気がつけば、何もかも自分のせいになっていた
野島青年の衝撃は大きかった。
「若手の失敗で片付けられたのは、悔しい。
僕はよそで営業を叩き込まれてから
転職したんです。
新卒入社の永井部長よりは
常識を知っているつもりです」
野島青年からのSOSを受けた夫は
「じゃあ、田中のオヤジさんに電話しとくわ」
と軽く言った。
「え‥?」
「とりあえず野島君と‥内山さんだっけ?
2人の出禁を解けばいいんだろ?」
「まあ、そうですけど‥」
「それから野島君の名誉回復?」
「いや、もう、そんなこと、いいです!
出禁を解いてもらえれば」
「じゃ、やっとく」
「電話一本で?
そんなに簡単なことなんですか?
社長や専務がお詫びにうかがうとか‥」
「難しく考え過ぎ。
僕ちゃん、頭下げるの平気だから」
その後、夫は田中氏に電話し
出禁はすぐに解けた。
野島青年と内山さんは驚き喜んで
礼を言いに飛んできた。
3人は永井部長の悪口で盛り上がり
親子ほど年齢の違う野島青年と内山さんは
同僚として打ち解け
年に一度の新年会でしか会ったことのない
夫と内山さんは、すっかり親しくなった。
そこへたまたま、田中氏が訪れる。
夫は2人を紹介し
2人が上司の非礼を詫びたところ
田中氏から別の仕事をもらう幸運にありついた。
永井部長、この話を聞いて面白いわけがない。
そこで大下さんという60代の人を
田中氏の元へ送り込んだ。
銀行を定年退職後、営業部に迎えられた人だ。
大下さんと永井部長はソリが合わなかったが
B社が落札した第一報を営業部に知らせず
上の河野常務に伝えた夫への憎しみは
共通している。
本当は、彼こそが夫を恨んでいた。
なぜならB社専用のご用聞きとして
宿舎のプレハブや貸し布団なんかを
準備する係だからだ。
B社は、さんざん彼に世話をさせながら
落札した話は一言も伝えなかった。
地方の業者に厚遇を競わせ
天秤にかけて楽しみ
飽きたら冷たく切り捨てる‥
大企業とは、そういうものなのだ。
我々は義父アツシの会社で経験しているが
大下さんには、相当なショックだったらしい。
年金の足しと老後の生き甲斐のために
ゆるゆると働いていた彼の存在価値が
公然と否定され、やり場のない気持ちが
夫への逆恨みに向くのは無理もなかった。
しかし夫が第一報を
永井部長に伝えていたとしても
仲良しとは言えない大下さんに
そっと教えてくれるとは思えない。
似たような結果で砂を噛むことになるのだが
銀行の支店長だった彼のプライドを取り払い
そこまで想像しろというのは
難しいかもしれない。
これまでの経緯を知らない大下さんは
永井部長の命令を受け
会ったことのない田中氏に取り入るため
田中氏の会社に出かけた。
B社にいいように使われたあげく
見捨てられた男で終わるわけにはいかない。
何度か通ったが
田中氏はなかなか会ってくれなかった。
何度目の訪問だったか
やっと会ってくれたと思ったら
今までのことをぶちまけられ
そこでやっと、永井部長が彼に対して
何をやったかを知る。
「これ以上チャチャ入れるつもりなら
タダではすまさん」
そう言われ、ほうほうのていで帰ったと
後で田中氏から聞いた。
その翌日、永井部長から夫に電話があった。
「本社の取り分はいりません。
だから今までのことは無かったことに
してください」
永井部長がとうとう白旗をあげた‥
嬉しそうな夫だった。
静かな数日が流れた。
そして一昨日、永井部長から夫に電話が。
「雪、そっちはどうだった?」
寒波の影響を心配してくれる
とってもフレンドリーな彼。
「たいしたこと、なかったですよ」
「そう!良かった。
あ、それからね、例の工事のことで
今度情報が入ったら、最初に必ず僕に教えてね!」
「あ、はい」
「それじゃ!」
相変わらず言語の理解力が今ひとつの夫。
「雪の心配なんかして、どういう風の吹き回し?」
なんて言ってる。
「雪は前置きよ。
あんた、今、注意されたんよ」
「え?」
「常識知らずのあんたが
第一報の連絡先を間違えて
本社をモメさせたことになっとるんよ。
あんた、それで指導を受けたんよ」
「ええ~‥?」
「ゲスはどこまでもゲスじゃ」
「ええ~‥?」
(完)
野島青年の衝撃は大きかった。
「若手の失敗で片付けられたのは、悔しい。
僕はよそで営業を叩き込まれてから
転職したんです。
新卒入社の永井部長よりは
常識を知っているつもりです」
野島青年からのSOSを受けた夫は
「じゃあ、田中のオヤジさんに電話しとくわ」
と軽く言った。
「え‥?」
「とりあえず野島君と‥内山さんだっけ?
