来年の2月、我々同級生一同は還暦旅行に出かける。
この一泊旅行は、町に伝わる恒例行事だ。
旅行には、さまざまな掟がある。
旧正月の直前に行くこと‥
旅先の方角は、町より西へ下ってはならないこと‥
当日の朝は正装し、神社でお祓いを受けること‥
その後、全員で最後の集合写真を撮ること‥
出発前には、出船(でふね)と呼ばれる宴会を行うこと‥
帰ったら、入船(いりふね)と呼ばれる宴会を行うこと‥
この旅行を最後に、同窓会は解散すること‥
などなど。
いちいち書くと面倒くさそうだが、我々はこれを楽しんでいる。
伝統を大切にする町の一員として、誇りのようなものすら感じつつ
昨年より計画を立ててきた。
一番難航したのは、行き先。
旅行のキモなので、当然といえば当然だ。
私は最初から、意見を言わないと決めていた。
旅行なんて、男どもに任せておけば
何でもホイホイやってくれる。
旅は気軽に出かけられる男の方が、女より経験豊富だ。
還暦近くもなると、JRや旅行会社でそこそこの地位に立つ者もいる。
プロが張り切ってくれるのだから、しろうとは黙っていればいいのだ。
が、黙っていられない者は、どこにでもいる。
あそこはダメ、ここも良くない‥
反論を繰り返すのは、人の世話をしたことのない者ばかり。
その言い分は自己中心的で聞き苦しく
結局どこがいいのか問うたところで、これといった案は無い。
ただ反対、反対と繰り返すさまは
打倒安倍政権を叫ぶ人たちに似ている。
何ヶ月もすったもんだしたあげく、兵庫県の城崎温泉に決まった。
何で真冬に厳寒の城崎へ行くのか、よくわからないが
うるさい者のダメ出しに抵抗していたら
最後に残ったのが、ノーマークのここだった模様。
やっと行き先が決まったら
今度は同窓会のメンバーにアンケートを発送する。
日程や行き先を知らせ、出欠を書く返信ハガキを同封して
およその参加人数をつかむのだ。
会長の自宅へ返信が届いて集計が終わった先月、会合があった。
その夜、通称モトジメと呼ばれる会長の顔色は冴えなかった。
建築業を営む彼は、同窓会を立ち上げた30年前
一番大変な会長を引き受けた。
それ以来、尊敬を込めてモトジメと呼ばれている。
会長は2年ごとに交代したが、最後の会長もやはり彼でなければ‥
ということで、今年から再び就任した。
「みりこんちゃん、これ、見てみい」
モトジメは、4人の女子から届いた返信ハガキを私に見せた。
A子‥都市部在住、旦那と美容室経営。
『私は人見知りなので、慣れない人とは眠れません。
B子、C子、D子の4人部屋限定でお願いします。
この希望が無理なら、4人とも参加できません』
B子‥A子と同じ都市部在住の主婦、旦那はエリート。
『A子、C子、D子と一緒の4人部屋をお願いします』
C子‥関東在住の介護職。
旦那は金持ちの御曹司という自己申告。
『4人部屋の件、よろしくお願いします』
D子‥隣県在住の主婦兼ピアノ教師。
『4人部屋の件、よろしくお願いします』
「どう思う?ワシ、めっちゃ腹立つんじゃけど」
モトジメは小声で言う。
「ハハ‥この子ら、昔のままじゃね」
「こいつらの根性が気に食わんのじゃ。
ワシ、来んでええ言うちゃるか、くじ引きにしちゃろう思よんじゃけど」
「わざわざ恨まれることないが。
旅行が済んだら一生会うことないんじゃけん」
「いや、許さん!」
この4人は、昔から目立つグループだった。
文武に長じた美人揃いで、とにかくモテたため
中学、高校では同級生の男子と
惚れたはれたを繰り返しながら青春を謳歌していた。
中でもリーダー格のA子は、サバサバした性格が男子に好かれ
中学時代から「同級生キラー」の異名を持っていた。
つまり、同級生の中に寝たオトコがたくさんいたわけ。
彼女はしょっちゅう別れる切れるですったもんだしながら
妊娠の心配をしていたものだ。
こんな女の子の行く末なんて、およそ知れていそうだが
彼女は違った。
しっかりした男性と結婚して4人の子供に恵まれただけでなく
都会で2軒の美容室を経営していれば、田舎じゃ立派な出世頭。
弟子たちに先生と呼ばれ、たまにショーなんか開いているA子にとって
昔の男、それも複数と一緒の旅行は非常に気まずいはずである。
だったら来なきゃいいのだが、行きたいらしい。
4人で協力し合い、甘えやわがままを通すのは
昔から彼女たちのパターンだったが、乙女気分は今だに継続しているようだ。
モトジメの怒りはおさまらない。
「こいつらのために旅行の計画立てようるんじゃないんで?!
