殿は今夜もご乱心

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手抜き料理・続 あとの夏祭

2023年06月26日 10時06分22秒 | 手抜き料理
カレー、ミンチカツ、エビパン、マカロニサラダ

そら豆、ナス・バンジャン…

お祭の料理は以上のメニュー。

もうね、目新しい物にチャレンジとか、手間をかけた料理はしないの。

我々の気力と体力は、年々確実に衰えている。


その一環として今年からコロッケをやめ

作業工程の少ないミンチカツに変更した。

ジャガイモを蒸し、皮を剥いて潰し

炒めた挽肉とタマネギを合わせるコロッケより

挽肉と生のタマネギをいきなり混ぜるミンチカツの方が

早くできると考えた私は、“楽”をテーマに乗り切るつもりだった。

私らだってずっと台所にこもらずに

一目でいいから外の祭を見たいじゃないのさ。


が、手抜きのはずのミンチカツには、思わぬ罠が…。

タネを作って丸め、パン粉をつけたら昼が来てしまったので

ユリちゃん一族や、早くから来ている数人の近しいスタッフと一緒に

昼ごはんを食べようということになった。


私はこのまま一気にミンチカツを揚げてしまいたかったが

120人分ともなると、ものすごい量だ。

寺の冷蔵庫は例のごとく、缶ジュースや麦茶

ユリちゃんの兄嫁さんの手作りデザートでいっぱいのため

ミンチカツのタネを冷蔵する余地など無い。

しかも「みんなで楽しく食べよう」、「少しは休憩した方が…」

という声に、それもそうだと思ってつい従ってしまい

生のミンチカツを常温で放置したまま昼の会食をしてしまった。


そりゃ暑くなってきた時期だから、常温放置は気になるさ。

できるだけ急いで食べて片付け

それからいよいよミンチカツを揚げる作業に入ったが

タネは室温で温まって緩み、ダランとした塊に変化していた。

揚げるハシから挽肉の脂がどんどん溶け出し

サラダオイルと混ざって、すぐにドロドロの液体と化す。

サラダオイルをガンガン継ぎ足しても

肉の脂の方が勝つので焼け石に水。

揚げるというより、ドロドロの粘液で煮る感じだ。

時間がかかって、ちっとも手抜きにならなかった。


結果、脂の抜けたカチカチのミンチカツになったが、あとの祭。

ミンチカツはパン粉を付けたらすぐ揚げるという鉄則を

無視した天罰だ。

これなら、温度変化に強いコロッケの方がマシだった。


エビパンも同じ身の上さ。

昼の会食の間、これも放置していた。

常温になったエビパンのタネからは、泉のごとく水分が湧き出ている。

せっせとキッチンペーパーで吸い取っても

永遠に雨上がりの甲子園球場。

仕方なく、さらに片栗粉を足し

パンに塗って無理矢理揚げたら、油がハネるのなんの。

人間も台所も、ちょっとした地獄絵図よ。


そうだった…1年ぶりなので忘れていたが

エビパンのタネを作ったら、エビから水分が出ないうちに

速攻で揚げないとハネるんだったわ。

結果、思いっきり水分の抜けたエビのすり身はミイラのように縮み

硬いフリカケ状と化してガリガリの食感。

やっぱり会食をしないで、さっさとエビパンを揚げればよかった…

激しく後悔したが、これもあとの祭。


ミンチカツもエビパンも昨年同様、大人気だったが

それは誰かが作った物をタダで食べられるからに過ぎない。

料理としては水準が低く、料理番一同の手をわずらわせてしまって

無駄な疲労を与えたと反省しきりである。


会食が長引いたのも、良くなかったかもね。

ハッちゃんや嶋田さん、リッくんにシノブさん

他にも新顔が何人かいたため、ユリちゃんのご主人モクネン君が

食後に一人ずつ自己紹介する場面を設けたのだ。

主催者としては、もっともな行為である。


最初に指名された私は、一刻も早く台所へ戻りたいので

「飯炊き1号、みりこんです」とだけ言い

マミちゃんもモンちゃんも2号、3号と続いた。

が、モンちゃんの隣に座っていたリッくんがいけなかった。

張り切って演説を始めてしまったのだ。


「え〜、私は◯◯と申しまして、茶道◯◯流の師範を務めております。

本日は献茶をさせていただくということで…」

そこからが長いのなんの。

流派の説明、茶道との出会い、現在の活動状況…

もはや講演会の様相。


10分ほど経過して、やっと終わったので

