話は少し戻るが
重機アシスタント、シゲちゃんの操作ミスによって
夫の車の右半分が潰れた日。
この惨状を見に来いと、夫から連絡があったので会社へ行った。
そこへ、修理工場の車両運搬車が到着。
ガラスが割れて運転できないため、運搬車で移動させるのだ。
修理工場の人と話をした後、車は引き取られて行った。
事務所にはアイジンガー・ゼットがいる時間だが
どこもかしこも厳重にブラインドが降ろされているので
中の様子はわからない。
私が会社に近づく時は、外から見えないようにしてあるのだ。
彼女と顔を合わせないための、夫の配慮である。
私はある意味、事務所に出禁らしい。
全然、構わん。
もっと怖がればいい。
そこまで女房が怖いのであれば
最初から妙なことはしない方が賢いとは思うが
これもまた色道の一興。
隠してヒヤヒヤするスリルも、密室で息を潜めるスリルも
アレらにとっては必要な栄養だろうから放置。
事務所の前の駐車場にはアイジンガー・ゼットの車と
彼女が昼食を食べに自宅へ帰るための社用車が並んでいた。
夫と義母が2月に事故に遭って以来、乗らなくなり
アイジンガー・ゼットが昼休憩に帰るアシになった、あの軽自動車だ。
メチャクチャになった事故車にドアや部品をくっつけ
どうにか元の形に成型したシロモノなので、彼女が使うことに異議は無かったが
この子、悪運が強いらしくて未だに何事も無いとは残念だ。
その車のルームミラーには、緑色のマスコット人形がぶら下げてある。
体長10センチ弱の、怪獣のぬいぐるみだ。
他人の物に自分の痕跡を残してアピール…
よその旦那にちょっかいを出す人種に見られる、マーキングである。
持論が当てはまり、非常に満足する私。
この手の女って、他人の物と自分の物の区別がつかないらしくて
すべからくこれをやる。
ぬいぐるみをぶら下げて可愛ぶるのもいいけど、たまには車を洗わんかい。
ホコリで真っ白じゃないか。
しかしこれも、この手の女のあるあるじゃ。
飾るのは好きだけど、掃除は嫌い。
そして可愛い物は好きだけど、やることは可愛くない。
可愛くないのは見た目だけにしてもらいたいのはともかく
その可愛くない中で最も困るのは、不用意な発言で社内の空気を乱すこと。
例えば事務所で社員の誰かが、その場にいない他の誰かのことを話した場合
その内容を本人に、あるいは無関係の人に伝えてしまう。
こういう話になる時はたいてい、あんまり良い話ではない。
「今日は寝癖がすごい」
「あの人はよく休むから、有休は残ってないかもね」
私も事務員の経験があるのでわかるが
さまざまな人が出入りする事務所に座っていたら
重大なことから些細なことまで、たくさん聞こえるものだ。
事務員の仕事はもちろん事務だけど
聞こえたことを聞き流すのも仕事のうちと思って働いていた。
世間の事務員の大半は、そうだと思う。
ことに守秘義務のうるさくなってきた昨今
事務所で耳にしたことを事務員がしゃべりまくっていたら
内容によっては大変なことになる。
しかしアイジンガー・ゼットは、伝えなければ気が済まない。
「◯◯さんの寝癖がすごいって⬜︎⬜︎さんが言ってたよ」
「有休が残ってないんだって?」
それを親切と思っているのか、情報の発信元になるのが好きなのか
内部を分断させるのもスパイの任務なのかは知らないが
彼女はそれも仕事の一部だと思っている様子。
いずれにしても、聞かされた方は面白くない。
実際に彼女の入社以来、言った言わないでゴタゴタすることが増えた。
社内の人間関係は、こういうところから少しずつ崩れていくものだ。
この分だと、ピカチューのニックネームも
とうの昔に本人へと伝わっていることだろう。
平然としているピカチューは、立派だと思う。
ところでアイジンガー・ゼットは、埼玉県出身。
月に一度、一週間の休みを取って実家に帰省するのが習慣だ。
前任のトトロもそうだったが
私が3日でやっていた仕事を1ヶ月かけてチビチビやるのだから
一週間休もうと半月休もうと支障は無いので自由にさせている。
同じ会社で働く次男は当然、アイジンガー・ゼットが帰省する日を知っている。
教師志望の彼女は事務所のホワイトボードに連絡事項を書くのが好きで
自身の帰省休暇もデカデカと書き込むため、嫌でもわかるのだ。
…と、次男が言うには、彼女が帰省したその晩から
彼女の家に別の女性が滞在するんだそう。
アイジンガー・ゼットの旦那と手を繋いで散歩に出たり
車でどこかへ出かけるのを、次男夫婦はそれぞれに目撃するようになった。
そしてアイジンガー・ゼットが戻って来る前の晩
その女性は車でどこかへ去って行く。