ナメやがって!」
モトジメは声を荒げる。
ハガキを回し読みした一同も複雑な心境らしく
場はシ〜ンと静かになった。
ちなみに、このメンバーの中にもA子の元カレが2人いる。
男子8人中の2人だ。
「みんな、そんなことより
ワシらには別の心配があるんじゃないんか?」
沈黙を破ったのは、タクヤだった。
「おお!そうじゃった、そうじゃった!」
皆も続く。
我々の学年は、旅に弱い。
小学5年の林間学校は、出発の日が豪雨。
目的地の山寺が土砂崩れで、日延べになった。
6年の修学旅行では、先生が日にちを間違えて予約。
バスが来ず、出発は翌日になった。
中学の修学旅行は、何ごともなかった。
しかし高校の修学旅行では、ヘアピンカーブの続く山道で
先頭のバスが対向車線のクレーン車と正面衝突した。
フロントガラスにクレーンの先が突っ込み
生徒は軽症または無傷だったが、バスの運転手とガイドは骨折した。
当時、私は4号車に乗っていた。
バスが急停車して、しばらくすると1号車の同級生が分乗してきたので
事故を知った。
このニュースはテレビで報道された。
我々同級生はズバ抜けた秀才とその反対を除いて
ほとんどが町内の同じ高校に進んでいる。
だから小学校と高校で起きた旅行のトラブルを
共に経験した者の人数が多い。
「ワシらはミソ付きじゃけん、無事に帰ることだけ考えようや!」
そう言うタクヤはバス事故の時、1号車に乗っていた。
無傷だったので、バス会社からの見舞金は7千円だったと
この時、ついでに告白した。
「7千円?安っ!」
「それで片付けられたんか!」
「でも無事が何よりよ!」
「そうじゃ!無事に帰るのが目標じゃ!」
「4人部屋なんか、ほっとけ!」
「そうじゃ!ほっとけ!ほっとけ!」
ほっとけコールで盛り上がり、会合は盛会のうちにお開きとなった。
以後、例の4人組は“4人部屋”と、ひとまとめで呼ばれるようになり
4人の希望を飲むか否かは、モトジメの判断にゆだねられた。
この一泊旅行は、町に伝わる恒例行事だ。
旅行には、さまざまな掟がある。
旧正月の直前に行くこと‥
旅先の方角は、町より西へ下ってはならないこと‥
当日の朝は正装し、神社でお祓いを受けること‥
その後、全員で最後の集合写真を撮ること‥
出発前には、出船(でふね)と呼ばれる宴会を行うこと‥
帰ったら、入船(いりふね)と呼ばれる宴会を行うこと‥
この旅行を最後に、同窓会は解散すること‥
などなど。
いちいち書くと面倒くさそうだが、我々はこれを楽しんでいる。
伝統を大切にする町の一員として、誇りのようなものすら感じつつ
昨年より計画を立ててきた。
一番難航したのは、行き先。
旅行のキモなので、当然といえば当然だ。
私は最初から、意見を言わないと決めていた。
旅行なんて、男どもに任せておけば
何でもホイホイやってくれる。
旅は気軽に出かけられる男の方が、女より経験豊富だ。
還暦近くもなると、JRや旅行会社でそこそこの地位に立つ者もいる。
プロが張り切ってくれるのだから、しろうとは黙っていればいいのだ。
が、黙っていられない者は、どこにでもいる。
あそこはダメ、ここも良くない‥
反論を繰り返すのは、人の世話をしたことのない者ばかり。
その言い分は自己中心的で聞き苦しく
結局どこがいいのか問うたところで、これといった案は無い。
ただ反対、反対と繰り返すさまは
打倒安倍政権を叫ぶ人たちに似ている。
何ヶ月もすったもんだしたあげく、兵庫県の城崎温泉に決まった。
何で真冬に厳寒の城崎へ行くのか、よくわからないが
うるさい者のダメ出しに抵抗していたら
最後に残ったのが、ノーマークのここだった模様。
やっと行き先が決まったら
今度は同窓会のメンバーにアンケートを発送する。
日程や行き先を知らせ、出欠を書く返信ハガキを同封して
およその参加人数をつかむのだ。
会長の自宅へ返信が届いて集計が終わった先月、会合があった。
その夜、通称モトジメと呼ばれる会長の顔色は冴えなかった。
建築業を営む彼は、同窓会を立ち上げた30年前
一番大変な会長を引き受けた。
それ以来、尊敬を込めてモトジメと呼ばれている。
会長は2年ごとに交代したが、最後の会長もやはり彼でなければ‥