2人の出禁を解けばいいんだろ?」
「まあ、そうですけど‥」
「それから野島君の名誉回復?」
「いや、もう、そんなこと、いいです!
出禁を解いてもらえれば」
「じゃ、やっとく」
「電話一本で?
そんなに簡単なことなんですか?
社長や専務がお詫びにうかがうとか‥」
「難しく考え過ぎ。
僕ちゃん、頭下げるの平気だから」
その後、夫は田中氏に電話し
出禁はすぐに解けた。
野島青年と内山さんは驚き喜んで
礼を言いに飛んできた。
3人は永井部長の悪口で盛り上がり
親子ほど年齢の違う野島青年と内山さんは
同僚として打ち解け
年に一度の新年会でしか会ったことのない
夫と内山さんは、すっかり親しくなった。
そこへたまたま、田中氏が訪れる。
夫は2人を紹介し
2人が上司の非礼を詫びたところ
田中氏から別の仕事をもらう幸運にありついた。
永井部長、この話を聞いて面白いわけがない。
そこで大下さんという60代の人を
田中氏の元へ送り込んだ。
銀行を定年退職後、営業部に迎えられた人だ。
大下さんと永井部長はソリが合わなかったが
B社が落札した第一報を営業部に知らせず
上の河野常務に伝えた夫への憎しみは
共通している。
本当は、彼こそが夫を恨んでいた。
なぜならB社専用のご用聞きとして
宿舎のプレハブや貸し布団なんかを
準備する係だからだ。
B社は、さんざん彼に世話をさせながら
落札した話は一言も伝えなかった。
地方の業者に厚遇を競わせ
天秤にかけて楽しみ
飽きたら冷たく切り捨てる‥
大企業とは、そういうものなのだ。
我々は義父アツシの会社で経験しているが
大下さんには、相当なショックだったらしい。
年金の足しと老後の生き甲斐のために
ゆるゆると働いていた彼の存在価値が
公然と否定され、やり場のない気持ちが
夫への逆恨みに向くのは無理もなかった。
しかし夫が第一報を
永井部長に伝えていたとしても
仲良しとは言えない大下さんに
そっと教えてくれるとは思えない。
似たような結果で砂を噛むことになるのだが
銀行の支店長だった彼のプライドを取り払い
そこまで想像しろというのは
難しいかもしれない。
これまでの経緯を知らない大下さんは
永井部長の命令を受け
会ったことのない田中氏に取り入るため
田中氏の会社に出かけた。
B社にいいように使われたあげく
見捨てられた男で終わるわけにはいかない。
何度か通ったが
田中氏はなかなか会ってくれなかった。
何度目の訪問だったか
やっと会ってくれたと思ったら
今までのことをぶちまけられ
そこでやっと、永井部長が彼に対して
何をやったかを知る。
「これ以上チャチャ入れるつもりなら
タダではすまさん」
そう言われ、ほうほうのていで帰ったと
後で田中氏から聞いた。
その翌日、永井部長から夫に電話があった。
「本社の取り分はいりません。
だから今までのことは無かったことに
してください」
永井部長がとうとう白旗をあげた‥
嬉しそうな夫だった。
静かな数日が流れた。
そして一昨日、永井部長から夫に電話が。
「雪、そっちはどうだった?」
寒波の影響を心配してくれる
とってもフレンドリーな彼。
「たいしたこと、なかったですよ」
「そう!良かった。
あ、それからね、例の工事のことで
今度情報が入ったら、最初に必ず僕に教えてね!」
「あ、はい」
「それじゃ!」
相変わらず言語の理解力が今ひとつの夫。
「雪の心配なんかして、どういう風の吹き回し?」
なんて言ってる。
「雪は前置きよ。
あんた、今、注意されたんよ」
「え?」
「常識知らずのあんたが
第一報の連絡先を間違えて
本社をモメさせたことになっとるんよ。
あんた、それで指導を受けたんよ」
「ええ~‥?」
「ゲスはどこまでもゲスじゃ」
「ええ~‥?」
(完)