これが毎月、繰り返されているという。
何しろ、お互いの住まいは向かい合わせ。
見るつもりは無くても、見えてしまうのだ。
つまりアイジンガー・ゼットはアキバの社長と不倫しているつもりだが
旦那は旦那で女房の留守によその女を引き入れ
ホテル代の節約を兼ねて新婚気分を楽しんでいるらしい。
どっちもどっちの似たもの夫婦だ。
アイジンガー・ゼットは、このことを知らないと思う。
なぜって、愛人体質の女は嫉妬深い。
自分の留守に別の女が入り込んでいると知ったら、とても平常心ではいられまい。
仕事どころではなくなるだろうし、子供がいないので早期の離婚も考えられる。
が、彼女の身の上に変化が無いところをみると
何も知らないから結婚生活が続いているし
毎月のん気に帰省できるのだと思われる。
浮気がしたかったら、遠くから嫁をもらうのも手かもしれない。
実家が遠ければ、帰省が長くなる。
その間、浮気亭主はパラダイスだ。
このように、何かと話題のアイジンガー・ゼット。
夫は彼女が原因で会社が揉めるたびに、つぶやく。
「早よう辞めてくれんかのぅ」
恋は好きでもゴタゴタは嫌いな彼らしい発言。
邪恋にゴタゴタは付きものなんだけど、まだわかってないらしいのはともかく
学びの無い彼は、私に冷たく言われるのだ。
「誰が入れたんじゃ」
そんな不都合なことなど、とうに忘れ去っている夫は
彼女が教員採用試験に合格して、来年にはうちを辞める予定だと言う。
しかし、それは欲目だ。
何年も落ち続けてきたのが、急に合格するとは思えん。
そもそもアレを合格させたら、県教委の目は節穴じゃ。
それ以前に、この人は教師に向いてない。
言っていいことと悪いことの区別がつかないだけでなく
愛人稼業の片手間に先生なんかされたんじゃあ、子供がかわいそうだ。
また、念願叶って節穴をかいくぐり、なんとか合格したとしても
すぐ問題教師として糾弾されて続かない気がする。
採用にあたって使用される税金の無駄遣いだ。
試験に落ち続けてうちに居る方が、世の中のためになるかも…
それも広い意味では社会貢献…
などと考える秋である。
《完》
重機アシスタント、シゲちゃんの操作ミスによって
夫の車の右半分が潰れた日。
この惨状を見に来いと、夫から連絡があったので会社へ行った。
そこへ、修理工場の車両運搬車が到着。
ガラスが割れて運転できないため、運搬車で移動させるのだ。
修理工場の人と話をした後、車は引き取られて行った。
事務所にはアイジンガー・ゼットがいる時間だが
どこもかしこも厳重にブラインドが降ろされているので
中の様子はわからない。
私が会社に近づく時は、外から見えないようにしてあるのだ。
彼女と顔を合わせないための、夫の配慮である。
私はある意味、事務所に出禁らしい。
全然、構わん。
もっと怖がればいい。
そこまで女房が怖いのであれば
最初から妙なことはしない方が賢いとは思うが
これもまた色道の一興。
隠してヒヤヒヤするスリルも、密室で息を潜めるスリルも
アレらにとっては必要な栄養だろうから放置。
事務所の前の駐車場にはアイジンガー・ゼットの車と
彼女が昼食を食べに自宅へ帰るための社用車が並んでいた。
夫と義母が2月に事故に遭って以来、乗らなくなり
アイジンガー・ゼットが昼休憩に帰るアシになった、あの軽自動車だ。
メチャクチャになった事故車にドアや部品をくっつけ
どうにか元の形に成型したシロモノなので、彼女が使うことに異議は無かったが
この子、悪運が強いらしくて未だに何事も無いとは残念だ。
その車のルームミラーには、緑色のマスコット人形がぶら下げてある。
体長10センチ弱の、怪獣のぬいぐるみだ。
他人の物に自分の痕跡を残してアピール…
よその旦那にちょっかいを出す人種に見られる、マーキングである。
持論が当てはまり、非常に満足する私。
この手の女って、他人の物と自分の物の区別がつかないらしくて
すべからくこれをやる。
ぬいぐるみをぶら下げて可愛ぶるのもいいけど、たまには車を洗わんかい。
ホコリで真っ白じゃないか。
しかしこれも、この手の女のあるあるじゃ。
飾るのは好きだけど、掃除は嫌い。
そして可愛い物は好きだけど、やることは可愛くない。
可愛くないのは見た目だけにしてもらいたいのはともかく
その可愛くない中で最も困るのは、不用意な発言で社内の空気を乱すこと。
例えば事務所で社員の誰かが、その場にいない他の誰かのことを話した場合
その内容を本人に、あるいは無関係の人に伝えてしまう。
こういう話になる時はたいてい、あんまり良い話ではない。
「今日は寝癖がすごい」
「あの人はよく休むから、有休は残ってないかもね」
