殿は今夜もご乱心

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仁義なさそうな戦い・その4

2016年01月17日 21時43分12秒 | みりこんぐらし
役員会議の決定により

工事の単価交渉や契約など数字の面は

永井営業部長を筆頭に

営業部が担当することになった。

金額が大きいので、仕事を落とした営業部にも

何とか花を持たせてやりたい役員達の親心だ。


しかし我々もまた、面倒な書類を書いたり

人と会ったりしないで現場に集中できるため

この決定は好都合だった。


ここからが、さすがの永井営業部長。

仕事をくれた田中氏の会社へ行かない。

部長が行かないんだから、部下も行かない。

挨拶にも、打ち合わせにも、契約にも

誰一人行かないまま半月以上が経過。

営業部の中でただ一人、まだ若いという理由で

この仕事への関与を許されない野島青年だけが

ヤキモキしていた。


年の瀬が近づいた。

もうすぐ工事が始まるのに、単価が決まらず

見積りが出ないからには契約書も交わせず

現場担当の我が社は、仕入れや配車の予定が立たない。

第一、いまだに田中氏の会社へ

挨拶ひとつしてないなんて

同じ会社の者として恥ずかしいじゃないか。


逆境に慣れていない夫は

永井部長の報復だと悔しがった。

だが、私の見解は違う。

「報復なんかじゃない。

あいつら、知らん所へよう行かんのじゃ。

あんたが動くのを待って横取りするつもりじゃ。

今動いたら、思うツボじゃ。

わたしゃゲスにもまれて働いてきたけん

ゲスの考えがわかるんじゃ」


肝心の田中氏も、たびたび我が社を訪れ

申し訳ながる夫に

「焦るな、今動かんでええ」

と言った。

「本社の連中がどこまでボンクラか

わしゃ見てみたい」


明日から納入開始という日

「ヒロシ、ハンコ、ハンコ」

田中氏が契約書を持って来た。

「単価はひとまず、これでよかろうが」

ということで、契約になだれ込む。

「本社のモンが来たら

追い返ちゃろう思うて待ちよったのに

だ~れも来んかったわい!ガハハ!」

田中氏は笑った。


「あんたらが行かんけん、こっちで済ませたで」

夫が電話すると、永井部長は言った。

「今日、行こうと思ったのに!」

小学生か。



その翌日、永井部長は重い腰を上げた。

18才年上の部下、松木氏と2人で

どこへ行ったかというと、田中氏の会社ではない。

工事を入札したB社である。

我が町に開設した、B社の現地事務所へ

ご挨拶だそうだ。


どうやら本社伝統の営業法

「上から攻めろ」を決行したつもりらしい。

挨拶にも契約にも行かなかったので

今さら田中氏に合わせる顔が無いため

田中氏を飛び越えて、その上に行っちゃったのだ。


上に行ってどうするか。

追い詰められた彼らの計画では

元請けのB社と親しくなり

煙たい存在の田中氏を下に見る予定。


色黒の永井部長と地黒の松木氏

単独営業の苦手な黒々コンビはB社を訪問し

受付係に名刺を渡しただけで終了した。

「何もしなかったわけじゃない」

彼らはそれでいいのだ。


でも実はこれ、業界では危険行為。

業界の根底に存在する「スジ」を無視した

絶対にやってはいけない非礼である。


どんな工事でもたいていそうだが

まず入札した元請けがてっぺんに位置する。

そこから一次下請け、二次下請けと

仕事が降りて行き

ピラミッドのような上下関係が形成されている。


最初からピラミッドのてっぺんに取り組むなら

「上から攻めろ」が成立するが

すでにピラミッドの2番目、田中氏から

仕事をもらった事実が存在する。

どんなに敷居が高くても、彼らは最初に

田中氏の所へ行かなければならない。

それがスジ。

どうしてもB社へ行きたければ

田中氏の了承を得た上で行くのがスジ。


知ったかぶりはうまいが

何も知らない松木氏はともかく

永井部長がそれを知らないのに驚いた。

よく今までやってこられたものだ。

あ、やってないから知らないのか。


保身と手柄の一石二鳥を狙って

「上から攻めろ」の使用法を間違えたことは

やがて彼らの首を絞めるだろう。

「永井、ヘタ打ったのぉ」

私はほくそ笑んだ。


(続く)
コメント (8)
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