ということで、今年から再び就任した。
「みりこんちゃん、これ、見てみい」
モトジメは、4人の女子から届いた返信ハガキを私に見せた。
A子‥都市部在住、旦那と美容室経営。
『私は人見知りなので、慣れない人とは眠れません。
B子、C子、D子の4人部屋限定でお願いします。
この希望が無理なら、4人とも参加できません』
B子‥A子と同じ都市部在住の主婦、旦那はエリート。
『A子、C子、D子と一緒の4人部屋をお願いします』
C子‥関東在住の介護職。
旦那は金持ちの御曹司という自己申告。
『4人部屋の件、よろしくお願いします』
D子‥隣県在住の主婦兼ピアノ教師。
『4人部屋の件、よろしくお願いします』
「どう思う?ワシ、めっちゃ腹立つんじゃけど」
モトジメは小声で言う。
「ハハ‥この子ら、昔のままじゃね」
「こいつらの根性が気に食わんのじゃ。
ワシ、来んでええ言うちゃるか、くじ引きにしちゃろう思よんじゃけど」
「わざわざ恨まれることないが。
旅行が済んだら一生会うことないんじゃけん」
「いや、許さん!」
この4人は、昔から目立つグループだった。
文武に長じた美人揃いで、とにかくモテたため
中学、高校では同級生の男子と
惚れたはれたを繰り返しながら青春を謳歌していた。
中でもリーダー格のA子は、サバサバした性格が男子に好かれ
中学時代から「同級生キラー」の異名を持っていた。
つまり、同級生の中に寝たオトコがたくさんいたわけ。
彼女はしょっちゅう別れる切れるですったもんだしながら
妊娠の心配をしていたものだ。
こんな女の子の行く末なんて、およそ知れていそうだが
彼女は違った。
しっかりした男性と結婚して4人の子供に恵まれただけでなく
都会で2軒の美容室を経営していれば、田舎じゃ立派な出世頭。
弟子たちに先生と呼ばれ、たまにショーなんか開いているA子にとって
昔の男、それも複数と一緒の旅行は非常に気まずいはずである。
だったら来なきゃいいのだが、行きたいらしい。
4人で協力し合い、甘えやわがままを通すのは
昔から彼女たちのパターンだったが、乙女気分は今だに継続しているようだ。
モトジメの怒りはおさまらない。
「こいつらのために旅行の計画立てようるんじゃないんで?!
ナメやがって!」
モトジメは声を荒げる。
ハガキを回し読みした一同も複雑な心境らしく
場はシ〜ンと静かになった。
ちなみに、このメンバーの中にもA子の元カレが2人いる。
男子8人中の2人だ。
「みんな、そんなことより
ワシらには別の心配があるんじゃないんか?」
沈黙を破ったのは、タクヤだった。
「おお!そうじゃった、そうじゃった!」
皆も続く。
我々の学年は、旅に弱い。
小学5年の林間学校は、出発の日が豪雨。
目的地の山寺が土砂崩れで、日延べになった。
6年の修学旅行では、先生が日にちを間違えて予約。
バスが来ず、出発は翌日になった。
中学の修学旅行は、何ごともなかった。
しかし高校の修学旅行では、ヘアピンカーブの続く山道で
先頭のバスが対向車線のクレーン車と正面衝突した。
フロントガラスにクレーンの先が突っ込み
生徒は軽症または無傷だったが、バスの運転手とガイドは骨折した。
当時、私は4号車に乗っていた。
バスが急停車して、しばらくすると1号車の同級生が分乗してきたので
事故を知った。
このニュースはテレビで報道された。
我々同級生はズバ抜けた秀才とその反対を除いて
ほとんどが町内の同じ高校に進んでいる。
だから小学校と高校で起きた旅行のトラブルを
共に経験した者の人数が多い。
「ワシらはミソ付きじゃけん、無事に帰ることだけ考えようや!」
そう言うタクヤはバス事故の時、1号車に乗っていた。
無傷だったので、バス会社からの見舞金は7千円だったと
この時、ついでに告白した。
「7千円?安っ!」
「それで片付けられたんか!」
「でも無事が何よりよ!」
「そうじゃ!無事に帰るのが目標じゃ!」
「4人部屋なんか、ほっとけ!」
「そうじゃ!ほっとけ!ほっとけ!」
ほっとけコールで盛り上がり、会合は盛会のうちにお開きとなった。
以後、例の4人組は“4人部屋”と、ひとまとめで呼ばれるようになり
4人の希望を飲むか否かは、モトジメの判断にゆだねられた。