私も事務員の経験があるのでわかるが
さまざまな人が出入りする事務所に座っていたら
重大なことから些細なことまで、たくさん聞こえるものだ。
事務員の仕事はもちろん事務だけど
聞こえたことを聞き流すのも仕事のうちと思って働いていた。
世間の事務員の大半は、そうだと思う。
ことに守秘義務のうるさくなってきた昨今
事務所で耳にしたことを事務員がしゃべりまくっていたら
内容によっては大変なことになる。
しかしアイジンガー・ゼットは、伝えなければ気が済まない。
「◯◯さんの寝癖がすごいって⬜︎⬜︎さんが言ってたよ」
「有休が残ってないんだって?」
それを親切と思っているのか、情報の発信元になるのが好きなのか
内部を分断させるのもスパイの任務なのかは知らないが
彼女はそれも仕事の一部だと思っている様子。
いずれにしても、聞かされた方は面白くない。
実際に彼女の入社以来、言った言わないでゴタゴタすることが増えた。
社内の人間関係は、こういうところから少しずつ崩れていくものだ。
この分だと、ピカチューのニックネームも
とうの昔に本人へと伝わっていることだろう。
平然としているピカチューは、立派だと思う。
ところでアイジンガー・ゼットは、埼玉県出身。
月に一度、一週間の休みを取って実家に帰省するのが習慣だ。
前任のトトロもそうだったが
私が3日でやっていた仕事を1ヶ月かけてチビチビやるのだから
一週間休もうと半月休もうと支障は無いので自由にさせている。
同じ会社で働く次男は当然、アイジンガー・ゼットが帰省する日を知っている。
教師志望の彼女は事務所のホワイトボードに連絡事項を書くのが好きで
自身の帰省休暇もデカデカと書き込むため、嫌でもわかるのだ。
…と、次男が言うには、彼女が帰省したその晩から
彼女の家に別の女性が滞在するんだそう。
アイジンガー・ゼットの旦那と手を繋いで散歩に出たり
車でどこかへ出かけるのを、次男夫婦はそれぞれに目撃するようになった。
そしてアイジンガー・ゼットが戻って来る前の晩
その女性は車でどこかへ去って行く。
これが毎月、繰り返されているという。
何しろ、お互いの住まいは向かい合わせ。
見るつもりは無くても、見えてしまうのだ。
つまりアイジンガー・ゼットはアキバの社長と不倫しているつもりだが
旦那は旦那で女房の留守によその女を引き入れ
ホテル代の節約を兼ねて新婚気分を楽しんでいるらしい。
どっちもどっちの似たもの夫婦だ。
アイジンガー・ゼットは、このことを知らないと思う。
なぜって、愛人体質の女は嫉妬深い。
自分の留守に別の女が入り込んでいると知ったら、とても平常心ではいられまい。
仕事どころではなくなるだろうし、子供がいないので早期の離婚も考えられる。
が、彼女の身の上に変化が無いところをみると
何も知らないから結婚生活が続いているし
毎月のん気に帰省できるのだと思われる。
浮気がしたかったら、遠くから嫁をもらうのも手かもしれない。
実家が遠ければ、帰省が長くなる。
その間、浮気亭主はパラダイスだ。
このように、何かと話題のアイジンガー・ゼット。
夫は彼女が原因で会社が揉めるたびに、つぶやく。
「早よう辞めてくれんかのぅ」
恋は好きでもゴタゴタは嫌いな彼らしい発言。
邪恋にゴタゴタは付きものなんだけど、まだわかってないらしいのはともかく
学びの無い彼は、私に冷たく言われるのだ。
「誰が入れたんじゃ」
そんな不都合なことなど、とうに忘れ去っている夫は
彼女が教員採用試験に合格して、来年にはうちを辞める予定だと言う。
しかし、それは欲目だ。
何年も落ち続けてきたのが、急に合格するとは思えん。
そもそもアレを合格させたら、県教委の目は節穴じゃ。
それ以前に、この人は教師に向いてない。
言っていいことと悪いことの区別がつかないだけでなく
愛人稼業の片手間に先生なんかされたんじゃあ、子供がかわいそうだ。
また、念願叶って節穴をかいくぐり、なんとか合格したとしても
すぐ問題教師として糾弾されて続かない気がする。
採用にあたって使用される税金の無駄遣いだ。
試験に落ち続けてうちに居る方が、世の中のためになるかも…
それも広い意味では社会貢献…
などと考える秋である。
《完》
合格しなければ会社が炎上、合格したら学校が炎上。
で、火をおこすのは煮ても焼いても食えない人。
合格して、いい先生になってもらいたいですが
どうなりますやら。
楽しみです。
合格して、問題起こして教員を首になったら、もっといいですね。
いやいや、人の不幸を望んだら、自分に跳ね返るから、
合格して、いい先生になってもらいたいと思います。💦