話になったお礼だと察するが

人のおごりで、価格設定が高めの物を食べるわけにはいかない。

結局、マツタケを勧める女将の要望には応えず

健康志向のルイーゼは豆乳鍋のセットを

肉好きのヨシコに流され、彼女と私はステーキ丼のセットを注文した。


そして長い待ち時間が訪れる。

30分ほど待ってやっと出てきたが

すごいボリュームで、食べたらうまいんじゃ。

ステーキ丼の肉は柔らかく、甘辛いタレもいい。


一緒に出てきたのは、なぜか海老フライ。

ヨシコがそれを一尾、ルイーゼに与える。

ルイーゼは上品ぶって割り箸で小分けにしようと試みたが

海老フライはポーンと飛んで宙を舞い、床に落下した。

一部始終を無言で見守る女将さんの冷たい視線。

さすがのルイーゼもコソコソと、床の海老フライを拾いに行く。


2人の年配婦人は帰り、客は我々だけになった。

3人は、女将さんに監視‥いや見守られながら食べる。

15分が経過し、ルイーゼも私も食べ終わった。

が、ヨシコはまだ半分くらい。

一人でつまらぬことをしゃべり続けるのと入れ歯の問題で

食事の時間が長いのは家と同じである。


「私、友達と食べる時も、いつもビリ」

手を止め、甘ったれるヨシコ。

それを聞いた女将さんはすかさず、そしてまたもやキッパリと言った。

「2時から休憩しますから、早く食べてくださいっ!」

ここは学生寮か?

女将さんが我々の横にぴったりと張り付いているのは

早く休憩したくて、空いた皿を片っ端から引っ込めるためなのであった。


文句を言いたかったが、ここで怒ると私はピエロ。

ジロリと女将さんを睨むにとどまった。

だって肝心のヨシコはどこ吹く風で

皿にかじりつき、モグモグやっているのだ。

この人、昔から食欲はあるけど、最近は特に旺盛。

怒って途中で立ち上がる気概が欲しいぞ、ヨシコ。


やっとヨシコが食べ終わり、一触即発の雰囲気のまま立ち上がる。

「ごちそうさまぁ、美味しかったですぅ。

また来ますぅ」

ヨシコのやつ、能天気におじょうずまで言いおってからに。

「もう来ることはないわい!」

と聞こえるように言ってから店を出る。

楽しい外食のひとときだった。
コメント (8)
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