他の人たちも名前だけ言って終わり…かと思いきや

あの意地悪な嶋田さんが、また長い。

何やら仕事に必要な資格を取得したそうで、拍手の要請の後はご自慢が続く。


こっちが焦ってるからなんだけど

こういう場面で長くしゃべるのって腹立つわ。

同じ長く聞くなら、この日に初めて会った若い大学教授の話や

いつもの芸術家の兄貴の話を聞きたかったけど

兄貴なんて時間が長引いたから、自己紹介すらしなかった。


ともあれカジュアルな会食で講演会をしたリッくんに

この後、不幸が訪れる。

モクネン君は、彼を生意気とジャッジしたらしい。

午後にあった献茶の打ち合わせの時に

モクネン君特有のブラックジョークを何か言われたようで

「みりこんちゃん、俺、もうダメ…帰る」

と涙ぐんでいた。


メンタルの弱い人がうっかりモクネン君と話したら

メゲるのはよくわかる。

言われた人はきつく感じるけど

モクネン君はそれをジョークと思っているからタチが悪い。

この寺に関わる者は、これに耐えなければならないのである。


涙を拭いて落ち着いたリッくんが話すには

色々言われたけど、一番ショックだったのはこの言葉だそう。

「今年は建物の中を通って本堂へ行くのではなく

一旦外に出て、境内を歩いて本堂へ上がってください。

そしたら、より大勢の目に触れてバエるでしよ?」


な〜んだ…たいしたこと無いじゃん。

むしろ宣伝して弟子を増やしたいリッくんを思いやった

優しい配慮じゃんか。

こういうのは、モクネン君の良い所だ。

もっと別のことに反応しろよ。

「バエるって、何なんだよ…茶道に対する冒涜だよ」

しかしリッくんは傷ついているのだった。


ゲイのメンタルはようわからんが、今年になってから

リッくんには弟子が一人できた。

その頃から師範としてのプライドがものすごく高まり

何だか高慢ちきになった気がしていたのだ。


弟子の男性は、祭で師範の行う献茶を見学する予定だったが

直前になって急に遠方へ転居し、いなくなったのはともかく

昼の会食で立場もわきまえず、長々と講演をしたのはその現れだし

祭の前、ユリちゃんに

「今年も献茶を行う予定でよろしいですか?」

と上から目線のLINEを送って怒らせたのもそうだ。


去年のリッくんは、もっと謙虚だった。

ユリちゃんはリッくんのために

「やらせてあげる」というスタンスで

リッくんは「やらせてもらう」というスタンスだったのだ。


そして今年、ユリちゃんの「やらせてあげる」は変わらないが

リッくんの方は「やってあげる」に変化していた。

ユリちゃんはそれが気に入らず、祭の当日もリッくんに冷たかった。

坊主憎けりゃ袈裟までを地で行くつもりか

シノブさんにも、あからさまにそっけない態度を取った。


もちろんシノブさんは気づいていて

「お台所は楽しいけど、来年はもう無いかな?」

と笑っていたものだ。

私は二人を誘った手前、申し訳ない気持ちになった。

 
ともあれ「来年以降のことはどうでも、今年はやり遂げなさい!」

シノブさんと私にゲキを飛ばされて

その日のリッくんは何とか献茶を終えた。

しかし祭が終わった後も、彼の心はメゲたままだったらしい。

ユリちゃんに電話をして、モクネン君の発言を訴えたそうだ。


そしてユリちゃんは、憎い旦那へのクレームを

上から目線で延々と言うリッくんに怒り心頭。

二人は見事に決裂した。


後日、両方から話を聞いた私。

二人とも同じレベルだと思い、密かに苦笑した。

そして両方に「今回はリッくんが悪い」と言い、その理由を述べた。

茶道は謙虚を重んじる世界…

お情けでよその座敷へ行って活動しておきながら

そこで自分のプライドを尊重するようでは茶人とは言えない…

謙虚が無ければ、一期一会も侘び寂びもあったもんじゃない…。


今回は結果的にユリちゃんの味方をする形になったので

彼女はもっともだと言ったが、リッくんの方は当然、気に入らない。

モヤモヤした気持ちを抱えて

東京に住む茶道の師匠の所へわざわざ相談に行ったそう。

が、師匠にも全く同じことを言われて厳しく叱られたと

私に言ってきた。

来年の献茶は無いかもしれないけど、あとの祭。

《完》
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